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第十九章《蒼天に霞む月 -Blade Princess;08 crawed moon-》

 ジーク=フォーレス。

 彼の残す逸話は数が知れない。

 指揮を執らせればあらゆる局面で戦闘を勝利に導き、白兵戦では苦難にすら陥らない。

 そもそもヴァルト社の軍勢そのものが劣勢にすら立たないのが世界の情勢ではあるのだが、それでも負け知らずの軍人というのは実はなかなかいない。

 特に、ジークは戦闘回数そのものも多い。そのうえで勝利回数が多いということはそれだけ圧倒的な戦力を保持しているということになる。

 その情報だけでも、アークは頭が痛くなるのを堪えなければならなかった。

 だというのに、その戦力には、まだ裏があるらしい。というのがシークから与えられた情報だった。

 そこまでになると、もはや呆れてしまいたくなるというのがアークの偽らざる本音だ。

 敵の情報は強すぎるということ以外の一切が不明。シークにすら詳細は分からないというのだから、手に負えない。

 アークは大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせることにする。

 さきほどの手合わせから考えるに、ジークを食い止めることすら30秒も保たないだろう。そのうえ相手はまだ全力ですらないらしい。

 二人掛かりで足止めがやっとだろうか。

 それで果たして何ができる?

 勝利の鍵があるとすれば仙術だろう。

 アークの仙術はまだ彼にはお披露目をしていない。ゆえに隙を作ることくらいなら可能かもしれない。だが、そうまでして隙を作っても当てる攻撃がロクにないのではあまりにも無意味だ。光の仙術はその特性上、どちらかといえばトドメの一撃に適している。それを隙を作るために使うのでは荒唐無稽と言わざるを得ない。

 となると使えるのはシークの仙術だろうか。とはいえ、まだ属性も不明なうえ、習得すらしていない。この場で臨死状態になってもらうには一計必要だろうし、よしんば会得したとしてもすぐに戦闘に利用できるかといえばそれは難しいところだろう。使えることと使いこなすことは全く意味が違う。そんなものに縋るのは、いよいよ追い詰められたときくらいだろう。まだその時ではない。

