水町里沙からの視点ー2
配られたプリントに沿って、話が進んでいく。会長の説明はわかりやすいはずなのに、どうも入ってこない。喋っている言葉が私の目の前まで来ているのに、弾かれて逃げていく。
段々と、息を吸うのが苦しくなってたような気もする。吐き気もあるし、少しお腹も痛い。唾液が少なくなって、口の中がとてつもなく苦い気がする。プリントの文字も掠れて読めない。ああ、昨日今日の予習をするために夜更かししすぎちゃったかしら。疲れが溜まってしまったのね。
確か、神経を落ち着かせるツボが手の平にあったはず。あら、頭のてっぺんだったっけ。それとも足の裏?
プリントの内容が二枚目に差し掛かったころ、もう本当に耐えられないような気がして、教室の外に出ようか迷う。でも、あと少しだし。それに、藤宮に全てを任せられない。話だってまともに聞いているかわからなくて不安だし、借りを作るのも嫌だった。だから、今は根性だけでこの場にいる。
「会長! お話中すみません」
耳元で劈いたのは、藤宮の真っ直ぐな声。幻聴じゃない。ただ藤宮の声が、朦朧とする私の意識を現実に戻した。
「どうしたの?」
「ちょっと体調悪くて、保健室行ってもいいですか?」
「大丈夫? 僕も行こうか」
「いや、水町さんに連れてってもらいます。場所わかんないんで」
はあ? なんで私が……。
藤宮を睨むと、想像していたにやけ面じゃなくて、やけに真剣な表情で会長ではなく私を見ていた。もしかして、私の体調を気遣って、ここから連れ出そうとしているの?
会長は快く私たちの退場を了承してくれた。知らないうちに緊張していたのか、教室の外に出るとどっと疲れを感じてその場にしゃがみ込んでしまう。
藤宮が私を見ている気がする。誰も私を見ないで欲しい。でも誰か、助けてほしい。矛盾している私の感情がむかむかとする胸の中にぐるぐると渦巻く。
藤宮は「ちょっとごめんね」と言って、私の背中に触った。そして瞬く間に私の視界は高くなって一回転する。藤宮は私をお姫様抱っこして歩き出した。
「ちょっとやめてよ!」とか「触らないで!」とか言う気力もなくて、ただただ藤宮の腕に抱かれた。浮いている両足がぶらぶらと所在なさげに揺れている。
「ごめんね、もっと早く気付いてれば良かった」
「……別に、頼んでないわ」
怒るだろうか。藤宮の善意を無碍にするような言い方をして。私はこういう、自分の素直になれないところが嫌い。
「そうだよね、ごめん」
藤宮は保健室の場所がわからないと言っていたのに、迷わず到着した。そういうところも鼻につく。でも彼がいなかったら、自分がどうなっていたかわからない。
……少しだけ、素直になってみようかしら。「……ありがとう」
藤宮は何でもなさそうに、「気にしないで」と笑う。
「俺、トイレ行きたかったんだよね。しかも絶対うんこ。でっかいうんこしたくて、途中で抜けたかったんだよね」
私は唖然として、彼の顔を見つめた。今の発言は、藤宮の綺麗な顔とどう考えても一致しない。こういうとところさえなければ、完璧なのに。
保健室で横になると、荒かった息も段々落ち着いてきて、気持ち悪さもすっと引いていった。現実と夢の狭間の中、思い出されるのは藤宮の顔だった。
「しかも絶対うんこ」「でっかいうんこ」……藤宮が笑顔で言う。藤宮、無事にうんこ、できたかしら……。




