⑥
オマケのイチャイチャです。
朝、目が覚めた時、素っ裸の自分が、細いけど綺麗に整った筋肉質の腕(が見えるということは相手ももちろん素っ裸)に抱かれているという状況に驚いて飛び起きようとして、
「…あ、あれ?」
見事に足腰が立たないことに気づいて、あたしは穴があったら入りたくなった。
そんなあたしを見て、人のの下半身を役立たずにしてくれた張本人・遠山くんは悪びれもせず、どこか満足そうに笑ってあたしを抱き上げると、バスルームへと運んでくれた。
そのままあたしの体まで洗おうとするのを丁重にお断りして彼をバスルームから追い出し、ふらつきながらシャワーを浴びて戻ってくると、ルームサービスで朝食が用意されていた。
「まだ、起きて出ていくの辛いでしょうから」
確かに、彼に支えてもらわないとまともに歩けないような状態で、レストランまで行く勇気はない。
おまけに急なことで、まともなメイク道具もなくてほぼすっぴんだし(それでもかわいいとか呟く彼は物好きだと思う)…。
ベッドに入ったままでいいという彼に甘えて(というか、それだけ無茶させたんだから責任取ってもらわなくちゃ)、あたしはバスローブ姿でベッドヘッドに凭れたまま食事をとった。
彼はお茶を入れたり、食べやすいように切り分けてくれたりと、かいがいしく世話を焼きながら、あたしが食べるのを見守っていた。
「…あの、遠山くん」
あたしはふと、昨日疑問に思って聞けなかったことを口にだした。
「ずっと前からって…、遠山くんが配属されてからまだ3ヶ月も経ってないのに、どうして?」
遠山くんの前の所属は営業企画部で、その類い希な語学力を買われて秘書課にやって来たと聞いてる。
あたしとは廊下ですれ違うことくらいはあったかも知れないけど、直接の関わりはなかったはずだけど…。
遠山くんは一瞬ハタと気づいたように首を傾けた。
「そういえば言ってませんでしたね。…あなたは覚えてないと思いますが、俺は入社する以前にもあなたに会ったことがあるんです」
「え?そうなの?」
こんな綺麗な顔立ちの男の子がいたら覚えてても良さそうなものだけど、あたしはとんと記憶にない。
「昔、大学の近くの居酒屋でバイトしてませんでしたか?」
「え?ああ、よく知ってるわね。て、もしかして…」
「ええ、沢口さんと俺、同じ大学出身ですよ、学部は違いますが」
「え〜っ?知らなかった」
あたしは学生時代、生活費を賄うためバイトを2つ掛け持ちしていた。その一つが居酒屋で、賄いでご飯代が浮くのと時給がまあまあよかったのは覚えてる。
なるほど、彼はそこの客だったのね〜。じゃああたしが覚えてる訳ないわ。酔っぱらいの顔なんていちいち気にして見ないもの。
「サークルの新歓コンパでその居酒屋に行った時、友人が酔いつぶれてしまって途方にくれてるところを、あなたが助けてくれたんですよ」
お代わりの紅茶をあたしに手渡しながら、遠山くんは昔を懐かしむような口調になった。
あ〜、何だかそんなのいっぱいいたからなぁ。
いつまでも店に居座られても困るし、こっちとしては早く追い出して片付けたいから、タクシー呼んだり酔いざましに冷たい水やおしぼりくらいは渡してたような気がする。
でも、そんなことくらいで居酒屋の店員のことなんて覚えてるものかなぁ。
あたしがそう言って首を傾げると、遠山くんは嬉しそうに笑ってあたしの手を握った。
「あなたは特別だったんですよ。居酒屋のバイトにしとくのは惜しいくらい綺麗な人なのに、友人が廊下で戻してしまったのを嫌な顔一つせず介抱してくれたり、乗車を拒否するタクシーに一緒に頼み込んでくれたりして…。それ以来、あなたは俺の憧れの人になりました」
「あ、憧れって…」
そんなこと言われたら照れちゃうじゃない…。
でも、あたしとしてはもうあそこじゃ日常茶飯事だったから、単にマヒして仕事だと割りきってたのだけなのに。
そんなに感激されてるなんて思ってなかった。
「また会えるかと思って後日あの居酒屋に行ったら、あなたはやめてしまったと聞いてショックでしたよ。…ずっとあなたのことが頭の片隅にあって、この会社であなたを見つけた時、俺がどんなに嬉しかったかわかりますか?」
握ったあたしの指先に軽いキスをして、上目遣いにあたしを見る遠山くんの瞳に熱がこもる。
あたしはどぎまぎして、視線をあちこちさ迷わせた。
…どおりで彼が秘書課に初出勤の日、初対面なのにものすごく笑顔で、じっと問いかけるように見つめてきたはずだ。
あたしはそれを危険な笑顔と判断して、ずっと彼のことを女たらしだと思ってたわ…。
「あなたと話す機会がなかなか取れなくて、やっと二人きりになれたと思ったらあなたはなぜか俺を避けるし…。だからつい、あんな強引な手段を取ってしまった。…困らせるつもりはなかったんですけどね」
切な気に細められた目と、悔いるような彼の口調に胸がキュンとなる。
あたしは思わず空いていた方の手で彼の頬に触れていた。
「あたしの方こそ勝手にあなたのこと誤解して、怖がったりしてごめんなさい。…避けてたのは多分、あなたに惹かれそうな自分を認めたくなかったからよ」
「え?それって…」
遠山くんの瞳が、期待に輝きを取り戻す。
恥ずかしくてそれ以上は言葉に出来ず、あたしははにかんでコクンとうなずいた。
遠山くんが配属されてからずっと、あたしは彼を遠ざけようとしながらも、逆にいつも彼を意識していたように思う。
勝手に年上だからとか、競争率が高そうだとか理由をつけて、芽生えそうな恋心に蓋をしていただけ。
「沢口さん」
「あ…」
抱き寄せられて、あたしは彼の肩口に顔を埋めた。
心臓は相変わらず慣れない状況にフル稼働してたけど、余裕あり気に見えた彼も実は同じくらいドキドキしてるんだとわかって、思わずクスリと笑みがこぼれた。
「沢口さん?」
「…自分でお買い得って言ったこと、証明してもらわなくちゃ」
少し顔を傾けて彼と目を合わせると、あたしはいたずらっぽく笑いかけた。すると、一瞬面食らった彼もニヤリと不敵な笑みを浮かべて宣言した。
「そりゃあもちろん、期待していいですよ。後から嫌だって言っても遅いですからね」
「…えっと、お手柔らかに」
…しまった、調子に乗せちゃった…。
そうと気づいても後の祭り。
あたしは昨夜の甘くてちょっとどころじゃなく意地悪な彼の所業を思いだし、迂闊な自分にちょっぴり後悔するのだった…。
終わり。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
この話は友人にアンケート(という名の強制的なリクエスト)を取った結果、意地悪な年下の男前に翻弄される話、というものになりました。
…うまく表現出来てるかわかりませんが、もし楽しかったよ〜、と思われた方は感想などよろしくお願いします。