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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第111話 「一渓先生の三つの食治粥」

 ――同じ病に見える者へ、違う椀を差し出す章――


 一渓いっけいと名乗った旅医師は、京鈴きょうすずの前に膝をついた。

 まず顔色を見て、額へ触れる。

 脈を取り、舌を確かめ、腹のどこが痛むのかを尋ねた。


「いつから食べていない」


「……きのうの夜から」


「水は?」


「朝に、井戸の水を……ちょっと」


 一渓は、京鈴へすぐ薬を与えなかった。


「沸かして冷ました水を、匙で少しずつ。吐かなければ間を置いて、また飲ませる」


 明智十兵衛あけち・じゅうべえが従い、匙を取った。

 茶太郎は鍋の前で待っている。


「焼き味噌のお粥は?」


「まだ早い」


 一渓は京鈴の腹へ薄い布を掛けた。


「この子の身体は、熱と渇きで弱っている。家の味を求める心は大切だ。だが今、身体が受け入れられるものとは限らぬ」


 茶太郎は唇を結んだ。


「優しい料理なら、食べても大丈夫だと思った」


「優しさは量れぬ。だから、身体を診る」


 一渓の言葉は厳しかった。


「善意であっても、相手を見ずに与えれば害になる」


 茶太郎の胸が、ちくりと痛む。


 今まで料理を食べた霊や人は、温かいと喜んでくれた。

 けれど、喜ばれる料理と、弱った身体が受け入れられる料理は同じではない。


 十兵衛が口を挟む。


「では、診立てが終わるまで、空腹のまま待たせるのですか」


「待たせぬために、早く正しく診るのだ」


「正しいと、どう証明する」


「経過を見る。効かなければ改める。思い込みを患者へ押しつけぬ」


 一渓は十兵衛の木札を手に取った。

 そこには、試して効かなかった薬まで残されている。


「よい記録だ。だが、便の状態と尿の回数がない」


「そこまで聞くのか」


「恥ずかしいからと聞かずに、人を死なせる方が恥だ」


 十兵衛は一瞬黙り、すぐに新しい木札を削り始めた。

 仮小屋には、京鈴以外にも多くの病人がいた。

 一渓は全員を同じ病として扱わなかった。


 熱が高く、水も受けつけない者。

 腹を冷やし、身体を丸めて震える者。

 激しい症状は収まったが、何日も食べられず衰弱した者。


「茶太郎。粥を三つに分けよ」


「三つ?」


「病の名ではなく、今その者が受け入れられるものに合わせる」


 一つ目は、米を多くの水で煮た薄い米湯。

 米粒すら重い者には、上澄みを少量ずつ与える。


 二つ目は、柔らかく煮た粥。

 身体の冷えが強い者には、香りづけ程度の生姜と、よく焼いた味噌をほんのわずかに溶く。


 三つ目は、病後の者へ出す粥。

 細かく刻んだ青菜と、よく火を通した卵を加える。


 茶太郎は一渓の指示どおり、鍋を分けた。

 ゆかりが湯気の糸を見つめる。


「同じお米なのに、糸の色が違う……」


 一渓は頷いた。


「薬で病を攻めるだけが医ではない。食によって、病と向き合う身体を支える。これを食治しょくじという」


「食べ物で病気を治すの?」


「食だけで治る病もあれば、薬が必要な病もある。傷ならば手当ても要る。食を万能と思うな」


 茶太郎は三つの椀を見つめた。


「料理が病気を倒すんじゃないんだね」


「では、何をする」


「病気と戦ってる人が、生きる力をなくさないように支える」


 一渓の厳しい表情が、少しだけ緩んだ。


「覚えておけ」


 京鈴には、まず薄い米湯が差し出された。

 茶太郎は焼き味噌を入れたい気持ちを抑える。


「今は、こっちにしよう。元気になったら、家の味に近いお粥を作るから」


 京鈴は匙を見つめ、やがて小さく口を開いた。


 一口。

 しばらく待って、もう一口。

 吐き気がないことを確かめながら、ゆっくり飲んでいく。


「……味、ない」


「うん」


「おいしくない」


「元気になったら、おいしいのを作るよ」


 茶太郎が困ったように笑うと、京鈴もほんの少しだけ笑った。


 十兵衛は、その変化まで木札へ刻んだ。

 一渓が、並べられた患者の札を見回す。


「この印は何だ」


「水を汲んだ場所です」


 十兵衛が、札に刻んだ丸印を指した。

 倒れた者の多くに、同じ印がある。


「妙覚寺跡の東井戸か」


「はい。ただし、その水を飲んでも倒れていない者もいる」


「ならば水だけで決めつけるな。何と一緒に口へ入れたか、汲んだ時刻、保存した桶も調べよ」


 茶丸と虎吉が、水桶の周囲を嗅ぐ。

 虎吉は一つの桶へ近づこうとせず、耳を伏せた。


 茶丸が告げる。


『手がかりはある。だが、まだ証拠ではない』


 一渓は茶丸を見て、驚く様子もなく頷いた。


「賢い猫だ。医者より慎重かもしれぬ」


「一渓先生は、猫の言葉が分かるの?」


「分からぬ。ただ、分からぬものを無視しないだけだ」


 そのとき、外から怒声が上がった。

 十兵衛が東井戸を一時使わないよう求めたためだった。


「この井戸を止めたら、どこから水を汲めばええ!」


「病より先に、渇いて死ね言うんか!」


 一渓は茶太郎へ向き直る。


「病の原因を見つけるだけでは、人は救えぬ。井戸を止めるなら、代わりの水が必要だ」


 茶太郎は騒ぎの向こうに、一人の男が立っていることに気づいた。


 薬材商のような地味な衣。

 だが、その目は患者ではなく、水桶、薪の量、荷車、人の動きを見ている。

 男は薄く笑った。


「医者と料理人だけでは、町の詰まりまでは治せぬようですな」


 松永久秀まつなが・ひさひでが、正体を隠して現れた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


同じように見える病でも、必要な一椀は人によって違います。一渓先生と茶太郎が探す、ひとりひとりに合ったやさしさを見守ってください。

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『茶太郎がゆく』
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