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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第101話 「足りない梁と、名のない者の仕事場」

――短い木を継ぎ、帰る場所を先に作る――


 北山から材木が届いた朝、下京しもぎょうの人々は荷車を取り囲んだ。


 柱材、横木、板材、短材、杭、楔。


 どれも用途を書いた木札が結ばれている。


 荷の最後には、宗白そうはくが書いた一枚の札があった。


 ——不足一。山を守るため、伐採せず。


「一本、足りへんのか」


「わしらの小屋を後回しにする気やろ」


「山の木一本と、人の命と、どっちが大事なんや!」


 不満の声が上がる。


 梢丸こずえまるは黒い翼を広げかけたが、樫丸かしまるが静かに押さえた。


「話を聞いてからや」


 宗白は町組の帳面を開いた。


「不足しているのは、共同の仕事場に使う長いはり一本です。住まいを補強する柱は、必要な数が届いております」


「仕事場なんぞ、春に作ればええ」


 町人の一人が言った。


「まずは家や」


 お寅婆とらばばが鼻を鳴らす。


「冬の仕事場がなかったら、草鞋も縄も風重ねも作れへん。食料と交換する品が止まるんやで」


 家を先に直すべきか。

 皆が働ける場所を先に作るべきか。

 どちらも、冬を越すために必要だった。


 ◆誰のための仕事場か


 宗白が示した建物は、焼け残った町会所だった。

 壁は半分失われ、屋根を支える梁が焼け落ちている。


 ここを直せば、草鞋作り、懐炉袋の縫製、荷札作りを一か所で行える。夜には、寝る場所のない者を受け入れることもできる。


「けど、町組に名のある者が先や」


 年配の男が言った。


「よそ者まで入れたら、場所が足りん」


 ハチが一歩後ろへ下がった。

 空椀の食札を持つ彼には、まだ家名も町名もない。

 京鈴きょうすずは、ハチの袖をつかんだ。


 そのとき、天后てんこうが静かに問いかけた。


「その仕事場に、名簿から漏れた者の場所はありますか?」


 男は言葉に詰まった。


 茶太郎は、届いた短材の束を見つめる。


「家がない人ほど、冬の仕事が必要だよ。ここは、町の名前を持つ人だけの場所にしない」


「それでは誰が責任を持つ」


 宗白の問いは厳しかった。


「入る者の名が分からなくても、仕事と受け取った食料は記録できます」


 ハチが小さな声で答えた。


「空椀の札と、仕事の印を一緒に残したらええ」


 宗白はハチを見つめた。


「お前が記すのか?」


「字は、まだ全部書けへん。でも、縄の結び方と印なら分かる」


「ならば覚えろ。帳面は、名のある者だけのものではない」


 ハチは驚いた顔で、差し出された炭筆を受け取った。


 ◆梁を継ぐ


 問題は、足りない長梁だった。


「短い木を二本くっつけたらええやん」


 こたろが簡単そうに言う。


 甚八じんぱちは首を振った。


「真ん中で繋いだだけでは、人と雪の重さに耐えへん。折れたら屋根ごと落ちる」


 大工たちは、焼け残った柱を一本ずつ調べた。


 表面が炭化した木を削ると、内部に傷みの少ない材が二本見つかった。


 だが、どちらも梁としては短い。


 茶太郎は建物の中央を見た。


「継ぎ目の下へ、柱を置けないかな」


 大工が頷く。


「宙で継ぐのではなく、柱の真上で二本を受ける。これなら荷が地面へ逃げる」


 二本の梁には互い違いの切り込みを入れ、重ね合わせる。甚八が古い武具の鉄から打ち直したかすがいで留めた。

 樫丸が梁を持ち上げる。


「重いけど……持てる。縄、頼む」


 ハチは柱へ縄を掛け、荷運びで覚えた二重の結びを使った。


 梢丸は屋根の上から風を読む。


「今は上げるな。西風が来る……止んだ、今だ!」


 大人たちが縄を引き、樫丸が下から支える。

 二本の短い梁は中央の柱の上で重なり、鎹が打ち込まれた。


 ◆最初の軋み


 屋根板を載せ始めた時、京鈴が顔を上げた。


「……継ぎ目が鳴いてる」


 皆が作業を止める。


 鎹の一本がわずかに浮き、梁が擦れていた。


「これくらいなら大丈夫やろ」


 職人が言ったが、甚八は首を振った。


「大丈夫かどうか分からんものの下で、子どもを寝かせられるか」


 屋根板を一度下ろし、鎹を打ち直す。中央柱の土台にも平石を足し、沈まないよう周囲を締めた。


 二度目。


 京鈴は長い間、梁へ耳を澄ませた。


「……今度は、落ち着いた音」


 茶丸も柱の根元へ前足を置く。


『荷が地へ流れている。これなら耐えよう』


 霊の言葉だけで決めず、大工も継ぎ目と柱を改めて確認した。


 ◆名のない者の仕事場


 壁には短材と竹を組み、土と藁を塗った。

 板材を使い切らず、風が強く当たる側へだけ張る。床は共同蔵と同じように地面から少し上げ、湿気を逃がした。


 完成した建物には、《冬継ぎ所》という名がついた。


 昼は仕事場。

 夜は宿のない者が眠る場所。


 火を扱う部屋と、藁や紙を扱う部屋は分けられた。

 最初の仕事は、丹波へ返す荷縄と草鞋だった。


 ハチは入口へ座り、入った者の札と、作った品の数を記す。


 名前の分からない者には、空椀の印。

 草鞋を一足作れば、足跡の印。

 縄を一束綯えば、結び目の印。


 文字を知らない者にも、自分の仕事が帳面のどこに残ったか分かった。


 京鈴は草鞋の縄を弾き、レオは大きさを揃える。こたろは試し履きをし、かん太は完成品を蔵へ運んだ。


 茶太郎は大鍋で冬茸の麦すいとんを作った。

 仕事を終えた者へ、一椀ずつ配る。


「ここ、ぼくもいてええの?」


 ハチが尋ねた。


「ハチがいないと、誰が縄と帳面を繋ぐの?」


 茶太郎が答えると、ハチは炭筆を握り直した。


 山に残した一本の木は、伐られなかった。

 代わりに二本の短い材と、一本の中央柱が、人々の手で新しい梁になった。

 足りないものを無理に奪わず、形と支え方を変える。


 その冬、下京には家名を問わず働ける、小さな仕事場が生まれた。


 そして軒先には、空椀、足跡、結び目の札が、冬の風に並んで揺れていた。

お読みいただき、ありがとうございます。


足りない梁の向こうに見えてきたのは、名もない誰かの居場所でした。小さな手仕事が帰る場所へ育っていく様子を、見守っていただけたら嬉しいです。


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『茶太郎がゆく』
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