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第三十一章《剣姫終演 -Blade Princess;20 End Call-》

 敵が強大であることを認識したとき、クレアに導き出せた答えはほんの小さなものだった。

 結果、刃は届いたものの、撃破には至らず、凶刃に敗れ、敗北した。


 けれど、守れた。


 一番守りたかったものを、身を挺して守れた。それだけで随分と心は軽くなった。

 剣の技量は上がっても、ああも真っ直ぐに剣を振ることはできなかった。

 気の総量は上がっても、ああもひたむきに剣を握ることはできなかった。


 フレアの剣が好きだった。


 それこそが剣を始めたきっかけだったし、強くなるために目標にしたものだった。

 剣の腕はフレアを越えた。それでも、あの剣は再現できない。

 クレアは、フレアの剣に憧れていた。

 試行錯誤を続け、真似と模倣を繰り返し、いつしか気づいてしまったのだ。


 あれは、魂そのものなのだと。


 想いを、心を、剣に賭して振り抜くから、あの剣は真っ直ぐなのだ。

 フレアのように。その魂と同じように。

 つまり、答えは何のことはない。


 クレアは、初めからフレアのことが好きだったのだ。

 剣を通して、それに気づけた。それだけのことだったのだ。


 クレアにできたことは、学んだ剣を組み合わせ、敵に届かせるまで。

 だが、フレアなら、きっと――。


 今は無理でも、いつかはきっと。

 その剣を届かせてみせるだろう。

 そして、その剣で想いを貫いてくれることだろう。

 きっと、自分には一生掛かっても無理だろうから、だから、それができるフレアが羨ましい。


 悔しいのは、それを見届けられないということ。

 もう、フレアとは共に居られないということ。


 クレアには、それだけが無念でならない。


――


 ヴァルトニックの知る知識の中に、二つの《スカーレット・イリス》が存在する。


 一つは《龍の血族》と呼ばれる者たち。俗に言う神に選ばれた天才たちだ。

 彼らは、謂わば《因子》持ちだ。

 《因子》を持って生まれ、世界に望まれて誕生した、神の尖兵。

 歴史に望まれて、動かされる神の手駒。

 運命に弄ばれて、使い潰されるだけの愚かな人形だ。


 そして、もう一つは《復讐の咎人》とヴァルトが呼んでいる存在。

 自らの意思を持って、人の領域を超え、復讐のための権化となる禁断の領域。

 発現例が少なすぎて、条件までは細かく導き出せないが、エルフの少年、フレアとかいっただろうか。彼が実践して見せた。やはり、鍵は復讐のようだ。

 ヴァルトが発現したときも同様だった。一族を無残に殺されたあの日、ヴァルトは《スカーレット・イリス》を発現した。

 赤い瞳。神の如き極大戦力。ここへ来て、その仮定は正しかったことを証明できた。


 とはいえ――。

 今回はまだ、運が良かったのだろう。

 もし、エルフの少女が《因子》持ちというだけでなく、《覚醒》済みだったなら……。

 戦いはこうも簡単にはいかなかったはずだ。

 神がこの局面を、どこまで織り込み済なのかは分からないが、まだ自分に有利に動いているらしい。

 ならばそれを有効に使うのが得策だ。

 ヴァルトはそう、自分を納得させた。


 さて――。


 エルフの少年、フレアは《復讐の咎人》を発動させた。

 それは、自分と同じ領域へ足を踏み入れたということだ。

 自身の勝利は盤石とは言えなくなった。

 しかしそれは、戦うステージが揃った、というだけのことでしかない。

 それだけで勝敗が決するほど、世界は生温くはない。そんな甘い世界なら、自分は復讐者などにはならなかっただろうし、それは向こうも同じだろう。

 ここからが、本当の復讐だ。

 ヴァルトはそう、意気込んでいた。

 ――がしかし……。


 少年の様子がおかしい。

 譫言のように、殺す、殺したくない、殺す、クレア、殺す、俺は……、などと呟いている。

 まだか。

 この少年は、まだこの領域には辿り着けないというのか。

 復讐。殺された憎しみを果たすために剣を取るという覚悟を。殺してやるのだという覚悟を、少年は持てないでいるのか。

 こちらが憎むのと同じくらい憎んでもらわなければ、張り合いがない。

 その憎しみを飲み干し、磨り潰さなければ、この渇きは潤せないというのに。


 何が足りない。どうすればこいつを激昂させられる?