 アークがそんな思考を巡らせていたときだった。

「さすがに二対一では時間が掛かりすぎてしまうな……。せっかくの弟との再会ではあるが、すぐに終わらせてもらおう。なに、時間は掛からんさ」

 そう言うとジークは銃剣を中段に構える。利き手である右手に気が集中していくのが分かる。

 その量が異常だと、アークは思わずにはいられない。自然体に構えているが、その気の総量といい、集中するまでの速度といい、思わず肌が粟立つのを感じる。

 自分が努力を怠っていたとは思わないが、圧倒的な差が存在していた。それが才能の差なのか努力の差なのかはアークには分からないが。

「安心して欲しい。俺は今、弟に会えたことで随分と機嫌が良い。だからじわじわと嬲り殺しになんかしない。……すぐに終わらせてやるからな」

 その声色は優しげでありながら、仄暗く不気味だ。嫌悪感に眉根が歪むのを止められそうにない。

「さぁ、二度と逆らう気が起きないように、きちんと視ておくんだ、シーク。これが俺の全力、"グラヴィティ・アウト"だ」

 そうして構えた剣は、ただの気が込められただけの剣に見える。とはいえそれだけで充分以上の殺傷力があることは明白なのだが。

 緊張した面持ちで見守るアーク。

 そこへ、ふわりと軽やかな足取りでジークが迫った。

 速度は比較的ゆっくりだ。一瞬、身構える拳を緩めかけた刹那。

「来るぞ! 避けろ!!」

 その声に、我に返ったアークは大袈裟なくらいオーバーにその斬撃を回避した。はずだった。

 しかし、まるで時間が早まったかのようにその刃は急激にアークへと迫り、その足を掠める。あと僅かでも反応が遅ければ足と胴体は切り離されていたことだろう。

 アークは驚愕に身を震わせるが、そこへ第二撃が押し寄せようとしていた。

 回避は間に合わないと踏み、アークは防御の姿勢を取るが、

「よせ! 受けるなッ!!」

 シークの悲鳴染みた叫びに、アークは応えられない。

 またもグン、と速度を上げた一撃がアークの籠手にぶつかり、直後、身体ごと大きく吹っ飛ばされる。

 大岩に背中をぶつけ、その意識は明滅する。

 ――この、威力は……。

 完全に想定外だった。というよりもこれだけの気の総量を持った一撃を溜めもなく何度も振るえるのは不自然だ。

 つまりこの攻撃には、タネがある。それこそが"グラヴィティ・アウト"というわけだ。

 おそらく戦場で振るった回数はそう多くはあるまい。だからこそ、情報が少なく打つ手が浮かばない。

 ならば、彼のこの気まぐれに感謝するとしよう。

 ここで打ち破れれば、今後の進撃の糧になる。対処法のひとつでも得られれば大きな戦果となり得る。

 ――ヤツは、ヴァルト社のナンバー2。今後、必ず大きな障害となる。

 だからこそ、これは幸運だ。可能な限り情報を収集する。あわよくば撃破する。そうすれば今後の展開は相当有利に進むだろう。そう、思うことにしよう。

 でなければ、絶望に身をやつしてしまいそうだ。

 もちろん、ここでアーク自身の自信が砕かれ、再起不能になることもあるだろうし、それ以上に死ぬ可能性のほうが圧倒的に高いのだろうが。

 そうして思案に耽る間隙すらないままに、第三撃が間断なく放たれる――。


――


 ジンとフライヤは混沌の直中にいた。

 敵味方問わず飛び交う銃弾が、容赦なく命を刈り取ってゆく。

 増援は絶え間なくやってくるし、幾度敵を斬り捨てたところで、終わりなど見えなかった。

 次第に気は消耗してゆくし、大きな怪我は負わずとも、徐々にダメージは蓄積されてゆく。

 手足が痺れるような感覚がする。剣を握り続けていられるのは奇跡的とも言える。

 そんな地獄絵図の最中、それでも戦意を失わずにいられるのは背中を預ける相棒の存在が大きい。

「まだいけるか……?」

「……余裕っ」

 相棒はそんなふうに答えてくるが、その声は明らかに弱りつつある。

 ――いよいよ正念場やな……。

 ジンは一人の敵兵を斬り払いながら、視線をその先へと向ける。

 嗤う悪魔、マーカスを睨む。

 速さと、トリッキーさでなかなか捉えることはできなかったものの、やはりヤツこそが最大の障害だろう。

 ――アイツさえ仕留めりゃ、逃げるんも容易いな……。

 安全策に縋っているだけでは、この状況は覆せない。

 そう思い、視線を背後へ向けると、不意に相棒と目が合った。

 思わず、ジンは笑ってしまう。

 この相棒が傍にいると、どんな困難もどうにかなりそうに思えるのだった。


――


 数度の絶技、グラヴィティ・アウトを放ったあと、突然に攻撃を中断して、ジークはこんなふうに切り出した。

「ヒントを教えてやろうか、テロリストの頭領よ」

 名乗った覚えはなかったが、向こうも何も知らない馬鹿ではないのだろう。アークは首肯もせずに視線だけでその先を促した。

「俺の"グラヴィティ・アウト"は、溜めの一撃だ。気を攻撃方向の逆ベクトルへ向けて放つことで攻撃を溜め、溜まったエネルギーを一斉に解き放つ、というのがこの技の特性だ」

