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第二十一章《月蝕む太陽 -Blade Princess;10 Sundown,Mooncry-》

 穏やかに流れる川のせせらぎですら、長い年月を掛けて岩を割るものだ。

 百年、千年という年月を経て、地形は変わり、変化してゆく。

 その過程の中で滝は後退を続け、地図も書き換わってゆくというのは、途方もない未来の話のように感じるが、明確に訪れうる運命であるとも言える。


 そんな壮大な話へシフトさせなくとも、分かりきっていることがある。

 それは、僅かなダメージも蓄積されれば致命傷になり得るし、僅かな疲労さえも命を失いかねない明白な損害であるとも言えるわけだ。

 戦いに疲労した思考の中、ジンはそんなことを考えていた。


 戦いの最中、ジンが分かったことは、マーカスという敵の正体だった。

 もちろんそれは生き別れの兄弟だとかそんな壮大かつロマンチックな寓話ではなく、単にその性質が分かったというだけの話だ。

 マーカス。この男の戦いぶりは噂通りに『戦闘狂』そのものだった。

 例えばの話をしよう。

 ゾンビ映画――娯楽には疎いジンでも知っているような比較的ポピュラーな映画のひとつだ――が、ホラーの属性を背負っている理由は、そこに連綿たる恐怖が潜んでいるからだ。

 その恐怖とは、戦うことをやめないという狂気性にあると言えよう。

 人間が人間たる存在を確立する上で、意思というものは必要不可欠だ。

 そして、意思があれば、そこには迷い・恐れ・油断・驕りなどの感情が入り交じることになる。

 その感情は大変分かりやすい、ともすれば共感しやすい感情だ。

 理解できるものに人間は恐怖は抱かないものだ。逆に、理解できないものには人はとことん恐怖心を抱いてしまう。

 目を疑うような現象・行動に、人間は対処ができないのだ。

 急所を狙われ、気づかないというわけでも躱すというわけでもなく、自ら刃に向かって突進してくるような戦い方はまともな人間にはできない。というよりもできるわけがないのだ、普通ならば。

 意思を持ち、戦う人間ならば、絶対に破らない法則。

 それを破り、愉悦に顔を緩ませるような敵に、ジンもフライヤも対応しきれなかった。

 ジンとフライヤの得物は剣だ。急所への攻撃は本来必殺となる一撃だ。だが、気功術士同士での戦いでは、剣は切断力を発揮できない。相手と気とこちらの気がぶつかり合うことで干渉し合い、斬撃は単なる衝撃でしかなくなってしまう。

 それでも急所への攻撃は有効な打撃であることは変わらない。気に因る防御である程度までは防げたとしても、全くの無傷とはいかない。ノーリスクでは捌けない攻撃だ。

 だというのに、そこへ自ら飛び込み、回避も受け流しもせずきっちりと受けた上で、貪欲に攻撃を続けるというそのマーカスの戦闘スタイルは、まさしく『戦闘狂』と言わざるを得ない。致命傷をかろうじて避け、それ以外の余力を攻撃に注ぎ込む。その絶妙な攻守のバランス感覚はおそらく天性のものなのだろう。

 そんな敵との戦いによる心理的なダメージと、長期戦による過度のストレス。そして紙一重で躱し続けたとは言え、蓄積した手傷が少しずつ、ジンとフライヤを蝕んでゆく。

 綱渡りのような戦闘は、均衡しているようでその実、一方へと傾き始めていた。

 張り詰めた緊張感を抱えて戦い続けるジン&フライヤと、恍惚としたトランス状態で戦うマーカスとでは、徐々にではあるが明確に戦況は決しつつあった。


 ――狂い始めた歯車は、不協和音を響かせ始めていた。


――


 辺りは眩しい光に包まれていた。

 この場からでは太陽よりも大きく窺える光の玉を、ジークは憮然としたまま見つめている。

 傍から見れば絶体絶命だ。助かる余地などないように思える。

 頭上からは巨球が舞い降り、背後には弟であるシークが決死の覚悟で彼の得意技である"ストライク・アウト"を放とうとしている。

 この第二の太陽を受け止めることはおよそ不可能である。物体を消滅させるほどの密度を持った光を受け止めるには、それ相応の密度を伴った気が必要だ。普通の使い手ではそれだけの気を溜めることすら不可能。ジークほどの使い手であろうと、これだけの量の気を練るには時間が足りないに違いない。

