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第十三章《剣姫と十字帝 -Blade Princess;02 VALTNICK-》

 七人は森を駆け抜けていた。

 この道を踏破したことのある者はこの中にはいない。

 ゆえに、最短距離や安全経路などは誰にも分からない。

 それでも、その移動速度を緩めることは出来ない。

 そして周囲への警戒も怠ることは出来ない。

 フライヤは全力で駆け抜けつつ、何気ないふうに告げる。

「……居るね」

 そんな発言に相棒は首を傾げるばかりだった。アークだけが注ぐ日光で眼鏡を光らせながら頷いている。

「ふむ、……そのようですね」

 そこで、フライヤは足を止めた。

 六人が振り返るが、それぞれの表情はバラバラだ。

 アーク、シーク、スピアあたりはなんとなく察してはいるようだが。

「アンタはあたしが信用できないんだろ……? だったら足止めは任せときな」

 フライヤがそう言うと、アークはしばらく考えるふうに顎に手を当て、

「……分かりました。お任せしましょう」

 と言い、再び走り始めた。

 それを四人が慌てて追い始める。

 だが、一人がそこに残っていた。

 言うまでもない。残るのは予想通りこの男だった。

「一人で手に負えるんか?」

 などと言っている。

 どんなに鈍い相棒といえど、さすがに近づく気配に気がついたらしい。フライヤは頷きを返す。

「別に……、一人でもなんとかなるけど」

 ふてくされたように言いつつも、その内心はほっとしていた。

 そんな自分にフライヤは嘆息しつつも、剣の柄に指を添える。

「言うたろ? オレはお前を守る。今度は絶対に救ったる」

 ジンはドヤ顔でそんなことを言っている。

 なのでフライヤはそっぽを向いて肩を竦めてみせた。

 途端にがっかりした表情を作るジンだが、その顔を盗み見つつ、フライヤは僅かに笑みをこぼした。

 相棒の頭の中にはお花畑でも広がっているのだろうか。

 そんなことを考えて、フライヤはひとしきり表情を緩めたのだが、すぐに気を引き締め直す。

 濃厚な気配が、すぐ傍にまで迫っていたのだ。

 フライヤとジンは鋭い眼差しのまま、敵の出方を窺っていた。

 ――来るのか……! 来ないのか……!

 フライヤは焦燥を押し殺して、意識を外へ向ける。

 風が、さらりと抜ける。

 気配は、動かない。

 ――まずは、我慢比べかな……。

 フライヤは揺れる木々を視界の端に捉えつつ、その動きを窺っていた。


――


 ……そんな二人を取り囲む者たちの中に、一人、哄笑を漏らす男がいた。

 男は口を塞いで、声が漏れないようにと気をつけているつもりのようだったが、周囲にいた兵たちには煩わしく感じたらしく、向けられる視線はかなり冷たい。

 そんな状況すらおかしくて、男はひたすらに笑い続けていた。

 なんとおかしいのだろう。なんと、なんと、なんと。

 これでは笑わずにはいられないだろう。むしろ、何故周りの兵たちは笑わずにいられるのか。男には理解できない。

 ――だって、そうだろう……?

 これから行うことを思えば、笑わずになんていられない。

 これから、何をするか。決まっている。

 コロシだ。

 社長が迷惑そうな顔をすることもない。頭の悪い相方が説教垂れてくることもない。ジークの旦那にお小言頂戴することもない。

 そんなことなしに、コロせる。バラせる。キれる。ヤれる。ツブせる。オカせる。

 ここには何の弊害もない。邪魔者がいない。正当に、真っ当に、コロせる。

 それは限りなく、自由だ。このうえなく、自在だ。

 ――しかも、雑魚じゃない。無抵抗に斬られる雑魚じゃないんだ。

 そう思うと、もう笑いが止められない。

 これから何が出来る? どこまで出来る? どれだけ出来る?

