第98話 「北山の乾燥棚と、風に消された火」
――余った熱で、山の恵みを春まで残す――
水車で挽いた麦粉が下京へ届くようになると、共同炊事場の料理は増えた。
麦団子、麦粥、炒り麦の力団子。
けれど北山の村から、新たな文が届いた。
——茸と蕪が余っている。雪が深くなれば運べず、春まで残せない。
「下京では野菜が足りへんのに、山では傷ませるんか」
かん太が眉を寄せる。
青龍は地図の道を指でなぞった。
「必要な場所と、余っている場所が離れている。しかも冬の道は遅い」
玄武が眠そうに答える。
「急いで運べぬなら……食料の方を、待てる姿へ変えよ」
茶太郎は軒先の干し大根を見上げた。
「水を減らせば、軽くなる。傷むまでの時間も延ばせるよ」
ただし、雪や霧の多い北山では、軒へ吊るすだけでは乾かない。
「炭窯の熱を借りたらどうや?」
こたろが手を上げた。
「煙もいっぱいあるけど〜!」
茶太郎は頷いた。
「熱だけを借りて、煙と湿り気は外へ逃がす棚を作ろう」
◆黒くなった茸
茶太郎たちは、再び北山の村へ向かった。
炭焼き小屋のそばに竹棚を組み、薄く切った蕪、大根、茸を並べる。
火床から棚へ土の煙道を通し、温かな空気を送った。
「これなら雪の日でも乾く!」
村人たちは喜んだ。
ところが、火を入れて間もなく、山の上から突風が吹き下ろした。
煙が煙道を逆流し、乾燥棚から黒い煙が噴き出す。
「火を落として!」
茶太郎の声に、カイが灰をかける。
朱雀は避難する方向を示し、騰蛇は煙の広がりを追った。
火事にはならなかった。
しかし棚の茸と大根は煤に汚れ、苦い匂いをまとっていた。
「風向きを読めてへんかった……」
茶太郎は黒くなった茸を前に肩を落とした。
そのとき、木々の上から子どものような声がした。
「山の風を知らぬ者が、勝手に煙の道を作るからだ」
見上げても、雪を載せた枝が揺れているだけだった。
「誰や!」
かん太が叫ぶ。
返事はない。
ただ一枚の黒い羽根が、煤けた棚の上へ落ちてきた。
◆火の道と風の道
「煙を熱と一緒に棚へ入れたのが間違いだった」
茶太郎は一度目の棚を壊した。
新しい棚は炭窯から離して作る。
小さな火床の上へ厚い焼け瓦を置き、瓦が受け取った熱だけで棚の空気を温める。煙は別の煙道から外へ逃がす仕組みだ。
棚の下側には空気を入れる穴、上側には湿気を抜く穴を開けた。
甚八が周囲の木材を調べる。
「新しい木を伐るまでもない。こっちの倒木なら、まだ使える」
村人の一人が首を振った。
「それには触るな。鬼が倒した木や」
「鬼?」
「このところ、山の木が夜のうちに倒れとる。雪の上には、人の倍もある足跡が残っとった」
茶丸は倒木の根元を確かめた。
『無理に折られた跡ではない。根が腐り、雪の重さで傾いていた木だ』
「じゃあ、その鬼は……危ない木を先に倒したのかも」
「鬼を庇うんか?」
村人の声が固くなる。
茶太郎は答えを急がなかった。
「まだ分からない。分からないから、跡を調べよう」
◆厚さを揃える
二度目の乾燥棚では、煙の匂いはつかなかった。
だが、厚く切った蕪の中心に湿りが残った。
ハチが一枚を折ると、中から水がにじむ。
「これを袋へ入れたら、ほかの乾物まで湿る」
「同じ棚へ置くなら、厚さを揃えよう」
甚八が木で幅見本を作り、村人たちは大根や蕪を同じ厚みに切った。
京鈴は折れる音を聞き、カイは色と匂いを確かめる。レオは乾かす前と後の重さを記録した。
薄くすれば、何でもよいわけではない。
茸は大きさに合わせて割り、葉物は束を小さくする。夜は火を消し、湿気を抜く穴を閉ざしすぎない。
茶太郎が上側の穴を開いた瞬間、また風が吹いた。
今度の風は煙を逆流させず、棚の中の湿りだけを抜いていった。
木々の上から、声が降ってくる。
「……少しは風の使い方を覚えたようだな」
茶太郎が顔を上げると、枝の間に黒い翼が見えた。
だが瞬きをした時には、姿は消えていた。
◆冬茸の麦すいとん
完成した干し茸と干し大根を使い、茶太郎は麦すいとんを作った。
茸の戻し汁へ豆と根菜を加え、味噌を溶く。水車で挽いた麦粉は平たい団子にし、中心まで煮えるよう薄く整えた。
湯気の立つ椀を、村人たちと囲む。
「肉がないのに、ええ出汁や」
「山の茸が、下京の人を助ける味になったんだよ」
茶太郎は、もう一つの椀を炊事小屋の外へ置いた。
「誰の分や?」
こたろが尋ねる。
「風を教えてくれた人と、倒れそうな木を片づけた人の分」
夜が更けても、誰も姿を現さなかった。
ところが翌朝。
木の枝へ置いた小さな椀は空になり、代わりに黒い羽根が一枚残されていた。
地面へ置いた大きな椀も空だった。
その横には、一本角を持つ大きな影の足跡と、子どものように不器用な文字が残されていた。
——うまかった。木は、壊すために倒したんやない。
茶太郎が山を見上げる。
梢では黒い翼が揺れ、倒木の向こうには灰青色の大きな影が立っていた。
北山には、まだ人が知らない二つの思いが隠れている。
木を伐らせまいとする天狗。
木を倒したと疑われる鬼。
その間にある縁をほどくことが、茶太郎たちの次の仕事となった。
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山で余っている食材も、そのままでは雪道を越えられません。乾燥によって「急いで運ばなくてもよい形」に変えることが、山の恵みを春までつなぎます。
ただし、乾燥保存には温度、湿度、衛生管理が必要です。見た目だけで安全を判断せず、現代では適切な保存方法に従ってください。
作業を助けた二つの気配――木守天狗と角の欠けた鬼が、次回ついに姿を現します。




