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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第六章
88/91

第88話 エンドレス


 迫る鋭い金属の切先。ナイフ、斧、長刀、短刀。形に重さはどれも違えど、狙いは間違いなく自分であった。


「バカ魔法使いやがってッ!!」


 見た事も無い魔法。そもそも魔法使いの少女も空を飛んでて意味不明な上、その辺の物体を浮かすのがまず理解が及ばない。


「文句言ってても仕方ないでしょ!」


 そう声を張り奴隷商の背後に襲い掛かっていた剣を弾くのはディアナ。さっきまで押し切れそうだった形勢は、あの一人の魔法使いで互角まで引き戻される。その上クロヴィスも未だ健在で、ふと飛んでくる剣の間から、その大斧が振りかぶらされる。


「敵味方お構いなしですか。あの子供は」


 そう愚痴を零しながらもその目は奴隷商の脳天を捉え、鋭く大斧は迫る。奴隷商もそれを寸での所で避けるが、すぐに大斧を持ち直し振り上げようとしてくるクロヴィス。


「キリが……!!」


 クロヴィスに警戒すれば飛んでくる剣が頬を掠める。そちらに意識を向ければ、大斧に体を真っ二つにされかける。這う這うの体になりながらも、謁見の間から離れ、味方の兵士が多い所まで何とか引くのだが。


「もうあんなに……」


 ディアナは絨毯の上に積み上がる死体を見て顔を顰める。重騎兵10人の壁を突破できずプレヴァルには一本の剣も届かない。それで手間取っている内に、あの魔術師の魔法でなぎ倒されてしまう。


 どうにか方法はと思考を巡らせていると、ふと足に当たるそれ。奴隷商はただなんとなく視線を落とすのだが、そこには見知った顔。


「……は……なんで」


 そこにはこんなうるさい戦場だというのに、目を閉じ寝ころぶクリスの姿。それはまるで死体のようで━━


「亮太!!今は休ませてるだけだから」


 ディアナは手を引き誤魔化そうとするが、流石に奴隷商にもそれは分かる。未だ飛んでくる剣の雨の中、屈みその手をクリスの冷たい頬に当てる。


「……お前まで置いて行くのか」


 そしてなにより自分を助けようとして出来た傷が死因であろうこと。それが奴隷商にとってどれだけの事か。ふいに飛んでくる剣が太腿に突き刺さり、その痛みに気付かない程だった。


「亮太!!ここ危ないからッ!!!」


 ディアナに腕を引かれる。だが奴隷商の体はその場に座り動こうとしない。そうしている内にも熱くドロッとした血液は、太腿から流れ出る。


 手の先には消えかける僅かな温かさがある。どう声をかければ良いのか、何か声をかける権利があるのか。今更な後悔が溢れる。


「……一緒に墓参りぐらい行けたらな」


 奴隷商はそのクリスの手に握られていた剣を手に取る。10年前から使い続けている、年季の入ったそれだ。


「……借りるぞ」


 剣を握り立ち上がったところで、自身の太腿の痛みに気づく。それに顔を顰め一瞬体勢を崩すが、その肩をディアナが支える。


「戦場だって忘れないで。弔いは今じゃない」


 ディアナはそう言いながら、向かってくる剣をナイフで弾く。そしてそのままナイフを持った手で、奴隷商の太腿を触り治癒魔法をかける。


「逃げるならいつでもついてく。あんたはどうしたいの」


 ディアナの琥珀の瞳が奴隷商を見上げて来る。どこまでも世話になりっぱなりだと思いつつも、クリスの剣を握った以上答えは決まって。


「全部ここで終わらせる。ついてきてくれ」


 ここで逃げたらまた何もなくなる。ただ失っただけになってしまう。奴隷商が体勢を沈め走り出すのと同時に、ディアナもそれを追って駆け出す。


「今度奢ってもらうからね!」


 雨にように降り注ぐ剣やナイフ。それらは特定の誰かを狙う訳でもなく、ただ乱雑にメチャクチャに落ちていく。兵士が多すぎて狙うだけの余裕がないのだろう。


 そして天井にあるのは天使が描かれた壁画。そしてその付近には、どういう原理か浮かぶ、魔法使いの少女。それを捉え奴隷商は。


「ディアナッ!!」


 その呼びかけにディアナは遅れることなく、奴隷商の前に出ると、両手を組み足場を作る。


「やってこい!!」


 そう叫ぶディアナの手に右足を乗せ、奴隷商はふくらはぎに魔力を込め、文字通り宙に飛ぶ。そしてその勢いは失われることなく、その少女の元へと辿り着き、彼女は想定していなかったのか。


