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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第六章
80/91

第80話 煙


 クラリスは帝国内でも有数の貴族の娘だった。建国以来の重臣の一家で、帝国内最大領域を抑える公爵。それほどの家柄となれば、王宮は確実。最低でも他公爵家の正室は当たり前。そのような立場で、彼女が選んだのはどの道でも無かった。


「私に外を見せてください」


 確かそれは15の成人の儀が終わった時の事だった。既に幾つも縁談が進んでいた中、クラリスは初めて父におねだりというものをした。その時の父の顔は覚えていないが、口元は僅かに上がっていたと思う。


「やってみろ」


 そうして私は王宮の奥方の傍仕えとなった。この帝国の政の中心、そこで父は私に学ばせようとしたのだろう。そう勝手に解釈して私は意気揚々と王宮での職務を全うする。地面に膝を付け掃除し、埃をかぶって箒を叩く。そしてその傍ら王子に対しては教育指南の一部を担う程になる。


 その職務の傍らひたすらに研鑽を重ね努力もした。だがその回りには誰もいなくなっていた。この王宮で王妃以上に家柄が良く、同僚の傍仕えなど比べるのもおこがましい血筋の彼女。それが誰よりも働き誰よりも才覚を示す。誰にとっても面白くなく、それどころか仕える王妃からでさえ忌避されるようになる。


 それでも。クラリスは全く気にしていなかった。それどころか周りの人間を軽く見下していた。


「政争ばかりしてバカバカしい」


 能力が低いくせに他人を謗る事には長けている。競うのではなく蹴落とすような向上心の無いバカばかり。こんな奴ら相手にならないと、態度に出し自ら拒んだ。そしてたった一人、クラリスはひたすらに努力し研鑽を積んでいく。


 そしてそれは25の時。傍仕えの中ではやる事をやり切った頃合い。これ以上の出世も見込めず、いい加減実家に戻ろうかと思い始めていた頃。想定もしなかった形で転機が訪れた。


「━━以上が私の献策になります。これなら地方の税の回収漏れがかなり減るかと」


 それは偶々だった。父が帝都に来た時共に立食に出席した時の事。クラリス自身他に話す相手がおらず、他貴族からひっきりなしに挨拶を受ける父の傍にいただけ。そして空いた時間に父と領地経営について話をしていると、目の前に現れたのはこの国の皇帝だった。


「面白い話してるね。君」


 壮年の君主。威厳と快活さを見せ、帝国の最大版図を築いた名君。そしてかくいう私は、ただの一介の仕え。だが興味を持たれたことに調子に乗り、ペラペラと語り出すクラリスの話を、皇帝は面白そうに聞く。


「えぇ……へぇ。でもそれだと貴族の反発が強いんじゃない?」


「そうです。ですから代わりに大貴族に関して軍管区を調整して━━」


 周りの貴族は青い顔をしていたと思う。一介の女史が皇帝相手に政策を語る。普段感情の薄い父でさえ、後からこっぴどく叱られたのを覚えている。


 だが、これがきっかけで官僚への道に進むようになる。まぁ見方を変えれば王宮から厄介払いをされたとも取れるが、それでも皇帝陛下に引きたてられたというのは名誉な事だった。


「恩には恩を」


 クラリスは皇帝に深く忠誠を誓った。なんだかんだ認められる経験というものに飢えていたのだ。結果を出しても誰も何も言わない。それどころかズルをしたのだと言われる始末だった。


