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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第六章
87/91

第87話 二歩戻る


 ディアナはメイベルの軍営内で待機を命令されていた。レイラとレイルベルの件はなんとかなったが、今出来ることは少なく天幕の中で待機をするだけの時間。


「……騒がしいな」


 確実に天幕の外では兵士達が慌ただしくし始める。太鼓の音が聞こえてくるようになり、戦闘が始まったのだろうと推測させる。そう顔色を険しくさせるディアナに、心配そうに話しかけるのはルナ。


「だ、だいじょうぶ?さっきから外が……」


 麦色はめっきり見なくなった。銀色だけの髪でオドオドとしている。そんな彼女を安心させようとシエナが手を握っているが、その本人が震えてしまっている。


「大丈夫だ。ここなら」


 ディアナにはそう言う事しか出来ない。何も確信はないがそれで安心してくれるなら好都合。


「……あとな」


 そしてディアナはルナに謝らないといけない。今からしようとしている事に関して。そうポケットからガラス管を取り出そうとした時、天幕の布が揺れる。


「お館様がお呼びです。すぐに」


 現れるのは使用人のユリア。明らかに戦闘が始まったタイミングでのこれは不穏な空気しかない。


(レイラの件がバレた?いやでもまだ3時間程しか経ってない……)


 だがどちらにせよディアナの首元には奴隷紋。それがある以上逆らえないので、ディアナは1人立ち上がるのだが、ユリアは天幕の奥を見て。


「そちらの2人もご一緒に」


「別にこいつらは━━」


 そう止めようとするが問答無用と言った感じだった。やはり嫌な予感がすると思いながらも、その使用人の後を付いて行くディアナ。すると帝都の一角から轟音が響き、土煙がここまで見える程に天高く舞い上がる。


「……爆発」


 それが戦闘の合図なのだろうか。城壁へと進軍を始める軍勢が見え、そう呟いたのだがユリアは何も反応しない。ただただ亮太の所在が気になるが、未だレイラもレイルベルは帰って来ない。


 不安ばかりが募るが、ディアナ達はメイベルらのいる天幕へと案内される。そこにはいくつか席が空いているものの幾人か貴族が見え、その中心にはメイベルがいる。


「レイラの件ありがとうね。この距離だと命令を聞かすにも魔力が足りなくて」


 手の甲にある奴隷主の紋を見せながら苦笑いをするメイベル。そこまで惜しいと思っていないのだろう。そしてメイベルは座る様に手で促すので、ディアナ達は肩身を狭くしながらも席に座る。


「それで……私達になんの用で」


 ディアナは頬を強張らせる。ただただ嫌な予感がするのだが、メイベルは微笑んだまま。


「まぁもう少し待ちましょう。それまで何かお話します?」


 明らかに悠長過ぎる提案だった。今まさに戦闘中で帝都内では爆発が起きている。それなのにこうもゆっくりしていていいのか。


「……えぇ。何かお話しできることがあればですが」


 だが心配した所で何をする事もできないので、こう返答する事しか出来ない。そしてメイベルは他貴族に目配せをし退室するよう合図する。それで少しすればディアナ達以外には使用人らだけの天幕となる。


「貴女も色々大変ですねぇ。助けたい人物がいて、でもその首の紋のせいで走り出せない」


 ディアナは何も答えない。それでもメイベルは続ける。


「レイラは何も背負う物が無いから走れた。でも貴女はそこの2人を気にして走り出せない」


 僅かにディアナの中に緊張が走る。メイベルの言いぶりがまるで、レイラが何の目的で逃亡したのかを知っているかのよう。だがそれだけなら推測でもたどり着けると思うがメイベルは。


「自分だけというのは、歯がゆいですよね。私も先々代と先代の時の出征では同じ気持ちでしたよ」


 後ろ天幕の布が揺れ僅かに寒風が差し込んでくる。そしてメイベルは笑顔を崩さないまま冷たい声で。


「何かしないとと焦ってしまう。それで貴女はそのガラス管で何をするつもりで?」


 その言葉に咄嗟にディアナは立ち上がり逃げ出そうとするが、それをメイベルが許すはずも無く。


「座りなさい!!!」


 おそらくそれが魔力を込めた命令でも無くても、ディアナの足は止まったであろう圧。そして否が応でもディアナは椅子に座る事を余儀なくされ、背後から迫るその影を感じる。そしてその伸びてきた手は、浅黒く見える髪は白髪。


