第二十二章《共喰の双星 -Blade Princess;11 Yin and Yang-》
刀を握っているのか、いないのか。それすら判然としない。
疲労した筋肉と感覚神経が、正常に働いていないジンには、慣れ親しんだ勘だけを頼りに剣を振るっていた。
フライヤと組むようになってから、これほど長時間戦闘したことはなかったように思う。
それは、フライヤの奸計により、そうならないように策を弄していたからに他ならない。
それは安全マージンを取ることでリスクを減らす目的だったのだが、その弊害が今まさに目前に現れていた。
リスクの極小化。それは、いざ危険な状態に陥っってしまったときに人を平静でいられなくさせてしまう。
身体に染み込んだ安全な戦闘は、危機意識を鈍くさせる。
ジンは、悟った。――今までの自分はフライヤと協力していたのではない。フライヤに甘えていたのだ、と。
徐々に低下するフットワークと共に、ジンたちの連携も崩れてきていた。
今まで見通すことができたフライヤの動きに、ジンは対応できなくなっていた。
先が読めない。
徐々にもたれつつある身体捌きは、次第に縺れ合い始める。
庇うつもりが、互いを傷つけ合い――。守るつもりが、足を引っ張り合う。
無様なダンスのような様相を呈していたジンが、決定打の銃撃をもらうことは、もはや必然の出来事だった。
そんなジンを庇おうとより懸命に守備領域を広げるフライヤだったが、フライヤに負担を掛けまいとするジンの挙動が、ぶつかり合い――。
再び、弾丸がジンの胸を貫いたのだった――。
――
木々の合間を駆け抜けてゆく――。
「なぁ、ホントにこっちで合ってんのか? ずっと似たような森にしか見えねぇが――」
「ああ、だいじょうぶ。間違いない、こっちだ」
フレアは迷うことなく突き進んでゆく。進むにつれ、気の圧力が高まるような心地がする。
間違いなく合っているのだろう。そう思うからこそ、スピアも、リースもそれ以上問い掛けるようなことはしなかった。
この先には誰かが、何かが待ち受けている。優れた気功術の能力を宿した誰かが、この先にいる。二人はそれを確信していた。
スピアは思う。
これは妖精族の戦いだ。自分たちはそれに便乗しているに過ぎない。
守る――、というのは体裁だ。本来なら、彼らは守られるような立場にいない。
けれど、助けなければ危ないというのなら。そして、それを助けたいと友が叫ぶのなら。そんなささやかな理屈など水に流してしまえる。
最強の種族。最強の流派。スピアが最も憧れた人物たちがこの先にいる。
およそ足下にも及ばないような若造が助けるだなどと宣っている。
そんな愚かな言動を笑われたって良い。友の想いは、そんなふうに蔑ろにされるべきものではないはずだ。
だから。
スピアはより強く駆けようとその足を蹴った。
その瞬間に、ゾクリと背後から嫌な気配がする。あまりの気持ち悪さにスピアは咄嗟に振り返る。リースもフレアも同様だった。
それが敵であることは考えるまでもない。ならばそこからは考える必要などない。
友の想いを守るために、里を救うという使命を遂げさせるために、スピアは大槍を突き出して構える。
「兄ちゃんは先に行きな。余計な時間を使わせるわけにはいかねえだろ」
「けど……」
フレアは優しい男だ。やはりそこで一歩踏み止まる。だが、それではいけないのだ。二兎を追う者は一兎をも得ない。ならばより優先順位が高いほうを先にするべきだ。こんな相手に時間など掛ける必要はない。
「二秒で敵を殺せる確信があるなら止まれば良いと思う」
リースは、そんなふうに呟いた。冷たいようにも聞こえるが、スピアには随分と優しい台詞に聞こえる。
立ち止まれない、理由を与えたんだ。
「……分かった。死ぬなよ、スピア」
そんなふうに名残惜しそうな雰囲気を醸し出して、二人は走り去った。スピアだけがこの場に残る。
死ぬな、とは随分な捨て台詞を残してくれるものだ。