 だからこそ意気揚々と、配属された主計局で仕事に邁進する。するのだが、どこにいても人間は変わらないのか。


「……いやぁ……クラリス女史。これ慣例からしてダメって前も……」


「知りません。法令に無い以上取り立ては正確に行ってください」


 目の前にいるのは元々この席に座っていたある貴族の次男。それは分かりやすく苦い顔をし、わざと聞こえる様に舌打ちをしてくる。


「……売れ残りが」


 理屈で話しても感情論に人情。挙句に女の発言には正当性が無いと。全く話にならない連中ばかり。


「聞こえているぞ!実家から厄介払いされた奴に言われたくない!!」


 だから舐められないよう強く言い返す。腰を低くしても甘く見られてしまう。強くあらねば自身の正しさは示せないと思っていたからだ。


 だがここは王宮では無かった。1人でこなせる仕事は少なく、縦割りで様々な人間が絡み合うのが官僚組織。このクラリスの対応は、更に彼女を孤独にしていく。


「おい。この資料提出まだか」


 挙句田舎貴族の4男にまで、舐めたようにヘラヘラとした態度を取られる。


「え~?今初めて聞きましたけど。言ってないですよね?」


 四男は隣の同僚へと問いかけその同僚も頷く。だが、クラリスの中には確実に連絡した記憶があり。


「言った。言い訳する前に早く提出したらどうだ」

 

 そう強く言うのだが、後ろから馴れ馴れしく肩を叩いてくるのは、私にポストを奪われた次男貴族。


「そんな言い方ダメですよ~。貴方の伝達ミスなんですから手伝うぐらいするのが筋じゃないです?」


「だから言ったと━━」


 クラリスは部屋の中を見渡し言葉に詰まる。集まる眼球はどれも敵意しかないそれで、誰一人クラリスの言葉に同意をしない。クラリスは強く言い返そうとするが喉がつっかえ、すぐに顔を落とし、一言だけ残し席に戻る。


「今日中に終わらせろ」


 バカばかりだ。帝国に仕え仕事をする立場で、わざと遅延をする。あまつさえ上司に対して欺瞞をする。誰もかれも愚かで使えない奴ばかり。


 そう自身の苦しさから逃れるよう、周りを敵として話を聞くに値しない物として扱う。それが彼女なりの防衛だった。だがそれでは現状が更に悪化していくばかり。その悪名は既に他の省にも広がり、どこにいても誰かの囁きと視線を感じる。


 そんな時。悪名を面白がったのかプレヴァルに定例会へ招待され、彼と出会った。


「じゃあ彼女の献策に賛同する人」


 久々に自身の能力を示す機会。徹底的に用意してあげた政策。流石にこれだけの物を用意すれば皆分かってくれるはずだと。正しさがあれば理解すると。これでまた上のポストに、皇帝陛下に恩を返せるのだと。


 そう胸を高鳴らせていた。だがそれに上がる手は1つも無く。


「彼女の献策に反対な人」


 ずらっと上がっていく右手達。それはクラリスを囲むように視界を覆っていく。ただ理解が追い付かず手が震える。プレヴァルは推薦者だからか賛成してくれるが、クラリスの動揺は計りしえない。


(なぜ誰も私の話を理解しない)


 だが、ふと顔も知らない。それこそ生まれで言えば下賤な男が口を開く。


「では僭越ながら━━」


 正直言ってこの男の提案は腹が立った。言いたい事は山ほどある上、貴族たちに気を遣いすぎて帝国の為になっていないと。


 その感情のせいだろうか。ふと、自分が一番毛嫌いしてきた事を呟いてしまう。


「平民の分際で」


 それは誰にも聞こえない。だがクラリスの頭の中に反響し続ける。そしてその言葉は他者を論理では無く立場で批判する、彼女が敵視していたそれ。すぐに自己嫌悪に陥る中、経過は覚えていないが話は上手くまとまり。


「……はい。お気遣い痛み入ります」


 その男の献策が採用され私の献策は一部分だけ達成される。あまりに悔しくそれこそ今ここで殴りたかった。自分の案が否定された事の八つ当たりのように、負の感情を彼に向けてしまう。


