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第十二章《神風纏う剣姫 -Blade Princess;01 KAMIKAZE-》

 そして、その日は来た。


 エルフの里、中央広場にて――

 長老クォラル=バーガンディーはその長い髭をさすりながら、状況を分析していた。

 西側にはケイト、アステル、ガスターが布陣し、東側にはレオ、カタリーナ、ビリーが向かっている。

 南側にはクレアの父、クラインとその部下たちが展開している。そして北側にはクレアがいる。

 クレアがいち早く敵の進入を看破してくれたお陰で、準備は間に合った。

 しかしあまりに多勢に無勢である。

 時折送られてくる様子見らしき尖兵を幾度始末しても、増援は止むことがない。数百、あるいはそれ以上の軍勢が配されているのだろうか。

 守勢であり続ける限り、切りがないだろう。こちらの勢力が削られ続けるだけだ。まずは敵勢力の布陣を見極めねばならない。そうでなければ打つ手がない。

 クレアに偵察を任せるため、北側へ足を向けるクォラルだったが、その足取りは重い。思考がその足を縫い留めていた。

 ……かつて妖精戦争の折、妖精は抗わずに屍を重ねた。

 当時下した彼らの判断が正しかったのかどうか。それはクォラルには分からない。当時、虐殺はエルフが立ち上がる日まで延々と続いたという。

 惨劇の再来を避けるため、抗うという決断をしたクォラルだが、それはかつての妖精族とは異なる選択だ。妖精の異端児であったエルフの血が、彼と同じように争いの道へと駆り立てたのだろうか。……それは考えても仕方のない話なのかもしれない。

 そんなことより今、考えるべきなのは今後の対策である。

 反撃の手は一つ。クレアの使い方こそが全ての鍵を握っている。

 もちろん彼女は一人しかいない。なので、その極大戦力をいかに扱うかが大事になってくる。

 もし彼女が些事に手を割けば、その隙を敵に食いつぶされてしまうだろう。

 だが、安心して偵察を任せられる使い手は、現在クレアしかいない。他の者ではおそらく無事に帰還できまい。クォラルはそう感じていた。

 現状戦力でもっとも力があるのはクレアだ。その次にクォラルが続く。エルフの里内で三番手の実力者はクラインだ。しかし、その実力は旅立つ前のフレアよりも下だ。今までの敵勢力の戦力から計算すると、正直心許ない力量と言える。

 ――あやつの部下を含めて、それでようやく勘定に入れられるわ。

 敵の尖兵程度が相手ならば、たとえ三人一組の集団で襲ってきても、クレインたちでもどうにかできることだろう。だがそれ以上、人数や戦力を増やされると戦線は瓦解しかねない。

 敵が本腰に入る前に反撃に移らなければ……。

 もし反撃に移ることができなければ、エルフの里は今日、滅亡することになるだろう。

 クォラルは顔を険しく歪め、足を速めるのだった。


――


 ウエスティリア大山脈を覆い尽くす森林の外れには、木々の群れを忌々しく眺めている男が居た。

 男の眼下には百数十人からなる一軍がおり、彼を乗せた戦車を護衛するように布陣していた。

 一人の兵がその戦車に歩み寄り、敬礼をする。

「小隊長! 先遣隊第六班より、連絡が途絶えました! 敵勢力による攻撃と思われます!」

 その報告を男はただ淡々と聞いていた。

「ふん……。想定通りか。……次を行かせろ」

「はっ!」

 兵が下がるのを見届けると、男は溜息を吐いてうなだれる。

「私の役割はただの時間稼ぎ……か。……ふん、つまらん」


――


 幹から岩へ飛び、岩から地面へ舞い、木陰へと滑り込む。

 周囲に人の気配がないのを確認すると、クレアは再び移動を始める。

 ――2、3、……最低でも6組はいる。

 数を数えるたびに、気分が悪くなる。

 現状の戦力では迎え撃つだけで限界だ。そしてそれが際限なく現れている。状況は最悪に限りなく近い。

 せめて敵の本陣を把握できなければ、何の手も打てないだろう。戦線は間もなく瓦解する。時間の問題でしかない。

 クレアは敵の配置から移動ルートを大雑把に計算し、そこから敵の本拠地に当たりを付け始めていた。

 そして、その予測は概ね当たっていた。

 クレアはそこで息を呑んだ。

 ――なんて数……!

