児玉弥生からの視点ー2
先生が笛を吹く。もう飛ぶしかない。私は走り出した。ジャンプ台までの歩幅を考えて走る。ジャンプ台の目の前で足を揃え、台を踏んだ。すると思ったよりも高く飛べなくて、両手の力を使って跳び箱を押し出す。それでも勢いが足りずに、跳び箱の角がおしりに当たった。
五段ですらまともに飛ぶことができない。藤宮くんはもう一つの台でいつの間にか飛んでいたようで、その勇士を見ることはできなかった。でもそれでいい。見たら余計、彼を嫌いになってしまいそうになる。
じゃあ次は前転なーと先生が言う。前転ってあの前転? そんな軽い感じで言われても。
案の定、女子生徒たちは不満の声を漏らす。「普通に危なくね?」「髪型崩れるからやりたくないんだけど」
私はというともう心臓がバクバクして、怪我とか髪型とかを気にする余裕はなかった。それよりも跳び箱から転げ落ちてみんなに笑われないかということばかり気になっている。
そんな風にして、誰も飛ぶ気配がない。先生が急かして「誰から飛んでもいいんだぞー」と言う。みんなは周りを伺っているようで、静まり返っていた。
「じゃあ、俺やります!」
一人、手を挙げた。藤宮くんである。周りは息を飲んで彼を見た。そしてその後に、やるじゃねーかとかさすがとか言った声が聞こえてきた。
笛が鳴る。藤宮くんが跳び箱に向かって走り出した。全員の視線が彼に集中する。彼が力強くジャンプ台を踏み鳴らす。その音が体育館に響いた。
藤宮くんが前転をしようと、跳び箱に両手をかけ、頭を下げ──……たような気がした。けれども、彼は次の瞬間、私たちの視界から消えていた。
藤宮くんが消えた、わけではない。彼は前転をしようとした瞬間、バランスを崩して床へと転げ落ちたのだった。それも激しい音を立て、積みあがっていた跳び箱は崩れ落ち、バラバラになる。藤宮くんの体もバラバラになる勢いで床にゴロゴロと転がっていった。
えっ、嘘でしょ。あの藤宮くんが? こんな失敗を? さすがに今回のことは、「かわいい」失敗じゃないんじゃないだろうか……。私は勝手ながら、彼の今後の好感度を心配してしまう。
私たちはその大事故を、唖然とした様子で眺めていた。先生が駆け寄ると、藤宮くんは頭を押さえていた。でも普段通り、王子様の笑顔は絶やさない。
「あはは、飛べませんでした」
「怪我は?」と先生が聞くと、「ないです!」と元気よく返した。
「それにしてもお前、できないならなんで一番乗りなんかに……」
「俺が最初に飛んで、ハードルを下げようと思ったんですよ!」
あっはっは! 藤宮くんが屈託なく笑う。
……かっこいい。私は初めて、彼のことをかっこいいと思った。
彼のお陰で私が失敗しても目立たないだろう。私は彼のことを神様みたいだと思って、思わず拝みたくなった。
どうか、彼に幸福を。そう願いを込めて藤宮くんの顔を見ると、彼のおでこは赤くなり、少し腫れているような気がした。