 先程のようにもう一度演技をしてみせるか?

 悪役らしく少女をいたぶって見せようか。それで抑圧を解放できるのならいくらでもそうしよう。

 だが、そうするまでもなく、フレアは剣を振り上げて飛びかかる。

 その剣には明確な殺意がある。悪意が込められている。

 憎しみのままに害しようとする明瞭な邪念が、その瞳に込められている。


 そうだ。それでいい。それこそが、復讐者のあるべき姿だ。


 この少年には、容易く殺せるなどと勘違いされているだろうが、むざむざ攻撃を受けたのも、相手を乗せて復讐心を煽るためでしかない。

 実際のダメージは見た目ほどではない。

 平静な状態なら気づけただろうが、《復讐の咎人》と化した状態で見切れるわけもない。

 

「死ね、死ねッ! 死ねェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!!」


 叫びながらの斬撃。

 ヴァルトはそれを嗤いながら、待ち構えていた。

 死ぬはずのないトドメの一撃を、待ち受けていた。

 が――。


 シン、と。


 剣は中空で動きを止めた。

 切っ先は痙攣するかのように震えている。

 何故――。

 仰ぎ見れば、少年は剣を必死の形相で止めていた。

 その顔色には葛藤の気配が色濃く感じられる。


 何故だ。何故抗う……?

 復讐は彼にとって心の支えのはずだ。

 愛する少女が死に、同胞も死んでいる。

 その血の臭いも、死の気配も感じられないほど鈍感ではないだろう。

 ならば何故。何故に抗う……?

 甘美な力に、復讐という名の誘惑に、何故染まらない……?

 何が少年を喰い止めている……?


 落とした視線に、目が引きつけられる。

 剣の形状が変化している……?


 フレアの持つ大剣の形状に変化が見られる。

 無骨だった造りが僅かに細くなって、極東の剣に似ている……?

 いや――。


 少女の剣が消えている――。

 まさか、剣が、他の剣を取り込んだとでもいうのか……?

 そんな現象は聞いたこともない。物理的にありえない現象だ。

 だが、状況的にそう考えたほうが自然だ。


 エルフの持つ剣だ。何か古代の超技術を宿していたとしても、不思議ではない。

 今では滅ぼされてしまった技術だ。そういった現象を引き起こせた可能性だってゼロではない。

 ならば――。そういうことかもしれない。

 あまりにも荒唐無稽な話だが、検討する価値はありそうだ。


 そして、その剣を見たからだろう。少年の気配がまたも変わった。

 抗おうとしている。《復讐の咎人》から。その甘美なる毒から。


「イヤだ、イヤだイヤだイヤだッ!! 俺は……。俺は……ッ!! ウワァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」


 狂ったように叫ぶと、少年は糸が切れた人形のようにプツリと意識を失い、倒れた。

 自分の妄執に憑き殺されたか……。呆気ない幕引きだったな。

 このまま少年の復讐をもう少し見ていたかった。

 それがどんなものなのか知りたかったものだが、仕方あるまい。興も削がれた。


「帰るぞ、ジーク」


 ヴァルトは影で見ていた同胞へ声を掛けた。

「もういいので……?」

「ああ……。もう充分だ」


 エルフは滅んだ。復讐は果たせた。もっと恨み辛みを撒き散らせるつもりだったが、興が乗りすぎて忘れてしまっていた。

 何事もほどほどが一番らしい。難しいところだ。


「まだ……生きているらしい。……殺しても?」

 ジークが少年を見て、そんなことを尋ねてくる。

「充分だと言っただろう。……先に行くぞ」

「……了解しました」


 すっかりと慣れてしまった血と硝煙の香り。

 これが日常と化してしまったのはいつからだろう。

 そんなことを考えながら、ヴァルトは里を後にした。

 黒服の兵隊たちもそれに付き従い、立ち去ってゆく。

 死屍累々の地獄絵図の最中、少年は一人、何を想う――。

剣姫篇はこれで大体終わりです。あとは後始末をちょっとだけやります。


・もっと恨み辛みを撒き散らせるつもりだったが、興が乗りすぎて忘れてしまっていた。

ヴァルトの胸中ですが、ぶっちゃけセルフツッコミです。

エルフに対する歴史的な恨み辛みとかを吐いてもらう予定だったのですが、あんまり書いてなかったなーという話。

後の祭りとも言う。

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