 見えているだけで百は超えている。

 それだけの人数が、森の合間に居座っている。

 見たこともない武装を施した集団が、戦闘準備を進めている。

 だが、クレアの脳内では更に悪い予感が胸を駆け巡っていた。

 ――あたしの予測が確かなら、敵の陣地は、これだけじゃないはず……。

 クレアは自らの予測に吐き気がした。

 ここが本陣とは限らないということは、あくまでここは数ある陣地のうちの一つでしかないということだ。

 だとしたら、状況は最悪の更に下へ向かわざるを得ない。

 ――もしこんな陣地があと他に数十あったとしたら、エルフの里は……。

 よぎった感想を、ぶんぶんと頭を振って追い出す。それに合わせてポニーテイルが狂ったように踊る。

 戦況の悪さは充分に分かった。

 これに打ち勝つための一手は、一つしか思い浮かばない。

 クレアは腰元に挿していた剣の柄を握る。

 ――ごめんなさい、師匠。いえ、おじいちゃん。あたしは初めて貴方に背きます。でも、許してください。これなら里を守れるから……。


――


 男は戦車の上から指示を出していた。

 部下へ次の指示を出しながら、ふと一陣の風が薙いだことに気づく。

「…………?」

 特に何が起こるでもなく、男は視線を元に戻した。が、しかし。

 ブシャァアア……。

 そんな、何かが零れ出すような不快な音が足下から聞こえた。

「な……」

 言葉はそれ以上続かなかった。

 重力に負けた身体がみるみる崩れてゆく。

 ボトボトと内臓をぶちまけながら。

 いつの間にか、身体は千々に裂かれていたのだ。そこから溢れ出た小腸やら何やらが眼前で脈打っている。

 男は目の前に広がるそれが何かを理解できないまま絶命した。

 それを見ていた部下が言葉にすらならない悲鳴を上げる。だが、その悲鳴も長くは続かない。頭が裂かれ、血と脳漿をさらけ出しながらその男も息絶えたからだ。

 悲鳴は輪唱のように広がってゆく。そしてその声が徐々に減ってゆく。

「ごめんなさい。いつかあたしも同じところへ逝くから。だから今は目一杯、……恨んで」

 黒髪の少女はそう呟くと、残像を残して姿を消した。


――


 龍騎道剣術青龍剣。

 それは剣速を極めた剣技だ。

 素早く振るわれた剣は、音もなく、慈悲もなく、全てを引き裂く。あらゆるものを両断する。

 鉄も石も、試したことはないが、たぶんダイヤモンドすらも二つに裂くだろう。これはそういう剣技なのだ。

 堅いものだけではない。空を断ち、火を断ち、水をも断つ。

 真の意味であらゆるものを二つに裂くのだ。

 クレアは自らの手に付着した血を擦った。だが、汚れは落ちない。

 ――そうだよね、もうこの穢れは、落ちないんだよね……

 クレアは足を止めない。止めている時間はない。

 早く次の拠点を見つけて潰さなければ……。

 そして、また手を汚すのだ。醜く、愚かしく、汚らわしく、染まってゆく。

 赤く、赤く、赤く。

 いずれこの穢れは身体に染みついて、この身体そのものをすら赤く染めてゆくのだろう。

 ――フレアが綺麗だって褒めてくれた、この瞳も……。きっと、赤く染まってゆくんだ……。

 それが堪らなく恐ろしい。

 フレアに嫌われることも。フレアに恐れられることも。フレアに知られることすらも、怖い。

 だが、それ以上に、斬った相手以上にフレアのことばかり考えている自分が、ただただ恐ろしかった。

 ――こんなあたしに好かれてるなんて知ったら、フレアはきっと迷惑だよね……。

 そしてクレアは速度を上げる。

 次の標的が見つかったからだ。


――


「報告致します! 第三部隊、第八部隊、第十一部隊が壊滅しました! 生き残った者たちも戦意を失って遁走しているとのこと!」