「……」


 だがそれを抑え部屋を後に、外で1人煙を吸う。この一か月ストレスのはけ口として使うようになった。そして多少冷静になった思考で。


「……でもあいつは私の話聞いてたんだな」


 思い出せば誰一人資料に触りすらしていなかった。だが、あの男は眠そうにしつつも一枚一枚目を落とし、実際に発言する中でも読み込んでいたのは伝わった。


 勿論未だ苛立ちばかり。だがそれは初めて自分を真っ当に見てくれた。皇帝陛下以外にそんな人間がいた。少しだけパイプを咥える唇が震える。


 そしてそれは運命だと思えるほどのタイミング。ふと後ろでするドアの開く音がした。


「……あっ」


 ここで再び会えたのは私の人生にとって幸運でしかなかった。今思えば多少強引だった気もしないでもないが、初めて理解し合える相手が出来た事。私の言葉を、公爵令嬢や爪弾き者のようなフィルターを通さず、ありのままを受け取り答えてくれる。それが繰り返される内に、クラリス自身もストレスを忘れ議論が出来る。


 この一か月敵ばかりだった彼女にとって、それは感情が昂るのは仕方も無い事。初めて友達が出来た子供の様に笑みを浮かべそうになる。だがそれはプライドが許さずそれを隠そうとし、逆に全くの真顔になって。


「あんたはまともに話せる。下級官吏なのが勿体ない」


 またいつか会えたら会おう。同じ職場なら機会もあるはず。それこそ取り立ててやってやろう。そう扉の向こうに消えた彼に想う。だがそれも必要なく、その日の午後の宴では。


「……コソコソと。はっきり言えよ」


 社交ダンスが始まる中、私は壁にもたれ掛かり1人で時間が過ぎるのを待つ。この社交場に於いて、1人で余り物である私は笑われ、謗られる。そしてその笑い声は確かに鼓膜に届き、クラリスの中に苛立ちを募らせ、いつもの様に一歩踏み出し言い返そうとする。


「━━ッ」


 だが、クラリスは顔を上げれない。今日、あの定例会で拒絶された記憶が、人の視線を恐れてしまったのだ。


「……」


 目元を伏せる。周りから拒絶されるのは慣れている。今日は少しばかり調子が悪いだけ。自らの檻に隠れるよう、逃げ込み殻に籠る。


 だがふと。落とした視線の先に差し出される皮の厚い掌。


「この踊りのお相手を願えれば光栄です」


 視線を上げようとして心臓が痛くなり一瞬固まる。まだ人の視線が怖く、もし見上げた時嘲笑の色があったらどうしよう。そう思ってしまう。だが掌は確かに目の前にあり続け、クラリスはゆっくりと見上げる。


「……」


 そこには僅かに同情の色も見て取れた。だが、それ以上に緊張しているようで、それがどこか可笑しく、弄ってしまいたくなる。


「失礼だと思わないので?貴殿の家格でこの私を誘う事に」


 だがそう言いつつも私はその手を取った。ダンスの技能としては下の下ではあったが、それでもクラリスの視線は彼にだけに向かい、周りの声も視線も入ってこない。その時間だけは、クラリスはその男だけに思考を向けられたのだ。


 この時には既に私にとっては、他とは別だと彼を認識するようになったと思う。


 そしてそれから一か月だけの彼との時間が流れる。龍人関係では共に職務に努め、個人としても食事をし、凱旋の時には互いに背中を預けた。それは彼女にとって初めての友人以上の何か。それに既になっていたのだ。


 だが、だからこそ。彼が処刑されることが決まった時。これまでの自身の行いを後悔することになった。


「だからこれは不当な判決でしかないでしょう!そもそも龍人はプレヴァル内務卿の所有物だった以上責任は━━」


 方々に手を尽くした。彼は悪くない。最善を尽くしたと。どうにか生かそうとひたすらに駆けまわった。だがどこに行っても返ってくるのは、面倒そうな視線で。


「あーはいはい。上に掛け合っておきますねー」


 誰からも相手にされない。邪魔者で異物かのように弾きだされ、それを見て周りは。


「見ろよ。公爵令嬢様が男だってよ」


「色を知る季節がやっと来たんかね?今更」


 面白がるように、いつもの鬱憤を晴らすように。どこに行っても聞こえる悪口。それでも聞こえないふりをして、駆けまわるが何も成果を得られない。


 そして半ば謝罪をするつもりで牢に繋がれた彼に会いに行く。どんな恨み言でも受け入れる。その覚悟で向かったというのに彼は、他人ごとのように。


「事実だな。ただしなくとも死刑だっただろうが」


 そう自身の生を諦めている。これまで私がどれだけ尽くしたのか。その努力を全て笑われている様で、ひたすらに怒った。ただ感情を発露させる。どんな想いで私がお前の為にやったのかと。


