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第8話 薄氷の関係


 いつも同じ天井を見上げ奴隷商は目を覚ます。乾燥した喉に違和感を覚えつつも、差し込む朝日に手をかざす。


「……もう朝か」


 いつもの癖で椅子に座ったまま寝てしまい、腰が酷く痛む。その痛みを払うように体を伸ばす。


 そうして一息つき、椅子から立ち上がる。腰をさすりながら、部屋のカーテンを開けるのだが。


「バカなのか。あいつは」

 

 開けたカーテンの先の景色。そこには中庭が映し出されているが、木刀を抱え項垂れるコンラートの姿がある。


 昨晩やつれた顔で起きていたのを見ていた。だからもしかしたらと思ったが、それ以上のバカだったらしい。


 身震いをしながら奴隷商は外套を着こみ、中庭へと出る。そしてコンラートへと歩み寄り、落ちていた木刀を拾う。


「おい、起きろ。死ぬぞ」


 この寒さだというのに布切れ1枚でよくやる。部屋に上着を置いておいたというのに、意地でも張ったのだろうか。


「早く起きろ。寒いから」


 木刀で脇腹を突っつき続ける。するとやっとコンラートの緑色の瞳が外の世界を捉える。


「あ、んあ?」


 朝日がブロンドの髪に反射をするが、それが眩しいのか未だコンラートは目を細めている。


「バカだろお前。水浴びだけして飯作るの手伝え」


 奴隷商の言葉を理解しきれない様子のコンラートは、大きな欠伸をしながら両手を上げ体を伸ばす。


「ん~~?飯か?」


 思わず舌打ちが漏れる奴隷商。寝起きが悪いにしても、こんな寒くて寝ぼけられるのは最早才能だとしか言えない。奴隷商は苛立ちと共に木刀で、少し強めに頭を叩く。


 カツンと軽い音が響く。


「起きたか?」

 

 コンラートは叩かれた所を抑え、やっと奴隷商を見上げる。


「……ってぇ。お前何すんだよ……」


「水浴び行ってこい。で、終わったら炊事場にこい」


 要件だけ伝え奴隷商はさっさと中庭を後にする。背後でぶつくさと文句を垂らす声が聞こえるが、無視して炊事場へと向かう。


 するとその炊事場には先客がいた。


「今日の当番はラウラか」


 広さこそはあるが大して調理道具の無い炊事場。そこに立つのは綺麗な麦色の髪を結んでいる一人の奴隷。


 その奴隷は口元に結ぶための紐を咥え、横目で軽く頭を下げる。


「あの騎士の人はどうしたんです?」


「あいつは寝坊だ。先に始めるぞ」


 食事は持ち回り制にしている。奴隷商が雑務をするのは違和感かもしれないが、こうでもしないと食料の帳尻が合わなくなる。


 手を洗う奴隷商に、髪を結び終え欠伸をするラウラ。これから朝食を作ろうという時だが、そこに慌ただしい気配がまた一人。奴隷商は手を拭いながら入り口を振り返る。


「……朝からうるさい奴だな」


 バタバタと炊事場へと入ってくるのはコンラートだった。だが、それは何故か半裸。体を拭いていないのか、水に濡れたままの姿だった。


 そしてコンラートはそのまま声を張り上げる。


「タオルどこだ!?」


 耳がキンとなる感覚を覚え奴隷商は顔を顰める。


「……かけてあるだろ。井戸の傍の板に」


「あれはタオルじゃないだろ!?男の俺はまだしも女の子や子供は肌が傷つくだろ!!!」


 顔が良いからか水で濡れた金色の髪は変に色気を出し、それが余計に腹立たせる。朝っぱらからなぜ、半裸のイケメンと口論をしなければいけないのだろうか。


「あれしかないから拭いて来い」


 辟易としながら奴隷商は手拭いを置く。そして気まずそうに顔を逸らしているラウラへと指を指す。


「あとその女の子がここにいるから気を使ったらどうだ」


「え……あ」


 コンラートの丸くなった緑色の瞳がラウラへと向く。ラウラは気まずそうなまま、軽く頭を下げる。


「ども。別に私は男の子の世話とかしてるんで気にしませんよ」


 コンラートが焦ったように体を隠し、顔を赤くして足早に去っていく。全く騒がしい奴だとしか言えない。


 そしてそれが少し面白いのかラウラは微笑み、作業に戻り野菜を洗い出す。どうやら奴隷商とは違い、コンラートに対しては好意的らしい。


「なんか面白い人ですね」


「面倒なだけだよ。うるさいしな」


 トントンとリズミカルなラウラの包丁の音が続く。奴隷商はパンを取り出し人数分に分ける。そこまで豪華な食事は作れるはずも無く、スープに固いパンだけの朝食。これでも奴隷の飯としてはまだまともな方なのは、ラウラ達は知らない。


