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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第100話 「百本の材木と、伐らない一本」

 ――町を建て直しながら、山を残す――


 梢丸こずえまる樫丸かしまるが北山の仕事へ加わって間もなく、下京しもぎょうから大きな注文が届いた。

 ——仮小屋と共同蔵を補強するため、材木百本を求む。


 雪の重みで屋根が傾き、焼け残った柱にも亀裂が入り始めているという。


「百本も伐るだと!」


 宗白そうはくの書状を読んだ梢丸は、黒い翼を逆立てた。


「人間は約束した翌日に、もう山を裸にするのか!」


「下京も遊びで木を欲しがっとるんやない」


 樫丸が答える。


「柱が倒れたら、人が死ぬ」


「だからといって、若い木まで伐れば、次の雪で山が崩れる!」


 二人の言葉は、どちらも間違っていなかった。


 町には今、材木が必要だ。

 山には未来の木が必要だ。


 茶太郎は百個の小石を並べ、考え込んだ。


「下京が本当に必要なのは、木が百本なのかな」


「書状には、そう書いてある」


 梢丸が鼻を鳴らす。


「でも、屋根を支える柱と、壁の隙間を塞ぐ板では、必要な木の太さが違うよ」


 甚八じんぱちが顎へ手を当てた。


「長くて太い材が要る場所もあれば、短い端材で足りる場所もある。注文の書き方が大雑把すぎたんや」


 太常たいじょうが不機嫌そうに帳面を開く。


「『材木百本』では数えられません。長さも太さも用途も違います」


「だいたい百本でええやろ」


 こたろが言った。


「“だいたい”が最も危険です」


 太常の冷たい視線に、こたろはかん太の後ろへ隠れた。


 ◆山の木を数える


 茶太郎たちは、村の杣人そまびとと山を歩いた。


 梢丸は上空から樹冠を見て、葉の色が弱った木を探す。

 樫丸は根元へ手を当て、土の緩みと腐りを確かめる。

 茶丸は地脈の揺れを読み、雪解け水が集まる斜面を避けた。


 木には、用途ごとに縄の印を結んだ。


 赤は、倒れる危険が高く、先に処置する木。

 白は、建物の柱や梁に使える木。

 青は、若木や斜面を支えるため、伐ってはならない木。


 ところが、山を一巡しても、白い印をつけられた木は二十本ほどしかなかった。


「これでは百本に届かない」


 村人が困った顔をする。


 材木と引き換えに、下京から味噌や鉄の補修具が届く予定だった。注文を満たせなければ、村の冬仕事も減ってしまう。


 村人の一人が、青い印の若木へ手を伸ばした。


「少しくらい白へ替えても、分からへんやろ」


 梢丸が急降下し、その手を払いのけた。


「分からないと思えば、約束を破ってよいのか!」


「人間は腹が減るんや! 天狗に村の暮らしが分かるか!」


 梢丸の翼が風を巻き起こす。


 樫丸が二人の間へ入り、風を背中で受け止めた。


「やめろ。木を守って、人を山から追い出したら、誰がこの森を手入れする」


「では若木を伐れというのか!」


「違う。百本という数の方を見直すんや」


 ◆一本を一本として数えない


 茶太郎は下京へ戻り、必要な場所を一軒ずつ見て回った。


 長い柱が必要な家。

 屋根を支える横木だけを替えればよい家。

 壁板が数枚あれば冬を越せる小屋。

 床を少し持ち上げれば、湿気を防げる共同蔵。


 甚八と大工たちは、焼け残った材も調べた。


 表面が焦げていても、中心まで傷んでいない木は削って再利用する。短い材は、建物の柱にはせず、棚、床台、乾燥棚、保温煮箱へ回す。


 曲がった材は薪にせず、そりの先や道具の柄として使う。


「必要やったのは、同じ木を百本やなかった」


 宗白が新しい注文書を書いた。


 柱材二十本。

 横木十二本。

 板材三十枚。

 短材四十束。

 杭と楔、必要数。


 再利用できる材は、下京側で先に集める。


「これなら、山から伐り出す木を減らせる」


 茶太郎は言った。


「町の都合で百本と書くんじゃなく、何に使うかを伝えるんだ」


 太常が満足そうに頷いた。


「ようやく数えられる注文になりました」


 ◆伐らない一本


 北山では、赤い印の危険木と、白い印の成木だけを伐ることになった。


 梢丸が風の向きを読み、樫丸が根と重心を確かめる。杣人たちは縄を張り、楔を打つ。

 伐り倒した木は、その場で用途別に分けた。


 太い真っ直ぐな部分は柱。

 枝分かれした部分は道具。

 細い枝は炭や木屑炭団。

 樹皮や削り屑まで、乾燥や焚き付けに回す。


 最後の木を選ぶ時、村人が一本の杉を指した。


「これを伐れば、注文の数にちょうど届く」


 樫丸は根元へ手を置いた。


「木は丈夫や。まだ何十年も立てる」


 梢丸は梢へ飛び、周囲を見渡した。


「この木の根は、下の若木を雪崩から守っている」


 茶太郎は木を見上げた。


「じゃあ、伐らない」


「数が一つ足りんぞ」


「足りない分は、下京で別の材を探す。山に必要な一本まで持っていかない」


 宗白は注文書の最後へ、こう書き加えた。

 ——不足一。山を守るため、伐採せず。


 それは失敗ではなかった。

 山と町が、互いに越えてはならない線を記した最初の一行だった。


 ◆百椀の山汁


 伐採と仕分けが終わると、茶太郎は大鍋を用意した。


 干し茸、蕪、豆、雑穀。そこへ麦すいとんを落とし、味噌で整える。


 山仕事をした者へ、一椀ずつ配った。


 百本の木ではなく、百椀の《北山巡り汁》だった。


「木は足りへんかったけど、椀は百ある〜!」


 こたろが嬉しそうに数える。


 太常がすぐに訂正した。


「文福茶釜が味見したので、残りは九十九椀です」


「ぽんぽこぽん! 味の確認は大事な仕事やで!」


 笑い声が雪の山へ広がった。


 食事のあと、樫丸は伐らなかった杉の近くへ、小さな苗を植えた。

 梢丸は何も言わず、翼で苗の雪を払った。

 

 町を建て直すために山を壊さない。

 山を守るために、人の暮らしを見捨てない。


 茶太郎たちの《巡る山仕事》は、一本を伐らないという選択によって、本当の始まりを迎えた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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町を守るには材木が必要です。しかし、注文された数だけを見て若木まで伐れば、次の冬に山が崩れるかもしれません。


今回は百本をそろえるのではなく、木の状態と用途を見直し、一本を山へ残しました。町を建て直すために山を壊さず、山を守るために人の暮らしも見捨てない。その両方を続けるのが《巡る山仕事》です。


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『茶太郎がゆく』
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