「え?!なんでぇ!?」


 目を丸くし慌てる彼女だが、すでに奴隷商の腕は伸びており、無防備だった彼女の首裏掴む。


「お前も降りてこいよ」


 首裏から手を離し、そのまま少女の背中を蹴り飛ばしてやる。流石にそこまでされれば宙に浮き続けれないのか、少女はローブを揺らしながら地面へと土埃を上げる。


 そしてシャンデリアにぶら下がり、地上の様子を確かめる奴隷商だが。


「どこまでも舐めやがって」


 プレヴァルは逃げることなく玉座の側に立っている。まるで自分は負けることはないと言いたげ。だが、ふと、下の土煙から声が聞こえる。


「汚れちゃったじゃん!!!」


 それと同時に土煙を切り裂き上がってくるのは、幾数もの剣の切先。それらが整然と、一斉に奴隷商の首元を狙いやってくる。


「子供の癇癪かよッ」


 シャンデリアの後ろに隠れ、一旦やり過ごそうとするが、激しい金属音が耳元で何度も響き、幾本かは奴隷商の肌を掠める。そしてそれが止んだかと思えば、地上から飛び上がってくるのは、子供のような怒りを示すその少女。


「もう18だから!!」


 その杖の先には水が湧き出渦巻の様に互いに絡み合う。それは奴隷商1人を飲みこむほどの大きさで。


「……地獄耳かよ」


 奴隷商はあれを食らってはまずいと、シャンデリアから手を放し地面へと飛び降りる。その際すれ違いざまに少女がこちらを見て、その杖の先を向けて来るが。


「上見ろ」


 奴隷商が指を指す。それにつられて少女も、奴隷商のいた揺れるシャンデリアを見る。そこにはいくつも剣やナイフが絡んでおり、その根元を支える鎖にも一本のナイフが突き刺さる。


「……あ」


 シャンデリアは揺れたままその遠心力に耐えられなくなり、鎖がプツリと切れる。そして水塊を奴隷商へと向けていた少女は、咄嗟に自分を守ろうとシャンデリアの方へと水塊を向けようとするが。


「流石にか」


 奴隷商が地面に降りる時には、水塊ごとシャンデリアに押しつぶされていく少女。その水しぶきと、激しい音で一瞬戦場は静まり返る。奴隷商は剣を構えたまま警戒をする。


「やっては……ないか」


 何を下か分からないが、怪我をした様子も無くゆらりと立ち上がる影。


「痛った……魔法間に合わなかったし……」


 常人なら今ので死んでもおかしくない。アルフレッドの使った防護魔法でも、あの重さのシャンデリアではそれごと押しつぶされてしまう。なのだが、やはりレベルの違う魔法使いなのだろう。


「バケモノが」


 明らかに戦場慣れはしていない。だがそれを補って余りある程の魔力量と技能。そんな彼女へと兵士達が襲い掛かろうとするが。


「ん。じゃま!!」


 杖を向けることすらなく、何かの塊を弾き兵士の腹に穴を開ける。石魔法だろうかとも予想するが、それが何か見えない。


 そして不幸な事に目を付けられてしまったらしい。その彼女の足は奴隷商へと迷いなく進む。


「お兄さん。魔法使わないの?」


 杖をこちらに向け構えて来る。ローブで隠れていたが、エメラルドグリーンの髪と瞳。夜でも目立ちそうな色合いで、ある男を思い出す。


「コンラートと同じか」


 そう呟くとその少女は驚いたように目を見開く。だが、逡巡の後何かを引っ込めて、杖を持ち直す。


「私達は抑圧されてきた。目の色が違うだけで。でもプレヴァル様は違う」


 語りながらもその杖の先には、何か得体の知れない目に見えないモヤが集まる。それは七色のような、無色のような。実態の分からない物が確かに集まり、渦を巻いている。


「あの人の理想が私の理想」


 敵味方問わず明らかにまずいと後ずさり、距離を置いて行く。だが、奴隷商は一歩踏み込み、その得体の知れない物体を前にする。


「お前の考えは知らん。プレヴァルに俺の仲間が大勢殺された。それだけだ」


 剣を構え息を整える。辺りを渦巻く空気は彼女の魔法によるもの、というより魔力その物なのだろう。あまりに膨大な魔力量に気圧され、その空気は熱を帯び彼女の怒りを感じさせる。