「手伝ってるんですから偶には肉を出して欲しいんですけど」


 ラウラは根菜を刻み鍋へと放り込む。奴隷商は分けたパンに少しだけ安物のバターを塗る。


「金に余裕が出来たらな」


 ラウラは奴隷商と奴隷達の間を取り持ってくれる。それどころか奴隷同士の関係に諍い、そういった情報を、対価を条件に伝えてくれてさえいる。


 そして以前その見返りとして、要求されたのが子供向けの童話集だった。文字も練習し始めて1か月というのに、良くもまぁやると思う。


 そのことで思い出したと、奴隷商は作業がてらに伝える。


「で、前の本の話だがな。ユリアっていう昔の奴隷が差し入れてくれるらしいから、もう少し待て」


 トンっと包丁の音が止まる。ラウラは視線を動かす事もせず、低調になった声色で返す。


「……自分で買わずにユリアさんに買わせるんですね」


「何か問題でも?」


 ラウラの言いたい事は分かっていたが、それを意に返さず奴隷商は突き放す。すると小さくため息が聞こえる。


「……なんでもないです」


 野菜を切る包丁の音が、少し乱暴になり、結んだ麦色の髪束が揺れる。


 奴隷商に娯楽本を買うだけの金銭的余裕は無い。奴隷4人分の売却益も消え、生活費すら怪しいのだから当たり前。この本の一件は、5年前出荷した奴隷のユリアが気を使ってくれたお陰でしかない。

 

 だがラウラにとったら、そんな事情は関係ない。まさか手元を離れた奴隷にまで、物を強請る極悪人のように見えているのだろう。


 だがそう思われるのは奴隷商も承知の末。それに奴隷商は奴隷から好かれるためにこの職をしている為でもない。奴隷商は事務的にラウラに言う。


「他の奴ら呼んで来い。火は俺が見てる」


「はい」


 そさくさと去っていこうとするラウラ。だがまだ言い忘れた事があると、奴隷商は呼び止める。


「あと誰かが食料を盗み食いしてる。注意しておけ」


 奴隷商への嫌悪の感情をひた隠しにしてきたラウラだが、わずかに表情が歪む。


「……まぁ奴隷を疑いますよね」


 いつも良い顔をするラウラが不機嫌を覗かせるのは、余程据えかねたものがある時。去っていく足音の荒さからして、しばらくは情報を流す事は無いだろうか。


 すると入れ違いのようにコンラートが炊事場へと入ってくる。


「痛ってェ……で、俺はなにすりゃいいんだ?」


 赤くなった肌を気にしながら炊事場に入ってくるコンラート。もう手伝う事も大して無いが、力だけはあるなら使い道はある。


 そう奴隷商は黄金色に満ちた皿をコンラートに押し付ける。


「配膳頼む。皿にスープ移すから」

 

「あいあい。って具少なく無いか?」


「……」


 奴隷商は無言で皿を押し付ける。お前の文句に取り合う気は無いと、そう体で伝えていた。


「こんなんじゃ大きくなれねぇぞ……」


 そう言いながら奴隷商を睨み、隣の食堂へと配膳を始めるコンラート。一応言う事は聞くようになったとはいえ、一々文句を零すのは変わらない。


 そうして朝食の時間になるが、奴隷商は1人自室で食事を始める。どうせ一緒に食事をする意味が無いからだ。


「……味薄いな」


 今頃食堂は奴隷商の悪口大会なのだろう。奴隷商も好かれる行動をしていない自覚はあるが、コンラートの奴も参加していると思うと腹の立つものもある。


 カタカタとスプーンと木皿が当たる音だけが、部屋の中に響き続ける。


「……シエナは上手く生き残れただろうか」


 レイラと違い冒険者になり自由を選んだシエナ。もう情報を得ることは出来ないが、かなりの厳しい道のりであることは察しに容易い。


「……」


 食事をしていると思考がグルグルと回る。そして机に積まれた書状へと目が行く。

 それを開けば、2年前に出荷した男奴隷の死亡報告書。どうやら先の戦争で死亡してしまったらしい。


「7人中5人目か」


 戦争があったから巻き込まれて死ぬ奴隷は多い。女はそもそも消息不明なのも多い上、男も農奴に堕ちて行方知れずもしばしば。奴隷という身分の悲惨さがこの単調な1枚の紙に詰まっている。


