第七節 口論
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部屋が静まり返った。
「ならん」とクィントは首を振った。「お前に交渉ができるわけがない。門前で払われて終いだ。──それに何より信用できん。お前は交渉の席で、カンパニアの保護よりもそのフェリオとかいう仲間の解放を優先しかねん」
「そんなの、そっちだって同じだろ」とティコは言い返した。「あんただって、フェリオよりカンパニア家の保護を優先するに決まってる。交渉の荷が重くなったら、真っ先に切り捨てるのは俺の兄貴だ。──違うか」
クィントは答えなかった。答えないことは、時に十分な答えになる。
「だから、俺が行くんだ」とティコは言った。「あんたらの交渉に、フェリオの名前を混ぜさせるために」
「ならん、と言っている」クィントの声が硬くなった。「これはカンパニアの存亡の話だ。"港のねずみ"の兄弟ごっこを混ぜる余地は──」
その言葉が終わるより先に、ティコは動いていた。
音もなかった。気がつけば、痩せた少年の体は扉のそばにあった。閂に手をかけ、いつでも夜の路地へ滑り出せる姿勢で。──港のねずみは逃げるのが得意だ。そして夜の路地で港のねずみを追い切れる者は、ガルナを含めてもいない。
「なら、俺は独りで行くぞ」とティコは静かに言った。「今すぐ走って、あんたらより先にあの屋敷の門を叩く。──手土産はある。箱のありか、盗んだのが誰か、台帳が偽物だと見抜いたお前らの名前。それだけ差し出せばフェリオ一人と釣り合うだろ。あとはあのジジイが、始末屋をこの家に寄越して終いだ」
部屋の空気が、凍った。
ガルナが壁から離れた。巨躯から立ちのぼる気配が変わっていた。倉庫で会ったときの静かな圧ではない。明確な殺気だった。この場でその口を塞ぐ──盾として、それが唯一の正しい手だとその体が言っていた。
「やめておけ、大鬼人」とヴェスクが言った。その声は笑っていた。「捕まえられんよ、あの足は。──それに見ろ、クィント。この子供、たった今自分の持ち札の正体に気づきおった。情報というものは荷物にせずとも身体で運べる。……ふふ、末恐ろしいねずみだ」
「……ティコ、自分の言っていることが分かっているのか」とクィントは低く唸った。「カンパニアを売ると、お前は言っているのだぞ」
「できれば売りたかねえよ」とティコは言った。閂にかけた手は、離さなかった。「あんたらは俺に良くしてくれた。だからこんな脅しは使いたくねえ。──でもフェリオの兄貴は、俺にとっての家族なんだ。"家族は見捨てねえ"。それを守るためなら、俺は何だって天秤に載せる。あんたらのことも、な。……あんたが俺を信用できねえのは正しいよ。だからこそ、俺を交渉の席に置いとくしかねえんだ。目の届かねえところに放すより、よっぽど安全だろ」
長い沈黙があった。
やがて、クィントが深い、深いため息をついた。
「……座れ、ねずみ。閂から手を離せ。──ガルナも下がれ」
ガルナはしばらく動かなかった。しかし、やがて主の言葉に従って、壁際に戻った。だがその目は、扉のそばの少年から離れなかった。
「一つだけ憶えておけ」とクィントは言った。「オルペスは六百年を生きた男だ。あの老翁がお前に何かを与えるとすれば、それは必ず代償を伴う。この都市に恩情などはない。──気をつけろ、ティコ」
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オルペスの屋敷へは、四人で向かった。
クィント、ガルナ、ヴェスク、そしてティコ。月のない裏道を、四つの影が黙って歩いた。金貸しとその盾、呪い師と港のねずみ。──この都市でいちばん奇妙な使節団だろう、とティコは思った。
道中、雑多な区画の角を曲がるとき、ティコは一度だけ列の後ろに下がった。
誰にも気づかれなかった。ガルナにさえも。港のねずみは隠すのが得意だった。ほんの十歩ぶんの間、彼は暗がりの杭の裏に屈み込み、懐から出したものを杭の根元の隙間に押し込んだ。──炭書きの布切れと、結び目をこしらえた細縄。カンパニア家で大人たちが交渉の段取りを言い争っているあいだに、部屋の隅でこっそり作っておいたものだった。
港のねずみは、都市の正字は読めない。彼らに字を教える者などいない。だが、彼らの内の数人はマゴラトの俗字を読むことができる。
"港のねずみ"は、それを使った情報の受け渡し場所を、市内にいくつも用意している。縄の結び目が矢印の、杭に埋まった布切れ。それには大抵、荷の内容、危険の兆し、集合の合図が書かれており、夜明けごとに当番の子が回る。布が挟まっていれば、当番は文字が読める"ねずみ"のところに持って行き、なければそのまま通り過ぎる。
――ティコが残したのは、この三日の経緯のすべてだった。『タルペアの倉庫から盗まれたのは、オルペスの台帳の贋物』そして、『俺がこの夜明けまでにこれを回収しなければ、この話を、金で情報を買う連中のところへ持っていけ』という指示だ。
効くかどうかは分からない保険だ。
ヴェスクが一瞬だけ、鼻をひくつかせてティコを見た気がした。だが、蜥蜴人の呪い師は何も言わなかった。




