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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第六章
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第85話 選択

すみません!遅れました!


 奴隷商とクリスは自身らが入った箱が床に置かれ、外から何も物音をしなかったのを確認する。そして息をひそめつつも、ゆっくりと蓋を開ける。


「……」


 ここはどこか分からないが薄暗い物置の様。外には見張りがいるのかもしれないが、部屋の中に互いの気配以外は感じない。そして目線を交わし合い、足音を立てぬよう壁まで歩み寄る。すると扉の外から聞こえる、僅かな欠伸の音。


「俺が行く」


 奴隷商が口パクでそうクリスに伝え、ナイフを抜く。クリスも頷き、念のためと奴隷商の後ろに構える。そうして奴隷商は、震える手でドアノブをゆっくり沈め、僅かにキィっと軋ませる。だそこにいる兵士は気付かず、背中を向けたままそこにぼーっと立ったまま。


「すまない」


 奴隷商はそう呟き兵士の首に腕を回す。そして何も言わせぬうちに、部屋の中へと引き込み、クリスが扉を閉める。薄暗い部屋の中兵士が手足をばたつかせ、暴れる音が響くが、それも段々と緩慢になりとうとう動かなくなる。そんな彼を地面に置き、脈があるのを確認するとその鎧を手に取る。


「これどっちか着て行くか」


 流石に戦争中の王城内で自由に動き回れるとは考えていない。するとそれはクリスも同じ事を想っていたのか、その鎧を手に取る。


「俺が着る。顔が割れすぎてるから隠しておきたい」


 兜を頭に被せるクリス。彼が貴族だったこともあって、王城内にも知り合いが多いと言う事なのだろう。


「あぁじゃあそうしよう。場所は分かってるんだよな?」


 手際よく鎧をはぎ取りクリスに渡しながら問いかける。そしてクリスは鎧を着こみながらも、当たり前だと言わんばかりに。


「そりゃな。勿論」


 そうして鎧に包まれたクリスは外見を銀色に隠され、外からでは誰かを特定できなくなる。それを確認しつつ奴隷商は、元々その鎧の持ち主だった男を縛っておき、またドアノブに手をかける。


「まずクラリスの所からだからな」


 そこは最初から決めていた事。それを達成した上で、プレヴァルの所にいく。それはクリスも分かっているようで。


「じゃあ地下牢だな。お前がいた」


 いつかの事を言っているようにニッと笑うクリス。それを横目に奴隷商はドアノブを沈め、ゆっくりと廊下に顔を出す。見える両脇に人影は見えない、そしてクリスが先に歩き出し、その後ろを奴隷商が着いて行く。


「ここ2階だな。階段を何回か降りないといけない」


 クリスが兜の中でくぐもった声を出す。だがそれに奴隷商が返事をしようとする前に、向かいから駆けていく騎士達が現れ口を噤まざる負えない。


「俺まだ母親逃がしてねぇんだけど。もうそこまで来てんだろ?」


「今そんな事言ってる場合か、ここが落ちたら母親もなんもねぇよ」


 2人はすれ違う奴隷商らに視線を一瞬向けるが、特に何も思わないのか会話をそのまま続ける。奴隷商は相変わらず黒い外套で、クリスが騎士。どう見えているのか分からないが、そこまでおかしい二人組では無いのかもしれない。


「……時間無さそうだな」


 遠のいていく足音を気にしつつ奴隷商は呟く。クリスは返事をする事はないが、その足は少しばかり速くなり焦りを見せる。


 そうして何度か兵士や貴族とすれ違いヒヤヒヤするが、外部の人間が王城内にごった返していることもあって、疑われる事が無かった。そして地下へと続く階段の手前、そこに構える門番へとクリスは話しかける。


「こいつを収監する。空いている牢はあるか」


 一瞬門番は怪訝そうにするが、そこまで珍しい事でも無いのか疲れたように。


「今日は多いっすねぇ。敵が来てるってのに」


 そうブツブツ呟きながら書類に目を通し確認をすると、「あぁ」と声を漏らし。


「空き部屋は無いんでどっか相部屋ですね。付いてきてください」


 門番がランタンに灯を付け、階段を降りていくので奴隷商らは付いて行く。わずかに懐かしい感覚を覚えながらも、奴隷商らが地下牢へとたどり着くと、門番はランタンを掲げる。