 だが彼は。酷く悲しい色の籠った声で。


「クラリス。お前はバカじゃないんだ。俺なんかの為に自滅するな」


 煽るような言葉とは別にその彼の表情は優しい。まるで子供を送り出すかのように。


「助けられる命とそうでない物を見極めろ」


 お前なら分かるだろと。冷静になれと。そう言われているのだ。それが彼の優しさで残酷な面でもあった。クラリスの感情は酷く揺れ、すぐには決まらないかにも思えた。


 だが、この男の前で。最後の彼が目にする私は格好良くありたい。そう思うと自然と強がれた。


「私はバカじゃない」


 受け入れられたのかと聞かれれば違う。だが背中は押された。生きてやるべき事を成し遂げようと。その為には周囲との関係も修復しなければと。


 高い代償を払ってやっと理解出来たのだ。誰かを守ろうとして初めて気づけたのだ。そしてそんなクラリスを見て彼は微笑み。


「だから。公爵令嬢としては無く、ただ一人の友人として」


 人生で初めて他人から言われる友人という言葉。それに背を押され、クラリスは変われた。その牢を後にしてから、周りに頭を下げ態度を改めた。正しさだけで世の中は回らないのだと。不条理と不合理を受け容れて、部分的にも正しさを通すのが合理的なのだと。死んでいく彼に顔向けできるよう、周囲との関係構築に努めようと。


 そしていつかは。最終的には彼の仇であるプレヴァルを地獄に落としてやろうと。そう私は働きだした。


「……この業務について。先任である貴方の意見が聞きたい」


 頭を下げ教えを乞い、言葉遣いに気を払い敬意を死す。それも一筋縄では勿論いかなかった。煽られ舐められ何度拳が出そうになったか。だが、それでも頑張れたのは、彼がこの世界のどこかで生きている可能性があったからだ。


「捕まるなよ」


 彼が処刑会場から逃げ出す時。クラリスは寂しい感情を抱きながらも、ただただ安堵していた。自分の選択の結果が、友人の死では無くて良かったと。これがあったから改め、そしてその目標に向かう事が出来た。


「プレヴァルの専横は止める。報いを受けさせる」


 皇帝陛下を弑逆し帝位を我が物にする奴。その権勢でもう既に何人も死に追放されている。そしてしまいには奴隷を解放するとまで言い始めたのだ。


 それを知った時クラリスはすぐに動き出した。


「国を亡ぼす気かッ」


 クラリスの拳が机を叩く。そしてその周りには僅かに集まった仲間。と言っても没落した貴族の跡継ぎや、政争に関係のない末子ばかり。それでもそれは確かにクラリスの変わった結果で、彼ら彼女らは。


「私やっぱり実家に掛け合って兵を挙げて貰います!」


「俺も!父上の領地プレヴァルの本拠近いしやりようによっては!!」


「お、俺だって剣術で暗殺ぐらいっ!!!」


 だが彼らだ彼女らだけというのも事実であった。プレヴァルに不満を持つ貴族が多いとは言え、それ以上にあのクラリスの仲間になりたくないと、そう思われてしまっていたのだ。頭を下げ手土産を持っていても、会って貰う事すら稀。会ったとしてもこちらが腰が低いのをいいことに、謗り唾を吐きかけて来るばかり。


 それでも。彼女は立ち上がり駆け出す。


「一旦待て。私が真意を問いただしてくる」


 1人よりよっぽど心強い。誰かが私を正しいと認めてくれる。それだけでクラリスの足が動くが、その男の影は消えなかった。


「……これであいつがいたら」


 そう思わずにいられなかった。頼れて真っすぐこっちを見る彼。偶にヘマもするが、それでも能力があった。そしてなによりあの未熟だった私を受け容れてくれた。そんな彼が自分の命を諦め、私の将来を願ってくれた。


