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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第99話 「北山の木守天狗と、角の欠けた鬼」

 ――木を伐る者と、木を守る者――


 黒い羽根と、大きな足跡を追い、茶太郎たちは北山の奥へ入った。

 雪を載せた杉が空を覆い、風が梢を渡るたび、低い唸り声のような音が響く。


 あおが上空を旋回し、雪の上へ降り立った。


「この先に二つの気配がある。翼を持つ者と、ひどく重い者だ」


「重いって、どれくらい〜?」


 こたろが足跡へ自分の足を重ねる。

 大きな足跡には、こたろの両足がすっぽり入った。


「ぼく、食べられちゃうかも〜!」


「そこで楽しそうにするな」


 かん太がこたろを抱き上げた。

 茶丸は、倒れた木の根へ鼻を近づける。


『恐怖の匂いはない。だが、互いに強く警戒している』


 そのとき、頭上から鋭い声が降ってきた。


「それ以上、山へ入るな!」


 黒い翼が雪を巻き上げる。

 枝から飛び降りたのは、十一歳ほどの少年だった。

 赤褐色の髪、小さな天狗鼻。山仕事の脚絆を着け、背には黒い翼が広がっている。


 木守天狗きもりてんぐ梢丸こずえまるだった。


「人間は木を数える時、材木になった姿しか見ない。生きた木の声も聞かず、伐って、燃やして、山を空にする!」


 甚八じんぱちが腕を組む。


「乾燥棚に使う材は、倒木から選んどる。生きた木を片っ端から伐ってへん」


「なら、あの鬼を止めろ!」


 梢丸が翼で示した先。

 太い杉の陰から、大柄な少年が現れた。


 灰青色の肌。額には、先の欠けた一本角。腰には大きな木槌とくさびを下げている。


 鬼は、人々を見ると申し訳なさそうに肩をすぼめた。


「……樫丸かしまるや」


「こいつが夜ごと木を倒している!」


 梢丸が叫ぶ。


 樫丸は俯いたまま答えた。


「倒れる前に……倒しただけや」


「同じことだ!」


「同じやない」


 樫丸の太い指が、雪の下に隠れた根を示した。


「根が腐っとった。村の方へ傾いとった。次に重い雪が降ったら、炭小屋を潰してた」


 梢丸の翼が大きく逆立つ。


「それでも、山の木を伐るなら、私へ断るべきだ!」


「お前、話を聞く前に風をぶつけるやろ」


「風をぶつけられて困るようなことをするな!」


 二人の声に、枝の雪がばさりと落ちた。


 ◆倒れる杉


 突然、京鈴きょうすずが耳を押さえた。


「……木が、裂ける」


 山の斜面から、めきめきと不吉な音が響く。

 一本の老杉が、村へ続く道の方向へ傾き始めていた。


「みんな、道から離れて!」


 茶太郎が叫ぶ。


 梢丸が飛び上がり、枝の揺れを読む。


「北西から強い風が来る! このままでは道へ倒れる!」


 樫丸は杉の根元へ駆け、地面へ掌を当てた。


「谷側の根が切れとる。山側だけ残ってる……あと少ししか持たへん」


「二人とも、倒れる場所を変えられる?」


 茶太郎が尋ねる。


 梢丸は首を振った。


「風は読めても、止められない」


「わし一人の力でも、支えられへん」


「なら、人の手も合わせよう」


 甚八と村人たちは、樫丸が示した高さへ太縄を掛けた。ハチが結び目を二重にし、木の幹へ食い込まないよう古い筵を挟む。


 倒したい方向には、雪を払って空間を作る。

 樫丸が楔を打ち込む位置を決め、梢丸が次の風を待つ。


「まだや……まだ……今!」


 風が山側へ吹いた瞬間、村人たちが一斉に縄を引く。

 樫丸が木槌を振り下ろした。

 老杉は大きく軋み、村道を避け、雪を払った空き地へ倒れた。


 轟音が山を揺らす。

 誰も、神や妖の力だけで木を倒したのではない。


 風を読んだ者。