 躱すという選択肢も本来ならばある。だが、躱せば実弟の覚悟を無下に扱うことになる。その末路は太陽に灼かれての即死だ。見るに堪えるものではない。それ故にジークは詰む。そのはずだった。

 だが、シークは聞いてしまった。その不可解な言葉を。

 憮然と、見ようによっては呆然としていたように思えたジークから漏れた呟きは、こんなものだった。


「……臭うな」


 明白する意識の中、シークの耳にはその一言がしこりのようになって残り続けていた。


――


 "嘆きの太陽"。

 それは、今のアークに放つことのできる最大の攻撃力を持った攻撃だった。

 その特性はアークの放出した気を無尽蔵に吸収し続けるというところにある。

 アークが時間稼ぎのために使い続けた光の仙術。本来なら、それらは攻撃の役割を終えた時点で気化し大気中に分散してゆく。しかし、コントロールを完全に失うというわけではない。拡散した気は磁石に吸い寄せられるかのように上方へ移動し、その後、凝縮される。

 そうして徐々に、まるで水蒸気が雲を形作るかのような形で――もちろん凝固する速度は水蒸気のそれとは比べるまでもなく早く――形成されてゆく。

 集結した気弾は速度こそゆっくりではあるが、威力や密度は比べものに通常の術とはならないほどに高い。

 威力は集めた気に比例して強化されてゆくが、今回のケースはアークがコントロールできる範囲の中で、限界に近い容量だった。もしこれでも、ジークに太刀打ちできなければ、この戦いは戦いにすらならない。ジークが全力を出した時点でもはや虐殺にしかならない。

 どうなるかは一切が予測不明。アークは、太陽の墜落で舞い上がった砂埃の中、ただ、気を張り詰めさせるしかなかった。

 