 胸が高鳴る。鼓動が加速する。

 早く試したい。試させろ。

 早く。早く。

「ヤラせろォォォオオオオオオーーーーーー!!!!!」

 狂ったような鬨の声を上げて、《戦闘狂》マーカスは回転式拳銃を引き抜いた。

 その照準は、鋭い眼差しをした金髪の女へ向けられる。

 だがその瞬間、異様な出来事が起きていた。

 目が合ったのだ。金髪の女と。

 居場所も、タイミングも読まれていたのだ。

 それを確信すると、マーカスは再び笑みを浮かべる。

 ――これだッ! この感触!

 マーカスは裂けるように口角を吊り上げて、凄絶な表情を作る。

 殺す感触と殺される感触。それこそが、マーカスを惹きつけるものだった。

 マーカスはそのために生きているし、そのために殺していた。

 追い詰め、嬲り、いたぶってから殺すのは、その感触を深く味わうため。

 そして、追い詰められた人間の、底力に期待してのことでもあった。

 だが、大抵は失敗する。以前近辺の村を襲ったときのように。

 いつだったか、シークと戦ったとき。あれは実に間が悪かった。

 余計な仕事を負っていたために、戦いに集中できなかったためだ。

 命を落としても良いタイミングではなかった。

 そのために集中できなかったのだ。

 だが、今回は違う。

 予期せぬ遭遇のために報告の義務があるだとか、目的達成のために部下に指示を出さねばならないような状況ではない。

 それが、マーカスには何よりも至福であった。

 ――ここには敵がいて、俺がいて、戦いがある。

 それだけでいい。

 それ以外は興味すらない。

 マーカスは引き金を引く。

 放たれる銃弾。銃声。硝煙の臭い。

 心地よい。此処こそが自分の居場所だ。

 これこそが生き甲斐だ。

 マーカスは隠れていた木陰から飛び出ると、そのまま全弾を女剣士に叩きつける。

 ――さぁ、それをどう躱す?

 マーカスは哄笑を上げ、その女の挙動をつぶさに観察していたのだった。


――


 フライヤは敵が動き始めるのと同時に走り始めていた。

 そのタイミングは読めていた。

 木々のざわめきの中から、強い気の流れが感じられたからだ。

 その気配は禍々しく、狂的だった。それならば攻撃は単調で派手なものが来るだろう、と予期していた。

 そして、その予想は的中した。

 放たれたのは銃弾だ。剣を操るフライヤやジンには相性が悪い。遠方から攻撃できる武器と、近接でしか攻撃できない武器ではほとんどの場合、勝負にすらならない。

 だからこそ、相手は銃使いであることは真っ先に考慮に入れていたし、方向も大まかに推測できたのだから、これで対処を誤るのはただの馬鹿だ。

 フライヤは屈み、つい数瞬前まで自身の頭があった場所を通過していく弾丸を見やる。

 口径は中程度、連射速度や銃声で敵の所有する武器の当たりを付ける。

 ――二挺拳銃、しかも回転式……!

 回転式拳銃は総弾数が少なく、再装填も簡単ではないため、二刀流で構える使い手は少ない。

 二刀流の最大のメリットである弾幕を張ることが難しいためだ。

 総弾数が少なければ、弾幕は薄くなるうえ、すぐに銃弾の再装填が必要になる。またその再装填に時間も手間も掛かるというのだから、両手に構えるのはかなりの場合、逆効果だ。メリットは減る一方でしかない。

 ――ただし……、

 フライヤは一つの懸念を抱いていた。ゆえに、即座に次の挙動へと移行する。予断は許されない。

 フライヤは再装填をさせる前、それどころか全弾を撃ち終える前に標的へと斬りかかった。

 黒服をだらしなく着崩したその男はゆらり……、と体勢を傾ける。

 その首元を、斬撃が掠めた。

 血が、わずかに跳ねる。

 ――クッ、浅い!

 首を斬り落とすつもりの一撃が、躱された。

 男の右腕から手放された銃が、中空を舞っている。

 そして、男は倒れかかった姿勢のまま、右腕を振り上げようとしている。だが、その指先は舞い上がった衣服の影になって見えない。

 だが、間違いない……、とフライヤは確信していた。

 そして、予想通り、振り上げられた腕には新たな銃が握られていた。

 そう、これはやはり――、

 ――トリプルリボルバー……ッ!