 根を確かめた者。

 縄を結んだ者。

 力を合わせて引いた者。


 そのすべてが揃って、ようやく倒れる方向を変えられた。


 ◆残す木、使う木


 梢丸は倒れた杉の切り口を見つめた。

 中心には腐りが広がっている。


「……本当に、長くは持たなかったのか」


「嘘、ついてへん」


 樫丸は小さく答えた。


「木を壊したいわけやない。倒れた木を炭や材へ変えたら、無駄にならんと思っただけや」


 茶太郎は二人の間へ立った。


「梢丸は、木を残したい。樫丸は、危ない木を放っておきたくない。守り方が違うだけじゃないかな」


「だが、人間は一度使い始めれば、もっと欲しがる」


 梢丸の声には、怒りより恐れがあった。


「じゃあ、伐った数を隠さない仕組みにしよう」


 茶太郎は提案した。


 建築に使える太い木は、炭にしない。

 枯木、倒木、枝、製材の端材から先に使う。

 一つの場所を伐り尽くさない。

 伐った場所と本数を木札へ記す。


 若木を守り、必要なら苗を植える。

 山の村と、材を使う下京の両方に帳面を置く。


「梢丸が上から森を見て、樫丸が根と地面を確かめる。人は二人の話を聞いて、使う量を決める」


 梢丸はすぐには答えなかった。


「人間の約束など、風より軽い」


 そのとき樫丸が、倒れた杉の前へ膝をついた。

 角の欠けた大きな鬼は、雪を払って切り株へ手を置き、深く頭を下げた。


 誰へ見せるためでもない。

 長く山に立っていた木の命を、所作だけで認めていた。


 梢丸の翼が、静かに畳まれる。


「……お前も、木へ礼をするのか」


「使わせてもらうんや。せな、次の木に顔向けできへん」


 梢丸は切り株の反対側へ降りた。


 そして樫丸と同じように、片膝をついた。

 二人の間に、言葉はなかった。


 雪の中で頭を下げる天狗と鬼を見て、村人たちも手を止めた。

 山の静けさそのものが、祈りになったようだった。


 ◆山を巡る味


 茶太郎は干し茸の戻し汁へ雑穀と豆を入れ、麦すいとんを作った。

 樫丸には大きな椀。梢丸には、茸を多めにした椀を差し出す。


「これ、昨日の……」


 樫丸は一口食べ、目を細めた。


「山から取ったもんが、人を生かして、また山の仕事になって返ってくる味や」


 梢丸も椀を受け取った。


「茸の乾かし方は、まだ甘い。南からの風を使えば、香りをもっと残せる」


「教えてくれるの?」


「べ、別にお前を褒めたのではない! 茸がもったいないだけだ!」


 黒い翼が、嬉しさを隠せず大きく広がった。


 蒼が横から覗き込む。


「その翼では、川霧の中は飛べまい」


「水辺の鳥に山の風が分かるものか!」


「見える範囲なら、私の方が広い」


 二羽の言い争いを聞き、樫丸が小さく笑った。

 こうして北山に、二人の新しい仲間が加わった。


 空から森を見る木守天狗・梢丸。

 根と地盤を感じる山造りの鬼・樫丸。


 天の風、地の根、人の約束。


 三つを結ぶ《巡る山仕事》が、ここから始まろうとしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!


新しく仲間になった梢丸は、空から森の変化と風を読む木守天狗です。気位が高く素直ではありませんが、木や山の恵みが粗末にされることを何より嫌います。


樫丸は、根や地盤の傷みを感じ取る一本角の鬼です。荒々しい外見に反して、危険な木を倒し、山崩れから人を守る山仕事の担い手です。


木を守る者と、必要な木を倒す者。反対に見える二人が力を合わせ、《巡る山仕事》が始まります。


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『茶太郎がゆく』
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