第二節 未亡人テッサ
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村長ヘルモンの家に、村の有力者が五人集まった。受給簿の中身を決める話し合いだった。
アウルスは教会から貸し受けた帳面を広げ、各家の人数と口数、手持ちの蓄え、各家が60グロスを出せる見込みを読み上げた。有力者たちは黙って聞いていた。
「60グロスを即座に出せる家は十世帯もないだろう」と富農のニコラオスが言った。「三年かけても返済できそうにない家も多いが」
アウルスはそこで帳面を閉じて、顔を上げた。
「……気の毒ですが、他に借金を抱えていて収穫ごとに返せそうにない家は、原則として受給簿には載せられません。それに、ご存知だとは思いますが、別に返ってこない金が俺の損になるだけじゃないんです。俺が都市へ返済できない場合は、都市や伯が介入して、次に村全体の連帯責任になってしまう契約になっています」
座が静かになった。牧畜を仕切っている富農のフィリポスが口を開いた。
「中途半端に広く配るよりも、返せる家だけに絞っていくらかを呼びとして残したほうが、村としては来年の返済が楽になるだろう。我々は確かに飢えてはいるが、凶作はまだ二年目だ。体の弱い者でなければまだ耐えられるはずだ」
アウルスはしばらく考えて首を振った。
「確かに、それをすれば180口の金豆が150口程度で足りるでしょう。残りの30口ぶんは緊急時の予備として蔵に残せばいいのかもしれませんが、しかしそれでは村に大きな禍根を残してしまいます。蔵に豆が余っているのに、自分の家には配られないなんて状況になったとき、彼らが何をするか——分からないわけではないでしょう」
アウルスがそう言うと、座は再び静かになった。
「しかし、180口しかないなら、どちらにしろ数十家は受給から落とす必要があるが?」
ドワーフの鍛冶師ティモンが低い声で訊いた。太い腕を組み、小さな目でアウルスをじっと見据えている。
「……今回の案件には、受給を落とした家に対し、普段は伯が禁止している離村の許可を、俺が最大八件まで出せる権利が含まれています」
「町に出て賃仕事を探せ、ということか?」
ティモンが椅子を鳴らして立ち上がった。
「真冬にそれをやって暮らしが立つわけないだろう!」
「……はい。これは建前ですね」
アウルスは目を伏せた。
「七年前の農民蜂起の記憶が、伯にも刻まれているのでしょう。伯なりに譲歩しているつもりなのでしょうが」
その後、長時間の押し引きがあった。有力者たちが金の工面が怪しい家をいくつか名前で挙げ、アウルスがそのうち多くを受け入れ、しかし多くを落とした。
——テッサの家、アウルスの義姉の名が出たのは、話がだいたいまとまりかけた頃だった。
彼女の夫ステファノスは前の冬に死んでいる。子は二人。上が八つ、下が四つ。働き手がいないから六十グロスなど五年経っても出せるか怪しい。有力者の一人がそこを突いた。あの家は三年までに返せまい、と。
「120グロス。彼女の家は俺が個人的に立て替える予定です」
——アウルスがそう言うと、座は静かになった。
ヘルモンがアウルスの顔をしばらく見て、それ以上は何も訊かなかった。
テッサの家は受給簿に「二口受給」として入った。
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アウルスがこの村で最後に過ごした冬のことを、よく覚えている。
父が死に、母はもっと前にいなくなっていた。家には食う物がなかった。
そのとき一冬引き取ってくれたのがテッサの家だった。テッサは三つ年上で、弟のいない家の長女だった。
テッサの父親が、乾いた金豆を手のひらに並べて見せてくれた。虫に食われた粒は爪で押すと簡単にへこむ。色の変わったものは湿気ている。つまんで匂いを嗅げば分かるのだと。
テッサは教わるアウルスを横で見ていて、「あんた、物覚えがいいね」と笑った。
食事のとき、テッサは自分の椀から少し取り分けてアウルスの椀に入れた。黙ってやるので、はじめの数日は気づかなかった。気づいて断ると、「食べないならうちの犬にやるよ」と言って押し付けた。