「レイルベル……ッ!!」


 なぜこいつがここにいる。そう問いただしたくなるが、レイルベルの手は迷うことなくディアナのガラス管を取り上げ、メイベルに手渡す。


「また危険な……」


 そう呟きながらメイベルはそのガラス管を使用人に預ける。そしてレイルベルらも天幕の端に立つが、その他にも10人と少しのダークエルフがぞろぞろと入ってくる。その中の1人の少年がメイベルに報告をする。


「牢に繋がられていたダークエルフの6割は救出できました。4割はプレヴァルを襲撃しようとしましたが……」


 ディアナは説明を求める様にレイルベルを睨むが、全く視線は返ってこない。そしてそうしている内にも会話は続き。


「そう。でもその犠牲が貴方達の祖国の礎になるから。後もう少しだけ頑張ってちょうだい」


 メイベルの皺だらけの手が少年の手を撫でる。見ようによっては孫と祖母の平和な光景。だがディアナからすれば、利用されているようにしか見えないその関係。そしてメイベルは、優しい声色ながらも次はレイルベルを見て話しかける。


「それでね。帰って来て早々申し訳ないのだけど。貴方達ダークエルフの名声を上げるために、プレヴァルの首を取って来て欲しいの」


 レイルベルは一瞬こちらを見るが、すぐにメイベルに視線を戻し膝を折る。


「武功までいただけるなら。喜んで」


 レイルベルの長い白髪が地面へと垂れる。そしてメイベルは立ち上がり、そっとレイルベルの前で屈む。


「王城への乗り込みが成功すれば、誰も貴女達を謗る事はない。頑張ってね」


 レイルベルの手を取り優しく微笑むメイベル。そしてその会話を聞いていたディアナも、やっとメイベルも攻城に取り掛かるつもりなのだと分かる。だが、メイベルがわざわざダークエルフにそんな大役を任せる意味が分からない。


(温情……?そんな人間なのか……?)


 温厚ではあるが、あくまで貴族らしい自己利益を優先する人物だと思っていた。どうにも理由が掴めない中、思い出したようにメイベルは問いかける。


「それで公爵令嬢は」


 すると、少年が割り込むように声を上げる。


「先ほどメイベル様の天幕に預けてきました」


 その言葉にディアナの心拍が早くなる。レイルベルとレイラはクラリスと亮太を助けに行った。だが、そのレイラと亮太が見当たらない事。それがただただ不安を煽り、ディアナは思わず声を上げてしまう。


「公爵令嬢……だけです……?助けたのは……」


 すると何を行っているんだと言わんばかりに少年は眉を曲げる。


「勿論僕らの同胞もですよ。それ以外の人間は知りません」


 ディアナは激しく後悔する。やはり数日の間柄でしかないレイルベルを信じるべきじゃなかったと。そう睨むが、やはり視線は合わず逸らされる。一発殴りたくなるが、命令をされたせいで椅子から立ち上がる事が出来ない。


 そしてそんな中メイベルは、使用人のユリアに指示を出す。


「ではクレリアン公には王城にクラリス令嬢が囚われていると連絡してください。それならば攻城で先陣を切ってくれるでしょう」


 レイルベルから手を放し立ち上がるメイベル。そしてユリアは少しばかり不思議そうに。


「ですがメイベル様の手勢も出さねば不満がでるかと……」


 だが、メイベルは肩を揺らし笑ってそれを否定する。


「ここまで戦ったのは私です。遅刻したクレリアンに文句は言わせませんよ」


 ユリアは頷き鎧を着こむと、そのまま天幕の外へと走っていく。そして少しすれば馬の蹄の音が響き、それを確認したメイベルは、やっとディアナを見る。


「で、貴女はダークエルフ達と共に行って貰います。もしかしたらそこに彼もいるかもしれませんしね?」


 まるで心中を見透かしたように、要らぬ一言を付け加えて来るメイベル。それが堪らなく腹が立つディアナだが、このままここに座りっぱなしよりは、自分が助けに行ける可能性があること。それに賭けるしかなかった。