 その報告を聞きながら、頬杖をついている男が一人。

「ふぅん……。やられ方は? どんな感じ?」

「は……!? どんな感じ、と仰いますと……」

 上司の予想外に暢気な返事に、部下は困ったように口ごもる。

「だから、どんな感じさ? どうやって死んだの? 殴ったとか斬ったとか一撃だったとか連撃だったとか近接? 遠隔? どんなのよ?」

「はッ! かまいたちのように何処からともなく斬られ、姿はほとんど見えなかったと……。ただ一部の報告によりますと、その姿は美しい少女のようだったとか」

 部下がそれだけ言うと、男は頬杖を放して、ぱあっと表情を明るくさせる。

 立ち上がり指を弾くと、パタパタ……とブラインドが上がり、車内に明かりが取り込まれる。

「エクセレント!! 素晴らしい……。素晴らしいよそれは! さしずめ神風姫とでも言ったところかな。ふふふ、僕の相手にふさわしいじゃないか! そのまま僕の元へ来てくれるんだろうね……?」

 男はその大きな身体を椅子から持ち上げて、ふふふ、と嗤い始めた。


――


 クォラルはその報告を苦い顔で聞いていた。

 もたらされた情報は減少した尖兵の数と、帰還しないクレア。

 ――あやつめ。

 クォラルはすぐに理解した。クレアが哨戒任務を放棄し、殲滅活動に従事しているのだと。

 ――だが、そうさせたのは、ワシらだ……。

 妖精族の守り手たちが不甲斐ないばかりに、そのしわ寄せは全てクレアへと向かっていた。

 せめてもう少し、クレインや他の者たちを育てられていたならば……。そう思わざるを得ない。

 育てることは自らの使命だった。自らの役割であったはずなのだ。そして最善を尽くしていたはずだった。だというのに、この体たらくだ。

 口惜しい、とクォラルは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 しかしどれだけ悔いようとも、憂おうとも、出来ることはそう多くない。

 ならば今出来ることに全身全霊を込めよう。

 クォラルは気持ちを切り替え、伝令役へ指示を送る。

 この戦線だけは必ず守り抜く――。そう、胸に誓って。


――


 何人斬り伏せたことだろう。クレアは剣戟にまみれながら、そんなことを思う。

 初めて人を斬ったのは今日だ。そして今はその行為をひたすらに繰り返している。

 剣を振るい、血を撒き散らし、屍を作り出す。

 そんな行為を繰り返し、繰り返し、行い続ける。

 エルフの里伝統の白い戦装束も、今は血染めの赤に彩られている。

 剣も服も身体も、赤黒く染まってゆく。

 穢らわしい色へ変わる。

 気持ちが悪い。クレアは素直にそう思った。

 染みついた血の臭いに気が狂いそうになる。

 それでも立ち止まるわけにはいかない。

 殺さない、という道はないのだ。

 手早く指揮官を殺し、指揮系統を掻き乱す。そうして攻撃の手を緩ませてゆく。

 そうしなければ里は滅んでしまう。ならば個人の感情など考慮には入らない。

 敵は斬る。斬り殺す。

 クレアは敵兵の間隙をかいくぐり、剣を振り抜く。

 舞い散る血飛沫。絶叫。悲鳴。

 クレアは無感情にそれらを無視し、次へ標的を定める。そして右腕を振るう。

 敵兵の腕が飛ぶ。足が飛ぶ。首が飛んでゆく。

 不快で、悪趣味で、気色悪い光景を、クレアは無視し続ける。

 一度でも気を、心を奪われたら、この足は止まってしまう。

 迷っている時間はない。この瞬間にも里は脅威に晒されているのだ。

 だから斬る。斬り殺す。斬殺し続ける。

 心を凍らせて、その作業に没頭する。

 そうでもしなければ、クレアは戦い続けられなかった。

 ――この陣地の指揮官は誰……? 早く仕留めて次へ向かわないと……!

