第一節 越冬貸付
冬の初め、アクィラ伯領代官所の荷車がオルビア村に着いた。
荷台には麻袋が四十ほど積まれている。中身は乾燥させた金豆で、アウリス文明圏ではこれが主食にあたり、このルキア王国でもそれは例外ではない。
護送は徴収代理人のアウルスと、代官所から付けられた従者パウロスの二人だった。
村の外れから中心へと続く道を荷車が進むあいだ、あちこちから視線が集まった。垣根の向こうから黙って見つめる老人がいた。井戸端で声をひそめて何か囁き合う女たちがいた。
畑の脇から「おーい、アウルス!」と大声をかけてくる男も何人いたが、その目は荷台の麻袋に釘付けだった。
街の中心へ進むと、教会の前で一人の男が待っているのが見えた。
「アウルス殿、よくぞいらっしゃいました。私はこの村の司祭をやっております、イグナスと申します」
質素な麻の服を着た、痩せた男だった。会釈のために開いた襟元から、肋の浮いた胸が覗いている。
言われなければ司祭とは分からない。都市の教会で太った腹を揺らしている司祭たちとは大違いだ、とアウルスは思った。
「ありがとうございます。イグナスさん、あなたはトマスさんの跡を継いで二年になると聞きました。司祭の仕事はどうですか?」
「おかげさまで。この村の人々は気が良くて、不自由はしておりません。先代のトマス様はよほど慕われていたようで——私も早く追いつかなければと、日々身の引き締まる思いです」
イグナスはそう言いながら、教会の裏手へアウルスたちを案内しはじめた。
「それは結構なことです」
「アウルス殿は、この村のお生まれだと伺いました。十年ぶりほどの帰省になるのではないですか」
「……ええ。いくつか家が建て替わっていたり、配置が変わっているところもありましたが、ほとんど変わっていませんね」
アウルスはこの村の生まれだった。十一の冬に父を亡くし、身寄りもなくなった彼を、当時のこの教会の司祭が引き取った。算術の筋を見込まれ、翌春に代官所へ口を利いてもらい、都市に出た。代官所付きの書記の家に養子として入り、それ以来この村にはほとんど戻っていなかった。
イグナスの先代のトマスも、その前任の司祭も、アウルスは直接には知らない。彼を拾ってくれた司祭は、アウルスが都市に出てから二年後には亡くなったと聞いている。
アウルスは教会の前で荷を下ろし、麻袋を一つずつ秤にかけて帳面に記した。イグナスが蔵の鍵を開け、運び入れるのを手伝った。
教会の蔵は、村の中では一番頑丈な建物だった。
凶作は二年目に入っていた。去年の秋までに蓄えを食い潰した家は多い。種にする分まで手をつけてしまった家もある。教会の蔵に豆を置くのは、万が一にも村人に盗まれないようにするためだ。
◇
袋を積み終え、錠を下ろしたあと、アウルスは粗末な教会の中で腰を下ろして帳面を開いた。数字を突き合わせる。
これは「越冬貸付」という仕組みだ。伯領が備蓄の豊富な都市の商人から金豆を買い付け、凶作の村に配ることで、農村の荒廃を防ぐ制度。ただし完全な施しではなく貸付であり、受け取った家は翌年以降の収穫から返済しなければならない。
結局のところ、伯爵の関心は収入の動向にしかないのだ。
配る量は「口」という単位で数える。大人一人が冬を越すのに要る金豆の量が一口で、子供は半口として計算する。
値に直せば一口がおよそ200グロス。日雇いの日当が10グロスだから、一人を冬のあいだ食わせるには二十日ぶんの稼ぎがいる。四人の家なら日当八十日ぶん。
今回の村への割当は180口しかない。村の人口はおよそ三百四十人で、口数にすると270になる。90口ぶん足りないのだ。
受け取る家には、まず一口につき60グロスを即金で納めさせる。残り140グロスが貸付になり、三年かけて返す。伯は商人からツケで金豆を買い付けているので、この六十グロスの集金はすぐに都市へ送って商人への支払いに"アウルスが代行して"充てなければならない。
なぜアウルスが商人への支払いを代行するかといえば、アウルスは伯の公式な代官でなければ王の地方長官でもない、ただの「代理人」だからだ。代理人は伯からこの事業を請け負い、事後に与えられる4,000グロスとその超過利潤を収入とする商人の一種に過ぎない。
伯はただこの事業を都市で競売にかけるだけで、懐をほとんど痛めない。この王国の階級社会の縮図そのものだった。 もっとも、今回の案件には伯によって金豆の価格や利子率などに強い制限がかけられているため、事業の競売に参加した都市の私人のうち、彼以外は冷やかしであった。
60グロスは、だいたい日雇い6日ぶんの稼ぎにあたるが、凶作二年目にそれを出せる家は限られている。出せない家には、アウルスが自分の金を貸さなければならないことになっている。もっとも、伯からそのように命じられているわけではないが、貸さなければ受給の頭数が揃わず、三年期限の商人への支払いが足りなくなってしまう。
この仕事を請け負うにあたって、アウルス自身も都市から借金をしている。
彼が三年で取り立てる予定総額はおよそ36,000グロス。取り立てた金から代官所への返済と商人への残金を差し引いて、残りが彼の手数料になる。焦げつけば、不足ぶんは「代理人」である彼が被る。
180を村のどの家に配るかの権限は、アウルスに与えられている。