「えぇ。行きます」


 そう即答するのだが、メイベルは条件を付け加える。


「そこの2人は置いて行ってね。逃げたりしたら。分かってるね?」


 笑顔のままよくもまぁそんな事を言える。そう心の中呟くが、それぐらいに警戒されているという事なのだろう。だが、どちらにせよディアナは、受け容れざる負えなくなり。


「……勿論です」


 そうして残された2人の子供の顔を見る事は出来なかった。それでもディアナの目標は亮太を助け出す事。それを優先するためなら、この二人を捨てる覚悟だってした。


 そうしてその後はすぐにディアナはダークエルフらと共に、王城へと向かう事になる。メイベルの軍勢は陣を引き払うことなく、その場に留まり、ディアナと共に行くのはせいぜい50人程だろうか。他にもダークエルフは大勢いたということらしい。


「それで。何か言う事無いのか」


 ディアナはレイルベルの隣に並び声を低くする。何か言う事は無いのかと、協力関係は嘘だったのかと。だが、レイルベルは悪びれる様子も無く。


「義理は果たした。不可能だと判断して撤退しただけだ」


 元々そういう約束だったのはディアナも認識している。だが、その言い方も相まってディアナの苛立ちは増していく。


「レイラも亮太も置いていったのにか。それで有用な令嬢だけは偶々連れて帰れたと?」


 だがそんな2人の間に先ほどのダークエルフの少年が割って入ってくる。


「令嬢は私が連れ出したんですよ。レイルベル様は逃げていた所を回収しただけです」


 ディアナはそれが本当かレイルベルを見るが、彼女は静かに頷くだけ。だがどちらにせよレイラや亮太を捨て、逃げ出したことには変わらない、そう問い詰めようとするが、少年は強く敵意を向け顔を覗かせる。


「レイルベル様は族長なんです。貴女よりも背負っている同胞の数が違います」


 レイルベルは何も言わずに視線を逸らすだけ、そして少年はただ代弁するように続ける。


「それに実際にレイルベル様は義理を果たしました。何も知らずに非難しないでほしいです」


「だから義理を果たしてたら━━」


 ディアナがいい加減我慢ならなくなり言い返そうとするが、少年は聞き捨てならない事を被せて言う。


「王城にお探しの彼。いますよ。使用人の方は姿を見てないですが恐らく一緒にいるかと」


 伸ばしかけた手が止まる。それが本当なのかディアナに判別は出来ないが、その言葉はあまりに重すぎた。そしてそんな会話のさなかまた別のダークエルフが話に入ってくる。


「あいつ処刑されたんじゃないのか?」


 そう突然やってきたのはシレアと呼ばれたダークエルフだった。牢から助け出された1人で、今回の王城突入にも参加するらしい。


「逃げたんですよ。そこの人間の手引きで」


 シレアは「へぇ」と言葉を漏らすだけで、レイルベルに頭を下げその隣に並ぶ。そして少年も、もういだろうとこちらを睨み背を向けてしまう。


「……生きてる」


 それを信じるのか信じないのかは私次第。だがレイルベルの事をまだ信じるならば、どうするべきかは決まっている。そうレイルベルの様子を伺えば、シレアだけでは無く他のダークエルフ達に助けだされた事の感謝を向けられている。それを困った様にレイルベルは。


「実際に動いてくれたのは彼だから私にでなく……」


 そう謙遜していたが、その少年はというと。


「僕がここまでやれたのも、レイルベル様がプレヴァルに刃を向けて反攻の意志を見せてくれたお陰です。族長としてその感謝を受けとってやってください」


 最早ディアナはいないものとして会話が進んでいく。そこは確かにレイルベルの背負う物が見せられるような光景。それを見て少しばかり冷静さを取り戻したディアナは、ただ申し訳なくなってしまう。


「……すまなかった」


 そう伝える気もなく小さく呟いてその場を離れる。その時レイルベルの長い耳は僅かに動いたのだった。


ーーーー


 そうして王城へと向かったディアナ達はクレリアン公の軍勢と合流するのだが。


「貴殿らは牢人を助け出した時と同様、城内に侵入してかき乱せ。我らは正門から攻め落とす」


 どうやらダークエルフと一緒に行動したくない。というよりメイベル側の勢力をあまり信用していないようだった。だがそれはダークエルフ達にとっても好都合だったのか、レイルベルは。