 敵と敵を切り結ぶ合間に、クレアは周囲を見渡した。

 切り拓かれた土地に、一台の鉄塊。今まで通り、あそこに指揮官がいるのだろう。

 当たりを付け、そこへ進む。ついでにその同線上にいた兵たちを屍体へと変えてゆく。

 ――見つけた! 偉そうな奴! こいつを殺せば……!

 そしてクレアがその鉄塊に足を乗せた直後だった。


 爆発音がクレアの鼓膜を突き破った。


 衝撃に身体が痛み、耳鳴りがした。視界も靄が掛かったようで、自分が今どんな体勢なのかも分からない。

 呆然と佇む間に、どうやらクレアは座り込んでいる状態なのだと分かった。

 足に激痛が走り、背中や手足にも鈍痛が残る。足下は草むらだった。

 視界にかかった靄の正体は、煙だったらしく、前方では鉄の塊が火を噴いて燃えている。

 先程着地しかけていた鉄塊が爆発したらしい。おそらく指揮官ごと。

 何が起こったのかは分からない。

 だが、靄が晴れるにつれ、その周囲が窺えるようになった。

 ――囲まれてる……!

 敵兵が取り囲み、何かの武器を構えているようだった。

 ――あれが、銃っていう武器よね……。まだ一度も食らってはいないけど……。

 妖精族にとって、その攻撃は決定打にはならないと聞く。だが、見渡す限りの人間から銃口を向けられたこの状況は、死を予感させるには充分だ。

 ――いくらなんでも、これは……。死んじゃうって……。

 まだ靄は完全には晴れていない。

 だからこそ、敵はまだ攻撃には移っていない。

 だが、それも僅かな間だけだ。すぐに一斉射撃が始まるだろう。そうなれば一巻の終わり。救いはない。

 どんな状況であれ、立ち止まっている時間はないのだ。

 クレアは足に力を入れた。途端に激痛が身体を駆け抜ける。

 ――だいじょうぶ。骨はやられてない。動かない訳じゃない……!

 ミシミシ……と、足から嫌な音がしたが、クレアは一気に立ち上がる。身体中に気を巡らせ、強引に身を奮わせる。

 そうして立ち上がり、剣を構えたところで、場違いな拍手が聞こえてきて、思わずクレアは警戒心を露わにする。

「ハラショー、ハラショー。手折れ伏せようとも健気に咲き誇る花……。嗚呼、なんと美しいことか! さぁ、もっとよく見せておくれ! 君のスウィートなフェイスを!」

「……何?」

 クレアは不快感と共に答えた。

 やがて靄は消え去り、声の主が姿を現す。

「おっと! 僕としたことが名乗りを忘れてしまっていたよ。済まないね、マドモワゼル」 

 太った男だった。金髪、碧眼、長身で、身なりの良い黒服を纏っている。太ってさえいなければそれなりに美形だったのだろうが、黒服のボタンを弾き飛ばそうかというほどに膨れた腹は、それ以外の要素と相まって、醜悪の極みといった風貌だった。

「僕の名はドルフ=レイヴェン=オルコット。ヴァルトニック社のエリート、四天王の一人だよ」

 男はそんなことを言ってきた。

「……ヴァルトニック……?」

 聞いたことのない言葉だった。それは《外》では当たり前に使われている単語なのだろうか。

「おっと、そうだったね。君は箱入りなんだから知るわけないか……。失礼、つまりは僕が、どこまでも尊く、麗しく、そして美しい……ということさ」

 絶対に違うだろ、とツッコみたくなるクレアだった。

「既に君の噂は千里を駆け巡っているよ。……なんてのは少し大げさかな? まぁそれはともかく、実に美しい戦いぶりだね。素晴らしいよ。エクセレントさ。そんな君にとっておきの衣装を着せてあげたくてね」

「あたしの着たい服はただ一着。そしてそれは絶対にアンタなんかには見繕ってもらいたくない」

 フレアの選んでくれた花嫁衣装が着たい……なんて、この場では口が裂けても言いたくなかったが。

「そう言わないでおくれよ。きっと似合うと思うよ。美しい……死に装束だからさ!」

 途端に背後で爆発が起こる。

 クレアは前のめりに吹っ飛ばされながら、地面を強く蹴った。

 ――こいつがこの部隊の総大将ね! だったらここで終わらせてやる!!