 ――やがて、煙は晴れ、結末は日の目を浴びることになる。


 銃剣が、その腹を貫いていた。

 吐き出された夥しい血の量が、その傷跡の深さを物語っている。

 その終焉の凄惨さを物語っている。物悲しく語りかけるように、伝えてくれる。

 それは死を予感させる出来事だった。死しか想定できない有様だった。

 それくらいあっけなく、無残に、殺された。

 シークは、死んだ。アークはそう覚ったのだった。

 手に握る刃を紅に染めながら、ジークは振り返る。その顔色は返り血に染まって、悪鬼か何かのようにさえ見える。

「すまないな、シーク……。もう少しお前と語らっていたかったのだが、そうも言ってられないんだ。俺には果たすべき、復讐がある」

 ジークは剣を振るうと、刃に付いた血が飛び散り、払われる。

 血を拭いきらぬままに、ジークは跳び去った。

 残されたのは、呆気にとられたアークと、腹部を深く斬り込まれたシークの亡骸だけだった。


――


 エリィを無力化したリース、フレア、スピアの3人は、里の北側から進行していた。

 エリィを撃退したことにより、進路を妨げるものもなく、その道程は順調そのものだったのだが……。

 その道中の会話はというと、実に少ない。

 緊迫した状況だからというのも、もちろんある。

 だが、それ以上に、リースが記憶を取り戻したということが一番の理由だった。

 フレアとスピアは、どう切り出したものかと頭をもたげていたし、リース本人もどう伝えていいのか分からないでいた。

 長い沈黙を破ったのは、スピアの一言だった。

「……で、嬢ちゃん。あんたのことはなんて呼んだ方がいいんだ?」

 紆余曲折、思案を経た末に辿り着いたのは、呼び方というシンプルな問答だった。

 それでいて、記憶に関する問いでもあるのだから、ある意味上手い質問でもあっただろう。

 リースは少し言葉を詰まらせながら、つっかえつっかえと言った様子で答える。

「……別に。今まで通りリースでいいよ。そう呼んでくれるなら、そうしてくれていい」

 そっけないふうな受け答えではあるものの、言外にリースと『認めてくれるのなら』という前提を入れてくる辺り、リース本人も現状に迷いを抱えていることが窺える。

 記憶を取り戻し、無垢でいられなくなった自分は、果たしてリースを名乗って良いのだろうか。彼女はそう問いたいのだろう。

 その口調は、いっそ受け入れてもらえなくてもいい。拒絶されても構わない。そんな心境が現れていた。

 そして、そんな回答を返されれば、反論を挙げるのはフレアの役目だ。

「過去が何だって、リースはリースだろ。今更別人みたいな言い方するなよ」

 それは、悪いふうにだって捉えられる発言だ。一瞬、良いように解釈しようして、頭を振りながら、リースは沈んだ声で頷く。

「……そうだよね。アタシは昔から、人殺しだったんだ」

「そうじゃねえよッ!」

 思わず、と言った様子でフレアは足を止める。それに併せて、スピアとリースも立ち止まった。フレアの顔色を盗み見て、リースは自分の間違いに気づいた。思い知ってしまった。

 自分の被害妄想が、彼の優しさを棒に振るったのだと、気づいた。

 信じたかった。信じていたかった。でも、信じて裏切られるのが怖かった。だから、嘘を吐いた。被害者ぶった反応をした。

 その結果、リースはフレアを傷つけていたのだ。

 フレアが言っていたことは、過去のリースがやってきたことを非難するようなものではなかった。むしろ逆だった。

 どんな過去があったとしても、自分の本質を見てくれているのだ。そういう意味でリースはリースだと言ってくれていたのだ。

 それはリースにとって、とても嬉しくて、でもとても恥ずかしくて、けれどもやっぱり嬉しい気持ちのほうが大きかった。

 思わず、目頭が熱くなっているのを感じた。

 そうして、遅まきながら、リースは初めてひとつの感情を知った。

 その感情の名前に、心当たりが出来た。

 暖かくて、恥ずかしくて、嬉しくて、じんわりと胸に広がって、むず痒くて、ドキドキして、そわそわして、ふわふわする。

 そんな感情の名前を、思い出した。

「頼むから、そんなこと言うなよ……」

 懇願するような、彼の口調を、リースには責めることができない。

 突然の気づきに、思考回路はショート寸前になっていた。

 ――そうだ。アタシは……、フレアのことが好きなんだ……。

 リースは一人、胸の中で独りごちるように想ったのだった。

・毎度のお話

進行遅くて申し訳ありません。

伏線回収しまくり&新規で張りまくりの所為で大変七面倒な感じです。

そのうえでお話として面白く筋道立てて小説書くとか人間に出来る所行ではありません。

兎にも角にも、全ては僕の無計画が生んだ悪循環です。

本当にすみません。


・ジン&フライヤ側

ずっと乱闘してますね。そろそろ進める予定です。


・フレア・リース・スピア側

久々の登場です。もうちょっと書くことがあります。

それと、恋心の描写をようやく始めました。LOVE、始めました。

やっぱりそれもこれも全て伏線です。

今後の展開のためにリースの恋も進めることにしました。

お陰でさらに状況が複雑に。

もうたぶん収拾つかない気がする……。えへへ……。(白目)


・アーク・シーク側

名前がややこしいこちら側もいよいよ佳境。

シークは死んだんでしょうかね。どうでしょうかね。


・クレア側

今回は触れませんでしたが、そろそろ動かしたいところ。


・言い訳とかいろいろ

仲間7人は多すぎましたw

全員を描写して、それぞれに見せ場用意して、過去を設定して、シナリオを進めて、敵も描写して……。

ええ。そりゃもう、見事に長引きますよ。当然じゃないですか。

そのうえ、素人です。プロでも手こずりそうな内容をズブの素人が手探りでやるわけです。

結果など見るまでもありませんね。

……長い目で見守っていただければ幸いです。

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