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結婚は人生のリスク管理に含まれませんので ~結婚を断った令嬢は、王国の帳簿を黙って直すことにした~  作者: 霧島 結衣


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第31話 前例を壊す

 前例は、便利だ。


 誰かが通った道があれば、説明はいらない。判断も早い。責任も分散できる。だから人は、前例にすがる。


 だが同時に、前例は人を縛る。


 経済記録整理室の机に並んだ資料を見下ろしながら、エリシアはその事実を噛みしめていた。


 ――結婚しない令嬢、エリシア・フォン・クラウゼの事例。


 彼女自身が積み上げた記録。

 彼女自身が作った前例。


(これが、残っている限り)


 同じ比較は、何度でも起きる。

 誰かが迷うたびに、彼女が持ち出される。


「……壊さなければ」


 呟きは、誰にも聞かれない。


 エリシアは、資料を一つ手に取った。

 過去の成功事例集。その冒頭に、彼女の名前がある。


 ペンを取り、赤線を引く。


 ――※本事例は、個人の資質に大きく依存するため、一般化を推奨しない。


 ためらいはなかった。


 自分の功績を、自分で否定する。

 それが、必要な工程だと分かっている。


 昼前、宰相府からの呼び出しが入った。


 応接室には、宰相とアーデルハイト・フォン・ケンプナーが揃っていた。


「……聞いたわよ」


 アーデルハイトが、静かに言う。


「あなた、自分の事例を“例外扱い”にするつもりね」


「はい」


 エリシアは、即答した。


「なぜ?」


「基準にしてはいけないからです」


 宰相が、眉をひそめる。


「それは、自分の立場を弱める行為だぞ」


「承知しています」


 エリシアは、落ち着いて続ける。


「ですが、私の立場が弱まっても、

 選択肢が増えるなら、その方が良い」


 アーデルハイトは、しばらくエリシアを見つめていた。


「……あなたは、本当に」


 言葉を探すように間を置く。


「自分が消える設計をするのね」


「はい」


 エリシアは頷いた。


「私がいなくても、成立する形でなければ、

 それは制度とは呼べません」


 宰相が、深く息を吐いた。


「英雄を作る方が、国としては楽だ」


「ええ」


 エリシアは否定しない。


「ですが、英雄はいつかいなくなります」


 そして、その後に残るのは、失望だ。


「だから」


 エリシアは、机に置いた資料を示した。


「前例を分解します」


 成功例の条件を、細かく切り分ける。

 才能、環境、支援、人間関係。


「“できた理由”を明文化し、

 “できなかった場合”を前提に設計し直します」


 アーデルハイトの目が、わずかに細くなる。


「……厄介ね」


「誉め言葉として受け取ります」


 そのやり取りに、宰相が苦笑した。


 午後、リーゼとオスカーに方針を伝えた。


「……自分の成功を、制度から外すのですか」


 リーゼが、戸惑いを隠さず言う。


「はい」


「それでは、あなたの存在意義が……」


「残りません」


 エリシアは、はっきりと言った。


「残らなくていいのです」


 オスカーが、腕を組む。


「君は、本当に」


 一瞬、言葉を切る。


「勝った後の方が、厳しい道を選ぶな」


「勝利を、固定化したくないだけです」


 夕方、掲示板の前を通りかかると、新しい内部通達が貼られていた。


 ――結婚選択に関する個別判断指針(暫定)


 その文面には、はっきりと書かれている。


 ※特定個人の成功事例を、判断基準としてはならない。


 エリシアは、足を止め、しばらくそれを見つめた。


(これでいい)


 拍手はない。

 称賛もない。


 だが、誰かが救われる余地が、少し広がった。


 前例を壊すという行為は、

 過去を否定することではない。


 未来を縛らないための、静かな作業だ。


 エリシアは、今日も自分の痕跡を、少しずつ消していく。


 誰かが、自分より楽に生きられるように。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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