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第三十章《復讐の咎人 -Blade Princess;19 SCARLET IRIS-》

 ずっと傍にいた、大切な少女。

 いつの間にか当たり前に享受していた幸福。

 誰よりも強く、誰よりも美しく、誰よりも優しかった、少女。

 クレア=ヴァーミリオン。

 風に揺れる黒絹のような黒髪が美しかった少女。

 大輪の花が咲いたみたいに、綺麗な笑顔を見せる少女。

 その声色は、木々のさざめきみたいに心を落ち着かせてくれた。

 いつの間にか剣の腕は抜かれ、それでも兄弟子としてずっと慕ってくれていた、少女。

 時折、恥ずかしがるような仕草で隣に座っていた少女。

 その時、香った優しい匂いに鼓動が高まって、きっとこの気持ちも見透かされてしまっているのではないかと、怖くなったときもあった。


 君の声が好きだった。

 君の笑顔が好きだった。

 君と取り留めのない話をするのが好きだった。

 くだらない冗談で笑い合う時間が好きだった。

 凜としたふうに剣を構える君が好きだった。

 強く優しい君に憧れた。

 その瞳に映りたいと、強く願った。

 分不相応な願いを、胸に秘めていた。


 大切な幼馴染。

 妹のような親友。

 優秀すぎる兄弟弟子。

 そういうふうに付き合った。

 それしかできなかった。

 それ以上は願ってはいけないんじゃないかと、そう思っていた。


 だから……、遠ざけた。

 君を遠くへ置いていった。

 結局こうして戻ってきて、気持ちは有耶無耶になった。


 近づきたい。けど、それが怖い。

 遠ざけたい。けど、それは寂しい。

 そんな無様な俺の、無様な結末は、最悪の形で結実した。


 ――俺は、世界で一番、大馬鹿野郎だ……。


 俺はどこかで、この距離感が永久に続くと思っていた。

 この関係は永久に続くと思っていた。

 妖精族の長い寿命に甘えて、俺は行動を起こさなかった。

 ホントは、ずっと好きだったのに……。

 それに気づいていたのに……。

 その気持ちに栓をして、気づかない振りを続けていたんだ。


 その結果が、このザマだ。


 破裂した毒薬爆弾。

 喰らった妖精は全員、皮膚が裂け、血を撒き散らしていた。

 どうして俺だけが助かっているのか。

 ……答えは簡単だ。


 ヴァルトの攻撃を受け止めきれなかった俺は身動きを取れなくなっていた。

 だが、体調は同じぐらいだろうに、それでも妖精たちは俺を庇って毒薬を被った。

 そうしてみんな血だるまになって転がっている。

 生きているのか死んでいるのか。……生きていても長くはないだろう。そんなのは見るまでもない有様だ。

 クレアも、同じく毒薬を受けて倒れた。

 クレアの最後の攻撃は、里長の攻撃の時とは違い、敵の身体には届いていた。が、致命傷には至らなかった。


 ヴァルトはゆらりと立ち上がった。不気味に嗤い続けている。

 俺は呆然と、それを眺めていた。


 視界が霞む。

 拭っても拭っても、すぐに視界は曇ってしまう。


 全部俺の所為だ。

 俺がクレアに委ねてしまったんだ。

 戦いの行く末を。

 里の宿命を。

 負ければどうなるか。分かろうともせずに……。


 ヴァルトは足下に転がる、少女を見下ろした。

 その目は冷たく、冷徹だ。

 人を見る目には見えない。まるで物を見るかのような目で、クレアを見ている。

 そして、その足でクレアの身体を、踏みつけやがった!


「……テメェッ!!」


 こんな大声が出ることに後から少し驚いたが、そんなことはどうだっていい。


「今すぐその足をどけろ! さもないと……」

「さもないと……? お前に何ができる? こいつはお前の大切な女か? それを死ぬまで指くわえて眺めていたのはどういう了見だ?」


 分かってる。全部俺の所為なんだってことも。だけど、これ以上の狼藉だけは見逃せない。

 ていの良い文句だってことも分かってはいるが、それでも許せないんだ。


「……なぁに、分かっているさ。ホントは大切なんかじゃないんだろ。そういう《振り》なんだろ? みなまで言うな。分かってるって」


 なおもヴァルトはクレアの指を踏みつけている。グリグリと踏みつける度に、クレアが呻き声を上げている。


「違うッ! 俺は……俺はそいつが……、クレアのことが……ッ!」


 言葉にしようとして、詰まる。

 それはこんなところで口にして良い言葉ではないような気がする。


「ん~? なんだどうした? こいつがどうした? ちゃんと言葉にしないと分からんぞ? あぁ?」


 やがて、飽きてきたのか、ヴァルトはクレアの顔を踏みつけやがった。

 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。

 誰の顔だと思ってるんだ。お前なんかが踏みつけていいヤツじゃないんだ。そんな足で、あいつを傷つけるのはやめろ!