「あーーーー」


 紙を放り投げる。ヒラヒラと宙に舞い机へと軟着陸する。そして奴隷商は顔に手を覆い、背もたれへと体重をかける。


「疲れる」


ーーーーー


 同時刻。食堂にて。

 いつも以上にこの場は盛り上がりを見せていた。そしてその中心は、奴隷商への嫌悪を隠そうしないクロエだった。


「あいついつも同じ外套じゃん?穴空いててダサくない?」


 そしてその言葉が向くのは、同室でいつもクロエと行動を共にするレーナだった。


「あー……ね、いつもボロボロだね」


 パンを小さく切り分け、レーナは戸惑いながらも話を合わしていた。そしてその会話に割り込むのは、パンを乱暴に咀嚼するロルフだった。


「金無いアピールじゃねぇの。俺らで散々儲けているくせによ」


 寝ぐせが立ったままのロルフが、苛立ったように言った。朝はいつもこんな調子で普段のストレスの発散の場となっている。


 そんな場にコンラートは初めて同席し、思い出しながら話に入っていく。奴隷の子らと仲を深める機会になると考えたからだ。


「確かにあいつ簡単に馬借りてたし、金稼いでんのかね」


 なんとなく思い出しながら語るコンラート。するとクロエは机に手をついて立ち上がり、コンラートの言葉に同意をする。


「でしょ?騎士のお兄さんもそう思うよね!?」


 そう興奮するクロエの手には、三つ編み途中の茶髪が握られていた。そのせいでレーナの頭は引っ張られ、痛そうな声が漏れる。


「ちょ、ちょっと痛いって……」


「え、あ、ごめん」


 クロエが咄嗟に、レーナの結びかけの三つ編みから手を離す。

 そんなクロエ自身はブロンドの髪を長く伸ばして、結ばないのは、その髪には自信を抱いていたからだ。


 そして一旦トーンダウンした場だったが、普段はこの会話に入らなかったラウラが珍しく口を開く。


「でもあいつ卒業した先輩に本せびってるからね」


 その言葉にコンラートのスプーンを運ぶ手が止まる。


「あいつそんな事してんのか……」


 ただただコンラートは、奴隷商の行いと嫌われ具合に、落胆を隠せないでいた。周囲ではクロエとロルフを中心に、悪口ばかりで盛り上がる食堂。


(だけどレイラちゃんの一件は……)


 コンラート自身奴隷商という男の性質は大嫌いだった。愛想も悪く説明も少なく無遠慮で腹の立つ。

 だが、あの男の実態を計りかねていたのも事実。本人のいない所で悪口を言う事も、情けないと感じコンラートは一歩引く。


 そうして会話の輪から外れたコンラートは、黙々と食事をするエドガーに話しかける。視界端にあるハンナから視線を逸らすように。


「エドガー君は会話に入らないの?」


 盛り上がるのをよそに、会話に入らず大人しく食事をするエドガー。新しい環境に困惑してしまっているのだろうか。


 そんな気を使ったコンラートに話しかけられると、エドガーはスプーンを口に咥えたまま、きょとんとする。


「……?」


「話聞いて無かった?」


 コクっと頷くエドガー。そしてスプーンを置くと少し恥ずかしそうに答える。


「こんなに具が入ったスープ初めてで……」

 

「あぁ……まぁ野菜とか入ってるしね」


 コンラートは、エドガーのパンがかけているのに気付く。そして更にその奥には妹のカミラの皿があり、その欠けた分のパンの切れ端がある。コンラートはそれに気付き思わず微笑んでしまう。


