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第二十五章《共喰の双勢 -Blade Princess;14 Body and Soul-》

 いつの頃から、自分の中でフライヤが大きな割合を占めるようになったのかは分からない。

 気づけば心の真ん中には、彼女が居座っていたように思う。

 初めは、精神的に不安定だった彼女を守るという、義務感のような感情だったはずだ。

 それがいつしか、変質していった。

 求められることから、求めることへと変わっていった。甘えられることから、甘えることへと変わっていった。

 いつしかとも共にあるのが当たり前で、共にいないことが不自然なようになっていった。

 いつの間にか、相棒と呼ぶようになっていった。


 だが、このままでは、守れない。

 今のままでは守れない。

 銃弾が飛び交い、一発、二発と、身体を貫いてゆく。

 血が飛び散り、死が目前に迫り来る。

 怖い。そんな気持ちもなくはない。だが、それ以上に、憎い。

 痛い。苦しい。耐えがたい感情だ。


 意識を失い、重しでしかないその身体を抱え、ジンは宙へ舞い上がる。

 遠心力を生かして、大きく身体を回転させ、どうにか銃弾を回避する。

 しかし休む間はない。止まれば的になるだけだ。襲い掛かる重力を受け流し、再び跳び上がる。

 着地は大きなロスを生む。そこで発生する慣性を受け流して、そのまま跳躍の力に変換する。

 イメージはフレアが見せた旋牙と同じだ。と言っても、フレアのようにぶんぶんと振り回すわけにはいかない。相手は剣でなく人間だ。

 しかしそれでも応用は利く。フレアを見ていて良かった、とジンは少しだけ感じていた。

 イメージは重要だ。無か有かで、感覚は大きく変わる。

 その差が、今の生命線となりつつある。


 だが、ここでまたしても、ヤツが来た。

 《戦闘狂》マーカス。

 殺戮に狂った獣が猛威を振るう。

 リボルバーから放たれた弾丸は、十二発。完全な致死量だ。

 距離は近い。見切れるだけで奇跡のようなものだ。躱すことなど到底不可能。

 咄嗟に気を集中させ受け止めようにも、威力に負けてしまうだろう。なにより、疲労が大きく、気での防御が間に合わない。

 三発は外れてくれた。が、残りは無理だ。


 九発、食らった。


 全身の力が抜ける。

 意識や気合いでどうにかなるものではない。

 集中しても意識は遠のいてゆく。

 音が、光が、心が、遠ざかる。

 熱が、痛みが、感触が、消えてゆく。

 見えなくなって、逝く――。


――


《やれやれ……。貴様の脳内は煩いのぅ。うちは静寂が好きなのじゃがなぁ》


 悪かったな。と独りごちるジン。誰かは知らないが、無意識でそう答えようとしてしまう。


《まぁ仕方あるまい。なにせ今際の際じゃからのぅ。さぁ、小僧よ。うちは貴様が少し気になっておる。ちょいと質問に答えよ。答え如何によっては、貴様に力を貸してやってもいいぞ》