 それにはある程度、予測が付いていた。しかしだからといって、簡単に打破できるような単純な仕組みではない。

 いや、構成がシンプルであるがゆえにその対処法が思いつかない。

 それに何より、仕組みが分かったところで、あの気の量はやはり異常なのだ。通常の人間のなせる業ではない。

 だが、その問いは意外なところから返される。

「……ジークは、肉体を改造しているんだ。戦士として戦いやすいように。その代わりとして、調整を続けなければ一年と生きられない身体に成り果てしまった……」

 無言の問いに答えたのはシークだった。

 肉体改造。そう聞いて、アークは底冷えするような悪寒を覚えた。

 確かに可能性としては、かねてより提示されていた。しかしそれを目の当たりにする日が来るとは……。

 人体実験そのものが行われていなかったわけではない。アークが聞き及ぶだけでもいくつかの事例は聞き及んでいる。

 だが、それを実践した成功例が今目前にいるのかと考えると、アークは嫌悪感に顔をしかめずにはいられなかった。

 ――ヴァルトニック打倒のため、その禁断の道に足を踏み入れ、後悔のままに死んでいった者たちを私は見てきました……。ですが、対する相手がそれを果たし、ここまでの戦力に育て上げていたとするならば、彼らの苦労も覚悟も、報われませんね。

 人体実験は、未知の分野のため、多くの犠牲を必要とする技術である。

 ここでいう犠牲とは、金銭や時間などではなく、人命そのものであるため、その重みには雲泥の違いがある。

 そして、その犠牲の糧を得やすいのは、確かにヴァルトニックのほうなのである。潤沢な資源を豊富に使い、その技術を完成させた。

 その技術の高さは、同時に犠牲者の多さを物語っているというわけだ。

 ――まったく、厭になりますね。

 情報をここまで与えてくれたことは感謝したいところだが、話した理由は不明だ。勝者の余裕とも思えるが、家族との再会で上機嫌(本人曰く)だからなのかもしれない。

 ――その情報が勝ち目を生み出してくれないというところが、なんとも癪ですが……。

 とはいえ、やるしかない。

 ここで逃げるという選択肢はありえない。というよりも、選ばせてはもらえないだろう。それは、仲間たちはもちろんのこと、ジーク本人にも敵を逃がすつもりがないからだ。

 情報を与えたということは、余裕があるからという側面もあるだろうが、それ以上に今、ここで終わらせられるからだという一面が大きいのだろう。

 そして、その解釈は間違っていない。この戦い、この局面、アークたちに勝てる要素は二つしかない。アークの仙術か、シークの仙術か。決め手はそれしかない。

 チャンスは一度、あれば良い方、といった程度。出し惜しみせずに決め手を残しておく、というのは一見矛盾したような論法だ。

 だが、手がないわけではない。そのためには……。

 視線を向けると、シークは神妙に頷いて見せた。

 ――やはり、あなたもそういう結論を出しましたか……。

 丁度良いところではあるが、あまり良い気持ちはしない。

 それでも、それしかないのであれば、それを果たすだけだ。

 それでジークに一矢報いることができるのであれば、それが最上の策と言える。

「作戦は決まったか……? それじゃあ、……躱してみろッ!!」

 膨大な気を纏って、走り始めたジーク。

 その気の総量から、さきほどの秘技、グラヴィティ・アウトである覚ったアークは今度こそ大きく躱そうとしたのだが、

 まるで壁にでもぶち当たったかのようにその身体は動かなかった。左右だけではない。僅かな身じろぎすら利かない。そして、頭上に迫る銃剣。

 アークは再度、気を集中させての防御でそれを凌ぐ羽目になった。

 ――グッ……ゥ……! これは……ッ!