「アンタらが勝手に逆らってくから悪いんでしょ。責任転嫁しないで」


 彼女のフードがはだけ、その長い髪が現れ空気に揺れ舞う。そして奴隷商は周囲の様子を確かめ、手足に魔力を込める。


「あんな悪人のこと信じるんだな……まぁ子供じゃあ騙されても仕方ないか」


 わざと煽る様に嘲笑い、棘のある言葉を送ってやる。そして奴隷商は纏う風が乱れるのを感じると同時に、息を止め横っ飛びをする。それをしなければ目の前の魔力の塊に押しつぶされる直感があったから。


 そしてワンテンポ遅れ、少女は目を剥き叫ぶ。


「あの人の気持ちも知らないでッ!!」


 その魔力の塊が揺れ動く。それはそのまま奴隷商を覆い隠そうと、広がり波の様に影を作る。それにぶつかった兵士は鎧が解け肉を溶かし煙が上がっていく。その幾人もの叫び声が響く。


 そして、もうすでに奴隷商は避けることが出来ない。だが、それを見上げ奴隷商は笑みを作っていた。


「やはり子供は扱いやすい」


 叫ぶ少女の背には麦色の髪が揺れる。少女が奴隷商へと注意を向け続け、怒りで視野が狭くなったタイミング。その気配を感じ振り返った時には、そのナイフが真っ白な首へと突き刺さる。その返り血を浴びディアナは顔色を変えず。


「アンタみたいな魔法使いでも簡単に死ぬんだな」


 ディアナは淡々とナイフを刺しこみ、彼女の口から血が漏れ出て、眼から色が無くなるのを確認する。そしてそのままナイフを抜き、振り払い地面に弧状に血液を散らす。奴隷商自身殺す気こそなかったにしろ、生け捕りに出来る力関係でも無かったと自分を納得させる。


「これであとはあの重騎兵……」

 

 だが忘れていた。他にも警戒すべき相手がいることを。奴隷商の背後では音もたてず近づき、大斧を振り上げるその老人の姿。


「私の事を忘れてもらっては困ります」


 振り返った時には、右肩にその大斧が突き刺さる。幸運だったのは、予め魔力を込めていたお陰か、深くまでは突き刺さらず、なんとか体を捻り大斧から逃れる。だがどちらにせよ利き手が使いずらくなったのには変わりなく。


「……忘れたくても忘れれない相手だな。貴方は」


 肩を抑え剣を構える。プレヴァルの配下はもうあの重騎兵10人とアルフレッドだけ。魔法使いもいなくなったことで、それらに向かって味方の兵士達が押し寄せる。そして奴隷商自身ディアナと目配せをし。


「いけ」


 そう口の動きで伝える。ディアナは一瞬迷うようにするが、頷き兵士の波の中に消えていく。そして、その波の中奴隷商とクロヴィスは向かい合う。


「口惜しいですが、主を守るのは若人に任せましょうか」


 クロヴィスは血液の垂れる大斧を構え、ボロボロになった正装を伸ばし姿勢を低くする。そして口角を上げ、楽しそうに笑いかけて来る。


「あとは漢同士。いい加減決着を付けましょうか」


 奴隷商に笑うだけの余裕はない。肩の痛みと酷使した手足が既に悲鳴を上げている。だから、出来る返事はその足を一歩踏み込む事だけだった。


「━━ッ」


 クロヴィスも勿論体のあちこちに血を流し、体力を消耗している。すでに大斧を振り上げるのも精一杯なのだろう。それでも、その筋肉は衰えず大斧は変わらず鋭く奴隷商の首を狙ってくる。


「だァッ!!」


 命を削るような叫びと共に体全身の体重を乗せた一振り。奴隷商はここまで温存した魔力を使い、石魔法でその刃先にぶつけ軌道をずらす。そして今の得物はクリスの剣。懐に入らずともその剣の切先は突き刺さる。


「……これで」


 確かにクロヴィスの横腹に赤いシミが広がる。だが、クロヴィスの息遣いは止まる事無く、それどころか大斧を手放し、その突き刺さる刀身を手で握る。


「こんなので殺せると思わない事ですね」


 震える声ながら握ったその手は、ゆっくりと刃を体から抜いて行く。奴隷商も必死に突き刺そうとするが、それでも押し戻される。そして剣が抜けたタイミングで、クロヴィスの足裏が奴隷商の腹を押し飛ばす。