 二刀流、ではない。彼は三刀流だったのだ。

 相手の意識を二挺の拳銃に向けさせて、その不意を撃ち抜く三挺目の拳銃。

 とはいえそんな攻撃も、正体が読めていれば恐ろしくも何ともない。

 フライヤは両手持ちしていた片手剣から、片手を外していた。そしてその左手が、手刀となって三挺目の拳銃を握る男の腕を狙っている。

 しかし、そんなフライヤの左手に鈍い痛みが走った。

 見れば、男の左膝が持ち上げられており、その手刀を蹴り上げていたのだ。

 わずかに肝を冷やすフライヤだったが、その三挺目の拳銃が火を噴くことはなかった。

 手刀への対処で手一杯となったのだろう、男はそれ以上の攻撃も出来ず、舌を打って飛び退る。

 フライヤも一度距離を取り、相手の出方を窺うことにする。

 ――どうにも、簡単には行かなそうね……。

 フライヤはひとつ、溜息を吐くのだった。


――


「ヒューっ♪」

 マーカスは口笛を鳴らしていた。

 久方ぶりの手応えだった。やはり戦いはこうでなくては面白くない。

 ただの殺戮では、物足りない。

 命とは相手にあるだけのものではない。自分にもあるものだ。

 ゆえに、相手の命を舐るだけではその快楽は半減するというもの。

 自分の命を危ぶめている。そのスリルがあってこそ、戦いは楽しいのだ。

 ――さて……、

 マーカスは考え始める。

 その思考回路は暴力にしか回らない。

 如何に殺すか。如何に勝つか。如何に相手をねじ伏せるか。

 考えることはそれしかない。

 ――少し焦りすぎたか……?

 距離を取り、互いに牽制し合う状況となった今、改めてそんなふうに思う。

 トリプルリボルバー。

 二挺拳銃に注目させておいて、そこから不意を突く三挺目の拳銃。それが、まさか看破されるとは考えていなかった。

 そこそこの相手ならばこれで致命傷くらいは狙えたものの、この相手ではそうもいかないらしい。

 周囲に視線を向け、情報を集めることにする。

 視線を向けた先では、自分に充てられた雑兵どもが、相手の仲間である男の剣士と戦闘している。

 数ではこちらが圧倒的に有利だが、実力差は拭いきれない。

 時間稼ぎ以上のことは出来ないだろう。

 この状況をうまく使うには、どうするべきか。

 僅かに思考を巡らすも、マーカスは首を振った。

 ――いや……、

 それではあまりにつまらない。

 マーカスが欲するものは命の遣り取りだ。

 勝利ではない。

 そして、マーカスは砲口を、男剣士のほうへ向ける。


――


 ジンは歯噛みしていた。

 敵の構成は、黒服たちと二挺拳銃使いだ。

 強敵はもちろん、二挺拳銃だろう。一人だけ纏う気の総量が桁違いだし、身のこなしやその戦闘スタイルも異常と言わざるを得ない。

 それほどの相手ならば、ジンはフライヤに加勢したかった。

 だがしかし、現実としてそれは出来なかった。

 ――ただの雑兵、ってもんでもないんか……。

 黒服たちはそこそこに手強かった。

 恐らくは士官クラスだろう。今まで斬り結んできた奴らとは出来が違う。

 即座に倒そうと思って、攻め込もうとすると背後から不意打ちが現れる。

 なのでそちらへ標的を定め、反撃に転じようとすると、今度は横合いから銃弾が放たれる。

 そうして、ジンは攻めあぐねていたのだった。

 ――こらぁ、フライヤに気ぃ取られたらやられるな……。

 そんなふうに独りごちるのだった。

 ――待てよ、向こうが連携してくるんやったら、もしかして…………。

 ジンが顎に手を当て、思案したのはほんの一瞬。

 しかし、その一瞬を狙い撃つかのように、一発の銃弾が放たれたのだった。


――


 マーカスは着弾の確認などしない。

 フライヤの気さえ引ければ、あとのことはどうでも良かった。

 ジンが負傷していれば良し。していなくとも僅かな隙が生まれればそれで良かった。

 予測した通り、フライヤの攻勢は挫かれ、マーカスはその間に木陰へと逃げおおせた。

 三挺の拳銃を高速リロードし、すっくと立ち上がる。

 木陰に背をつけて、様子を窺う。

 ――さあて、もう死んじまったかな……?

