第二十六章《復讐刀架 -Blade Princess;15 Lust the Last-》
突如現れた男は、同胞である妖精たちを斬り捨て、吠える。
妄執に狂う。獣のように猛り狂う。
理解はできない。妖精であるクォラルには存在しない衝動だ。
あそこまで強い情念は、妖精である彼には抱けない。
だからこそ、理解が及ばないし、思考もついていかない。
あるのは驚異と懸念。そして、拭いきれない不安と畏怖。
クォラルは確信していた。――自分はここで死ぬのだと。
そしてその予感は、的中することになる。
血が、舞う。悲鳴が轟く。
痛みに、恐怖に、皆が足を止める。足が、縫い止められている。
心を縛るのは恐怖だ。自分が死ぬという恐怖。否、それ以上に……。与えられた役割をこなせない畏怖が、身体を竦ませている。
この一行の主導者はクォラルだ。信頼も充分に得ている。だが、それでも彼は王ではない。長である。王を名乗る資格は、彼にはない。王を名乗るべき人間は、とうに墓の下に眠っている。
それを継ぐべき人間は、自分ではない。強く若い魂を持つ彼にこそ、相応しい。彼が戻ってきた暁には、彼にその座についてもらうはずだった。
彼なら今、目の前にいる。まだまだ未熟で、頼るには情けない少年だが、心根だけは信頼できる。あとは時間さえあれば良かったのだが……。
こればかりは悔やんでも仕方ないことだ。現実は急いても変わることはない。
今は自分が長であり、守るべき責務も全て、自分の両肩に預けられている。
飛び交う血の雨をかいくぐり、男に肉薄する。
感じるのは凄まじい威圧感。フレアを何度も威圧して、脅かしてきた自分をも軽々と越える力量。
予感というよりは確信だった。自信というよりは確実だった。
死を感じ、剣を構え、立ち塞がる。
まるで鋼鉄の剣が紙かなにかのように思える。なんと脆弱なのだろう。
それでも、変わらない。果たすべき役割は変わらない。里の者を守る。そのために命を賭す。
それが、里を率いる者に与えられた役割なのだから。
たとえその刃に身を貫かれ、地に伏せようとも、覚悟は変わらない。
一撃で死のうとも、答えは変わらない。
心残りがあろうとも、選ぶ回答は一つしかありえない。
そして――、銃剣がクォラルの身体を深々と貫いたのだった。
――
それは、一瞬の出来事だった。
妖精たちの逃走する一団と、フレアが目を合わせた瞬間。
背後にはヴァルトニックが迫っていた。
その凶刃を防ごうとフレアが身体を動かす前に行動に出たのはクォラルだった。
その行動は、どちらかというと条件反射に近い。
気づいた、というよりは気づくと同時に身体が反応していた。
全ては直感と、経験による反射によるものだった。
それでも、犠牲者をなくせたわけではない。
クォラルがヴァルトニックに追いつくまでの数歩の間に、妖精族は三人、犠牲になった。
ヴァルトニックの二度の斬撃で、三つの命が散り、次の一振りの前に、クォラルが立ち塞がった。
その結果は、クォラル自身が四人目の犠牲者になっただけだった。
フレアはその衝撃の光景に言葉を失い、それでも懸命に腕だけは伸ばしていた。
クォラルはというと、口から鮮血を吐き出しながら、――笑った。
終わりではない。まだ勝負はついていない。
龍剣、龍騎道剣術に伝わる六龍の奥義を修めた者が、最後に会得する奥伝。
極めし者の、奥の手がある。
究極の返し技にして、龍剣最後の奥義が。
"龍神剣"(りゅうのみつるぎ)。
見切りの剣、白龍剣で相手の攻撃の正体を見破り。
速さの剣、青龍剣で脅威たる攻撃に対処し。
守りの剣、黄龍剣でその切っ先を、威力をいなし。
連ねの剣、緑龍剣で防御から反撃へ動作を転じ。
殺めの剣、黒龍剣で的確に殺しうる急所を狙い。
攻めの剣、赤龍剣で持ちうる全力を以て敵を屠る。
六つの奥義を同時に放つ、その技を受けて絶命せぬ者はなし。
これで戦いは終結する――はずだった。