 意気込んだクレアを、対峙するドルフが醜悪な笑みで迎え撃った。


――


 待ち受ける森林の手前には二人の男女がいた。

「社長! まだ行かねーんですか!? 俺ぁもう退屈で退屈で死んじまいそうだぜ!」

「ったく、アンタはあの村で充分暴れただろうが! 社長はほどほどにしろって言ってたのに!」

「あん? だからほどほどに暴れたんじゃねーか。何言ってるんだテメーは?」

 男女の背後では集落が燃えていた。生き残りがいないからか、避難が終わったからか、悲鳴はもう聞こえない。

『ふん、まぁいい。俺ももう少しでそちらに着く。それから総攻撃だ』

 無線機からの応答に、男は飛び上がって反応する。

「ひゃっふー!! 楽しみだぜ! エリィ、テメーには負けねーからな!」

「社長! 私も! 私もお役に立って見せます!!」

 男女それぞれが無線機へ意気込みを投げかけると、その向こうから笑い声が聞こえてくる。

『フフッ……、期待してるよ』

 そう返事をして、回線は切れた。

「ああ~、楽しみだな~! エルフってのはアレだろ? メチャクチャ頑丈なんだろ? クゥ~、どうやって殺そう! いっぱい遊べるな!!」

 男は実に楽しそうに身をよじらせる。

 対する女は溜息交じりに、

「全く、子供かお前は。社長がどんな想いでこの作戦に挑んでいるのか……。少しはお前も考えるべきじゃないのか?」

 と反論する。が、男はそれにも屈託なく嗤って返す。

「まぁまぁ、堅いこと言うなってエリィちゃんよ。そんなことより俺より多く殺したらなんか奢ってやろうか?」

「くだらん」

「ええ~!? 勝負しようぜ~? なぁなぁ、勝負~」

 幼児退行を繰り返す男の言動にイライラしたのか、女は男を一睨みして黙らせる。

「わ、悪かったって……」

 なんだよ~ちぇ~、などと言いつつ、車へ戻ってゆく男を尻目に、女はこっそりと呟いた。

「サツキ様さえ生きていれば、こんな男となど組みはしなかったというのに……」


――


 プチ、と切断した無線機を椅子へ放り投げたヴァルトニック。

「社長、彼らは……何と?」

 男が訊くと、ヴァルトは少し気怠そうに答えた。

「ああ、暇つぶしに村を一つ消したらしい」

「それは……」

 男は口ごもる。

 だが、彼の性格上、黙って待機など出来るわけもなかった。

 リボルバー・マーカス。ヴァルト社四天王の一人、《戦闘狂》の二つ名は伊達ではない。

 相方に抑止力としてもう一人の四天王、エリィを付けたものの、結果はこんなものか。

「この戦いが終われば、我々は真っ当な人間に戻れるのでしょうか……」

 男は呆然とそんなことを呟いたが、ヴァルトはそれに首を振る。

「んなわけねえだろう。もう戻れねえんだよ、俺たちは。走り始めちまったんだ。もう止まることも、引き返すことも出来ねえ。考えてもみろ。殺された連中はどう思う。無碍に殺されて、虐殺されて、鏖殺されて、死んだんだ。今更何を言い訳できる? 初めから分かってたことだろう? それでも俺たちはその道を選択しちまったんだ。そして多くの人間を巻き込んだ。もう戻れねえよ。今更何言ってんだ。余計なことを考えるんじゃねえよ。俺たちはエルフを殺す。そうして初めて俺たちは前へ進めるんだ。それがどんな場所へ続いているのかは、……知らねえがな」

