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せとうちに眠る龍の夢  作者: 遊佐東吾


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18/18

軟禁は高級旅館にて

 ティーバッグの緑茶なのだが、パッケージには高級感が漂っていた。


「いいお茶っぽいな。ママなら『高そうだから買っちゃダメ』って言いそう」


 倹約家である母の顔を思い浮かべつつ、千鳥は三人分のティーバッグを準備する。電気ケトルを使えばすぐに湯は用意できた。

 今、千鳥たちは旅館の一室にいる。それもえらく高価そうなところだ。

 率直に言って、彼女が家族とともに東京で暮らしているマンションよりも広い。空間を贅沢に使っているリビングルームはコーナー窓になっており、瀬戸内海がパノラマで一望できた。さらには旅館らしく畳の和室が別にあり、立派な檜風呂があり、ベッドを二台置いた寝室は二部屋もある。空調だって快適そのものだ。

 ただし案内された際に「しばらく自由に出歩かないでほしい」と言い含められていた。いわゆる軟禁状態というやつなのだろう。

 狸の茶がまが連れてきたスーツの集団が敵なのか味方なのか、まだはっきりとは判明していない。今はとにかく向こうの出方を待つしかなさそうだった。

 だからこそ、千鳥は温かいお茶を飲んで心を落ち着けたかった。緑茶は美味しくてほっとする上に喉にもいい。いいことずくめだ。


「花純さーん、お茶が入ったよー」


 叔母へ呼び掛けながら、盆に乗せた三人分のお茶を運んでいく。

 その花純だが、この部屋へ案内されてからずっとリビングルームのソファで、膝を抱えて体育座りをしていた。顔も膝頭へ埋めてしまっている。

 あまりの落ち込みように、千鳥としても対応が難しい。

 どうやらずっと「切り札の使いどころを誤ったのではないか」と気にしているようだが、花純が決断してくれなければ千鳥たちは無事ではいられなかっただろう。もちろん大勢の高松市民もだ。

〈龍の夢〉に呑み込まれたせいで、強烈な寒波に見舞われた高松市中心部。ずっと眠ったままだった清三だけはスーツ姿の集団に別室へ連れていかれ、体調に異変がないか診察を受けている。

 残るはテツだが、彼だけは降って湧いたような高級旅館体験を満喫していた。現在は隅から隅まで室内を探検している途中だ。

 そんなテツがようやくリビングルームへ戻ってきて言った。


「千鳥見た? 和室の濡れ縁の向こうに部屋付きの露天風呂まであんで、ここ。後で入らせてくれへんかな」


「そうなんだ。まあ、露天はともかくお風呂は入りたいかな」


 お茶をテーブルへと置きつつ、千鳥も律儀に答える。

「これが噂に聞く、ハイソサエティってやつか」などとよくわからないことを口にしていたテツだが、ソファの端で丸まっている花純に目を留めたらしい。


「おいおい花純さん、まーだそんなダンゴムシみたいな格好しとんのかいな」


「はあ?」


 さすがに看過できなかったのか、ようやく花純が顔を上げた。泣いたり突っ伏したりしていたせいで少し化粧が崩れている。


「言うに事欠いて、大人の女に向かってダンゴムシ? このデリカシーなし()め、あんたには一生モテない呪いを掛けてやる」


「おっとそれ無効。マイナスにマイナス掛けたらプラスになってまうで」


(なっさ)けな。清三さんが聞いたら頭抱えそうな発言だよ」


 まるで同年代かのような言い争いだ。

 花純がいつもの調子を取り戻しつつあるのはうれしいが、千鳥としては心穏やかなティータイムを望んでいた。


「はいはい、二人ともそのへんにしよ」


 お茶が冷めちゃうでしょ、と年上のテツと花純へ休戦を促す。


「何だかちーちゃん……強くなったね」


「同感。行く末が頼もしいやら恐ろしいやら」


 いつの間にか二人の意見が噛み合っている。

 テツは一人掛けのソファへ腰を下ろし、テレビのリモコンを手に取った。テレビも60インチはあろうかという大きさだ。


「さっきの高松大寒波、大騒ぎになっとるんとちゃうかな」


 そう言って彼はニュース番組をやっているチャンネルを探そうとする。

 さっそく最初の局で先ほど起こったばかりの異変を報じていたのは予想通りだ。ただ、異変の発生は高松市だけではなかったらしい。


「えっと、あれは……タコ?」


 自信のなさそうな口ぶりで花純が言う。

 実際、画面に映し出されていたのは巨大なタコであった。

「明石大橋付近にて超巨大タコが出現!」というニュースは、まるで怪獣映画のワンシーンのようだ。現実感がなさすぎてAIによるフェイクを疑ってしまう。

 次の局では「今治市の港に大量の幽霊船が漂着」、さらに別の局では「尾道市にて坂道が倍増、猫又の目撃情報も多数寄せられる」との報道だった。


「いや待てって。元々尾道ってそんな感じとちゃうか?」


 坂多いし猫多いし、とテツがテレビに向かって茶々を入れている。

 続いて高松の大寒波も報道されたのだが、現在進行中の異変ではないため尺はやや短い。中央通りの事故処理などしばらく混乱状態が続いているらしく、壱ノ木島への船もまだ止まったままだという。