「お兄さんだね。いっぱい食べな」


 他の奴隷達とは仲よくなって欲しいが、家族を大事にする姿に感心する。それに子供には沢山食べて欲しい。そんな気持ちでコンラートはパンを千切り、エドガーの皿へと置く。


「良いの?」


 困ったように首をかしげるエドガー。コンラートは大丈夫だと笑みを作る。


「俺は昨日ご飯たくさん食べてきたからさ。お腹いっぱいなんだ」


 ラウラ達は、コンラートを品評するように横目に視界に入れる。だがその本人は気付かずに、エドガーとの会話を弾ませる。


「え、じゃあ代わりにニンジンあげる!」


 スプーンに乗せた人参をコンラートへと向けるエドガー。だが、コンラートはフッと笑う。


「エドガー君が苦手なだけでしょ~?それも食べないと強くなれないよ?」


 見え見えのやり口にコンラートは思わず微笑んでしまう。この場には珍しい、子供らしい無邪気さだった。


「ち、違うって!!何かされたらお礼しないとってお父さんが!!」


 慌てて言い訳するエドガー。そんな姿が可愛くて堪らなく、コンラートは笑みが零れ続ける。


「じゃあ代わりに後で一緒に剣術手伝ってよ。相手がいなくて困ってたんだ」


 するとわざとらしく悩む素振りを見せるエドガー。だが結論は決まっていたらしく、満面の笑みになる。


「え、ん~~~じゃあ仕方ないなぁ~!じゃあ付き合ってあげる!カミラも一緒に!!」


 え、私?とカミラが驚いたように食事から顔を上げる。

 だが、兄のエドガーは決まった事だと、急いで食事を小さな口へと放り込んでいく。


「あぁ、そんなに一気に食べたら危ない━━」


 案の定詰まってしまったエドガーだったが、コンラートの介助でなんとか飲み込む。

 

 そして食べ終わってすぐ中庭に飛んでいくばかりだと思っていた。だが、流石にカミラの事は兄として気を使ったのか、ソワソワしながらも食べ終わるのを待っていた。


(だけどカミラちゃん食べずらいだろうなぁ……)


 待てをされた犬のように、まじまじとカミラの食事を眺めるエドガー。

 そうコンラートは思いつつも、良い家族愛だと微笑む。そして気付けば奴隷商への悪口が聞こえなくなっていて、コンラートは周りを見渡す。


「え、皆さんどうしました……?」


 まだあまり話したことの無い奴隷の子もいる。そんな子達にまじまじと見られると、流石のコンラートも動揺してしまっていた。


 そしてそんなコンラートの様子がおかしくクロエが笑いだす。


「お兄さんバカっぽいけど良い人そうで良かった」


「ん、ね……嫌な人じゃなくて良かった……」


 クロエにバカっぽいと言われムッとしたコンラートだったが、レーナのように信用を寄せてくれた事には少しの嬉しさ。そして傷ついた騎士としての自負が癒される気がしていた。


 そしてロルフも咀嚼の途中ながら、でかい声を出す。


「俺は元々良い奴だと思ってたしな。男は剣で分かるってな!」


 クロエは、そんなロルフを邪険そうに眺め刺々しく言う。


「何アンタ。剣術下手なくせに」


 さっきまで笑顔満載だったロルフだが、眉を上げる。


「下手かどうかは分かんねぇだろ!今日勝負するか!?」


 ロルフは立ちあがりスプーンをクロエへと向ける。だが心底嫌そうにしながら、顔を逸らすクロエ。


「いや私そもそも剣術嫌いだし。あいつに嫌々やらされてるだけだしさ」


「ま、まぁまぁ二人とも……」


 コンラートはどうしようかと思いながらも、2人の間を取り持とうとする。だがその間に、まだ馴染めないレオンにハンナら新入りらは、食堂を去ってしまう。それを見てラウラとエリックが気を使って追いかける。


「あっ……」


 コンラートは昨日の事もあり、ハンナにどう話しかければ良いか分からないでいた。この朝もその機会をみすみす逃してしまった。


 そんな自分に情けなさを覚えつつも、コンラートは朝食の時間を終えていく。そうして片付けとして皿を洗うコンラートだが、奴隷商がその肩を叩く。


「終わり次第部屋に来い」


 ここで話せば良い物を。そう思ったコンラートだが大人しく従い、皿洗いを終える。


「ガツンと言ってやんねぇと。俺が」


 子供たちの待遇の為に大人であり騎士である自身が身を張らねば。そう決意を胸に、奴隷商の書斎の前に立ち止まる。


「……何を緊張してるんだ」


 固くなった肩を解すように体を動かす。そして今の奴隷の子供たちの現状を思い出し、一言言ってやろうと、強くノックをする。


 すぐに扉の向こうから奴隷商の返事が来る。


「入っていいぞ」


 中の奴隷商は、レイラ達の書類に判を押しつつ、ドアの向こうに言葉を送る。


 奴隷商は、入ってくるコンラートの顔を見る。すると今にも怒り出しそうな様子に、機先を制して語り掛ける。


「今日からお前に剣術指南を任せる。型や組手の技術指導頼む」


 分かりやすく奴隷商は伝えたつもりだった。だがコンラートの怒りは収まるどころか更に噴出する。目尻を上げるとカツカツと部屋の中を進み、奴隷商の座る机まで迫る。

 