 踏みつけられながらも、クレアは懸命に叫んだ。


「良いからッ! フレア!! アンタだけでも逃げて! わたしのことはどうなってもいいから!」


 そんなこと言われて逃げられるわけないだろ。

 俺はお前に追いつくために、お前を守るために剣を磨いてきたんだ。

 ここで逃げたら意味が分からないだろ。


「ふっふっふ……。だってよぉ、エルフぅ~。逃げたらどうだよ? こんなに懇願されてるんだぜぇ?」


 俺は、俺は……。俺は――ッ!!


 視界が弾けた。

 視界が広がる。

 今までに見えなかった世界が見える。

 緋い、緋色に染まった世界だ。

 血と炎。悲劇と温もり。

 使える力の、領域が広がっている。

 今まで見てきた世界とは、彩りが違う。

 緋い。血で塗り潰された、最低な世界だ。


 ドクン――と、鼓動が高鳴る。


 どうして、今まで身動きが取れなかったのか、不思議なくらい身体が動く。

 と、同時に吹き上がる感情に身が灼かれそうになる。


 なんだ、この感覚――ッ!


 視野が急に狭まってゆく。

 不必要な物が視界から消える。

 見えるのは、敵だけだ。

 憎き敵。憎悪の対象。

 殺すべき――、対象。


「ハァ……ハァ……ハァッ! ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 身体が軽い。綿のように軽い。

 剣も軽い。片手で軽々と大剣を振るう。

 敵に剣がバカスカ当たる。回避も遅い。全然当たる。

 防御壁の存在なんてまったく気に掛からない。

 敵は血を流し、防御に専念しているが、大したことない。なんてことない。

 なんだ、これならすぐに――、殺せる。


 ほら、とっとと死ねよ。生きてんじゃねえよ。息してんじゃねえよ。無駄な生を謳歌すんな。とっとと往生して死に絶えてくたばって消え去れ。その吐き気がする顔を人前に晒すんじゃねえよ。息臭えし。呼吸すんなよ、もう。あ~あ、ホントにお前なんて存在する価値がねえよ。この世から消滅していなくなれよ。ほら早く。十秒以内。ほら早く。とっとと消えろ。目障りなんだよボケが。この穀潰しが――


 そうして俺がめんどくさそうにトドメを刺そうと、振り下ろした刃は、しかしその役目を果たす途中で止まってしまう。

 間に割り込んできた存在によって。


「――わたし、ずっと好きだったよ。まっすぐなフレアの剣が。ずっとあの剣に憧れて、修行してたんだから……」


 そんな何気ないふうに言って。

 クレアは俺のほうに倒れ込んできた。

 抱きかかえた腕が鮮血で緋に染まる。

 クレアは力なく、笑う。

 最期みたいに、笑う。


「ねぇ、わたしのことは気にしないで良いよ。わたしが好きでこうしただけだから。フレアの剣が汚くなっちゃわないように、いつまでもわたしの好きだったフレアの剣でいて欲しかっただけだから。だからそれがどんな結果になっちゃったとしても、それはフレアが気にしなくて良いんだよ。わたしが選んだことだから」


 何もかも俺の所為だ。俺が追い詰めて、俺が斬り捨てた。

 最悪だ。最悪な幕引きだ。


「……ねぇ、最期に、訊かせて欲しいな……。わたしのこと……、……好き?」

「……ああ、好きだよ。……俺はクレアが、……好きだ」

「わたしも……、フレアが、好きだよ……。……良かった、。……やっと、言えて…………」


 俺は、そのまま力なく横たわったクレアを抱いて、泣き叫んだ。

超展開感が拭えないんですが、どうしたらいいですか。

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