第四節 護民官ガイア・プレビリア
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護民官のガイア・プレビリアが闘技場に来ることは稀だった。
彼女はレームの当代護民官の一人だった。獣人の女。貧困化した自由農民層の代表。──都市防衛と農地開拓の主力を担いながら、かつては政治的発言権を持たなかった、平民の系譜に連なる女。彼女は闘技場を「我欲のはきだめ」と冷静に評していた。
その日、彼女が闘技場に来たのは興行を楽しむためではなかった。視察のためだった。市民の血への渇望がどれほどのものかを自分の目で確かめるために。
ルフスはその日砂の上にいた。
試合が終わったところだった。彼はまた勝っていた。相手はカトゥヴェリ荒域から捕獲された蛮族の若者だった。赤龍人の若者。個体としての戦闘力は高かったが、ルフスの磨き上げた技の前に敗れた。
客席が殺せと叫んでいた。
ルフスは剣を握ったまま、倒れた赤龍人の若者を見下ろしていた。若者はまだ生きていた。誇り高い龍人の目でルフスを睨んでいた。殺すなら、殺せという目だった。捕らわれ見世物にされそして殺される。──その屈辱に震えながら。
主催者の親指が下を向いた。
ルフスは剣を振り下ろした。もう躊躇いはなかった。
砂が血を吸った。客席が沸いた。
その沸き立つ客席の一角でガイア・プレビリアは無表情に砂を見ていた。彼女の隣にいた市の役人が言った。「あのトロガスという男、結構人気が出てきましたな。志願剣闘士としては上々です」
「上々......ね」とガイアは返した。声に冷たいものがあった。「──あの男は、レームの自由農民の子のはずです。父親が奴隷農園に追い詰められ、借金を残して死んだそうです。その借金を返すために彼はあの砂に立っている。──そして、同じように追い詰められた者や、征服された奴隷たちを殺して金を稼いでいる。それを"上々"とあなたは言ったのですね」
役人は答えに詰まった。
「これが」とガイアは言った。「レームの繁栄の姿です。征服で奴隷を連れ帰りその奴隷が自由農民を没落させる。没落した自由農民は借金を抱え、その借金を返すために砂の上で殺し合う。そして、その殺し合いを市民が娯楽として消費する。──我欲のはきだめとはよく言ったものです。この闘技場はレームという国の縮図なのです」
役人は何も言えなかった。
ガイアは立ち上がった。もう見るべきものは見たという顔だった。
「あのルフス・トロガスという男」と彼女は去り際に言った。「気の毒に。──あの男は自由を得られると信じているのでしょう。勝ち続ければ。だが、勝ち続ければ続けるほど、あの男は自由から遠ざかる。デキウスが稼ぎ頭を手放すはずがない。......デキウスはかつて、債務者の借金を新たに"発見"してきた悪党です。二年前にフロルシウス法こそ施行されましたが、あの"骨抜き"の法では彼を止めることはできない──トロガスもいずれ、あの不敗の悪魔人のようになるのです。二十年も砂に立ち続ける囚われの華に」