「あぁ。じゃあ共に頑張ろう」


 そう差し出された手を握り返されることはなかったが、レイルベルは気にすることなく声を張る。


「行くぞッ!!遅れるなよ!!」


 ディアナは自分だけが異物のような感覚を覚えながらも、レイルベルらについて行く。背後では攻城を始めたらしい喧噪が聞こえ、どこに行くかと思えば。


「……これでいくのか」


 小舟がいくつもありそれをひっくり返して、湖上に浮かばせられている。そしてダークエルフ達は迷うことなく、その小舟の下に入り込んでいく。


「どうせこの人数じゃバレる。あれなら矢ぐらいなら守れる」


 そう言うのはレイルベル。目の前では逆さにした小舟を傘のようにし、水面を泳いでいくダークエルフ達。何かしら侵入路があると思っていたディアナにとっては、こんなのでと思うが。


「……城兵もまともに対応できてない」


 橋下を泳いでいるからか、存在に気付いても対応に悪戦苦闘している。それにそもそも攻城が始まった事もあり、手が回る人員もない。時間はかかりそうだが、確かに有用ではあるのか。そう思っていると、レイルベルは一度息を深く吸うと。


「私もあの男に申し訳ない事をした。だから見つけたら生かすようには言っておく」


 それだけ言って岸へと降りていくレイルベル。その手はディアナへと伸び。


「行くぞ。時間も無さそうだ」


 上から聞こえる剣戟を聞くに、既に城門内での戦闘が始まっている。そしてディアナはレイルベルを見て、頷くとその手を握り返す。


「助かる」

 

 そうして全身を濡らしながらも、数人がやられただけで湖上の王城へとたどり着くディアナ達。この辺りで城門が突破されたらしく、クレリアン公の兵士たちの雄たけびが近付いてくる。


「私達はプレヴァルを直接狙う。恐らくあいつらは謁見の場に……」


 そうレイルベルと少年が手早く計画を定め、目標地点を決めたらしい。ディアナは従うしかないので濡れた髪を気にしていると、ふと視線が集まる。


「……なんです?」

 

 それはどうやら私が一番槍をすべきだと言う事らしかった。レイルベルらからすれば手柄を譲った気なのだろうが、ディアナからすれば。


(まず死ぬ役目)


 だがレイルベル達からすれば譲ってやっている感覚。今断ってしまえば、どうなるか分からない。だからディアナは渋々頷くしか無かったのだが。


「亮太ッ!!!」


 結果論ギリギリのタイミングながらも、亮太を助けに行けて良かったのだろう。だが運が良いと思えたのはそこまでで、乱れに乱れた絨毯へと着地した時には、亮太は明らかに瀕死だった。


「また無理してッ!!」


 そうディアナは駆け出すが、辺りには大勢の騎士と兵士が溢れかえる。すぐに進路を遮られてしまう。だが、それ以上にダークエルフらが侵入し、プレヴァルの元へと一直線に向かっていく。勿論騎士達の守るべき第一はプレヴァル。それで兵士達の密度は薄れ、進路を見つけると、ディアナは亮太の元へと駆け寄ろうとする。


「邪魔!!」


 通りかかる騎士を蹴り飛ばし、更に進んでいく。そして亮太のすぐ傍まで向かうのだが。


「あの騎士ッ」


 1人の騎士が亮太の首に刃を振り上げている。それを見て更にディアナの足は早く回り、ナイフの切先を向ける。するとそこで見覚えのある顔だと気づく。


「お前か」


 そう呟きつつもナイフの力を弱める事はしない。そしてその騎士コンラートは動揺しつつも、その振り上げた剣をこちらに振り下ろしてくる。


「……ッんでここで!!」


 悲痛な声と共に振り下ろされた剣は、ディアナのナイフとぶつかり合い火花が散る。だが、その辺りで正門から駆けあがったクレリアン公の兵士達も混ざり始め、明らかに城内は混沌とし始める。