 そしてコンラートは、乱暴に音を立て手を机に突き立てる。


「前も言ったが、こんな仕事で飯食って楽しいか?」


 今日は気が立っているのか、それとも昨晩うなされていた事も関係するのだろうか。そう思いつつ、奴隷商は椅子の背もたれに体重をかける。


「世の中仕事を楽しいと思っている奴の方が少ないんじゃないか?」


「そうじゃなくてだなッ!!!」


 騎士の手が奴隷商の首元へと迫ろうとするが、それは寸での所で止まってしまう。同じ流れで前にも同じ事があったが、怒りでその事すら忘れてしまったらしい。


「どちらにせよ君は俺の仕事のお手伝いだ。レイラの出荷代金だけじゃ経営出来ないんでな」


「出荷って……お前ッ」


 コンラートのこめかみに血管が浮かぶ。その至近距離まで迫った顔を、奴隷商は押し返し椅子から立ち上がる。


「ここで言葉を取り繕った所でだろう。さっさと行ってこい」


 奴隷商は机の上にあったコンラートに関する書類を手にする。ブラムから渡された物だが、簡易的にもコンラートについて記されている。


「姫様から貰った苗字に負けないようにな」


 見た目と生まれから想像できるような苦境に満ちた人生、そこに差し出され取り立ててくれた王族の手。それはそれは忠誠心は高くなるだろう。そして苗字も下賜されたのだろう、そう思ったのだがコンラートは答えない。


「お前に言う義理は無い、猶更お前の様な人間には」


「そうかい。まぁ興味ないけど」


 だがどうせ一か月もすれば諦める。倫理を元にすれば奴隷という身分が、社会構造に組み込まれる事は許されない。だが、これが無ければ今の社会が維持され無いのも事実。そんな世相で誰も奴隷解放に賛成しないのは目に見えてる。


 どうせ正義感に燃えるこのコンラートの意気込みと反骨心も、諦めすぐ潰えるだろう。

 

 そんな会話と呼べるものか分からないが、近距離で睨み合うように話す2人。だが奴隷商は会話相手を欲して、コンラートを高い金を払って買ったわけではない。


「ま、早速だけど中庭行くぞ」


 コンラートの脇を通り抜けるが、そのコンラートは付いてこうとせず動かない。


「何をするつもりだ」


 奴隷商は部屋の外へと出ようとしていたが、振り返りため息を零す。やはり自身の言葉の一切をコンラートが聞いていないらしいことに。


「それ毎回突っかかってくる感じか?」


「お前がこんな腐った事し続ける限りな」


 奴隷商は心底面倒くさいと感じる。いつまでもコンラートの問いに答え続けるのも疲れる。だから奴隷商は黙って扉を開け催促する。


 コンラートは唇を噛みながらも、渋々歩き出す。


「……下衆が」


 ぶつくさと文句を言いつつ奴隷商について行くコンラート。この施設は大して広くも無いので、これ以上会話をすることなく、すぐに中庭への出入り口へと到着する。


 そして出入口で外履きに履き替える中、コンラートが疑問を呈する。


「なぜ女の子にまで剣を握らせる」


 中庭の様子を見ながらコンラートは心底不思議そうに言う。奴隷商は軽くいなすように返事をする。


「おかしいか?」


 奴隷商はトントンと靴先を地面に叩く。また突っかかってくるのかと考えたが、どうやら本当にただ気になっただけらしく。


「剣は男が女子供を守る為の物だろ。女子供に握らせるなんて情けない」


 本気で言っているのか、そう奴隷商は固まるが、コンラートの眼は本気らしい。


「……はぁ。お前の国ではそうだったのか?」


「いや、何人か騎士にも女はいた。男として情けない……」


 どうやら本心からの言葉らしい。コンラート自身は女性に対する差別意識というよりは、庇護対象として見ていないからこその発想なのだろう。だがそれにとやかく突っ込むのが面倒なのは、この短い会話で奴隷商も理解していた。