 ……気の放射を使い、かろうじて受け流しつつ、恐らくはこの異常もグラヴィティ・アウトの一種である、とアークは推測した。

 攻撃方向とは逆に対して気を放射することで、『強制的に溜めを作り威力を向上させる』のがグラヴィティ・アウトという技の正体であるならば、当然その逆も行えるわけだ。

 つまり、攻撃対象の回避方向に対して逆向きの気を放射することで、『強制的に回避を溜めさせる(遅らせる)』ことも可能である、ということだ。

 一手ごとにここまでの驚異を見せつけられてしまっては、大抵の人間は戦意を失ってしまうことだろう。アーク自身、視界が真っ暗になってしまったような錯覚を抱いた。

 あれだけの強大な攻撃を連発してきて、そのうえ回避すらできないのであれば、それはもう敗北するしかない。

 肉体を改造したジークの気の総量は尋常ではなく、初期スペックの時点で勝ち目は非常に薄い。

 だが、改造しているがゆえに生まれる弱点もあるはずなのだ。そここそがアークたちにとっての勝ち目になり得る。

 たとえば、戦闘時間。

 あれだけの無茶苦茶な戦い方を長時間継続できるとは考えにくい。であるならば、長期戦へ持ち込めば勝算はぐっと上がる。

 ――いや……。

 違う。それではダメだ。今は防衛戦の最中だ。まずは妖精族の安全を確保する。そのうえで反撃……という流れでなければ、この一局では勝てても大局では負けてしまう。

 ジークに対しては、時間を掛けるわけにはいかない。

 しかし、短期決戦という価値観で推し量るのであれば、戦況は絶望的と言わざるを得ない。

 相手には一方的なまでの、圧倒的なまでの火力がある。それは大きなアドバンテージだ(無論、こちらにとってそれは劣勢極まりないことになる)。

 そのうえ、その戦力は未だ未知数。

 だが、こちらにも優位な点はある。まずは数だ。

 二対一という戦力差は小さくないはずだ。とはいえ、チームワークなんてものはほぼ無いに等しい。その優位性を遺憾なく発揮できるとは思えない。

 そして、仙術。

 一か八かにはなるが、これを生かすほうが無難だろう。

 ――だったら……ッ!

 アークは駆け出した。結局の所、道は前にしかない。前にしか拓かれない。前にしか見出せないのだ。

 だからこそ、愚直に駆ける。愚鈍に駆ける。愚策に賭ける。

 吹き荒れる暴力的な気の嵐。

 瞬く間もない攻防。死の刃。砲口から放たれるけたたましい咆哮。それが死という方向を決定づけようとしている。

 思慮すらもない。あるのは感覚だけ。ただ、前へ。腕を突き動かすのみ。

 愚かしくも浅ましい闘争は、終わらない。

 必殺の一撃が届かない。当たらない。

 その一撃を躱し、放った一撃が躱され。そこへ放った一撃を辛くも躱し、次の一撃を叩き込む。

 一瞬が永劫に続き、永劫は一瞬で終わる。

 時間にすればそれはわずかな時間だっただろう。

 だが、その時は濃密で、凝縮されていた。

 気の暴風に巻かれながら、懸命に拳をジークへ叩き込む。それだけを望む。

 シークも同時に動いていただろうが、もうそれは意識の外だ。記憶にない。

 それどころか、そこからの記憶すらも、アークには残っていない。


 ――私は最後、眼前へ迫った銃剣を、きちんと受けられたのでしょうか。


 もちろんその独白に答える者は、誰も居なかった……。

・毎度のことですが、長らく掛かりました。ジーク戦です。

ようやく秘技も登場し、いよいよ佳境といったところでしょうか(ジーク戦において、の話ですが)。

思った以上に執筆に難儀しており、今後も更新はこんなペースかと思われます。ご了承ください。


・グラヴィティ・アウト。

強制的に溜めを作る秘技です。

シンプルゆえに強い。結構良い技閃いたなーと作者一人でほくそ笑んでいます。

これについては昔からあったアイデアではなく、書く寸前くらいで思いついたネタだったりします。

こういうのが楽しいので、バトルものは書いてて楽しいです。


・ジーク戦

あんまり長引かせてもアレなので、次くらいでジーク戦は幕を下ろす予定です。

剣姫篇なのにクレアが最近放置気味なのでそろそろ動かしたいところ……。

今年中には剣姫篇を終わらせます。たぶん。きっと。おそらくは。

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