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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第110話 「妙覚寺跡の病と、薬草を煮る浪人」

 ――灰に罪を着せる者と、失敗まで記す若者が出会う章――


 菊幢丸の初参内から三日後。


 茶太郎たちは、崩れた土塀から見つかった油布の出所を追い、妙覚寺みょうかくじの旧地へ来ていた。

 かつて堂宇が並んでいた場所には、焼けた礎石と仮小屋が残るだけだった。

 それでも、都へ戻ってきた職人や商人たちが少しずつ暮らしを立て直している。

 その一角から、激しい怒鳴り声が聞こえた。


「この灰の化け物を追い出せ!」


 人々に囲まれていたのは、白灰の髪と炭のような手足を持つ小さな霊――灰童子カイだった。


「お前が来てから、病人が増えた!」


「井戸へ灰を入れたんやろ!」


 カイは震えながら、炊事場の竈へ背を押しつけていた。


「ぼく……してない……。名前を、忘れないでって……出しただけ……」


 灰の上には、天文法華の乱で亡くなった者たちの名前が浮かんでいる。

 それを見た人々が、病を呼ぶ呪いだと思い込んだのだ。


 茶太郎がカイの前へ立った。


「カイは病気を運んでないよ」


「子どもに何が分かる!」


 男が茶太郎を押し退けようとする。

 その腕を、横から伸びた手が掴んだ。


「その子に触れるな」


 痩せた若い武士だった。

 使い込まれた着物に、傷の多い刀。肩まで伸びた髪を後ろで束ね、腰には薬草の小袋をいくつも提げている。


「誰や、お前は」


明智十兵衛あけち・じゅうべえ。今は、仕える主を持たぬ」


 浪人と聞き、人々の顔に警戒が浮かんだ。


 十兵衛は構わず、地面へ並べた木札へ目を戻した。

 木札には、名前と奇妙な印が刻まれている。


 丸は水。

 三角は粥。

 二本線は腹下し。

 黒い点は発熱。


 茶太郎がしゃがみ込む。


「何を書いてるの?」


「患者が何を食べ、どの水を飲み、いつ倒れたかだ」


「これ、全部十兵衛さんが調べたの?」


「聞き取れた分だけだ。口を利けなくなった者のことは、家族に聞いた」


 十兵衛は冷たい目で茶太郎を見た。


「病人へ近づくな。子どもの遊びではない」


 茶丸が、十兵衛の足元を見つめる。

 そこには煤けた子猫が寝かされ、十兵衛の羽織の片袖が掛けられていた。


『口は冷たい。手はそうでもない』


「余計なことを言うな」


 十兵衛には茶丸の念話が聞こえているらしい。


「猫が好きなの?」


「違う。放置すれば死ぬから手当てしただけだ」


 子猫が十兵衛の足へ顔をすり寄せる。


「……動くな。包帯がずれる」


 茶太郎が笑いかけたとき、仮小屋から呻き声が聞こえた。

 何人もの住民が、腹を押さえて横たわっている。

 十兵衛は薬草を煮ながら、一人ずつ顔色を確かめていた。


「同じ病気なの?」


 茶太郎には、病人たちから似た苦味が感じられた。


 だが、すべて同じではない。

 焼けるような苦味。

 冷え切った渋味。

 何日も食べていない、空っぽの味。


「原因はまだ分からぬ」


 十兵衛は言い切った。


「分からないって、言っていいの?」


「分からぬのに分かったふりをする方が危険だ」


 十兵衛は木札の一枚を裏返す。

 そこには、試した薬と、効かなかったことまで記されていた。


「失敗を消せば、次の患者も同じ目に遭う」


 その言葉を聞いた茶太郎の胸に、細い縁が触れた。

 しかし次の瞬間、京鈴きょうすずがふらりとよろめいた。


「京鈴!」


 茶太郎が抱き止める。


 額が熱い。

 朝から何も食べず、調査についてきたため、身体が限界を迎えていた。


 十兵衛はすぐに京鈴の手首へ指を当てた。


「水を。一度沸かして冷ましたものだ。いきなり多く飲ませるな」


 差し出された薬湯を、京鈴は顔を背けて拒んだ。


「知らん人の薬……いらん」


「毒ではない」


「いらん……」


 茶太郎は京鈴の隣へ座った。


「何なら食べられそう?」


 長い沈黙のあと、京鈴が小さく答えた。


「お粥……。焼いた味噌が、ちょっとだけ入ったやつ」


「家で食べてたの?」


 京鈴は頷いた。


「でも、これ……うちの味やない」


 否定する声には、自分の家の味を忘れていない強さが残っていた。


 茶太郎は鍋へ向かう。


「じゃあ、一緒に思い出そう」


「待て」


 十兵衛が止めた。


「腹を下している者へ、勝手に味噌を入れるな。身体の熱や弱り方が違う」


「でも、何も食べなかったら――」


「食わせることが、かえって害になる場合もある」


 二人の視線がぶつかった。

 そこへ、仮小屋の入口から落ち着いた声がした。


「双方とも正しい。ゆえに、そのままでは双方とも人を誤る」


 旅装の医師が立っていた。

 三十歳ほど。静かな目で京鈴と鍋を見比べている。


「脈を診せていただこう」


 男は京鈴の前へ膝をついた。


「旅の医者だ。今は――一渓いっけいと名乗っている」


 後に医聖と呼ばれる曲直瀬道三まなせ・どうさんと、茶太郎たちが出会った瞬間だった。

今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。


薬草を煮る浪人と、旅の医者との出会い。灰の残る場所から、命を支える新しい縁が静かに動き始めました。


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『茶太郎がゆく』
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