 そしてディアナとコンラートの鍔迫り合い。それは経験の差が歴然で、ディアナはコンラートの剣をいなし、背後に回るとそのまま地面へと転ばせてしまう。


「よっと」


 そして剣を遠くへと投げ捨て、止めは後回しに亮太の元へと駆け寄る。そしてその亮太はフラフラな頭で、ディアナを見上げる。


「いつも世話になるな」


 そう弱々しく言葉を漏らす事しか出来ない、亮太こと奴隷商。そしてディアナはその様子を見て、焦り脇に寄せると、すぐに治癒魔法を開始する。その間にも戦闘は激化していき、地面に伏せていたコンラートも伸びている暇では無くなり。


「……姫様を守らないと」


 奴隷商の奴は、と足が止まりそうになるがそれでも優先事項は違った。溢れかえるダークエルフに敵兵を掻き分け、なんとか姫様の元へと駆け寄るとコンラートは。


「逃げますよ!」


 シーナの白く細い手を引く。いつの日かの落城を思い出すような空気感。またあの日を繰り返すまいと、コンラートはその手を強く握る。プレヴァルの事など既に忘れ必死だった。だがそれとは対照的に、シーナはそのいつの日かを待ちかねたように、笑みを弾けさせる。


「今度は私の手を離さないでくださいよ?」


「またそんな事言って!!」


 そんな事を言うシーナをコンラートは抱え、追ってくる兵士達を振り払うように城内を走り回る。そしてどこの城にも似たものはあるのだろう。目の前にするのは薄暗い城外へと続く湿気のある地下道。


「今度こそ」


 コンラートは左手の小さな感覚を確かめ。その暗闇へと駆け出していくのだった。


ーーーー


 そして未だ混沌とする戦場。そこにおいて奴隷商の傷はある程度治ったとはいえ、あまり悠長にしている暇はなく。


「ディアナはクリスを頼む。俺はプレヴァルを殺しにいく」


 戦場は攻め手が数に勝り見てわかる程優位。だが、クロヴィスにアルフレッドはいまだ健在。油断するにはあまりに早すぎる。そうナイフを抜き走り出そうとするが、その手をディアナは強く握る。


「逃げるよ。あとは味方に任せればいい」


 だがそう言われて今更引く訳にいかず奴隷商はディアナの手を振り払う。もう謁見の間に攻め手の兵士が、侵入し始めている以上時間が無いのだ。


「クリスを頼む」


 それだけ残し奴隷商はプレヴァルを目指し走り出す。そしてその場に遺されるディアナは、ただただ不満を抱き。


「またそうやって」


 いつもこっちの事情も知らずに走り出して、勝手に傷ついて帰ってくる。それに振り回されてばかりだが、それでも放っておけなくなる自分。そして人混みの中確かに、クリスの銀髪が見える。


「あぁもう!!」


 亮太を追いたくなる気持ちを抑え、ディアナの足はすぐにクリスの元へと駆けよる。だがそこにあるクリスだった物は、既に幾人もの兵士達に踏み荒らされ、その脈を確認しても。


「……そう」

 

 それなりに長い付き合いだから思う所はある。それに最後亮太と一緒にいたのなら、恐らく和解出来たのだろうと察しも付く。10年もかかったのに、こうもすぐに終わってしまうのかと、他人事ながら不甲斐なくも感じてしまう。


「……あんたは託したんだよな」

 

 ディアナはクリスの眼鏡を畳み瞼を閉じさせる。そしてすぐに立ち上がると、消えていくその黒い外套を追いかける。その外套の主は、進路を遮ろうとする騎士を避け、一直線にプレヴァルの白い礼祭服を追う。


「俺がやらないと……俺がッ!!」


 逃げる気が無いのかさっき見た時と同じ位置に立つプレヴァル。それへとナイフを振り上げ、飛び掛かる奴隷商。周囲にいたはずの護衛は、敵兵に対処するのに精一杯で、突撃してきた奴隷商に対応できない。


