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ふたりのフツウ  作者: 月凪


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41話 見学会 中

竜喜と渚は並んで畳の上に正座した。


 竜喜は問題なく座れた。姿勢が自然で、膝の置き方も整っている。経験があるのだと一目でわかる座り方だった。


 渚は少し崩れたが、雪がさりげなく隣に座って「こうすると楽ですよ」と小声で伝え、整えた。渚が素直に直したのが印象的だった。雪の言い方が押しつけがましくないせいだろう。


「まず、茶道室についての説明から始めます」


 湊が前に出た。吉野先生から教わったことを思い出しながら、書き出してまとめた文章を覚えてきていた。用意してきた説明を、あまり堅くならないように、でも大事なところは外さないよう話す。床の間の掛け軸、飾られた花、茶室が持つ意味。一つ一つに理由があることを、できるだけわかりやすく言葉にする。


 渚が「へえ」と言いながら真剣に聞いている。


 竜喜は、聞いていなかった。


 正確に言えば、湊の説明よりも、その奥で準備をしている和哉を見ていた。さっきの廊下では死んだ魚のような目で和哉を見ていたのに、今はキラキラした純真無垢な少年の目で、じいっと見つめている。まるで別人のような顔の変わり方だった。


「竜喜くん、聞いてます?」


「聞いてます聞いてます」


「じゃあ、今なんて言ってた?」


「茶室とは、亭主が客を招く、一期一会の空間のこと。ここでは皆、平等な立場である、ですよね」


「……正解」


 渚が呆れた顔で竜喜を横目に見た。


 雪が湊の隣で「なんであれで話を理解できてるの?」と戸惑った声でそっと言う。湊も答えようがなかった。和哉先輩の動きを目で追いながら、耳だけで話を聞き取っていたということだろうか。末恐ろしい。


*****


「では、お手本のお点前を見ていただきます」


 和哉が茶室の中央に正座した。


 いつもの、あの顔になっていた。ふわふわとした天然な普段の顔ではなく、茶道をする時の、凛として穏やかな顔。無理やりゾーンに入って余計なことを考えないようにしているようにも見えるが、その所作には一片の揺らぎもない。


 竜喜の背筋が伸びた。さっきまでキラッキラした目が、今は死んだ魚の目なっていた。その変化が清々しいほど素直だ。


 渚は水屋に置かれているお茶菓子の箱に目を奪われている。我が妹ながら情けない。


 すっすっと帛紗を捌く音が、静かな和室に響く。道具を清める手の動き、茶碗を丁寧に扱う指先。流れるような所作が、ゆっくりと続いていく。


「帛紗を使って、これから使用する棗と茶杓を清めます。その後、茶碗に入っている茶巾を使って茶碗を清めます」


 雪が横から、静かに解説を入れた。その声はしんっと落ち着いている聞き取りやすい声。雪はこういう役割がよく似合う。


 茶筅を手に取り、湯を注いで、シャカシャカという音が始まった。


 竜喜は一言も話さなかった。


 渚もしばらく黙って見ていたが、やがて湊の方に身を寄せてそっと囁いた。


「ね、あれが綿貫先輩?」


「……そう」


「お兄ちゃんと竜喜が大好きな」


「声、もう少し小さく」


 渚は頷いて、また前を向いた。竜喜の横顔を一瞬だけ見て、「ふーん」と何かを確認したような顔をした。


 お点前が終わった。シャカシャカという音が収まり、静寂が和室に戻ってくる。


「お点前、頂戴いたします」


 和哉が差し出した茶碗を、涼香が手本として受け取り作法を見せた。茶碗を受け取る時の手の形、回す方向、口のつけ方、飲み終わりの作法。ゆっくりと、わかりやすく。その所作の美しさに、中学生の二人はしばらく固まっていた。


「では、皆さんもやってみましょう」


 湊が茶碗を二つ取り出した。


「え、いいんですか」


「せっかくだからね」


 渚が「やる!」と手を上げた。竜喜は黙って頷いた。


*****


 体験は、村内と綾香が二人について指導した。本来この二人は水屋で作業しているはずだったのだが、なにせお客が少ない。すぐに作業が終わって暇になったらしく、吉野先生から指示が出て交代になった。


 渚はまず茶碗の持ち方から。


「こう?」


「もうちょい指を揃えてぇ」


「あ、こう?」


「そそ! GOOD!」


 というやり取りをしながら、少しずつ形になっていく。綾香の教え方は独特だが、渚には合っているらしく、思ったより早く整ってきた。


 というか、一応年下なのだからせめて敬語を使ってほしいとは思うが、今日はそれより実践だ。


 竜喜の方は、黙って言われた通りに動いていた。元々器用なのか、一度言われたことを次にはできていた。指先の細かい角度まで、きちんと形になっている。


「おお、竜喜くん、飲み込みが早いね」


「……見てたことあるので」


「お兄さんのお点前を?」


「そうです」


 竜喜がちらりと閉じられた襖の方を見た。


*****


 閉じた襖を背に和哉が湊をじっと見ていた。


「じー」


「な、なんですか先輩」


「竜喜となに話したの」


「なにって大したこと話してないですよ。えっと、お菓子のお店への道がわからなくて付き合ってもらっただけで。ちょっとした雑談をしたぐらい、で」


「その雑談内容が知りたいの」


「えっと……」


 和哉の目が、いつもよりわずかに細い。不機嫌というよりは、むくれている。湊の心臓がなんとも言えない動き方をした。


「これ!」


「アタ!」


 涼香が和哉の頭にチョップをかました。思いの外重い一撃に和哉はよろめいて頭を抱えた。


「痛いっ、七瀬さん!」


「大袈裟ですよ、全く。今日のこの場で久我くんに何の話を聞くつもりですか」


「だって」


「だってはなしです。ほら、お茶菓子を配る準備をしますよ」


 涼香がぴしゃりと言うと、和哉は「むぅ」と言いながらも素直に従った。その後ろ姿がどこか子供っぽくて、湊は苦笑いをこらえた。


*****


 体験のお茶と、湊が選んできたお菓子が出された。


 薯蕷饅頭と練り切り、それぞれ小皿に乗って綺麗に並んでいる。渚が「かわいい」と言いながら眺めていた。竜喜はすでに食べ終わっていた。


「食べないの」


「食べるの惜しいじゃん」


「でも食べないとお茶こないよ」


「そうなの!?」


 渚が慌てて口に運んだ。竜喜が無表情で「知らなかったの」という顔をしている。


 湊がお茶を一人ずつに出した。竜喜は少し考えてから、教わった通りに茶碗を回して、一口飲んだ。


「……おいしいです」


「苦くないですか」


「苦くないです。お茶菓子と合って、ちゃんとおいしい」


「よかった」


 渚はお菓子をしっかり食べてから、お茶を一口飲んで「苦い!」と言った。


「もう、はい、水」


 湊が渚に水を差し出した。渚が「ありがとお兄ちゃん」と言いながら受け取る。


 吉野先生がその様子を見て、微かに笑った。


「元気なご兄妹たちですね」



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