「…………」

「犠牲は多く出たが、ようやくとっておきが確保できたんだ。もっといい顔できねえのか? ああん?」

 男は黙ってヴァルトの言葉を聞いていたが、やはりそこまで割り切ることは出来なかった。

 初めから何かの歯車が狂っていたとして、どうしてこんな結末がやってきてしまうのだろうか。

 どうしてこうするしかなかったのだろうか。

 どうして他の選択肢を選べなかったのだろうか。

 考えれば考えるほど、思考はある一点に縛られてゆく。

 血と、銀色の髪と、悲鳴。涙。

 脳裏に蘇る風景。それは狂おしいほどに心を掻き乱し、一つの感情を浮き彫りにしてゆく。

 男は胸を押さえ、沸き上がる動悸を抑えようとする。

 浮かび上がる脂汗を拭うことも出来ず、男は荒い息を少しずつ和らげてゆく。

 浮上したその感情と対面してしまえば、答えは一つしかない。一つしかありえない。

 ――エルフを殺そう。

 結論はそうなる。そうなるしかなかった。

 今まで何度考え、何度熟考しても結論はそれしかなかった。今回もやはり変わらない。

 その為には仕方ない犠牲なのだ。

 例え何万人の人間が死のうが、全てに優先される事項だ。

「そうだ……。エルフは殺さねばならない。どんな犠牲を払ってでも」

 男が呟くと、ヴァルトは嘆息し、「分かってるならいいんだ」と言った。


――


 ウエスティリア大森林の中腹、伐採されたその空間では、本日数十回目となる爆発が起こっていた。

 その煙から飛び出したのはクレアだ。身体は爆炎にまみれ続け、ボロボロになっていた。それでもその神速には一切の陰りは見えない。全ての爆撃をクレアはすんでの所で回避していたのだ。とはいえ。浴びせられた熱や瓦礫で少しずつ負傷してゆく。防御するごとに、気も消費されてゆく。クレアは唇を歪め、走り続けていた。

 ――クソっ! 近づけない……!

 ドルフは設置式の爆弾、投擲式の爆弾、射撃式の爆弾を上手に使い分けていた。そのせいでクレアは移動を妨げられ、上手く近づくことが出来ない。

 クレアは歯痒い想いで、回避し続けるしかなかった。

 いっそ、玉砕覚悟で突撃してみるべきだろうか。そんなことも頭には浮かんでしまう。

 だが、それは危険だ。恐らくはそれこそが向こうの目論見なのだ。

 クレアは今までの攻撃をほとんど寸前で回避している。食らったのは不意打ちの一撃だけだ。

 あの一撃は、クレアの防御能力を試す意味合いがあったに違いない。だからこそ次の一撃は、それを打ち破る攻撃である可能性が高い。

 ならば一撃でも受けてしまっては危険だ。ここは回避に徹するべきだろう。

 しかし、このままではジリ貧だ。何か手を打たなければ負ける。

 ――何か手を……。

 考え、浮かぶのはリスクの高いものばかりだ。クレアは自らの作戦立案能力の低さに呆れてしまう。

 ――けど、それしかないか……!

