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ふたりのフツウ  作者: 月凪


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55話「彩雲短期大学」

 湊たちの街から二時間弱の所。


 揺れる電車の中、和哉はずっと機嫌が良かった。


「ふん、ふふーん♪」


「ご機嫌ですね」


「今日ねぇ、楽しみな日だったし。湊からもらった服も着れるしいい日だよぉ」


 淡い緑のシャツに、シンプルなベルトのセット。先日渡したばかりのそれを、和哉は早速身につけていた。窓から差し込む光に当たると、シャツの色がいつもより少し柔らかく見える。


 駅の改札を出ると、和哉がスマホの地図を確認しながら言った。


「ここから徒歩十分くらいだって」


「ちょっと歩くんですねぇ、この坂いい運動になりそう」


 駅前から続く道は緩やかな上り坂になっていた。住宅街を抜けると、徐々に緑が増えていく。蝉の声が一段と大きくなった気がした。


「暑いけど、なんか気持ちいい道ですね」


「うん。坂を上るたびに、空が近くなる感じがする」


 和哉が言った通り、坂を上りきった先に見えてきたのは、白い校舎と青い屋根、その周りに広がる豊かな緑だった。校門の脇に立つ案内板には、流れるような書体で「彩雲短期大学」と書かれている。そのちょっと先に、花をかたどった銅像があり、小さな文字で大学の理念が添えられていた。


『百花繚乱』


「百花繚乱、ですか」


「うん。色んな花がそれぞれの美しさで咲き誇るって意味だよね。学科がいろいろあるからかな」


 湊が校門の向こうを覗き込むと、緩やかな丘の上に校舎が点在しているのが見えた。


「ここ、丘の上にあるんですね」


「うん、見て。あそこから森が見渡せるんだって」


 和哉が指差した先、校舎の奥に小高い見晴らし台のようなスペースがあった。確かに、そこから見える景色は、緑の海のようだった。木々が風に揺れて、さわさわという音がここまで届いてくる。


「こんな環境で勉強できるの、いいですね」


「でしょ。パンフレットの写真見た時から、ちょっと気になってたんだ」


 二人は受付を済ませて、見学者用のパンフレットを受け取った。表紙には、保育科、医療秘書科、生活科、デザイン美術科と、それぞれの学科を象徴するイラストが描かれている。


「保育科、医療秘書科、生活科、デザイン美術科……結構幅広いんですね」


「うん、専門性が高い分、それぞれの分野で短期間でしっかり学べるみたい」


 受付の方に案内されて、二人はまず説明会の会場に向かった。会場までの廊下には、在学生の作品や写真が飾られていた。デザイン美術科の生徒が作ったポスター、保育科の実習風景の写真、医療秘書科の資格取得実績。それぞれの学科の個性が、廊下のあちこちに表れていた。


「あ、これ」


 和哉が立ち止まったのは、保育科の実習風景の写真の前だった。子供たちと一緒に笑っている学生たちの姿が写っている。エプロン姿で、絵本を読んでいる学生、園庭で鬼ごっこをしている学生、給食の準備をしている学生。


「楽しそうですね」


「うん……すごく」


 和哉の目が、その写真にじっと向けられていた。


*****


 説明会の会場には、いくつかの椅子が並んでいて、すでに数組の見学者が座っていた。親子連れが多い中、湊と和哉のような高校生だけの組み合わせは少し目立ったが、誰も気にしていないようだった。


 優しそうな老齢の女性の職員が前に立ち、にこやかに話し始めた。


「本日はご来校いただき、ありがとうございます。彩雲短期大学では、『百花繚乱』という理念のもと、それぞれの分野で専門性を高めながら、社会に貢献できる人材を育てております」


 保育科については特に丁寧な説明があった。


「保育科は二年制で、卒業と同時に保育士資格と幼稚園教諭二種免許が取得可能です。在学中に保育園や幼稚園での実習を重ねながら、現場で必要な知識と実践力を養っていきます」


 和哉はメモを取りながら、真剣な顔で話を聞いていた。前回の国立大学の説明会の時とは、明らかに表情が違う。あの時の遠い目はどこにもなく、今は前のめりになっている。


 その様子に、湊は堪らなく嬉しくなってしまう。


「ちなみに、保育科は女性の割合が比較的多い学科ではありますが、近年は男性の保育士を目指す学生も増えてきております。実際に活躍されている卒業生も多くいらっしゃいますよ」


「実際現場では重い荷物を運んだり、元気いっぱいの子供達を相手したりと、男手は大助かりです!」


 こちらを見て放たれたその言葉に、和哉が小さく頷いた。湊はその横顔をそっと見た。和哉が自分の進路について、これほど前向きな顔をしているのを見るのは初めてかもしれない。


「では、この後は実際に学科ごとの見学と、保育科については体験プログラムをご用意しております。ご希望の方はこちらにお進みください」


 職員の案内に従って、湊と和哉は保育科の体験プログラムの列に並んだ。


*****


 校舎の奥にある渡り廊下を抜けると、短大付属の保育園があった。


 明るい色の壁に、子供たちが描いたであろう絵が飾られている。園庭には遊具がいくつか並び、すでに小さな歓声が聞こえてきていた。


「あ、来てる来てる」


 保育士役の学生が、見学者を出迎えに来た。エプロン姿の若い女性で、人懐っこい笑顔をしている。


「今日は体験に来てくださって、ありがとうございます。これから少しの時間、子供たちと一緒に過ごしていただきます」


「よろしくお願いします」


 和哉が深く頭を下げた。湊もそれに続く。


「体験は二つのグループに分かれていただきます。室内で製作活動や遊びの補助をしていただく組と、園庭で外遊びの補助をしていただく組です」


 職員が説明を続けた。


「では、綿貫様は室内グループへ、久我様は園庭グループへご案内します」


 職員に促されて、二人は別々の方向へ歩き出した。


「先輩、頑張ってください」


「うん、湊も」


 離れる前、和哉が少し緊張した顔で笑った。その顔が、なんだか体育祭の時の応援団長姿の自分を見ている時の表情に少し似ている気がして、湊は密かに微笑ましく思った。


 短大の門をくぐってから、まだ一時間も経っていない。それなのに、もう新しい和哉先輩の一面が見えてきている気がした。

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