44話 プール I
「照りつける太陽! 流れるプール! そして塩素の香り! これぞ夏ってやつだねぇ」
更衣室から出てそうそう、仁王立ちで言い放つのは、わざわざ持参したサングラスをつけている綾香だ。
黄色の水着が、健康的に日焼けした褐色の肌によく映えている。首からは白いストラップ。下は動きやすさを重視したサーフパンツで、元陸上部らしい引き締まった脚の輪郭だけがうかがえた。足首にはゴムのブレスレットと、細かいところまで抜かりない。隣で渚が「ほんとだほんとだ」と頷いているのが、すでにプールのやかましい午前の風景だった。
「わぁ、結構いろいろ面白そうなのありますね! 早く泳ぎましょ!」
その隣で、水色の水着のフリルを夏の風にたなびかせる渚がいる。こいつも何故かサングラスをしている。前から思っていたが、いつのまにか綾香の腰巾着ポジションに収まっていた。体格も雰囲気も違うのに、並んでいると妙に似ている。
「まぁまぁ、落ち着きたまえ渚くん。まずは準備体操をだね……ほら、みんなもするよ!」
「いっち、にー」
綾香が腰に手を当てて体操を始め、渚がその隣でにこにこしながら同じポーズを取っている。
「そういうところはしっかりしてるんだな」
「綾ちゃん、体育会系だからねぇ」
少し離れたパラソルの日陰から、湊と雪が眺めていた。湊はこの前渚に選ばれた黒の海パンを履いている。雪は白いビキニ、ではなく…
「結局そっちにしたんだ」
「よく考えたら、高校でも水泳の授業はあるんだから、スクール水着でいいよね」
白いビキニではなく、紺のスクール水着だった。今日はメガネではなくゴーグルを付けている。度入りのゴーグルというやつだろうか。いつもより表情がよく見えて、それはそれで印象が違う。
「せっかく買ったんだから着たらよかったのに。どっちも似合ってたし」
「ふふ、久我くんも海パンじゃなくてブーメランパンツとかでもいいんじゃない。きっと『似合う』よ」
「ごめんなさい、恥ずかしいです」
「ふふん、よろしい! 許します」
「くすっ」 「くはっ」
「「あはは」」
二人で笑っていたところで、声がかかった。
「ほら、二人ともはっやくー」
「待て待て、まだ……」
「お待たせ〜」
「お待たせしました」
後ろの男子更衣室の方から声が重なった。
「あ、来ましたね」
「いやー、暑いな。早くプールに入りたい」
額の汗を拭いながら出てきたのは、オレンジのハーフパンツを穿いている尚弥だ。日差しの中でもこの人は元気だった。
「更衣室出た瞬間から熱波がすごかったです」
ぐったりした様子で湊に話しかけてくるのは、首からビニールのスマホホルダーをかけている竜喜だ。いつもより少しだけ表情が困っている。ちなみに竜喜は深緑色の海パンを履いている。
この二人は綾香と渚が引っ張ってきたゲストだ。本当はせっかくなら見学会組で遊ぼうということになっていたようだが、受験を控えた三年生は流石に誘えなかったらしい。竜喜は中学生だが、渚経由で「絶対来る」と連絡があったそうだ。
「スマホ更衣室に置いてこなかったの?」
「はい! 今日は湊さんの写真をたくさん撮って兄さんに送りつけてやります!」
「撮らせないし、勝手に撮ったら肖像権の侵害で訴えるからよろしく」
「えぇ! そんな!」
「それより早く泳ぎに行こうぜ!」
尚弥がぱん、と手を叩いた。竜喜がその言葉に「行きます!」と素直についていこうとしたところで。
「そこの男ども、待ちな」
綾香に肩をガシッと掴まれた。
「じゅ・ん・び・た・い・そ・う!!」
全員が並ばされた。
プールサイドの端で、水着の6人が一列に並んで準備体操をするという、なかなかシュールな光景が完成した。通りがかった他の客が横目で見ていた。
*****
準備体操が終わったところで、全員が思い思いの方向に動き出した。
綾香と渚が「流れるプール行こ!」と雪を引っ張りながら歩いていく。尚弥が「競泳プールも行こうぜ」と続く。湊は一人でスライダーの方を眺めていた。
「竜喜くんは?」
「湊さんと一緒に行きます」
「……流れるプールでいいか」
「はい!」
竜喜が湊の隣にすっとついた。距離が近い。見学会の日からこの距離感が定着しているような気がする。悪い子ではないのだが、妙に複雑な気持ちになる。
プールの水面が、夏の日差しを受けてきらきらと光っていた。




