第二十九章《剣姫繚乱 -Blade Princess;18 Last the Last-》
膨大な気を如何に扱うか。それはある種、一つのテーマだ。
それを広範囲に使えば、それはジークのグラヴィティ・アウトとなる。
謂わばそれは面としての集中。気を平面に集中させ場を制す戦いは、肉体改造を施したジークならではと言える。
それをごく狭い範囲に使えば、それはヴァルトの剣技に通じる。
名を、"ワールド・アウト"と言う。
世界から否定された存在――、フォーレス一族が編み出した秘技。
それを《スカーレット・イリス》としての力と組み合わせることで、常軌を逸した破壊力を発揮させている。
攻撃範囲を平面より狭く、直線に絞ることで威力に特化させているわけだ。
膨大な気を圧迫、集中させることで、一撃必殺の領域にまで押し上げている。
それこそが、ヴァルトの剣の強さだった。
クレアは幾度も剣を交えることで、その技の本質を見抜いていた。
だからこそ、それと同じ領域にまで、自らの剣を昇華させることで、戦いの糸口を掴もうとしていた。
少しずつ、近い領域には踏み込めてはきたものの、まだ完成にはほど遠い状態だろう。
ならば、方向性を変えねばなるまい。
同じ領域に踏み込んだ以上、気の総量などの基本条件はあまり変わらないはずだ。つまりそれ以外の部分で勝敗が分かれている。
あるのは体躯の差。
大柄なヴァルトと、小柄なクレア。
それは威力にそのまま結びついているわけではないが、得意としているスタイルの違いがそのまま表に出ているのだろう。
だが、それだけだ。
威力に劣り、早さに勝るだけで勝敗は決しない。
勝敗の差は、それ以外のところにこそあるはずだ。
即ち、それは技にある。
悲しい事実だが、妖精族の長い歴史が誇る剣術より、彼の持つあの"ワールド・アウト"のほうがより優れている、ということだろう。……もちろん、クレアはその技名までも細かく知るよしもないのだが。
つまり、ならば導き出される結論は一つ。
それを越える技を今編み出せば良い。それだけの話だ。難しいことはない。
イメージは掴めている。あとはそれを実践するだけだ。
勝敗はそれで決する。
勝てば生き残れる。負ければ死ぬ。――当たり前の勝負でしかない。
クレアは、剣を構える――。
――
少女は、切っ先を下に向け、剣を正面に突き立てるかのように構えていた。
一見すると防御の構えのようでもある。
……が、剣に集められた気の流れから察するに、どうにもそれだけとは考えづらい。
何より、この局面だ。防御を重視する気になるだろうか。
だとするならば、その思惑は何なのか。ヴァルトも剣を構え、その動向を見守った。
面白い。そう感じたヴァルトは、その攻撃を受けることにした。
簡単に、呆気なく終わるのもつまらない。
それに、自分が憎み続けた対象は、やはり巨大な敵であったと認識しておきたい。
この局面において、もはや劣勢などありえないと断じたヴァルトは、余裕からか、相手の出方を待っていた。
そして――、
地は裂けた。
黄龍剣奥義"黄崩砕"。
地面へ注がれた少女の気は、地面を砕き、無数の瓦礫にさせて吹き飛ばした。
突如、浮く身体。地面の感覚が失われる。かなり広範囲への攻撃だ。
目的は、崩し。こちらの防御を崩すこと。そして、意表を突くこともあっただろう。
少女の背後では、その現象が起きていないことからもそれは容易に推測できる。
背後のエルフを守り、敵の防御を崩す。果たしてそこから――。
どんな攻撃に転じるのか。ヴァルトは期待を膨らませる。
黄龍剣上技"訃霊陣"。
ヴァルトの周囲を気の方陣が包み込む。
あれだけの大技を放ったうえで、まだ派生させる余裕があるとは――。
ヴァルトは僅かに驚く。
光芒が身を灼くような熱を発し、身体が宙へと舞い上がる。
その圧力は、ヴァルトの気の防壁を突き抜けるほどのものではあったが、かといって大ダメージを受けるほどかというと、そうでもない。