「ほう……。森に籠っていた割には鋭い剣だ。ま、それだけだがな」
クォラルの放った渾身の一撃は、ヴァルトニックに届いてすらいない。中空で、気に阻まれて食い止められている。
全霊の気力を込めて、クォラルの持ちうる技量の全てを網羅した奥義は、まったく歯が立たなかった。
積み重ねた時間も労力も、全てが無意味になった。
守るべき者を守れず、磨いた牙は届かず、僅かな命は風前の灯火の如く。
燃え尽きる様は静か。無為に消えゆくだけ。
――そんな莫迦なことが――。
クォラルだけでなく、フレアや周りの妖精たちも呆気にとられている。
それくらい無様に、簡単に、妖精族の長は敗北した。
――
引き抜かれた剣。滴る赤雫。
膝をつく老兵。絶望に縁取られる風景。
そのとき、フレアは。
フレアは、慟哭した。訳も分からず声を張り上げた。
そうするしかなかった。そうしなければ心が押し潰されてしまいそうだった。
不安に、恐怖に、絶望に、屈さぬためには戦うしかなかった。
勝ち目がなかろうとも。勝機が見えなくとも。剣を振るうことしかフレアにはできなかった。
それだけで精一杯だった。
「――――ぁぁぁああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
凶暴に吹き荒れる暴風。剣が巻き起こす嵐の中、老人は一人、呟いた。
「緋き暴風の炎龍――、ヌシの二つ名じゃ……」
優れた妖精族の守り手に捧げられる名を、長は既に用意していた。
その名が、思っていた以上に相応しい名であったことを誇らしく思うクォラル。
眼を細めて笑う老人は、そのままその眼を二度と開くことなく、伏していた。
研鑽も、修練も関係ない。
ただ暴力的に剣を振るい、ただ、悪意を叩きつけるだけ。
こんな剣の振り方をしたのは、フレアは初めてだった。
無心で振り続けた剣の腕は、こんなときでも確かに助力となっている。
それでも、過去の自分が見ればこの剣は、悲しく空しい剣に映ることだろう。
ここに来るまで、仲間たちがフレアの気を温存させてくれた。
その恩恵には、果たして意味があったのだろうか。
荒れ狂う気の奔流を剣に纏わせて叩きつけるだけのこれを、果たして剣術と呼べるのだろうか。
フレアの脳内に流れた疑問は、しかし浮上することなく沈んでゆく。
表面化することなく、無意識の海へ沈んでゆく。
そんな些事を消化できるほどの余裕すら、フレアにはなかった。
フレアの脳内には、目の前の凶事に対する感情だけが満たされていた。
「……おいおい、この程度で狂ってんじゃねえぞ? 俺らの復讐はまだ始まったばかりなんだぜ……?」
ヴァルトニックはフレアの剣を受け止めながら、そんなふうに笑いながら言った。
フレアとは打って変わって、ヴァルトニックには余裕があるようだった。暴力的なだけの剣では、まるで通用しないかのようだった。
そして。
大きく振り抜いた銃剣で、フレアの剣を弾き、大きく退けるとヴァルトニックは何かをばらまいた。
ばらまかれた物体は、手榴弾のような何かだ。
ただし、形状は丸い。瓶状の器に無色透明の液体が並々と詰まっているみたいだった。
それが何なのか。フレアには想像もできなく……。
「――ダメッッ!!!」
咄嗟に放たれた声。
そして、声の主が突撃してくる。と同時に――。
炸裂した水煙を、彼女の剣技が吹き飛ばした。
しかし――、それでも全ての水滴を弾けたわけではない。
その水滴を受けた妖精たちが、血を撒き散らして倒れ伏す。
「……なんてものを作ってくれてるのよ、アンタたちはッ!!」
その問いに、ヴァルトニックは嗤う。
不敵に嗤う声が不快に耳にこびり付いていた。
剣姫篇クライマックス!
長くなりましたが、剣姫篇はどうにか三十章までには終わりそうです……。
人が死ぬシーンでは、結構慎重に書こうと足掻いてます。
心に残る死に様でしたでしょうか。下手なりにがんばりました。