「だが男女構わず剣術は教えてやれ。俺が必要だと判断したからな」


「命令か」


「命令して欲しいか?」


 コンラートが苛立ちをまた露わにしつつも、これ以上反発しても意味は無いと判断したらしい。立てかけてあった木刀を手に中庭へと進みいる。


 そしてそのバカ元気な声を中庭に張り上げる。


「エリック君!男の子たちを集めて!」


「あ、はい!……ってあれは見ているつもりなんです?」


 コンラートに呼ばれたエリックの疑念の目が奴隷商へと向く。普段から教えているというのに、随分嫌われているらしい。


「ほっとけあんな奴。あんな卑怯者と違って男らしく強くなるぞ!!」


 一々癪に障る奴だ。だが集まった男の子らはあの明るさが受け入れられたのか、エドガーとロルフがつられて右手を上げ声を張る。


「「おー!!」」


 だが全員がコンラートのような訳では無く、レオンは俯いたまま、エリックは戸惑いつつ微妙に右手を上げる。それにクロエの失望したような冷めた眼を見るに、コンラートとは相性が悪いのだろう。


「……まぁ、教える気になったならいいか」


 4人の男を引き連れ素振りの型を教えるコンラート。奴隷商は全員に教えろという意図だったのが、また突っかかられると面倒くさいかと芝を踏む。


「ラウラ。手のマメは治ったか」


「……治りましたよー」


 一瞬体を跳ねさせるも、いつものように平然を装うラウラ。今朝の一件もあるが、もうすでに怒りは隠しているらしい。


「お前は再来年出荷だからそろそろ剣術は終わるか」


 コンラートの鍛錬の様子を伺いながら、奴隷商はそう零す。淡々と木刀を振りながらラウラは答える。


「次はなにするんです?」


「まぁ今いくつか貴族様から話来てるから、教養に家事とマナーとかそっちだな」


 ユリアがオークランス伯爵家で給仕長になったお陰で、いくつか話が来るようになった。レイラもその縁なのはラウラの知る所でもある。


「へぇ。じゃあ私はレイラ姐と同じ所に行けるかもしれないんですね」


 少しだけ声が上ずるのは、慕うレイラと同じ所に行ける期待があるからなのだろう。だが、そうポンポンと奴隷を買う家でもないので、奴隷商は濁す。


「かもな。あいつ次第だが」


 やはりレイラのことをずっと気にしている。その真似事で奴隷達を纏めようとしているが、上手く行くのだろうか。


 そんな事を思いつつ、また他の孤立したそれを探す。


「で、ハンナは……」


 新しく増えた女奴隷の2人の内の1人。カミラは兄のエドガーさえいればいいが、やはりどうもハンナは孤立するらしい。


「ハンナは随分嫌われているんだな」


 顔に傷のある少女。目つきも強く黒髪だが、魔力はあるからその方向で売れそうかと考えている。

 だが他に気になるとすれば、どうやらエドガーらの村を放火したらしいという点。本人も否定しておらず、今も中庭の端っこで木刀を振っている。


「まぁあの子は周りと関わりたくないっぽいですし」


 ラウラの結んだ髪が揺れる。今日はやけに風が強い日だ。


「その辺新入りのフォロー頼む。カミラはどうせ兄貴にべったりだろうしな」


 今でもコンラートの指南を受けるエドガーの傍で、カミラは体以上の大きさの木刀を抱え突っ立っている。あれでは剣術も出来ないから、走らせて体力作りでもさせるべきだろう。


 だが奴隷商の言葉に、ラウラは顔を顰める。


「見返りはあるんですか」


 今朝の童話本の話の事を気にしているのだろう。明言して約束の出来ない奴隷商は、またも濁して答える。


「懐事情が許す限りな」


 ラウラは表情を隠したつもりらしいが怒りがにじみ出ている。

 だが、言う事は聞いてくれるらしく、コンラートらの輪の中に入っていくラウラ。その中でレオン辺りに話かけにいっているのは、孤立しているからなのだろう。やはりこちらの意図を察してくれるのは助かる。


「……ただ、人が増えると疲れる」


 それぞれの奴隷の特徴に関係性。それにコンラートという不安定因子の存在。ラウラが周囲に気を使ってくれるとはいえ、奴隷商の負担も大きい。


 そうして中庭の入り口で、コンラートが何をするのかを伺いつつ、奴隷商は時間の過ぎるのを待つ。意外にもコンラートがスパルタで、休憩抜きで木刀を振らせるのは意外だったが。