 ああ、そういえば精霊が出るだとか、そんな話を聞いていたかもしれない。今更ながら、相手が何なのか予測がついた。


《ふむ。質問というのはじゃな……。貴様が力を欲する理由じゃ。人間らしい汚れた理想が好みじゃ。さぁ言ってみれ》


 ……願うもの。欲するもの。考えるまでもない。答えは何度も胸の中で思い返されたし何度も引っかき回したものだ。

 大切すぎて、ともすれば忘れそうなくらい間近に存在するものだ。


《……くっさ! やってられんのぅ、たまらんわこりゃ。まぁ良い。問うたのはうちじゃし、嫌いな答えでもない。しゃあないから、力貸したるわ、感謝せえよ、この果報者》


――


 突如、視界は明瞭になる。疲労も、感覚も、痛みも、状況も何一つ変わらない。

 だが、あるのは危機感ではない。どうにでもなるだろうという、根拠のない万能感。

 どうやらこれが、精霊に与えられた力というものらしい。

 血は、止まっている。が、一時的なものだろう。ダメージも大きい。疲労も大きい。

 それでも、心に余裕がもたらされる。


 これが、精霊の力か。こんなものが精霊の力なのか。


 少し、肩透かしのような気さえする。

 気の絶対量が増えたわけでも、新次元の能力が開花したわけでもない。

 だが、研ぎ澄まされた感覚はある。今までよりもより明確に気を認識している。

 細やかに操作ができる。

 そして、気と、風が同化している。これこそが精霊の力。通称――仙術。


 周囲に飛び交う弾丸の群れが全て擦り抜けてゆく。全身に纏った気を風に変質させ、弾丸を逸らすのはあまり難しくはない。

 そして、少し感覚を伸ばしてやれば――、

 辺りでグハァ! と悲鳴が鳴り響く。

 弾丸の向かう方向を修正し、敵に命中させるのも簡単だ。

 こんな――、たったこれだけのことで戦局は大きく傾いていた。


 できることはまだありそうだ。

 風を防御だけでなく、攻撃に転化させる。

 風を纏った剣を振り抜く。

 指向性を持った風が、カマイタチのように剣の延長線上を突き進んでゆく。届くはずのなかった木に命中して、木はミシミシと唸りながら倒れた。


 これだけ攻撃範囲が広がれば、この局面の困難はほとんど解消される。

 あとはあの、戦闘狂にどこまで通用するか、だけだ。


――


「そこをどいてもらおうか」


 銀髪の銃剣使い。そいつの放つ威圧感は今まで出逢った誰よりも凶悪だった。

 死を、予感せざるを得ない。

 それでも、食い止める。時間を稼ぐ。そうするのだと決めたが、身体がそれを拒絶するかのように震え始める。


「俺を止めるつもりか? ハハ、面白い。大爆笑だ」


 その銃剣が、スピアに向けられる。死へ誘う切っ先が、まっすぐに伸びている。まるで死神が命を掴もうと舌舐めずりしているようで気味が悪い。


「俺も暇ではないのでな。すぐに終わらせてもらおう」


 スピアも槍を構え、気を集中させる。初撃から全力で向かわねば死ぬだけだ。

 僅かでも気を抜けば終わる。


「おおッ!!」


 堪えきれず、スピアは飛び出した。勇みすぎだと自覚していたが、踏み出してしまった手前、今更どうにもならないだろう。

 ならば、渾身の一撃で踏み抜くしかない。全力の一撃で。


「我龍、"ドラゴン・ファング"!!」


 龍剣に憧れ、我流でその高みに迫ろうとした、あの老人から伝え聞いた技。

 このとっておきでも手も足も出なければ、スピアにはどうしようもない手合いだということになる。

 そして――、


「随分と弱い龍もいたものだな……」


 龍の牙は届きもしなかった。


 ――こんなもんかよ、チクショウ……!