 ならばこの足は更に進ませなければ。そうクラリスはプレヴァルの館へと一歩一歩を踏み出し走っていく。


 そしてその後はどうだったか。確か偽造した要件で無理やり門番を突破して、館に無理やり入ったのだと思う。


「……どうする……どうする」


 止めようにも既にプレヴァルは皇帝の父。娘のブランシュが前皇帝の妃となった時から嫌な予感はしていたが、今ではその皇帝すら意のまま。それで爪弾き者である私が何を出来るのか。


 肺が痛み、走る様ではないヒールで足首は赤く擦れていく。そしてその痛みの中、ふと自分に出来る事を思いつく。


「……私の命で」


 護身用のナイフは持ってきている。流石に傍仕えはいるだろうが、それでもプレヴァルを止めるとなれば一番現実的じゃないのか。いや、それしか方法が無い様に思えてしまう。そうクラリスの手がナイフの柄に伸びる時。ふと見えた脇の通路にあるその影。


「……」


 一度も止まらなかった足がそこで止まる。それはここにいるはずのない。だが、確実に見覚えのある黒い外套。それを勘違いだと疑う心は無く、クラリスの足は方向転換する。


「生きてんならッ」


 目の前に迫ったその大きな背中に手を伸ばす。だがそれは不意に消え、私の手は空ぶってしまう。そして床の赤い絨毯が眼前に迫るが、私の体は寸での所で止まり青髪の毛が垂れる。


「っと」


 頭上から聞こえるそんな気の抜けたような声。クラリスは恥ずかしさや怒りや嬉しさ。それが複雑に混じり合い、勝ったのは怒りだった。


「どんな想いで……!!」


 気付けば手が伸びその男の頬を叩いていた。だがそれでもその男は私に微笑みかけ、心底安堵したようにする。


「久しぶりだな。クラリス」


 この時会えたことが多少私の寿命を延ばしたのだろう。次飲みに行く約束をしてしまったばかりに、この日私はナイフの刀身を抜くことが出来なかった。この男が傍にいるならと、自分の命と将来を惜しんでしまった。


「今思えば私らしくなかったかな」


 過去の回想を辞めゆっくりと目を開ける。そこはクラリスの父親が所有する帝都での館。


 あれからも、私は変わらず貴族たちを仲間に付けようと奔走した。それこそプレヴァルが貴族の権力を弱めようとした事で、多少は勢いがつくこともあった。だが、期限はとうに過ぎてしまった。まだ準備が済んでいない中、オークランス伯爵家が挙兵し、切った堰の様に計画は前倒しに動き出す。その軍勢は各地から帝都を目指しだしていた。


「もう父上は来たのだろうか」


 名義上は帝都への援軍としてやってくる。そして帝都手前で反乱軍と合流し急襲する。それが目前に迫り私も準備を大詰めにしようとしている。


 そしてその忙しい中で。私は私用で筆を持っていた。


「……」

 

 友人への手紙。以前飲みに行こうとした約束を果たそうと、もう既に店も予約は済んでる。これが最後の機会になると、そう予感し筆を走らせる。だが既に何度も手紙を書き直し、文章に凝っていた。


「……友人……」


 やっと書き終わったと思っても、今度は最期に宛名を書こうとして筆が止まる。そう言えばあの男の名前を聞いたことなかったと。これでは余所余所しいだろうか、不愉快にならないだろうかと心配になってしまう。


「いやでも……友人で……も良いよな……?」


 まるで少女の様に、食事を誘うために長々と書いた文章。それを何度も読み返し確認し、言葉の意味に怯える。ふと、そんな自分を俯瞰してしまい、クラリスは1人で恥ずかしくなる。


