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第二十三章《共喰の双逝 -Blade Princess;12 Black and White-》

 それはまるで無様なダンスのようだった。

 一度狂ったリズムは足掻いたところで取り戻せない。庇うために踏み出した足が縺れ合い、ぶつからないように避けた動きが致命的な隙を生み出す。

 傷付き合ったフライヤとジンは互いを庇うために身を寄せ合い、フォローし合っていたが、その相性はあまり良いとは言えない。

 普段の彼らなら造作もなく動きを合わせられたことだろう。だが、ここまで追い詰められたのも、消耗させられたのも、初めての経験だった。

 フライヤがリスクを策謀で排除しきっていたことが敗因だった。

 人間は危機感を強く感じることで、普段とは違う動きをしてしまう生き物だ。というよりもそれは生命全てに言える本能のようなものなのだ。

 経験で培った技術や、先天的な癖とも違う、心に植え付けられた衝動が、理性に逆らい、フットワークを掻き乱す。

 庇うべきではなかったのでは……。一瞬だけそう思うジンだったが、すぐにその考えは打ち消される。

 今この手を放せば、死ぬのは自分だ。ジンはそれを確信している。

 フォローができないのは確かだが、支え合っていることは紛れもない事実なのだ。

 迂闊に立ち上がることさえできないような極限状態で、回避している。

 この奇跡は、ジンとフライヤだからこそ成し得る奇跡なのだ。

 一人では成り立たない。二人だから成り立つのだ。

 その奇跡が、少しずつ綻びていっている。ただ、それだけなのだ。


 飛び交う銃弾は数知れず。数十、数百に及ぶ弾丸が宙を舞う。

 敵兵の屍体もごろごろと転がっている。同士討ちがほとんどだが、ジンたちが仕留めた者も何割かはある。

 それもこれも同士討ちを引き起こそうと誘導して躱し続けた成果なのだが、それでも体力までは温存できるわけではない。

 躱しきれないと悟るや、ジンは肩で銃弾を受け止める。そこからスイッチしたように回避をフライヤに任せる。

 そうして交代制で挙動を制することで、温存をするつもりだった。

 だが、そんな苦労も実は結ばないだろう。

 呼吸は苦しく、視界は霞み、音は不鮮明で、触覚はもうほとんど残っていない。

 残っているのは意識だけだ。戦うという意思だけで戦場に立っている。


 そんな最悪のタイミングで、ヤツは何度目かの特攻を仕掛けてきた。

 ヤツは何度かそんなふうにヒットアンドアウェイを繰り返している。

 ここが一つの山場だ。ここを堪えればまたしばらくヤツは来なくなる。そこで如何に敵を減らせるかが勝敗の分かれ目だ。

 だが、戦闘狂マーカスの戦いは尋常ではない。死を恐れずに前進し、急所へ打ち込むためだけにその身を滑り込ませてくる。

 銃口が、無防備なジンへ向かう。

 フライヤの剣が、マーカスの攻撃を防ごうと、標的を定める。

 条件反射で動いてしまった後、後悔が胸をよぎる。

 背後から迫るサーベル。回避できるはずの位置から、回避できない位置へと動いてしまっている。

 咄嗟に動きを変えようとした。しかしそうすればジンを守ることができない。

 フライヤは歯を食い縛り、そのまま剣を振るった。

 そして背後からの一撃で、意識が飛ぶ。

 ――バカ、な…………。


 フライヤは自らの未熟な力量を呪った。


――


 どうして私は、肝心なものを、いつも守れないんだろう。

 本当は大事にしていた。逃げたつもりなんかない。守るべき者を守ったつもりだったのに。

 結局何も伝わらない。私は一人だ。いつだって一人なんだ。

 分かってる。慣れてるし、気になんかしてない。

 ただ、分かってくれているんだと思ってた。それが理解されていなかった。それだけのこと。

 裏切られた。そう思ったし、悲しかったし悔しかった。

 けどまぁ、自分勝手な物言いだというのも分からないでもない。

 だからこの状況は受け入れられる。だいじょうぶ。だいじょうぶなんだ。

 私はそう、思っていた。


 《龍の血族》(スカーレット・イリス)。それは百年に一度生まれる天才の総称なのだと言う。

 もし本当に私がその天才なのだとしたら、天才の大安売りもいいところだと思う。

 それがどんなものなのかは知らない。けれど、私にできることは多くない。

 私のすべきことは、とうに分かっている。

 故郷であるこの国を平和へと導くこと。

 私を支えてくれた皆を、幸せにすること。

 そのためにすべきことは国の繁栄だと私は思った。

 幸い、私は王家の血筋の生まれだった。国の後継者になることは容易い。

 実権を握れれば、それからの活動は楽に進むだろう。もはやこの国の平和は約束されたようなものだった。

 ……私が一つの事実に気づくまでは。