この気配が感じ取れないとでもいうのだろうか。まったく馬鹿らしい。スピアは溜息を漏らす。
今までにこんな気配を感じたことはない。
ここまで圧倒的な気配は。
勝てるかどうか以前に、何分持つかも分からない。
それくらいどうしようもない力量差が存在している。
スピアの胸にはアークからもらった例のお守りがある。
死ぬ間際に精霊が現れて、力を与えてくれるだのなんだと。
スピアは頼りないお守りを眺めながら、いづれ来る死の時間に想いを馳せていた。
――
戦いの気配はそこかしこから感じられる。
それは妖精族の末裔であるクレアには、当然に備わった技能だった。
しかし、それとは別に一カ所だけ。どうしても拭いきれない違和感がある。
そこに行くべきだと、内なる何かが訴えているようだ。だが、それと同時に行くなとも、訴えている。
相反する想いは、同時に一つの確信を抱かせる。それは、いずれにせよ何か大事なことなのだということだ。
そんな大事なものを見過ごすべきなのか。クレアは自らに問い掛ける。
答えは、否だ。
だったら、多少のリスクは踏んだとしても、そう行動するしかない。
「長老。少し離れてもいいですか」
「何を言っておる。それが出来るような状況だとでも……」
しかし、クォラルはクレアの顔色から、その覚悟を悟り、やがて頷いた。
「10分やろう」
「ありがとう、お祖父ちゃん」
頭を下げて、戦線を離脱する。
戦況が危ういのは理解している。本当は離れるべきではないのも理解している。
だけど、この胸騒ぎをほっといて、戦いには望めない。
だから――。
クレアはできる限りの最高速で、その場へ向かう。
――と言っても、誰かの戦いに巻き込まれたら時間を食っちゃうから、ちょっと遠回りになっちゃうけど――。
それがクレアの最高速度だった。いくつかの戦闘を遠巻きに避けて、辿り着いた場所には――。
吐き気がしそうだった。
森が血で赤く染まっている。無残に切り刻まれた屍体。目を背けたくなるような地獄絵図。
一体何が憎いというのだろう。森の奥地で密やかに生きていた一族の何が気に入らないというのだろう。
どうしてこんな惨たらしい有様に身をやつさねばならなかったのだろう。
妖精族の何がいけなかったというのだろう。
見れば見るほど、死屍累々。見たくない惨状が辺りに広がっていた。
鼻につくのは死臭。血の臭い。鼻の曲がりそうな悪臭だ。そして、胸騒ぎの元凶は――。
……臭いだ。臭いがする。
血の臭いに混じって、何か別の――、嫌な臭いがする。
そこで、見つけてしまった。
「お父さん……」
父、クラインの首だけが転がっている。クレアは膝をついてしまう。
――酷い。酷すぎるよ……。
これが人間……? これが外界の実情……? これがフレアの憧れた、旅だった世界……?
そんなはずはない。そんなわけがない。こんなものが当たり前の世界など、あっていいわけがない。
ただ、そんな異常者がこの里を襲った。それだけの話のはずだ。でなければ、もう……。
クレアは何も信じられなくなってしまう。
見れば辺りには、顔は窺えずとも見慣れた服装の跡が見える。クラインとその部下たちのものに違いない。
クレアはそっと、かつて父だったその首へ手を伸ばす。
妄執に身を焦がすかのように血走り、見開いたままの目を、まぶたを閉じさせて覆ってやる。すると少しだけ表情が安らかになった。
そのときだった。ピシリと指が痛んだ。
あの、嫌な臭いが鼻をつく。その正体は――。
いくつもの想像が像を結び、やがてクレアは答えに辿り着く。
きちんと弔ってやりたいが、それは時間が許してくれない。
それよりも早く救わなければならない命がある。
クレアは先程にも劣らない速度で走り始める。
「早く伝えないと――。敵は、毒を持っているんだ」
相変わらずのスローペースで申し訳ありません。
次回はジンフラとかクレアとかスピアとかのお話が進みます。