 画面に見入っていたテツが、千鳥たちの方へと向き直る。


「それでも高松の被害は最小限に抑えられたんや。じーちゃんも無事やった。ぜーんぶ、花純さんと千鳥のおかげやからな」


 ありがとう、と深く頭を下げた。

 改めて感謝の言葉をもらうほど、特別な何かをやったつもりは千鳥にはない。


「わたしは別に……。歌ってただけだし」


「何言うてんの。その歌のおかげで助かったんやないか」


「でも花純さんが結界を張ってくれなければ、今頃みんなどうなっていたかわかんないよ」


「ほんまにそれ。間違いないわ」


 テツが何度も頷いている。

 その力強い同意に背中を押されるようにして、千鳥はここまで掛けられなかった言葉を口にした。


「だから花純さん、元気出してこ。ね?」


 いつでも快活だった叔母が沈んでいるのは似合わない。

 勝手なイメージだというのは承知の上で、それでも花純には未熟な自分たちを引っ張っていってくれる存在であってほしかったのだ。

 千鳥からのエールに、花純は笑みを浮かべる。しかしその笑顔には覇気がない。


「でもさあ、言うなれば先祖代々続いてきた店を、あたしの代になった途端潰してしまったようなものなのよ。切り札だった結界なしでこの先どうやって、さらなる〈龍の夢〉の脅威に立ち向かえばいいのか……」


「そもそも結界って何なん? 〈龍の頸の玉〉とか祈りとか、いろいろ言うてたけど正直よくわかっとらんままや」


 素朴なテツの疑問は千鳥の疑問でもある。

 ふむ、と花純がシンプルな相槌を打つ。

「どうせしばらくは身動き取れなくて暇だし、この機会にちゃんと話しておきますか」と前置きし、彼女が語りだした。


「〈龍の頸の玉〉ってのはあれよ、竹取物語。ほら、かぐや姫が求婚してきた五人の貴族に無理難題を出すエピソードがあるじゃない? あのときに求められた宝の一つだね」


「それがあのメディシンボールもどき? めっちゃヤバいブツやん」


「まだ持ってるよ。中はすっからかんだけどさ」


 オーバーオールの前ポケットから取り出した〈龍の頸の玉〉は、千鳥の目にも何の変哲もない黒っぽいボールにしか見えなかった。


「これのすごいところはね、中に何でも入っちゃうところなの。だからあたしたち代々の守人が『守りたい』って想いを込め続けてたってわけ」


「あの綺麗な金色の糸は、守人さんたちの真摯な祈りだったんだね」


 千鳥の中で腑に落ちた。

 美しい輝きを放っていた結界は、花純たち守人が長い長い年月に渡って受け継いできたものだったのだ。目を奪われるほどに眩かったはずである。


「そうよ、ちーちゃん。糸を織物にしていくように、あたしたちの祈りを〈龍の頸の玉〉へずっと紡ぎ続けてきたのよ。もちろん守人以外の人たちには知られないようにしてね。決して覗かないでください……」


「鶴の恩返しやんけ」


 いつものようにテツが混ぜっ返す。

 だが言われてみれば、あの物語における鶴と花純たち守人は似ているのかもしれない。結果ではなく行為そのものが純粋な祈りなのだから。


「鶴、ね。あたしだってあの鶴みたいにいなくなってしまいたいよ」


 里紗さんに合わせる顔がない、と花純は嘆いた。


「あたしはね、元々の想定とは異なる使い方をしてしまった。本来であればあの結界は、巨龍が実体化してしまった後の世界を見据えたものだったの。どうにかして人間が生きていける領域を確保するためのね」


「だから花純さん、唐突に野球のことを聞いてきたんか」


 テツの言葉に花純は小さく頷く。


「理屈ではわかってるのよ。あそこで結界を張らなければ、確実に相当数の犠牲者が出てただろうなって。おそらく清三さんもね。だけど引き換えに切り札を失ってしまった。もし里紗さんからあまりに軽い判断だって責められても、あたしには返す言葉がないの」


「違うよ花純さん、それは違う。わたしは、違うと思う」


 気がつけば千鳥は強い口調で割って入っていた。


「南沢里紗さんがどういう人だったのか、わたしはまったく知らない。でもこれだけは自信をもって断言するよ。自分の選択でこんなに苦しんでいる花純さんを傷つけるようなことは絶対にしない人だろうって」


「ちーちゃん……」


「しつこくても何べんだって言うから。花純さんの決断は間違ってない」


 そのとき、花純でもテツでもない、別の人間の声がした。


「千鳥さんのおっしゃる通りですよ」


 玄関の鍵を開けて入ってきたのだろう、グレーのスーツに黒いシャツを着こなした細身の男がリビングルームの入り口に立っている。

 さらにその後ろには、元気そうな清三の姿があった。両手でやけに大きな皿を持っているようだ。


「心配かけたの」


「じーちゃん!」


 まるで飼い主を見つけた大型犬のように、テツは祖父のそばへと駆け寄っていく。


「さっき有徳から連絡があったわ。向こうも全員無事だったそうや」


「よかったあ」


「それはそうとおまえら、昼ごはんもまだやろ。ちょっと厨房にお願いして寿司を握ってもらったから、適当につまんでくれ」


 地元の魚やからマグロなんかはないけんの、と言いながら大皿をリビングルームのテーブルへどんと置く。


「いやいや、やっぱり寿司は地のものがいちばんでしょ」


 気分が持ち直したか、少し花純の声が弾んでいた。やはり寿司の力は偉大である。

 千鳥も自分が空腹だということにやっと気づき、ふらふらと大皿の方へと引き寄せられてしまう。

 細身の男はそんな千鳥たちの様子をにこやかに眺めていた。


「腹が減っては戦はできぬ、今も昔も変わりませんね。これからについての話し合いは食事の後にいたしましょう」


「あんたは……」


 怪訝そうなテツに対し、細身の男が優雅に一礼してみせる。


「申し遅れました。私、ここ屋島の地にて狸たちの頭を務めさせていただいております、太三郎と申す者。以後お見知りおきを」

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