46話 プール Ⅲ
バシャ、バシャ、バシャ。
水しぶきが弧を描いて、光の中に散った。
泳いでいるのは湊、尚弥、綾香の三人だ。普通のプールコースを使って、なぜか本気の競泳になっていた。どこからその流れになったのかは定かでないが、三人とも笑いながら全力で腕を回している。素人目に見ても3人ともなかなかに速い。
「勝ったー!」
「くっ」
尚弥が片手を上げた。綾香が悔しそうに水面を叩く。
少し離れた場所で、雪と竜喜が浮き輪でぷかぷか浮きながらその様子を観戦していた。雪はおとなしくコースロープの外に出て眺めている。竜喜は腕を組んだまま浮き輪に乗って、微妙な顔をしていた。
「俺、こういうプールでこんなガチ泳ぎする人初めて見たかもです」
「三人とも人に当たらないようにしてね〜」
雪が少し心配そうに声をかけた。コースに他の利用者がいないのが幸いだが、このままだとそのうち誰かにぶつかりそうではある。
「お二人とも飲み物買ってきましたよ〜」
プールサイドから渚が戻ってきた。手にサイダーの缶が二本ある。コースロープの外から、器用に雪と竜喜に手渡した。
「「ありがとう」」
二人の声が揃った。缶を受け取って、雪はゆっくりとプルタブを開ける。炭酸が蒸し暑い空気の中にひとつ逃げていった。竜喜はそれをぐっと一口飲んだ。
「なぁなぁー」
泳ぎ終えた三人が上がってきた。
「「流れるプール!」「ウォータースライダーに行こう!」」
綾香と尚弥が同時に、別々の方向を指差した。
「えっと、どっち?」
渚が交互を見た。
「私はこのすぐ横の流れるプールに行きたいんだけど、久我と村内先輩はウォータースライダーに行きたいらしくて……」
「じゃあ、行きたい方に別れようってなったんだよ」
「なるほど〜、じゃあ私流れるプール!」
渚が即答した。
「俺、ウォータースライダーで」
竜喜が答える。
「流れるプール、かな」
雪が少し遠慮がちに言った。
「きっまりー!」
綾香がぱんと手を叩いた。こうして自然と、女子組と男子組に分かれることになった。
*****
流れるプールの方に三人の女子の姿があった。渚が「きゃー」と声を上げながら流れに身を任せ、雪がそれに引っ張られながら笑っていて、綾香が二人の真ん中でコントロールタワーよろしく仕切っている。やいやいと言い合いながら流れていく三人の姿は、見ていて飽きなかった。
「仲いいねぇ」
パラソルの日陰から、和哉がぼんやりと言った。双眼鏡を構えたまま、三人の様子を眺めている。
「そうですね」
涼香がトロピカルジュースのストローをゆっくりと吸いながら、プールのあちこちを視線で追っていた。売店で買ったそれは、南国の果物の絵が描かれていて、見るからに夏らしかった。
男子の方は——湊、尚弥、竜喜の三人——ウォータースライダーの方へ向かっているのが見えた。尚弥が竜喜の肩を叩きながら何か言っていて、竜喜が少し嫌そうな顔をしていた。湊はその少し前を、颯爽と歩いていた。
二手に分かれた。
涼香は双眼鏡を下ろした。
「……引率のつもりが、まずいですね」
「え?」
「女子三人だけで流れるプールにいるのは、少し心配です。こんなに混んでいますし」
涼香が立ち上がり、目立つために羽織っていたワンピースをバサっと脱いだ。仕草がいちいち様になっているが、今は感心している場合ではない。黒いビキニが夏の光に映える。
「私はあちらに行きます。貴方は男子の方を」
「えっと……」
「遠目に見ている分には問題ないです。では」
涼香がすたすたとプールサイドを歩いていった。周囲の視線がいくつか向いたが、本人は気にする様子もない。その歩き方が、茶道室の廊下を歩く時と変わらず凛としていて、和哉は少し呆気にとられた。
和哉は一人残された。
パラソルの下から、男子組がウォータースライダーの方角へ消えていくのを眺めた。遠目に見ていようと思っていた。そのつもりだった。なのに、気がつくと立ち上がっていて、気がつくと人の流れに乗っていて、気がつくとスライダーへの入口の列に合流していた。
なんで?
気づいた時には、もう後ろにも人がいた。引き返せない。並ぶしかない。
ゆっくりと列が動いていくと、前の方に見覚えのある後ろ姿が見えた。黒い海パン、栗色の髪。湊だ。その横に竜喜、さらに前に尚弥がいる。
三人の、二、三人後ろという、絶妙な距離感になってしまっていた。
どうしよう。
バレたらバレたで、うまく笑って誤魔化せるだろうか。湊は怒ったりしないと思う。でも、あの子は嘘をついてもすぐ気づく。「大丈夫ですか」という顔で全部見通してくることが多い。
和哉は、そう自分に言い聞かせながら、列が進むままに階段を上り始めた。
上を見れば、どんどん空が近くなっていく。下を見れば、プールが遠くなっていく。
こ、これはなかなか怖いのでは?
今更そのことに気づきながら、和哉は階段を上り続けた。