 クレアは意を決し、攻撃のために身構えると、それを見たドルフは何か察したのか、動きを変化させる。

 それを合図にしたのか、クレアとドルフの間に、立ちはだかる者が現れた。

 新手――! と警戒するクレアは、そこで呆気にとられてしまう。

 そこにいたのは里の子供たちだった。

 まだ生まれて数年しか経っていない幼い子供たち。置かれた状況を理解していないのか辺りをきょろきょろと見回している。

「何してるの!? 逃げて!!」

 駆け寄るクレア。その様子を、哄笑を浮かべて見守るドルフ。ドルフの手元には一つの装置が握られていた。

 そして、太い腹と違って存外に細いその指が、グイッと押し込まれる。 

 途端――、


 閃光が、クレアの視界を呑み込んだ。


 黒に沈んだ世界で、ドルフの意地汚い嗤い声が響き渡っていた。

「くっふふふ……。ふっはははははは!!!」


――


 ウエスティリア大森林北部では、フレアたちが車から降りているところだった。

「乗り物酔いは、だいじょうぶかな? フレア君」

 紳士的な微笑と共に差し出された手を、フレアはムッとして払った。

「だいじょうぶだよ。スピアに酔い止めの薬をもらったからな」

「そうですか。それは残念。……いえ、『良かった』の間違いでした。怒らないでくださいよフレア君」

「……別に」

 そう言って伸びをするフレア。

 正面には鬱蒼とした森林が口を開けている。

 それぞれが森へ足を踏み出す中、アークが無線機を繋いでいた。

「あ、あー。聞こえますか?」

 ノイズ混じりだが、明らかな返答が返ってくる。

『……ちら、マツ……。聞こえて……す』

「んー。感度があまりよくありませんねー。まぁ距離があるので仕方ありませんか。……さて」

 アークは顎をさすりつつ、そんなことをぼやいていた。

「まぁとりあえず始めちゃってください。こっちもそろそろ始めますので」

『……ょうかい……ました』

 不明瞭ではあるが、意思の疎通は行えているらしく、マツリのほうもこれから行動を開始するらしい。

「さぁ、皆さん。死にに行く準備は出来ましたか?」

 そのふざけた物言いにもいい加減慣れてきていた一同は、一様に頷いてそれに答える。

 そんな様子をやや不満そうに見渡して、アークは森の入り口へ足を踏み出した。

 フレアたちもそれに続いた。

 この先にはヴァルトニックなどの強者たちと、その武力が結集していて、そこで待ち受けている危険は計り知れない。

 だというのに彼ら七人の足取りは軽く、しなやかで、力強かった。

 そこでどんな悲劇が待ち受けていようとも、どんな惨劇が訪れようとも、どんな現実が襲い掛かろうとも、屈することはないだろう。

 少なくともこの時は、誰もがそう信じていた――。

第十二章

◆クレア

たまにはこういうのも良いかと思って、今回はクレア編です。

クレア分をきっちり補填してやるぜー! と意気込んでみました。

とはいえ、書き込みづらくて展開早めです。すみません……。

読みやすいからいいよーという意見が欲しい今日この頃です。


◆防衛戦

里の面子がちょろっと出てきました。

機会があったら書き込んでやろーっと画策していたんですが、何故かすっ飛ばし気味。すまんレオケイトアステルその他……


◆クレイン

クレアパパです。あんまし強くない、という設定。クレアを主眼にしたら置いてけぼり食らってしまった可哀相な人。次章で補完できたらいいな……。


◆青龍剣

ってか強すぎです。

まぁ設定通りではあるんですが……。

ちなみに。フレアはまだ赤龍剣の奥義をギリギリ使えるかなーといったレベルですが、クレアは青龍剣を極めてます。達人の域です。その辺りが影響してるんじゃないかと思います。


◆グロ要素あり

クレアの剣は鋭い、ということで。

なんか書いてたらグロくなりました。内臓どばしゃーっ! みたいな。

一応書いておきますが、この作品は暴力を賛美するものではありません。本当です。


◆爆弾使いドルフ

嫌な悪役登場、の回。

嫌悪感を抱いて頂けたら嬉しいです。そんな感じのキャラ。

セリフに横文字が多めなのは、彼のクセです。かっこつけです。別に格好良くないけど。


◆セルフタイマー再登場

ホントすみません……。残酷表現ばっかりで。

一応。マーカスにセルフタイマーの技術を提供したのは彼です。

ちなみにマーカスはあれ以来セルフタイマーを使ってはいません。理由は「なんかめんどいから」だそうです。回りくどいのが嫌なんじゃないですかね、マーカス的には。


◆次回主人公はフレアへ!

という引きでした。

それにしても露骨に嫌な予感を煽るシナリオですみません。

そしてその予測はたぶん裏切りません。ほんとすみません。

このお話はフレアの成長物語でもあります。

なので、どうしても乗り越えてもらわなきゃならないものがあるのです。

そのためにこれからヘビィな内容を書いていく予定です。

がんばります。

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