 マーカスはペロリと舌を出し、唇を湿らせる。

 その唇が、残酷な笑みを浮かび上がらせていた。


――


 一方、クレアは仰向けに倒れていた。

 爆炎に煽られ、身体中が煤けていて、火傷の跡もいくつか見受けられる。

 そんな彼女にゆっくりと歩み寄るのは、ドルフだ。

 醜悪な笑みを浮かべ、ドルフは荒い息を吐いた。

「ふふふ……、美しいだろう? 僕の開発した『セルフタイマー』は……」

 伏したままのクレアは身じろぎひとつしない。

「躱すことの出来ない攻撃。これほど恐ろしいものはないよね。そして、僕の『セルフタイマー』は形すら自由自在! 誰にだって存在する《弱点》に設置できる。これは兵器界の革命だよ! ファンタスティック! ……だから抵抗は無駄さ。さぁ、僕と踊ろう!」

 ドルフは右手を差し出し、ウインクしてみせる。

「君の剣術ではこれほどの効率的な虐殺は出来ないだろう? なら、僕の元へおいで。足掻く意味はないし、足掻く必要だってないよ。僕なら君の望む全てを与えられるよ。だからおいで。マイプリンセス……」

 ドルフの伸ばす腕が、クレアの腕へ触れようとしたその時。

 僅かにクレアの腕が動いた。

 だが、それは一瞬だった。

 すぐに動かなくなり、ドルフは一瞬ためらった後、再びその細腕に触れようとした、のだが……。

 ボトリ。

 何かが落ちた。

 そして、腕は届かなかった。

 それどころか腕の自由すら無くなっていた。

 ドルフは自身の腕へ視線を送る。そして気づいた。

 ドルフの腕は、肩から斬り落とされていたのだ。

「な、な、なァアアアア……ッ!!」

 ない。腕が、ない。自分の腕が、ない。

 自慢の腕が。大切な腕が。研究に扱うために綺麗に扱ってきた、命の次に大切な腕が。

「腕ッ!? 僕の、腕ッ!! 僕の腕がァァアアアアアアアアアアッッ!!!??」

 吹き上がる血を浴びながら、少女は仰向けの体勢からドルフの身体を蹴り上げ、そのまま宙返りをして立ち上がる。

 右手には剣が握られていた。鋭すぎる剣閃は僅かな動きしか見せていないにも拘わらず、無数の斬撃を繰り出していた。

 ドルフは悲鳴を上げて逃げ退ろうとしている。

 振り抜いた一撃は、未だ決定打とはなっていなかった。

 トドメとばかりに剣を振り上げたクレアだったが、瞬間、身体ごと吹っ飛ばされそうな威圧感を感じて、背後を振り返った。

 そこにいたのは――。


――


 ドルフが求めていたものは快楽だった。

 スイッチ一つで人を殺めることが出来るという快楽。ドルフはこれを超える快楽を見出すことは出来なかった。

 自分が行うのは準備だけだ。入念に準備をし、戦略を練り、策を講じる。

 そして、実戦で行うのは僅かな動作だけだ。

 たった一つのスイッチを押すだけ。

 それだけで人が死ぬ。勝利が確定する。

 それは、あまりにも明瞭な報酬だった。あまりにも豊満な快楽だった。

 自らの講じた罠に嵌まり、絶望に顔色を歪めて息絶える表情は、どんな美酒にも勝る酩酊を与えてくれた。

 ドルフはそれを欲していた。どうしようもないくらいに、それに依存していた。

 中毒と言ってもいい。

 それくらいに、激しい快楽を感じていたし、生き甲斐とも言えるものだった。

 自分が行うのは最低限度の動作でしかない。

 たったそれだけの動作で、相手の全てを奪う。希望も、活力も、命も、未来も。