「今のでダメ━━」


 落ち着く暇すらない。腹を抑え、顔を上げた瞬間再び迫るのは、白い手袋に包まれたクロヴィスの拳。それが奴隷商の顔面に直撃し、そのまま戦闘が続く謁見の間まで吹き飛ばされてしまう。背中が擦れ肉が抉られるような痛み。それでもなんとか立ち上がれば、丁度周りでは重騎兵と兵士達が鍔ぜり合う所だったらしい。


 そしてその場となれば、プレヴァルもすぐそこに見え、奴隷商は。


「今ならッ」


 クロヴィスとの決着を後回しに、動き出そうとするが、明らかにテンポの速い足音。それは一直線に奴隷商の背中に近づき。


「決着はまだですよ」


 結局順序を飛ばす事は許されないらしく、その老兵とやり合わねばならないらしかった。そして更に状況は悪くなったらしく、この場には味方の兵士の死体が積み上がり、その幾人かの重騎兵が、奴隷商へ剣を向ける。


「仇だッ!!あいつやるぞッ!!!」


 正面からは拳を握り振るおうとするクロヴィス。周囲から伸びる剣や槍。だが、クロヴィスは目を見開き声を張る。


「邪魔するなァ゛!!!」


 その声に重騎兵たちは怯え動きを固める。そしてその隙に次々と謁見の前に入っていく兵士達が襲い掛かり、奴隷商どころでは無くなる。そして奴隷商自身、他に気を配っている暇では無くなり。


「俺に執心ってか」


 クリスの剣の刃先がボロボロになっているのに気付き鞘に仕舞う。ひしゃけた鼻の感覚はなく、痛む背中に肩を気にしながらも、拳を構えその老兵を待ち構える。だが向かってくる拳だけは、何故かゆっくりと見え。


「……あぁ」


 スローになる光景の中、体を捻れば、クロヴィスの拳は頬を掠るだけ。そして奴隷商の握った左拳は、すれ違い上からクロヴィスの頬を抉る。


「入った」


 どこか落ち着いた思考のまま、そのまま拳を頬に押し付ける。そして体を大きく捻り、クロヴィスの頭を地面へと押しつぶす。


「……グァ」


 空気の盛れるようにクロヴィスの声帯が揺れ、確かに骨を折る感覚。これだけ長い間何度も戦ってきて、最後は拳で終わるのかと感慨に浸かりそうになる。


「……たは……最後の最後に歳がきた……か」


 クロヴィスはそう呟き目を閉じる。だがまだこれで終わりではない。奴隷商はクロヴィスの死体を後に、フラフラになりながらもプレヴァルを捉える。


「後もう少し」


 そう走り出した頃には、味方の兵士も数を減らし敵の重騎兵もあと数人となっていた。ディアナもまだ健在なようで、奴隷商の前に立つのは。


「顔汚ねぇぞ。お前」


 アルフレッドが血まみれになり、自慢のブロンドもぐしゃぐしゃにして剣を構える。その顔はいつもの人の良い笑みでは無く、ただ苦悶に満ち喋る事すらきつそう。そんな彼に奴隷商は脚を止めることなく迫る。


「互いにな」


 ナイフをアルフレッドの首へと狙う。だが、ここまであまりにダメージを受けすぎたのだろう。踏み込んだ足はふらつき、ナイフは空ぶる。そしてその代わりにアルフレッドの剣は、奴隷商の首を狙う。


「クロヴィスさんの仇ッ」


 奴隷商は避けれないと、咄嗟にもう使えない右腕を首横に立て、その剣を受ける。骨に剣がぶつかる衝撃、それが全身に廻る。それでも剣は腕を貫通することなく止まってしまう。そして今度こそと、奴隷商はナイフを左手で握り直し、アルフレッドの喉仏に投げ飛ばし刺す。


「すまない」


 そしてナイフを手放し、クリスの剣を抜いてアルフレッドを避けると、そのままがら空きになったプレヴァルを直線上に捉える。するとあちらも奴隷商を見てきて、眼がばったりと合う。