「えーっと37番牢は……」


 そこに並ぶ牢には牢人らしくない人間の顔ばかりが見えた。貴族や官僚といった上流階級の人間、それが大勢沈んだ眼でこちらを見つめる。


「……これって」


 奴隷商がクリスに囁きかける。クリスも声を落とし。


「あぁ。粛清って所だろうな」


 そうコソコソと会話していると、門番は牢を見つけたと振り返ってくる。


「あ、じゃあ行きましょうか!」


 さっさと門番は歩き進めて行ってしまうので、クリスと奴隷商は牢の中を確かめながら付いて行く。そしてその37番牢が近付いた時。門番は振り返ってくるのだが。


「で、ここなんで収監して……もら……って?」


 門番の言葉がとぎれとぎれになる。その眼球にはクリスが振り上げた剣があり、その状況を掴み切る前に、切先が空を裂き彼の視界を赤く染める。


「な、んで……」


 クリスは表情一つ変えないまま、剣に染みついた血を振り払いまた鞘に納める。その光景を見て奴隷商は動揺したように。


「流石に殺すまでは……」


 だがクリスは止まらないのか強い口調で。


「ここで下手に生かしてバレる方がまずい。俺が殺したんだからお前が罪悪感を抱く必要はない」


 クリスは淡々と体を痙攣させる門番を脇に捌けさせてしまう。だが、奴隷商はその手を止め、自身の手をかざし魔力を込める。


「お前何やって……」


 クリスは信じられないと奴隷商を見下ろしてくるが、それでも手には日暈を作り治癒魔法を始める。


「それでも殺さなくていい命だ。合理的じゃなくても俺はそうしたい」


 そうして流れる血は止まり生々しい傷跡は消えていく。そして門番は荒かった呼吸を平静に取り戻し、目を瞑ったままそこに横たわる。それに手かせだけ奴隷商は掛けると、クリスは呆れた様に。


「自己満足か」


 だが奴隷商も淡々と。


「自己満足だ。すまない付き合わせて」


 門番のポケットを漁り彼の持っていた牢のリストを覗く。そしてそこにクラリスの名前を見つけ、立ち上がる。その様子を見てクリスはため息をしながらも。


「昔のお前みたいだな」


 奴隷商は僅かに頷くだけでそのリストを元に走り出す。そしてそれに続いてクリスも走り出し、ランタンの灯が乱雑に揺れる。そんな中、その道中にある牢人の名前を奴隷商は気付く。


「……シレア」


 向かいの牢にいたダークエルフの女だ。そこまで長い期間一緒にいた訳ではないが、それなりに会話をし情もある。ついでに解放してやろうと、その牢を通り際に視線を向けるのだが。


「……いない」


 そのクラリスの牢すらも空っぽで誰もいない。檻の鍵は無理やり開けられたように壊され、キィキィと音を鳴らしている。何が起きたのかそれを知りたくなるが、今はクラリスだと足を止めずその牢を後ろにする。


 だがその牢すらも同じようにもぬけの殻だった。奴隷商は何度もリストにあるクラリスという名前を確認するが、確かにこの誰もいない牢にその名前が書かれている。


「ここなんだよな?」


 クリスがそう問いかけてくるが、奴隷商は心拍が早くなり周りの音が聞こえなくなってしまう。そのリストを握る力が強くなり、髪に皺を作ってしまう。


 だがいい加減待たされることが出来なくなったクリス。それは奴隷商の腕を掴み見上げる。


「誰かが助けたんだ。きっとそうだ。そう信じるしかないぞ」


 そう言われたとして奴隷商の中によぎるのは既に処刑されている可能性。もう手遅れなのではと、ただ嫌な想像ばかりが膨らんで行ってしまう。それこそこの空っぽの牢で、無理やり処刑台に連れていかれるクラリスを妄想してしまう程に。


「……また間に合わなかった」


 リストが奴隷商の手から離れひらひらと石畳へと落ちていく。だがそんな奴隷商の肩に強く爪を食い込ませ、握ってくるのはクリス。


「一旦冷静になれ。公爵令嬢なんていう格好の交渉材料を殺す訳無いだろ」


 その言葉で奴隷商も冷静さを取り戻す。だが、その二人の後ろにふと現れる、軽い足音。それに2人の緊張は一気に上がり、互いに得物を抜き振り返る。そしてその彼はクリスの言葉に勝手に答える。


「その通りですよ。それにそもそも僕が連れて行ったんですし」


 奴隷商の視界にあるのは長い耳と白い髪。浅黒い肌で見覚えのある種族だが、そこにいる彼は確かに会話をした記憶のある。


「プレヴァルの所の使用人……」


 奴隷商がプレヴァルの所にいた時。監視役として付いていたダークエルフの使用人。彼がここにいると言う事。それは奴隷商らの身元がバレ、彼を逃せば応援が大勢来ると言う事。こればかりは逃がす訳にいかないと、ナイフを構えるが、ダークエルフの少年はカラカラと笑う。


「あんなクソ貴族の使用人じゃあありませんよ~それに多分仲間っすよ?僕」


 そしてその彼の後ろにある闇から出て来るのは、一回り体格の大きい彼女。それはレイルベルで、奴隷商の顔を見るなり苦い顔をする。


「お前か」


 奴隷商の理解はとうに追いついていない。クリスも同様に状況が掴めず、プレヴァルの使用人だという少年をただ警戒を強める。だが、そのダークエルフの少年は相変わらず笑みを浮かべたまま。


「協力しましょうよ。殺したい相手はプレヴァルで一緒でしょ?」


 クリスはその言葉を聞き興味を示す。ただでさえ戦力不足が否めない中、戦闘力の高いダークエルフが仲間になる可能性。信じるにはまだ不安要素はあるが、魅力的だった。


「お前らはなぜプレヴァルを殺したいんだ」

 