「やってや━━」


 そしてナイフは振り下ろされるが、プレヴァルは軽く足を弾くと、そのナイフを寸でで避けてしまう。そしてその空ぶるナイフを見ながら、プレヴァルは奴隷商へと語り掛ける。


「彼女治癒魔法慣れてるねぇ。もう君そんな元気なんだ」


 未だ武器も魔法も用意しようとしないプレヴァル。こうしている内にも、プレヴァルの兵士達は倒れていき、段々と戦闘が収束しようとしていた。


 奴隷商は体勢を立て直しプレヴァルと向かい合う。周囲を見てもやはりプレヴァルの手勢は見てわかる程に減り、あともう一押しという雰囲気。


「お前もいい加減終わりだな」


 奴隷商はプレヴァルの言葉を無視してそのナイフの切先を向ける。魔力自体も温存してきた上、クロヴィスらも他の兵士の相手で手一杯。これ以上ないほどの好条件。


 だがそれすら危機に感じていないのかプレヴァルは。


「全員城内に入ったかな?オークランスが見えないけど」


 まるでパレードを覗くかのように、劣勢な戦場を眺めるプレヴァル。だがその戦場自体終わりかけ、奴隷商以外にもプレヴァルを囲む兵士が増えていく。


「皆怖いねぇ。せっかくの謁見の間だよ?もっと天井とかの絵画見上げて見たら?」


 そう言われたとして誰一人視線を上げることなく、プレヴァルを囲み剣の切先を向ける。そして奴隷商は、そんな男にナイフを突き刺そうと奴隷商は走りだし、それにつられて他の兵士達も駆け出す。


 だがプレヴァルはただため息を零し。


「残念」


 その呟きの後。何かが空気を切り裂く音。それは兵士達の剣を振るう音ではない。奴隷商は何かを感じ、半ば直感ですぐに足を引くのだが、他の兵士たちはそうでは無く。


「お、さっすが山1つ吹き飛ばす世紀の魔法使い」


 散るのはプレヴァルの物ではない、兵士たちの血液。状況が掴めないながら、隣の兵士達を見れば、手の無い手首からそれが溢れ、辺りは一瞬で地獄のような光景になる。そして床の絨毯を見れば、突き刺さるのは、数多の槍や剣。それらが手首を貫いている。


「……は」


 奴隷商は状況を理解出来ず固まる。だが微笑むプレヴァルの見上げた天井から、その若くハツラツとした女の魔法使いは降りて来る。


「流石に肝が冷えましたよ。もっと早く使ってくれれば城外で殲滅できましたよ?」


 プレヴァルを囲み襲おうとした人間は奴隷商以外全て地面に斃れた。そしてその代りか、玉座の人物を守っていた、重装備の騎士達もプレヴァルの下へとやってくる。


「そうっすよ。旦那のお陰で俺達があるんすから。もう生きた心地しなかったすって」


 数だけで見れば魔法使いを入れても10人ほど。だが、玉座の周りに積み上がるその死体を見れば、実力は聞かずとも分かってしまう。そしてそんな彼ら彼女らに慕われるプレヴァルは。


「まぁ君達のお披露目ってなれば劇的な方が良いかなって思ってね」


 ここは戦場だというのに笑みが溢れるその集団。そこでクリスの処置を終えたのかディアナが奴隷商の隣に並ぶ。


「クリスは治療した。あいつらは」


 肩で息をし戦闘もしてきたのだろう、疲労の色が見えるディアナ。彼女の嘘にも気付かず、それに問いかけられ奴隷商はナイフを構え直し答える。


「最後の砦って所だろうな」


 その言葉の悲痛な響きに反して、明らかに彼らに余裕がある。こちらが追い詰められていると錯覚すらしてしまいそうになる。


 そしてプレヴァルを囲むそれらの笑みも、奴隷商の殺気に気付けば、一斉にその冷たい視線が集まる。


「あいつはやっていいのー?」


 魔法使いが杖の先を奴隷商へと向け、プレヴァルに問いかける。そしてプレヴァルはニコニコとしたまま淡々と答える。


「うん。いいよ。全員やっちゃって」


 そう言った瞬間。この空間に落ちていた、幾つもの剣やナイフといった得物が宙に浮く。そしてそれらの切先全てが奴隷商の体を狙う。


「おいしょーっ!!」


 そんな気の抜けた掛け声と共に奴隷商は自身に迫るその切先。あと少しまで迫った所でのやり直し。それに文句を零す暇も無く、奴隷商らは逃げることしか出来なかった。


 


 



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