「過保護すぎたのが良くなかったのかね。やはり歳を取るもんじゃないか」


 その礼祭服は血一つ付かず汚れていない。後ろに手を組んだまま、逃げも隠れもせずその場に立っている。他の重騎兵たちが気付き、奴隷商を止めようとするが、それは僅かに届かない。そしてかつて自分が下賜した、部下の剣の切先。それを見ながらプレヴァルは呟く。


「少し。急ぎすぎたかな」

 

 プレヴァルは避ける素振りを見せず、死に際と思えない程微笑む。そして奴隷商の、クリスの剣はまっすぐ伸び、その真っ白な礼祭服が赤く染まる。それでも油断をせず、奴隷商は深く深く剣を突き刺し、プレヴァルの背中からその切先が出て来る。そしてプレヴァルは血を吐き体重を奴隷商へとかける。


 奴隷商の耳に葉、ガラガラに弱々しい老人の言葉が届く。それはまるで童話を読み聞かせるような優しい声色で。


「君の選択は。どうなるんだろうね」


 恨み言でも何でもない言葉。それだけを残し、プレヴァルは若人の背中を二回叩く。


「それは未来の俺が決める」


 プレヴァルが回答を聞いてどんな顔をしたか分からない。だがそれを最後に重くその全体重が、奴隷商へとのしかかる。外套には生暖かい血液が広がり、その生物の死を実感させる。


 そして背後では残った重騎兵達が剣を落とし、その場にへたり込む。それを知らずに奴隷商はプレヴァルを地面へと寝かせ振り返る。


「それであんたらはどうす……」

 

 そう問いかけようとしても、そこには泣き崩れる重騎兵達。その声が兜の中でくぐもって響く。それはまるで殺した奴隷商を責めるかのように続くが、味方の兵士たちは歓声を上げ、ディアナは人混みを掻き分け奴隷商の元へと駆け寄る。


「亮太!」


 そう叫び抱き着いてくるディアナだが、それ受け取るだけの余力はなく、そのまま地面へと押し倒されてしまう奴隷商。それでもやっと達成感が押し寄せ、笑みが零れ、覆いかぶさるディアナの背を叩く。


「分かったから……早く治癒魔法をしてくれないか……」


 ディアナは肩を揺らし目を赤くし未だ顔を上げようとしない。


「いつもいつも無理して……そのくせ甘くて……」


 ステンドグラス越しに火が差し込み謁見の間は明るくなる。それに呼応するように兵士達の勝鬨が上がり、終戦を思わせる空気感。


「でもいつもお前がいてくれる」


 そう言ってディアナの後頭部を撫でてやる。するとディアナはゆっくりと顔を上げ、栗色の髪を奴隷商の顔へと垂らす。そしてその手を目いっぱい広げ、日暈を作り向けて来る。


「そう。ほんと私がいないと━━」


 日暈越しのディアナの微笑み。そして涙声の彼女の声。それらはその熱波に遮られる。


 奴隷商の見上げていた天井には、地獄と天国の境目を描いた絵画があった。あったのだが、今奴隷商の視界にあるのは一面に広がる炎。ただただ轟轟と炎が広がり、ディアナの涙をオレンジ色に反射する。


 そしてディアナや喜んでいた兵士達もその炎に怯え、何事かとその炎の元をたどる様振り返る。


「……なんでここに」


 ディアナの声色から喜びが消え、困惑と怯え一色になる。奴隷商は痛む体を押し、ディアナ越しにその扉の外を見る。


「まさか」


 奴隷商はそれを見て冷や汗を覚える。そこには戦場には似合わない程、可憐な銀髪の少女。ルナが1人ポツンと立っているのだ。


「……まずい」


 見覚えのある光景。アリシアで何度も目の前にしてきて止められなかった光景。今の彼女を人間と形容するには難しかった。角が長々と二本生え、首元には銀色の鱗がびっしりと生えそろう。しかしその声は、ルナのそのもので悲痛に響く。


「助け……て」


 涙声で今にも掻き消えそう。だが、この静寂とした空間に良く響く。そして誰かが返事をする前に、彼女の纏っていた服は破れ、銀鱗が露わになる。それは瞬きをすれば、天井を崩し空を覗かせる程高く大きくなり、人であった面影を無くす。


「……龍人だ」


 誰かが呟く。だが、誰かが悲鳴を上げる前に、その龍の雄たけびが城内を超え帝都全体へと響き渡るのだった。


 

明日投稿時間が日を跨ぐかもしれないです。

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