 それはどんな薬物を摂取したって、得られない快感だ。

 だが。

 一つだけ、ドルフは失念していた。

 気づいていなかった。

 それこそがドルフという男の器であり、ドルフという男の末路でもあった。

 それでも。例えそうだとしても。

 男はふらつく足で敗走を続ける。

 死ぬわけにはいかない。

 それだけは許容できない。

 態勢を立て直しさえすれば、まだ勝機はあるはずだ。

 丸い身体を木々にぶつけながらも、血走ったその瞳に、諦めの色は見えなかった。


――


 クレアは凍り付くような感触を抱いていた。

 心を凍らせるような肌寒さ。生まれてきてしまったことすら間違いだったかのような違和感。

 一瞬の間に、思考の一切が消え去ってしまう。

 浮かぶものは何もない。無だ。一切が無い。

 点となったクレアの心に、クレアは違和感を覚えていた。

 やがてその空白を占めていたものが、虚無でなく恐怖だったと気づくには、幾許かの時間が必要だった。

「初めて、相まみえたな。……エルフ」

 クレアにとって、それは古代の英雄の名だ。妖精族の蔑称であるなどとは想像もつかない。

「俺は人間王が一人、ヴァルトニック=フォーレス。貴様らに奪われた歴史を、取り戻しに来た」

 意味が分からない。ので、クレアは無言で空を見つめるしかない。

 男はなおも続ける。

「分からないのか? ならば教えてやろう。誤った歴史を生み出した罪を、今この場で贖って見せろ。自らの血と、屍でなァアッ!」

 男は白コートを振り乱し、一本の大剣を掲げる。

 剣の柄には銃のような機構が取り付けられている。

 それがどういったものなのかは、クレアには検討もつかない。

 分かるのは二つ。

 この男は、妖精族を滅ぼすつもりらしいということ。

 そして、もう一つは……。

 この男には、それが可能である、ということだ。

 命に関わる、という危機感からか、金縛りのような硬直からどうにか脱したクレアは瞬時に飛び退る。

 そして、振り下ろされた一撃が地面に突き刺さり、大地を砕いた。

 千々に砕かれ、地割れが放射状に広がってゆく。

 中でも一つ、一際大きな断絶がまっすぐクレアへと伸びてくる。着地したクレアはそこで再度跳躍し、地割れから逃れる。

 砕けた大地が、深々と地面を掘り進んでゆく。

 亀裂が、際限なく周囲を駆け抜け続ける。

 クレアは呆然とそれを眺めることしか出来ない。

 有り得ない。クレアはそう、声にならない呟きを漏らす。

 この男は、このヴァルトニックという男は、もはや人間を凌駕した領域にいる。

 妖精族とすら、比較にもならない。

 放たれるプレッシャーも、クレアの師匠たるクォラルを軽く、頭一つどころではなく、遙かに飛び越えている。

 脆く弱い人間の身でありながら、妖精ですら辿り着けぬ境地に達している。

 そんなことが有り得るのだろうか。

 いや。

 クレアは有り得ないと断じることが出来る。

 肉体の限界とは、気で補える領域すら加味したうえでの話なのだ。

 だというのに、人間のみでそれを為すことが出来ようはずがない。

 にも拘わらず、この男はそれを体現している。

 なぜ――?

 そう心の中で問い掛けるも、答えるものなどいるわけがない。

 クレアは剣を構え、ヴァルトニックなる男に向き合うも、その心は既に、敗北を悟っていた。

 ――どうしよう……。勝ち目が見えない……。フレア――――!