 スピアの視界は、黒に染まった。


――


 エルフの里へ、向かうフレアとリース。

 その足取りは、決して軽いとは言えない。

 多くの妨害があり、多くの懸念があり、足を遅らせている。

 なにより、リースは怪我を負っている。

 気功術によるカバーと、仙術の目覚めによる効果で、出血こそ止まっているものの、体調は万全にはほど遠いのだ。

 それも含めて、歩みは遅くならざるを得ない。

 だが……。


「気配が、……近づいてきてる」

「じゃあ、スピアは……。――くそッ!!」


 早すぎる。足止めにすらなっていないのではないか。

 これが四天王などと呼ばれるヴァルトニック社幹部クラスの力量というわけか……。


 それに……。

 強大な気配はグングンと近づいてきているのが、覚醒したばかりで感覚が鋭敏なリースでなくても、分かるくらいだ。

 追いつかれれば苦戦は必至。

 それどころか、辿り着けない可能性すら考えられる。

 それだけはどうしても防ぎたい。とすれば――


「だったら、アタシが……、行くよ」


 そうはしたくなかった。それが偽らざる本心だった。

 が、そうするしかなかった。

 フレアが足止めしてどうなる。追いついたリースは里のエルフたちを説得できるのか。逃げるよう説明ができるのか。

 ……できなくはないだろうが、タイムロスが発生する可能性は高い。そして、その僅かなロスが生死を分ける可能性だってある。

 エルフを救うのなら、取れる手段は一つしかない。


「……悪い。頼んだぞ、リース」


 格好悪いと思いつつも、リースに足止めを依頼する。

 フレアは後ろめたさや情けなさを背中へ置いていくつもりで走り出す。


 背中から溢れ続ける嫌な汗は、引きそうにない。


――


 向かい来る敵に対して、リースは攻撃を開始した。

 相手も馬鹿でなければ、こちらが待ち構えていることも分かっているだろう。

 そのうえで奇襲を掛ける。

 最初から全力。出し惜しみなしだ。


 リースは気の感覚野を広げてゆく。

 周囲にリースの気が拡散されてゆく。


 仙術。

 それは気を別の物質やエネルギーへ変換する技術だ。

 もちろん、ただ変化させるだけなら気功術だけでも不可能ではない。

 だが、変換を行う時点で消費されてしまうのだ。そうして生み出されたエネルギーは元のエネルギーよりも出力が小さくなる。

 より大きな過程を経れば、消費はそれだけ多くなる。熱量と蒸気機関の関係と似たようなものだ。直接的に変換しているのではなく、一定の工程を経ているために余分に消耗してしまう。

 だが、仙術はそれとは違う。何故なら使い手の気の性質そのものを改変しているからだ。


 リースの場合は、気に、土と同じ性質を持たせている。

 つまりそれは、リースの生命エネルギーであると同時に、大地でもあるエネルギーなのだ。

 気を纏わせれば自然の大地そのものも、気の一部であるかのように操作することができる。

 それを使えば――、


 大地に亀裂を生じさせ、足止めをすることだってできる。

 だが、敵はそれにも対応する。

 飛び上がり、亀裂を乗り越えようとしている。――奇しくも、先刻、ヴァルトニックが生じさせた地割れと同じような構図だ。

 跳び上がった敵には大きな隙が見える。そこへ――、

 振りかぶったナイフを放る。空中では身動きが取れまい。

 しかし、ナイフは弾かれる。リースは、仕込んでおいたワイヤーでナイフを引き寄せる。

 左手にはもう一本のナイフ。投げナイフと手に持ったナイフによる挟撃。これならば――、


 そんな小手先の技を、まるで無視した大振りの銃剣が。

 ジークの着地と同時に地面で炸裂する。

 大地の仙術に覚醒したリースならば、ここでバランスを失うことなどない。

 しかし――。

 ほぼ同時に突き立てられた剣が、腹に突き刺さる。


 気での防御は間に合った。が、無傷とはいかない。再びの出血に、視界が霞む。

 残る気を放射し、地面を砕いて飛礫を浴びせかけ、どうにか距離を稼ごうと足掻くものの……。

 頭がふらつき始める。

 血を流しすぎた。体力が保たない。

 全力での悪足掻きは、時間稼ぎにしかならない。

 リースは歯を食い縛って、攻撃を続ける。


 ――お願いッ! もう少しだけ保って――ッ!


――


 懐かしい匂いがした。

 随分と久しぶりの気配。それが妖精族の持つ独特の気配なのだと、フレアは確信していた。

 まだ里には遠いはずだが、ここまで逃げてきていたらしい。フレアはほっと安堵の息を吐いた。……が、すぐに気を引き締める。

 防衛戦は、帰路のほうが大変だ。ここから犠牲者を減らしつつこの場を脱することができるのか。

 あれだけの敵を相手にして……。

 フレアは自分がしようとしている無茶に、今更ながら気がついていた。


 ――それでも、守るしかないんだ……ッ!


 そうして。

 ようやく拝めた顔を見て、フレアは息を詰まらせる。


「――危ないッ! 逃げろッッ!!!」


 赤い、雫が撒き散らされる。

 巨大な銃剣。暴力的な気の奔流。

 暴君、ヴァルトニック。

 知らずとも確信する。こいつが、ヴァルトニックに違いない。

 この男が、悪の根源。災禍の起源。悲劇の根幹。


「テメェが、ヴァルトニックか」


 ヴァルトニックは睥睨するように目を光らせた後、フレアを見ずにこう言った。


「御機嫌よう、エルフの諸君。今日はキミらの命日だ。そして覚えておけ、今日、貴様らは滅亡する」


 ……それが一人の妖精王の末裔と、一人の人間王の末裔が初めて出遭った瞬間だった。

ようやくちょっとだけお話が進みました。剣姫篇の終わりが見えてきたよ!


・ジンフラ

飛ばし気味ですがようやくこっちも覚醒。フライヤはもうちょっと先です。


・スピア

瞬殺でしたw

こういう扱いもありかと思いましたが、実際どうなんだろ。


・リース

覚醒済なので、ちょっと解説役になっていただきました。


・次回「VSヴァルトニック」です。

あとひと踏ん張りです!


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