 そう様子を見ているが、やはりコンラートはうるさい。


「レオン君ッ!!君才能あるよ!!!筋肉の付き方も良いし!!!」


「は、はぁ……」


 どうやら誰にでもうるさいのはコンラートの性分らしい。塞ぎ込んでしまっているのを察してか、異様にレオンに構っている。


「そんな端っこにいないてッ!!!絶対強くなれるよ!!!」


 顔を伏せ気味だったレオンも、押され気味に小恥ずかしそうに顔を逸らす。


「い、いや……そんな、大げさな」


 それか人たらしなのだろうか。それともうわさに聞く緑色の瞳の魅惑の力は本当なのだろうか。奴隷商が目を合わせても何も無かった気がしたが、可能性自体は捨てきれないか。


(……いや、でもあれは根明なバカって感じだしな)


 あの底抜けの笑みはそうなのだろう。今自分が奴隷になっている事すら忘れていそうだ。悩んでいそうに思えば、笑みをまき散らす。明らか無理をしているように見えなくもないが、奴隷商が気を使う必要性は無い。


「ほら!!もうマメも出来てて真面目━━」


 コンラートは騒がしくレオンの手を取る。だが、エドガーが少し寂しそうにしコンラートの肩を突っつく。


「こ、コンラートさん。お、俺も良いです……?」


 大きな動作でコンラートは振り返る。


「おう!良いよ!!じゃあ見せてくれる!?」


 奴隷商と話している時とは別人かと思うほどの活力と元気。奴隷商の方針とは全く逆の奴隷との関わり方だった。


「そうそう!!エドガー君も飲みこみ早いねッ!!」


「で、でしょ!!じゃあ次カミラにも教えてあげて!!!」


 新入り組に構ってばかりで、今度はロルフが不満げにしている。年長だから我慢しているようだが、明らかに気付いてもらおうと音を立てて剣を振っている。


 すると、それが功を奏したのか、コンラートの視線がロルフへと向くが。


「こらッ!!ロルフ君はもっと丁寧に!!!怪我するよ!!!」


「あ……はい。すんません……」


 ロルフも17というのにまだまだ精神性が子供だ。強めに注意されだけで顔を落としてしまうが、気を遣ったようにコンラートは頭を撫でる。


「ロルフ君は基礎は出来ているから焦らなくて良いんだよ。今度もっと難しい事教えるから」


「は…はい!!」


 その様子を横目に、流石にかと奴隷商は立ちその中庭の端へと向かう。ラウラがハンナに話しかけても、門前払いだったからだ。


「もっと腰降ろしたらどうだ」


 すると意外に返事は返ってくる。


「……お構いなく」


「お構いもなにも奴隷の世話をするのが俺の仕事なもんでな」


 奴隷商を怪訝な目で見上げてくるのは、1人黙々木刀を振っていたハンナ。魔力があるからそれなりに期待しているが、放火の件に、同郷の仲間内での孤立具合。やはり、性格面や会話能力に難があるらしい。


「どうせ売られるんでしょ。意味無いし」


「それはお前が決める事じゃないな。俺はお前らを買値より高く売らないといけないしな」


 結局そうなのだ。コンラートのように仲良しこよしをした所で、結局売り払うだけ。無駄な事をしても意味がない。

 

 ラウラは肩で息をしながら奴隷商を睨む。


「……終わってるんだな。あんた」


「おっと、それはもう言われ慣れているから意味ないぞ」


 ラウラは門前払いだったが、奴隷商には案外会話をする様子のハンナ。流石に立場の差を理解するぐらいの冷静さはあるらしい。


「で、本当にに放火したのか?」


 ハンナは所詮子供。村を放火する意図も分からない上、それを認めるのも更に意味が分からない。一応知るべきかと、奴隷商は尋ねる。


(それに攫ったのがあの集団だしな)