翌春、アウルスは都市に出た。テッサの両親は、四年前の流行り病で二人とも死んだらしい。
村には、十二年前以来戻っていなかった。テッサとは手紙のやり取りも、数回あったきりだった。彼女の夫ステファノスとの結婚も、子が生まれたことも、紙の上でしか知らなかった。
今回、荷車に乗って村道を入ったとき、道端にテッサが立っているのが見えた。十二年ぶりだったが、すぐに分かった。痩せていた。頬が落ちて、冬の日差しの中で顔色が白かった。
テッサは彼を見て、「ああ」と声を漏らしてから、
「アル! 見違えるくらい大きくなったね!」
子供の頃の呼び方、「アル」で名前を呼んだ。
「うん。テッサも随分変わったね」
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——配給が始まった。
アウルスは十日おきに各家を回り、金豆の残りを確かめて、次の分を渡した。一度にまとめて渡せば食い潰す家が出るだろうからだ。だが当然、絞りすぎれば冬のうちに人が飢えて倒れる。その按配の責任は彼にあった。
家々を回ると、村の暮らしが目に入った。受給簿に載った家は、家畜をいくらか潰してしまいそうではあるが、少なくとも今年金豆が底を突く心配はなさそうだった。だが載っていない家は違った。裏手の納屋に干した根菜を吊るして食いつないでいる家。すでに家畜をすべて潰してしまい、その干し肉を少しずつ切り分けている家。
程度の差はあれど、どこの村人も顔色が悪く、子供すら動きを鈍くしていた。
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配給が始まって五日後に、テッサが教会に来た。
「この前は——本当に……本当にありがとう。120グロスのこと」
テッサは深く頭を下げた。そのまましばらく動かなかった。
「やめてよ、テッサ。俺たちは……少なくとも俺は、テッサのことを家族だと思ってるんだから」
アウルスがテッサの肩に手をかけて顔を上げさせると、テッサは目を伏せたまま小さく頷いた。それから黙って椅子に座り、しばらく何も言わなかった。
だが、やがて切り出した。
「ねぇ……ダミアノスって、覚えてる? あなたが村を出ていく前に、よく私とダミアノスとアルで遊んだじゃない?」
テッサが何を言いたいのか、アウルスにはもう分かっていた。この五日間で村を回りながら、いくつもの顔を見てきた。テッサが持ち出す名前の見当もついていた。
「……厚かましいのは分かってる。でも——」
テッサの声が途切れた。そして次の瞬間、椅子から滑り落ちるように膝をつき、教会の石の床に額を押しつけた。
「お願いします。彼の家を助けてください」
「——テッサ」
アウルスは立ち上がり、テッサの腕をつかんだ。
「やめてくれ。顔を上げてよ」
テッサの体を引き起こした。額の縁に石の跡がついていた。
アウルスはダミアノスという名前を覚えていた。村にいた頃の、彼より少し年上の男だった。だが、アウルス自身は彼と特に親しかったわけではない。テッサが遊んでいたから一緒にいた、という程度だった。
テッサがその名前を出したとき、二人がどういう間柄なのかが一瞬よぎった。だが、テッサの夫が生きていた頃の様子を思い出して、その疑念をすぐに打ち消した。テッサは昔からそういう性分なのだ。身近な人間が困っているのを、黙って見ていられない。子供の頃、自分の椀から取り分けてくれたのと同じだろう。
「……ごめん、テッサ。それは無理だ」
アウルスは首を振った。
「ねえさんの家に立て替えた分と、他に何軒か貸した分で、俺の手元にはもうほとんど残っていない。ダミアノスの家にさらに一口を融通する金はないんだ。俺もギリギリなんだ」
テッサはアウルスの顔をじっと見ていた。何か言いかけて、口を閉じた。 それからゆっくりと立ち上がった。
「——そう。ごめんね、無理を言って」
テッサはそれだけ言って帰っていった。 教会の扉が閉まったあと、アウルスは椅子に座ったまましばらく動かなかった。外套の下で、肋が浮きはじめていることを彼は知っていた。アウルス自身も、自分の食事を削って帳面をなんとか合わせていた。