「~~~なんで私がこんな事ッ」


 そしてその宛名を書こうと筆を乱暴に当てようとする。だが、そこでノックすらなく扉が開けられ、焦燥した様子の部下が声を張る。


「館3つの門すべて包囲されました!!」


 突然の事に理解が追い付かず呆気にとられるが、意味を理解すると持っていた筆を持つ手が強くなる。そして震える声で聞き返す。


「誰の軍勢に」


 すると配下の女は唇を結び、溜めて言う。


「プレヴァルです!内通がバレたのかと!!」


 クラリスは背中に当たっていた太陽を見る様に、窓を視界に入れる。そしてそこには確かに館を囲む騎士達。


「……数は」


「少なく見積もっても500です」


 力が抜けたように静かに椅子へと深く沈む。細心の注意を払って計画を進めてきた。明日にはプレヴァルを亡き者に出来ると。やっと目標を果たせると。そう思っていたからこそ、解決した後にご褒美としてこの手紙を書いていたのにだ。


 クラリスは、弱々しく配下の女に頼み込む。


「私に外を見せないでくれ」


 そう言うと、配下は部屋の中を進み入りカーテンを閉めてくれる。そしてランタンの灯が頼りになる中、尋ねて来る。


「……どうしますか。反乱軍も明日には到着するとの事ですが」


 おそらくその反乱軍からの私への使者が捕まったのだろう。ここまではっきり動くのならそれなりに確信があったとしか思えない。


「戦える者は武装を。同胞たちに使者を飛ばして決起するように伝えてくれ」


 だが返ってくるのはただの沈黙。それにクラリスが違和感を抱き、その配下を見るが顔は暗く気まずそうに。


「敵の軍に……その同胞たちの手勢が……」


 クラリスは閉められたカーテンを見る。だがそれを開ける勇気は1つも無く、酷く胃が痛むような締め付けられるような感覚。


 何かが崩れるような気がした。やっと顧みて変われたと思って、確かに仲間も出来たはずだったのに。それで彼とやっと会えると思った矢先にこれ。ただ乾いた笑いしか漏れない。


「……まるで童話の主人公だな」


 散々人を貶し見下して来た私の最後が誰からも裏切られる。私自身が顧みて変わるのが遅すぎたのだろう。離れた人心は簡単に戻ってこない、今更という物だ。


「……」


 ふと。クラリスは机の上にあるその手紙を見る。ランタンの暖かい色に反射し、長々と書かれた誘いの手紙。それをそっと撫で、クラリスはクシャっと潰す。


「……あーあ」


 声が震える。結局こうなってしまうのかと。これぐらいの願いも叶わないのと喉が震える。そしてその孤独の感情を隠すように筆を取る。


「……こんな手紙」


 情けなく惨めな短い文章。だがそれはこれまでの文章のどれよりも、今の心内を簡潔に伝えれていた。それを見て自嘲してしまうが、これぐらいしか望みが無かった。結局私が味方だと、頼れるのは彼しかいなかった。


「これを頼む。そのままお前も逃げろ」


 配下の女へとその手紙を渡す。長々とした誘いの手紙とは違い、短く縋る文章だった。こんな事をして何になる、そう思ってしまう。だが彼なら何か助けてくれるかも、私じゃあ考えつかないような事をしてくれるのかも。


 そう心の中で言い訳するが。結局クラリスは、想像した以上に彼とまた会いたかったのかもしれない。そしてそんな彼女に配下の女は問いかける。


「……クラリス様は」


 そう言われクラリスはゆっくりと体を起こす。


「ここで時間を稼ぐ。反乱軍の攻撃が始まればまだ分からないから」

 

 それに彼を待つ為。それは言葉にせず伝えない。そして配下の女は悩みながらも、主からの最後の命令だと受け取ったのか。


「命に代えても。届けてきます」


 元々父上の配下だった彼女。嫌々だっただろうがこんな私に、最後まで義理立てをしてくれて感謝しかない。そして閉まる扉に、正真正銘一人になり、私は静かに煙を吸う。


「……外。見えねぇな」


 そのパイプから落ちた燃え滓は、クシャクシャになった手紙に落ちる。それはゆっくりと黒く焦げ、白い煙が上がっていくのだった。






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