――


 木々の合間を駆け抜けていたフレアたちは、突然の騒音に警戒の色を強めた。

 地震だろうかと、それぞれが立ち止まり、身を低くしてこらえていた。

「ちぃッ! こんな時に地震だと!?」

 片膝をついた姿勢で、スピアが悪態を吐いていた。

 だが、アークは直感的に分かっていた。

 これは、地震などではないのだと。

 シークもまた同様だった。

 ヴァルトニックならば、これと同じ規模の現象を起こせると、知っていた。

 訳も分からず、立ち竦むフレア。

 若干の間。

 そこで。

 急激に事態が豹変することになる。

 地面に亀裂が走ったのだ。

 始めにそれに気づいたのは、アークだった。

「まずい……ッ! 皆さん、逃げてください!!」

 アークの警告と同時に、地割れが起こった。

 あまりの衝撃にそれぞれがバランスを失う。

 そんななか――、

「きゃあ!」

 リースの足下に亀裂が伸びていた。

 逃げなければ――、当然リースもそう考えた。

 しかし、振動はいまだ続いている。逃げようにも足下が踏ん張れない。

 まるで磁石に捕らわれてしまったかのように身動きが取れない。

「フレアッ!!」

「リース!!」

 リースは最も近い位置にいたフレアへ手を伸ばす。

 フレアも精一杯手を伸ばして、その手を掴もうとする。

 しかし、あと数歩といった距離なのに、届かない。

 亀裂はなおも広がり、リースを地の底へ誘おうとしている。

 フレアの脳裏に、出撃前のアークの言葉が蘇る。

『そのお守りは皆さんに差し上げますので、ちょっと死んできてくれませんか?』

 これは、まさしく死に迫る状態だ。

 もしこのまま放っておけば、リースはそのお守りの力で精霊の力を手に入れられるのかもしれない。

 だがしかし。そうでなかった場合。

 精霊という不確かで曖昧な情報がデタラメであった場合。

 全くのデタラメというわけでもなかったとしても、それでも必ず生存できるという保証があるわけではない。

 ――いや、そんな話は抜きにしても……。

 放っておけるのか。この状況を。

 無視できるのか。この光景を。

 フレアは、そこから先の思考を覚えていなかった。

 ただ、気づけば。

 もはや崖下とでも表現すべきリースのいる岩場へと降りていた。

 駆け寄ると、リースは涙を浮かべていた。

 その表情は《表側》のほうのリースのものだ。

 フレアはその小さな身体を抱え込んだ。途端にリースの腕がフレアの首へ回り込む。

 リースを安心させるように、一度だけポン、とその背中を叩いてやり、フレアは眼前を見据える。

 その光景はもはや断崖絶壁だ。

 だというのに、フレアの瞳には絶望など微塵も映り込んではいなかった。


 ――――、

 そして、瓦礫が、奈落の底へと呑み込まれていった。

・三ヶ月振りです。お久しぶりです。亘里です。

新人賞の原稿書いたり、書き終わって意気消沈してたり、転職したりしてたら遅れました。ごめんなさい。


・バトル。バトル。バトル。

な内容です。


・マーカスVSジン&フライヤ。

もうちょっと先まで書くつもりだったんですが、色々考えた結果次回持ち越しになりました。

やきもきしてくれるとちょっと嬉しいです。……調子乗ってごめんなさい。すぐ書きます。がんばるっ。


・クレアVSヴァルトニック。

本作中最強VS最強です。

とんでも級に超強いクレアさんですが、ヴァルトもぶっ飛んでます。

剣振っただけで地割れ起きますからねw ヴァルトさんマジぱねえ。


・地割れに巻き込まれたフレアたちの運命や如何に!

……という感じで幕を下ろしてみました。打ち切りじゃないよ。

次回はヴァルト社幹部の四天王の、マーカス・ドルフ以外の面子が出てきます。

クソ野郎ばかりだったので、他の四天王は良い人かもしれません。……そんなことないかもしれませんが。

……正直な話、早くエンディングを書きたいです。そのためには辛いシーンもがんばって書かねばならないようです。

もうちょっとがんばります。

なので、もうちょっとだけお付き合いください。お願いします。

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