第四節 カンパニア家
* * *
ガルナが片腕で木箱を抱え、ティコが夜警の目を避ける道を示した。港のねずみの知恵と大鬼人の膂力。──奇妙な取り合わせだった。だが、それはうまく噛み合った。二人は人気のない裏道を選んで、港のはずれから都市の内側へと木箱を運んだ。
カンパニア家は臭い区画からそう遠くない雑多な一角にあった。
貝紫工房の悪臭がかすかに届く場所だ。嫌われ者の一族の家が、都市のいちばん快適な区画に建つことは許されない。カンパニア家の家は質素な、石造りの建物だった。だが、その扉にはいくつもの頑丈な錠がかかっていた。負債を踏み倒すためにこの一族を襲おうとする者が絶えないからだ。
ガルナは木箱を抱えたまま、その裏手の扉を拳で六度、おかしなリズムで叩いた。
扉が細く開いた。
中から一人の男が顔を出した。
四十がらみの痩せた兎人だった。目に疲れと警戒とが同時に宿っていた。──これが、眠れる神レヒトの血を誇りながら、その誇りは彼らを守ってはくれはしない、離散の民の素顔だった。
「ガルナ」と男は言った。「"例のもの"を取ってきたか。──その子供は誰だ」
「クィントさま」とガルナは静かに答えた。「倉庫で鉢合わせました。この子供も木箱を狙っていた」
クィント・カンパニア。カンパニア家の当主。ティコは彼をまじまじと見た。
「......"港のねずみ"、か」とクィントもティコを値踏みするように見た。「なぜ、お前があの木箱を狙う」
ティコは答えるべきかどうか迷った。だが、ここで隠しても始まらない。彼は事情を簡潔に話そうとした。フェリオのこと。オルペスの使い走り。木箱がタルペア家の倉庫に運び込まれたこと。そして、フェリオが消えたこと。
ティコがそれを話し始めると、クィントはため息をついた。
「入れ」と彼は言った。「話は中でしよう。──路地とはいえ、こんなものを抱えてはいられない」
* * *
カンパニア家の中は外の質素さに比べて、意外なほど、物が多かった。
棚には帳簿がびっしりと並んでいた。壁にはいくつもの契約の書きつけが貼られていた。
これが金貸しの家か。この家のあらゆるものが、貸し借りの記録といっても過言ではない。誰がいくら借り、期日はいつか。──それはこの一族の財産であり、命綱なのだろう。
クィントは木箱を机の上に置かせた。そして、その蓋を開けた。
中の書物を彼は一冊手に取った。革の表紙の台帳のようなそれを。
彼はそれを開き、しばらく目を走らせた。
やがて、彼の顔から血の気が引いた。
「これはやはり」と彼は掠れた声で言った。「オルペスの……六百年の記録、その一部だ」
台帳の正字はティコには読めなかった。だから、そこに何が書かれているのか分からなかった。
「記録?」とティコは訊いた。「何の記録だ」
クィントは台帳から目を離さずに答えた。
「要人についての極秘の記録だ。──オルペス・ネクィアの頭の中には、千年分の人々の弱みが収められていると言われている。誰が何を隠しているか。誰の家系にどんな瑕疵があるか。それがあの老翁の権力の源泉だ。だが」
彼は台帳を机に置いた。
「頭の中だけではないのだ。あの老翁はそれを書きつけていた。──記憶はいつか、薄れる。白鬼人の六百年の記憶とて、完全ではあるまい。だから、あの老翁は自らの記憶をこの台帳に写していた。誰にも知られぬように。──この台帳こそが、オルペスの本当の力の正体だ」
ティコの背筋が冷えた。
「じゃあ」と彼は言った。「この木箱はオルペスのいちばん大事なものじゃねえか。それがなんで、タルペア家の倉庫にあったんだ」
クィントはしばらく答えなかった。
「......それは」と彼はやがて、言った。「私にも分からん。──だが、推し量ることはできる」
彼は机の前の椅子に腰を下ろした。疲れた仕草だった。
「金を握るリウィア・タルペアと、秘密を握るオルペス・ネクィア。この二人はマゴラトを裏から回し、互いを牽制し合ってもいる。──だがもし、リウィアがオルペスの秘密の台帳を手に入れたらどうなると思う?そうだ。金と秘密の両方がリウィアのものになる。オルペスですらリウィアに頭が上がらなくなり──マゴラトはリウィア一人の手の中に落ちる」
「じゃあ」とティコは言った。「リウィアがオルペスの台帳を盗ませたのか。フェリオに」
「......それが分からんのだ」とクィントは首を振った。「もしリウィアが盗ませたのなら、なぜ、その台帳を自分の倉庫に無防備に置いておくのだ。ガルナがたやすく盗み出せるような場所に。──それに」
彼はティコを見た。
「なぁ、なぜ私がこの台帳を狙ったと、お前は思う」