 私には弟のように可愛がっている弟子がいた。

 実際幼い頃からの付き合いだし、向こうも王家の血筋の一人だったので、本当の家族のように過ごしていた。

 周囲は噂していた。彼が私の主人になるのだと。あるいは優秀な副官として、王の右腕として活躍するのだろうと。

 私もそういう未来を予想していた。そうなれば素敵だろうと思っていたのだ。


 成長するにつれて、私は力を制御できるようになっていった。

 《龍の血族》としての力を存分に振るえれば、もっと多くの人を幸せにできるに違いない。わたしはそう感じていた。

 しかし、力を得れば得るほど。力を知れば知るほど。私はその力の正体に気づいてしまう。

 私の思考は徐々に拡大していった。家族から街へ。街から国へ。国から大陸へ。大陸から人類へ。そして人類から……。

 私の思い描く理想は徐々に姿を変えてゆく。大きく、大きく、肥大してゆく。


「姉さま。それは違うと思います。そんなことをしては住人は暴動を起こすことでしょう」

「長い目で見ればそのほうがいいでしょう? 今のほうが傷跡は少なくて済むのよ?」

「しかし、それでも……私は反対です」


 初めて、弟が……アークが私に反論をしたのだった。

 内容は確か……、畑の位置についての話だったように思う。

 効率を考えればもっと適した場所がある。住人総出で移動したほうがより大きな収穫が見込める、と。確かそういった案件だったはずだ。

 対して、アークの反論は住民の気持ちを慮ったものだった。

 今までそこを耕し続けてきた者たちの気持ちはどうなる。その土地を耕し続けてきた先代、先々代の誇りをドブに捨てていいのか、と。

 その発言は、以前私がアークに問い掛けたことのある言葉だった。

 彼はそれを受け継ぎ成長し、私はそれを見失ってしまっていた。

 全てを血の所為にするのは、浅はかだと思う。けれど、私は王の器ではないのだと悟ったのだった。


 そうして私は国を捨て、一人の人として生きることにした。

 その生活は決して楽ではなかったが、今までと違うことも多くて、新鮮な生活だった。

 けれども、そこでも私はまたしても自らのアイデンティティに脅かされることになった。

 信奉者が現れたのだ。私を救世主に見立てて、祭り上げようとする輩。次第に身動きは取りづらくなり、私は一計を案じることにした。

 誇り高い賞金稼ぎなら、今の私を諫めてくれるはず。

 人の道を踏み外し、道を彷徨う私に、正しい道を指し示してくれるはず。

 その言葉を聞きたい。その言葉に打ちひしがれたい。

 そんな馬鹿げた思考が渦巻いていた。


 迷いつつも、行動は変わらない。

 その頃の私は力を大分制御できるようになっていて、そのお陰かどうかは知らないが、大体の人間のことは眼を見れば判断できるようになっていた。

 見切りの発展系みたいなものだろう。鋭い洞察力の先にある技能だろうか。それがどういう人間かが大雑把に分かる。

 大雑把も大雑把だ。厳しそうに見えて、人の弱さを知っているから実際は優しい人だとか。しっかりしているふうに見えて、実際は自分のことしか考えていない自己中だとか。おちゃらけた雰囲気で賑やかすけれど、その性根は凄くナイーブで神経質だとか。そんな感じ。

 場合によるが、以外と頼れる技能で、人を使うときにはかなり重宝した。

 そんな私の眼が、捉えた男がいた。

 世を憂い、賞金稼ぎに身をやつす青年。その性根はまっすぐで、歪みがない。まっすぐに私を見通し、見透かしていたように思う。私を軽蔑するような、そんな軽薄な眼差し。

 それは、普段私が浴びることのない、希有な眼差しでもあった。


 私は、彼に――。ジン=フラッドに目を付けていた。


 そして――。


 …………そして……? どうした……?

 記憶が混濁する。ノイズが走る。不鮮明に明滅する。

 そこから私はどうした……? 彼と出逢って、それからどうなった?

 ちゃんと私は望みを伝えられたのだろうか。

 私は否定されたかった。間違っていると指摘して欲しかった。正しい道を指し示して欲しかった。

 間違っているのは分かっていた。けれど、正しいはずの道を指し示せなくなっていたんだ。

 正しいものが何なのか。私には分からなくなってしまったんだ。

 だから、物差しを持つ人を探していた。それこそが彼だったはずだ。

 求めていた人を見つけた。だから声を掛けた。……はずだ。

 なのに、その記憶が、ない……?

 いや、違う。記憶が……。記憶が……。


 お願い――。助けて……。

 私を……見つけて――……。 

フライヤの過去篇をちょっとだけ書いてみた。

しかしホントのところはもう少し先で書くことになりそうです。

それにしてもイリスカは全然進まねえな……。


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