第四節 慟哭
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その日から、テッサは来なくなった。
だがアウルスの日々は変わらない。十日おきに家を回り、金豆の残量を確かめ、次の配給分を少しずつ出した。蔵の番に立ち、記録をつけながら農夫に手渡し、従者のパウロスと二人で粥を食う。これを周辺のいくつかの村でも繰り返した
冬が深くなると食事はさらに粗末になっていった。
「アウルスさん、だいぶ痩せましたね」とパウロスが言った。
「お前もな」
「あはは、まあでも、俺はもともと痩せてますよ」
ある日の午後、村を回った帰りに、昔の幼馴染の畑のそばを通りかかった。
畑は村の外れにあり、冬の手入れをしている人影が見えた。彼が腕を大きく振って声をかけてきたので、アウルスも手を挙げて返した。
道を戻ろうと振り返った。
――すると、村道の向こうに、テッサが立っていた。井戸の水を汲んでいたのだろう。手に桶を提げていた。
テッサと目は合ったが、彼女は何も言わないまま顔を背け、井戸のほうへ歩いていった。
アウルスは深い溜息をつき、そのまま歩いた。
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ダミアノスが死んだのは、雪の止んだ日の昼過ぎだった。
村長のヘルモンがそれを伝えてくれた。ダミアノスは秋からずっと床に伏していたようだったから、それ自体に驚きはなかった。だがそれを聞いた瞬間、テッサの顔が浮かび、空っぽの腹の内側でキリキリとした痛みが走った。
結局、アウルスはテッサの様子を見に行くことにした。
テッサの家の粗末な戸口に、上の子が立っていた。テッサの八つになる娘だ。頬がこけて、手首の骨が服の袖口から突き出ていた。
「母さんはどこにいるか知ってる?」
「ダミアノスさんの家だって」
「……いつ出てた?」
「お昼すぎくらーい」
「そっか。ありがとう。お母さんのこと、ずっと大事にするんだよ」
そう言って彼女の頭を撫でると、アウルスは道を引き返した。
ダミアノスの家がある通りに向かうと、向こうからテッサが一人で歩いてくるのが見えた。
彼女の肩は落ちていて、足取りも重いように見えた。
「テッサ!」
小走りで近づくと、目のまわりが腫れているのが分かった。
さらに、額にも赤い腫れがあった。
「……大丈夫?」
テッサはアウルスの声を聞くと立ち止まった。
そしてアウルスの顔を見上げて、口を開きかけた。
「あ"ぁ"ぁ......」
声にならない声が漏れ、そのまま膝から崩れ落ちた。
アウルスは咄嗟に腕を伸ばして彼女の体を支えた。二人ともしゃがみ込んだ格好になった。
「わ、私......ずっと、金豆粉をエイレネに持っていってたの。ほんの少しだけど、うちの分から少しずつ」
テッサは泣いていた。声を絞り出すように、低く、途切れ途切れに。肩が子供のように細かく震えていた。
しばらく経って、話した。
「毎日様子を見に行って、水を汲んで、子供の世話を手伝って、できることは何でもやった。エイレネも私の畑をまめに手伝ってくれた」
テッサはしゃがんだまま、自分の膝を見ていた。
「でも、結局——何もかも足りなかった」
テッサは袖で顔を拭った。
「エイレネの乳はもう出なくなってた。他の家に頼んで回ったけど、どこも自分の子が先で……。結局、赤ん坊は昨日の夜に死んだの。それで、次はダミアノスが今日の昼過ぎに」
アウルスは何も言えなかった。ダミアノスの死からだけではなかった。
テッサは、ごくごく僅かな自分が食べる分を、自らの足で彼らに運んだのだ。しかしそれでも足りなかった——この一部始終を背負ったのは、村長でも司祭でも商人でもなかった。力のない一人の農民、テッサが自らの力で背負おうとしたのだ。
その事実が、アウルスの腹の底から突き上げてきた。
「......か、駆けつけたときには......家の中が、エイレネと子どもたちの泣き声でいっぱいで......入っていこうとしたら、エイレネが錯乱してて......暴れて、自分の顔を何度も爪で引っ掻いてた」
「……テッサ、その額の怪我は」
「彼女に石を投げられて……出ていけ、全員出ていけって……」
アウルスはしゃがんだまま、テッサの顔を見た。
自分の目から涙が流れているのが分かった。止まらなかった。拭おうともしなかった。そんなことはどうでもよかった。声が震えて、言葉が喉の奥に引っかかった。
「ごめん」
それしか出てこなかった。
「本当に、ごめんなさい」
もう一度言って、テッサを抱きしめた。
テッサはアウルスの外套をつかんで、声を上げて泣いた。何も言わなかった。ただ縋りつくように肩に顔を埋めて、体を震わせていた。
通りの向こうから、様子を聞きつけた村人が何人か出てきた。足を止めて、互いの顔を見合わせ、近づくことも離れることもできないまま、おろおろと立っていた。
冬の日が傾くのは早かった。空の端が橙から灰色に変わり、二人の影だけが冷えた地面に長く伸びていた。風は凪いでいて、村は静かだった。