 だから探る様にクリスは問いかける。するとダークエルフの少年は間髪入れず、淡々と。


「だって自分らの国を滅ぼした張本人ですよ?それ以上の理由があります?」


 狂気に怒りに悲しみ。ありとあらゆる負の感情が籠った暗く沈んだ眼だった。クリスにとってそれは嘘に見えず、その少年の言葉に耳を貸す価値がありそうに感じる。だが、そんなクリスを奴隷商は手で制し。


「クラリスはどうする。お前が連れて行ったんだろ」


 奴隷商にとってはまずそこだった。最初は動揺から多少は立ち直りその少年へ警戒し、ナイフを鞘に納めようとしない。するとその少年は少しばかり悩む素振りを見せながらも、なんてことのない様に。


「まぁメイベルが欲しがったからついでに攫っただけですし。クレリアン公がいつ裏切るか分かんないから保険が欲しいんじゃないです?」


 どうにも判断しかねる少年の言葉。すぐに殺すとかそういう訳では無いのだろうが、その扱いからして良い物では無いのは確か。クリスもそれは分かっているのか、どうするのかと視線を向けて来る。


「……クラリスの身柄をこちらに渡してくれるなら。協力しよう」


 奴隷商は譲れない条件としてそう提示した。協力するメリットは分かりながらも、やはりまずクラリスの身の安全を確かにしたい。だが、その要望は受け入れられず。


「無理っすね。僕にとってはどうでも良くても、メイベルにとっては優先度高いので」


 きっぱりと断られる。そこでクリスは奴隷商を窘める様に。


「まぁ殺される訳でもないし……俺は協力しても良いと思うが……」


 だがその時奴隷商はクラリスのいたで在あろう牢を見る。そこには引きずられた跡と、比較的新しい血の跡。それが誰の物か考える余地はない。そして目の前のダークエルフに対する信用度も同じくだった。


「すまん。俺にはどうにもあいつの言う事を信じられない」


 少年の眉が動く。クリスは奴隷商の続きの言葉を待つように沈黙する。


「互いに不干渉。もしクラリスに危害が加えられるなら俺は動く」


 ナイフを構え今すぐにでも戦闘を開始していい様に体勢を取る。それを含めて奴隷商の回答だった。そしてそれを受けた少年は、ため息を零し面倒そうに。


「はぁ……そうですか。プレヴァルより女を取るんですか。人間ってのは刹那的ですね」


 そう言って興味を失ったように、レイルベルと共に暗闇へと消えていく少年。そして最後に暗闇から届くのは。


「残念ですよ。貴方は多少マシな人間だと思ったのですが」


 それだけを最後に足音すら消え何も聞こえなくなる。そして残された奴隷商だが、その肩をクリスは叩く。


「どうする。クラリスを助け出しに行くか?」


 だが奴隷商は首を振る。今から反乱軍の元にいってクラリスを助けにいく。それをしてしまえばプレヴァルを殺す事は叶わなくなる。ここまで自分の要望を通してきた奴隷商にとって、これ以上クリスの願いを蔑ろに出来なかった。


 だが勿論この選択を喜んでするわけなく、断腸の思いで言葉をひねり出す。


「プレヴァルの所に行こう。その後一緒にクラリスを助けに行ってくれるか?」


 するとクリスは僅かに驚いた顔をしつつも、奴隷商の感情を察したように頷く。


「おう。次は俺の番って事だな」


 そうして2人は走り出す。奴隷商自身クラリスの事があってかなりソワソワとするが、とりあえず今は安全な所にいると思考の隅に無理やり追いやる。だが、やはり見えないタイムリミットの可能性がある以上、急がないといけないのことには変わりないが。


 そして奴隷商とクリスは王城の中を駆けまわる。もう既に王城に敵兵が張り付いているのか、慌ただしく誰一人奴隷商らの身元を気にする事はない。


「俺が先に中の様子を伺ってくる」


 どうやらプレヴァルは王城の謁見の間で軍議を開いているらしい。大きく荘厳な扉は開け放たれており、騎士の恰好をしたクリスならば疑われる事無く侵入出来る。そして奴隷商は物陰で気配を消し、その帰りを待つのだが。


「……」


 誰かが背後にいる感覚。それに見られていると確かに感じる。流石に急いでいたとはいえ、この服装のままここに来たのは不味かっただろうか。そう思いながらも言い訳を考え、奴隷商は振り返る。


「王宮魔術師なんですが、いつ閣下に謁見できま……」


 身分を偽り言い訳しようと、その気配に話しかけようとする。だが、どうにも今日の奴隷商は運が悪いらしい。またもそこには見覚えのある人間が。


「なんで……お前がここにいる」


 そう言った騎士はブロンド髪に緑眼。その手には可憐な姫を引いている。そしてそれは確かに奴隷商の知る名前で。


「……コンラート」


 そう呟いた時。そのクリスの消えた荘厳で大きな扉から、重量のある何かが吹き飛ばされ、転がっていく音が響くのだった。

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