第100話 「百本の材木と、伐らない一本」
――町を建て直しながら、山を残す――
梢丸と樫丸が北山の仕事へ加わって間もなく、下京から大きな注文が届いた。
——仮小屋と共同蔵を補強するため、材木百本を求む。
雪の重みで屋根が傾き、焼け残った柱にも亀裂が入り始めているという。
「百本も伐るだと!」
宗白の書状を読んだ梢丸は、黒い翼を逆立てた。
「人間は約束した翌日に、もう山を裸にするのか!」
「下京も遊びで木を欲しがっとるんやない」
樫丸が答える。
「柱が倒れたら、人が死ぬ」
「だからといって、若い木まで伐れば、次の雪で山が崩れる!」
二人の言葉は、どちらも間違っていなかった。
町には今、材木が必要だ。
山には未来の木が必要だ。
茶太郎は百個の小石を並べ、考え込んだ。
「下京が本当に必要なのは、木が百本なのかな」
「書状には、そう書いてある」
梢丸が鼻を鳴らす。
「でも、屋根を支える柱と、壁の隙間を塞ぐ板では、必要な木の太さが違うよ」
甚八が顎へ手を当てた。
「長くて太い材が要る場所もあれば、短い端材で足りる場所もある。注文の書き方が大雑把すぎたんや」
太常が不機嫌そうに帳面を開く。
「『材木百本』では数えられません。長さも太さも用途も違います」
「だいたい百本でええやろ」
こたろが言った。
「“だいたい”が最も危険です」
太常の冷たい視線に、こたろはかん太の後ろへ隠れた。
◆山の木を数える
茶太郎たちは、村の杣人と山を歩いた。
梢丸は上空から樹冠を見て、葉の色が弱った木を探す。
樫丸は根元へ手を当て、土の緩みと腐りを確かめる。
茶丸は地脈の揺れを読み、雪解け水が集まる斜面を避けた。
木には、用途ごとに縄の印を結んだ。
赤は、倒れる危険が高く、先に処置する木。
白は、建物の柱や梁に使える木。
青は、若木や斜面を支えるため、伐ってはならない木。
ところが、山を一巡しても、白い印をつけられた木は二十本ほどしかなかった。
「これでは百本に届かない」
村人が困った顔をする。
材木と引き換えに、下京から味噌や鉄の補修具が届く予定だった。注文を満たせなければ、村の冬仕事も減ってしまう。
村人の一人が、青い印の若木へ手を伸ばした。
「少しくらい白へ替えても、分からへんやろ」
梢丸が急降下し、その手を払いのけた。
「分からないと思えば、約束を破ってよいのか!」
「人間は腹が減るんや! 天狗に村の暮らしが分かるか!」
梢丸の翼が風を巻き起こす。
樫丸が二人の間へ入り、風を背中で受け止めた。
「やめろ。木を守って、人を山から追い出したら、誰がこの森を手入れする」
「では若木を伐れというのか!」
「違う。百本という数の方を見直すんや」
◆一本を一本として数えない
茶太郎は下京へ戻り、必要な場所を一軒ずつ見て回った。
長い柱が必要な家。
屋根を支える横木だけを替えればよい家。
壁板が数枚あれば冬を越せる小屋。
床を少し持ち上げれば、湿気を防げる共同蔵。
甚八と大工たちは、焼け残った材も調べた。
表面が焦げていても、中心まで傷んでいない木は削って再利用する。短い材は、建物の柱にはせず、棚、床台、乾燥棚、保温煮箱へ回す。
曲がった材は薪にせず、橇の先や道具の柄として使う。
「必要やったのは、同じ木を百本やなかった」
宗白が新しい注文書を書いた。
柱材二十本。
横木十二本。
板材三十枚。
短材四十束。
杭と楔、必要数。
再利用できる材は、下京側で先に集める。
「これなら、山から伐り出す木を減らせる」
茶太郎は言った。
「町の都合で百本と書くんじゃなく、何に使うかを伝えるんだ」
太常が満足そうに頷いた。
「ようやく数えられる注文になりました」
◆伐らない一本
北山では、赤い印の危険木と、白い印の成木だけを伐ることになった。
梢丸が風の向きを読み、樫丸が根と重心を確かめる。杣人たちは縄を張り、楔を打つ。
伐り倒した木は、その場で用途別に分けた。
太い真っ直ぐな部分は柱。
枝分かれした部分は道具。
細い枝は炭や木屑炭団。
樹皮や削り屑まで、乾燥や焚き付けに回す。
最後の木を選ぶ時、村人が一本の杉を指した。
「これを伐れば、注文の数にちょうど届く」
樫丸は根元へ手を置いた。
「木は丈夫や。まだ何十年も立てる」
梢丸は梢へ飛び、周囲を見渡した。
「この木の根は、下の若木を雪崩から守っている」
茶太郎は木を見上げた。
「じゃあ、伐らない」
「数が一つ足りんぞ」
「足りない分は、下京で別の材を探す。山に必要な一本まで持っていかない」
宗白は注文書の最後へ、こう書き加えた。
——不足一。山を守るため、伐採せず。
それは失敗ではなかった。
山と町が、互いに越えてはならない線を記した最初の一行だった。
◆百椀の山汁
伐採と仕分けが終わると、茶太郎は大鍋を用意した。
干し茸、蕪、豆、雑穀。そこへ麦すいとんを落とし、味噌で整える。
山仕事をした者へ、一椀ずつ配った。
百本の木ではなく、百椀の《北山巡り汁》だった。
「木は足りへんかったけど、椀は百ある〜!」
こたろが嬉しそうに数える。
太常がすぐに訂正した。
「文福茶釜が味見したので、残りは九十九椀です」
「ぽんぽこぽん! 味の確認は大事な仕事やで!」
笑い声が雪の山へ広がった。
食事のあと、樫丸は伐らなかった杉の近くへ、小さな苗を植えた。
梢丸は何も言わず、翼で苗の雪を払った。
町を建て直すために山を壊さない。
山を守るために、人の暮らしを見捨てない。
茶太郎たちの《巡る山仕事》は、一本を伐らないという選択によって、本当の始まりを迎えた。
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町を守るには材木が必要です。しかし、注文された数だけを見て若木まで伐れば、次の冬に山が崩れるかもしれません。
今回は百本をそろえるのではなく、木の状態と用途を見直し、一本を山へ残しました。町を建て直すために山を壊さず、山を守るために人の暮らしも見捨てない。その両方を続けるのが《巡る山仕事》です。