ヴァルトにとっては、まだ驚異ではない。
が――、
浮いたヴァルトの身体へ視線を向ける少女。
いつのまにか納刀している。そして、手は柄をしっかりと握っている。
その仕草は、どこか極東の剣技を彷彿とさせる。まさか――。
だが、まだ距離は遠い。もし、あの剣技やその派生だとしても、それだけの攻撃範囲を持つ技なのだろうか。
考えて、ヴァルトは思考を止めた。
改めるべきだろう。敵は強い。なかなかに強い。
そんな生半な相手ではないのだから。だからその剣は、届く。
この身にも、届くだろう。
剣は、閃いた。
白龍剣上技"居合い・朱雀"。
神速そのままの速度で少女の剣が接近してくる。
これは、突剣技。少女の持つ速さを最大限に生かした大技。
奥義すら布石にした攻撃。
剣閃は、――見えない。
感覚だけを頼りに上体を捻り、辛うじてダメージは軽減できたが、肩口を斬り裂かれ、血が噴き出す。
ここに来て、初めての出血。
それを長ではなく、少女が果たすとは……。
それがエルフ共の体たらくというべきか。新しい時代の到来とでもいうべきか。
だが、そろそろ余興も充分だろう。これ以上遊べば、本分を逸してしまう。
目的は復讐なのだから。
敵は強く強大だった。それが分かった。それを踏みしめて、終わらせよう。
そう思った。そのときだった――。
黒龍剣上技"鎚鏖刹"。
背中に、抉られるような痛みが走った。
仰ぎ見れば、そこには少女が。
自由落下の重力すら利用し、最後の追撃を仕掛けてきていた。
そして、そのまま崩れた地面へ墜落する。
着地は、ままならない。
平坦な地面ならともかく、瓦礫のようにグチャグチャな地面だ。受け身など取りようがない。
そして落下の衝撃もまた、威力へと還元される。
初めての痛みだった。
恐怖すら感じる激痛。背後からでも正確に急所を捉えている。
より正確に表現するならば、気の急所を。脊髄を。
気の防御膜で、全損にまでは至らないが、衝撃までは防げない。
気のコントロールが、不完全になる。
これが目論見だったのか――。
確かに、これならば勝機になりうる。
むしろ、唯一の勝機といっていいだろう。
なるほど。これがエルフ。これこそがフォーレス家を、そして人類を破滅に追い込んだ一族の力か……。
確かに驚異だ。驚異的だ。
過去の人間が敗れたのも納得がいく。こうして人間王は地に伏したというわけか……。
しかし、それは彼らがその程度の器だったというだけのことだ。
――俺は、そうじゃない。
決め手の一撃も、貫けなければ必殺でも何でもない。
いっそ肉薄したこの瞬間こそ最大のチャンスだった。
別に狙えばいつでも狙えたが、希望は根こそぎへし折ってやらなければ、気が済まない。
あらゆる希望は根絶やしにされて、絶望に震えろ。
畏怖に、弛緩しろ。
恐怖に潰れろ。
希望など、ない。絶望しかない。
そうやって暗闇に塗り潰されて、自我を崩壊させて、己の無力に苛まれろ。
――俺たちと同じように、苦しめばいい。
ヴァルトは口の端に笑みを浮かべながら、――その時を待った。
空に放たれた瓶弾が弾けるその時を待った。
そして、ヴァルトは、雨に濡れた。
透明な雨と、真っ赤な雨に濡れて、男は狂ったように嗤っていた。
クレア回でした。
・読み方解説。表記がずれてるのは愛嬌だと思ってやってください。修正めんどくて……。
青龍剣奥義《鏡華葬》せいりゅうけんおうぎ、きょうかそう
緑龍剣《風旋連牙》りょくりゅうけん、ふうせんれんが
赤龍剣《豪破断》せきりゅうけん、ごうはざん
緑龍剣奥義《無塵劇》むじんげき
黄龍剣奥義"黄崩砕"おうりゅうけんおうぎ、おうほうさい
黄龍剣上技"訃霊陣"ふれいじん
白龍剣上技"居合い・朱雀"はくりゅうけんかみわざ、いあいすざく
黒龍剣上技"鎚鏖刹"こくりゅうけんかみわざ、ついおうさつ