 きな臭い事この上ない。おおよそ表面上の情報だけでは判断できない物。それを伝え、その行動の意図を聞こうとするが、ハンナは語気を強める。


「黙ってくんない?放火したって言ってんじゃん」


 僅かに声が上ずっていた。それに視線もかなり泳いだ。やはり嘘を付いているのだろう。その目的までは察しがつかないが。


「……まぁ下手な問題は起こさないでくれよ。あとエドガー達がやり過ぎたら一応言え。商品に傷とつけられたら敵わん」


 エドガーが酷くハンナを嫌っているのは知っている。だからこその気遣いなのだが、ハンナはあきれるばかり。


「……私なんてもう傷物でしょ」


「そうか?傷あってもその顔なら高く売れると思ってるんだが」


 するとハンナ明らか気持ち悪そうに眉を顰め、少し引き気味に奴隷商に答える。


「……それ慰めてるつもり?」


「いや、経営者視点って奴だな」


 すると今度はクロエが耳を抑えながらこちらに歩いてくる。やはり顔を見るに、コンラートのバカさ具合に辟易したのだろう。

 

 だがハンナを目の前にすると、ワザとらしく笑顔を作る。


「ハンナちゃんだよね?そんな端っこに居ないで一緒にやらない?」


 そうクロエが言うがハンナは仏頂面になり、低い声で返す。


「いえ。いいです」


 明らかな拒絶の態度。クロエの頬がピクつくが、まだ我慢をし笑みを張り付ける。


「そんな事言わないでさぁ。皆で仲良くしないと空気悪くなるしさ」


 そう言われるもののハンナは面倒そうに目を細める。


「そういう貴女も今朝から悪口ばっかで空気悪いじゃないですか」


 明らかにクロエの桃色の眼が笑わなくなる。だがそのタイミングで、奴隷商はその2人の間に割り込む。


「今は訓練の時間だ。あまり手を抜くと俺が指南するぞ」


 コンラートに一任しては訓練が甘くなってしまう。そんな思考もあったのだが、奴隷商だけは嫌らしくクロエは睨みながら去っていく。


「……お前が一番クソなんだよ」


 そもそもクロエは、大人というものが嫌いなのだろう。仲間意識が強く内に意識が向き外に敵対的なのは、奴隷特有の防衛反応。まだ子供とはいえ、こういう奴を纏めないといけないラウラも大変だろう。


 そんな事を思いながら、奴隷商はハンナを見る。


「お前も輪に入れ。嫌われてようが知らん」


 奴隷商はハンナの背を押し無理やりコンラートらの所へ押しやる。

 すると、はしゃいでいたエドガーらの冷たい目線がハンナへと突き刺さる。ラウラはそれを遮る様に間に入るが、やはり空気感は少しぎこちなくなる。


 そうなりつつも、しばらくコンラートに訓練を任せる。クロエの顔は時間が経つごとに、苛立ちが見え、ハンナの事も明らかに睨んでいる。


「……また面倒な」


 そして数刻後。聞こえてくる鐘の音に奴隷商は腰を伸ばす。


「おい。コンラート」


「あ?なんだ?」


 さっきまであれだけ笑顔で元気に子供に接していたというのに、急に殺気の籠った眼を向けるコンラート。


 奴隷商はコンラートへと歩み寄ると肩を掴み、小声でそれを伝える。

 

「あまり奴隷に深入りしすぎるなよ」


 コンラートにとっても奴隷達にとってもそれが良い。それは奴隷商の10年の経験からの言葉。今日の訓練の様子を見て、そうアドバイスをしたのだが。


 コンラートは強く睨み返して来て、奴隷商の言葉を理解しようとしない。


「お前みたいにぞんざいに扱うよりは、よっぽどましだと思うが。実際あの子達は俺に信頼を寄せてくれているしな」


 自慢げにコンラートは奴隷商を見る。

 だが、クロエの視線には気付いていなかったのだろう。そう思いつつも、奴隷商は声を落として伝える。


「……どうせ助けれないんだぞ」


 だがコンラートは、やはり奴隷商の言葉を理解しようともしていないらしい。


「それはお前の決める事じゃない」


 どこまでも腹が立つ。理想主義で現実を見ていないその姿が、いつかのそれに被って見えてしまう。そして、未だにそれを否定しきれない、自分に苛立ちを覚える。


 そんなフラストレーションを押し出すように、奴隷商はコンラートを睨む。


「腹の立つ奴だな」


 だがこればかりは相思相愛というう奴なのか、コンラートも睨み返してくる。


「それはこっちの台詞だ」


 奴隷商はただただ、そのコンラートのまっすぐな眼に苛立ちを覚える。だがそれ以上コンラートを相手にする事はせず、中庭を奴隷商は去っていくのだった。


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