第五節 ブラタニアの遠征軍
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ルフスの噂は闘技場の外にも広がっていった。
ある日、宿舎に一人の男が訪ねてきた。
太陽人の男だった。黒肌黒髪の長命の種で、歳は百四十を超えている。上等な身なりをしていた。──ティトゥス・メルカと男は名乗った。
ルフスはその名を聞いたことがあった。土地を失った貧困市民を職業軍人として雇い上げ海外の遠征や植民地戦争に投入する新興の軍事事業家。レームの政治を攻撃的な方向へ押し出している一派の旗振り役。
「ルフス・トロガス」とティトゥスは愛想よく言った。「お前の噂は聞いている。勝ちっぷりがいいそうだな。──どうだ砂の上で命をすり減らすより、俺のブラタニアの遠征軍に加わらないか。海の向こうで名を上げれば、奴隷も財宝も思いのままだ。運が良ければ、広大で肥沃な自由農地も手に入る。──闘技場よりよほど、夢のある話だぞ」
ルフスはその甘い言葉を聞きながら警戒した。
「遠征」と彼は言った。「──それは、どこかの土地を奪うということですか。今そこに住んでいる人々から」
ティトゥスは笑った。「奪うとは人聞きが悪い。──開拓すると言え。在地の遅れた文化をレームの進んだ文化で置き換える。それは進歩だ。──それに、お前が気に病むことはない。土地を失った貧しい市民に剣と行き先をくれてやる。俺は奴隷と財宝を持ち帰る。誰も損をせん。良い商売だ」
ルフスはその言葉の裏を見た。
土地を失った貧しい市民。──それはルフス自身のような者だった。奴隷農園に追い詰められて土地を失った自由農民の子。ティトゥスはそういう者を集めて海の向こうへ送り込む。そして、在地の文化を破壊し古い部族国家や蛮族領域を荒廃させる。──レームの膨張の先兵として。
「あんたは」とルフスは言った。「レームの貧しい者を集めて、海の向こうの貧しい者から土地を奪わせる。──俺たちは貧しい者同士で殺し合わされてるんだ。闘技場でも遠征でも。同じことだ」
ティトゥスの笑みがわずかにこわばった。
「面白いことを言う」と彼は言った。「だが、若いの。世の中はそういうふうにできている。上の者が下の者を使う。下の者はもっと下の者を踏みつける。──それが嫌なら、上に行くしかない。俺の遠征軍で名を上げて上に行け。そうすれば、お前も踏みつける側に回れる」
「──断ります」とルフスは言った。
「......まったく」ティトゥスは肩をすくめた。「気が変わったら、いつでも来い。──だが、憶えておけ。闘技場で自由を得られる者はほとんどいない。お前がいくら勝ってもデキウスは手放さん。俺の誘いはお前がこの砂から出る数少ない道の一つだ。──まあゆっくり考えるといい」
そう言って彼は去っていった。
ルフスはその去っていく背中を見ながら思った。
闘技場でも遠征でも同じだ。貧しい者が命を賭けて上の者を肥やす。自由という餌をぶら下げられて。──どちらの道も出口ではなかった。ただ、死に方が違うだけだった。




