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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第六章
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第78話 回想


 ぶわっと顔を覆う湯気。僅かながらに鼻腔を通り抜ける硫黄の匂い。それらを感じながら、ゆっくりと湯舟へと浸かる。


「……私に使わせて良いの?ここ」


 自分から要求しておいてだが、そう思えるほどに上等な浴場。そしてその問いかけられたレイラは水面を揺らし、ディアナの隣で天井を見上げる。


「まぁ誰も文句は言いませんよ。どうせ私が掃除当番ですし」


 それで勤務時間に風呂に入って良いのかと思うが、一対一で話したいと言う事なのだろう。そうディアナは肩まで浸かり、隣を見る。


「で、何が聞きたいの」


 そして隣でも同じように浸かるレイラ。黒髪をタオルで巻いていて、しっかり長時間風呂を堪能するつもりではあるらしい。それでレイラは確認するようにそっと言う。


「死んでないんですよね。あの会話だと」


 メイベルは亮太が生きている前提でディアナに交渉を持ち掛けてきた。それを見ていたレイラも勿論、ディアナの嘘に気付いたという訳だろう。だからこれ以上否定する意味も無く答える。


「そうだね。ちゃんと生きてる……と思う」


 レイラは分かりやすく安堵したように胸を撫で下ろす。だが聞きたい事はそれだけじゃないのか、片膝を抱えこちらを向く。


「あいつは……なんで奴隷商なんてやってんの」


 じっとこちらを見つめる黒い瞳。そしてそれを受けたディアナは僅かに迷い、ゆっくりと肩を水面から出す。


「それ聞いてどうすんの」


 両手んお指を絡ませ肩を上げ腕を伸ばす。それで返答を待つのだが、すぐには返って来ずレイラは少しばかり悩む。そして釈然としない表情をしたまま答える。


「……気になったから?貴女なら知ってるんでしょ」


 あまり他人の過去をペラペラと話すものでもない。それこそ亮太のその過去となれば尚更。だから断ろうとディアナは。


「申し訳ないが━━」


 だが水の弾ける音と共に、水面の揺れがディアナに届く。そして視線だけを滑らせ隣を見れば、上目遣いをしてくるレイラ。


「お願いします。知っておきたいんです」


 先ほどと違い興味本位では無いと、そう言いたげな表情。そこに心情の変化というよりは、感情が定まったと言うべきなのだろうか。


「あいつを1人にさせたくないから」


 そうレイラは強く言う。これからレイラが亮太と会う機会などあるかも分からないのに、半ば次があるような確信。それが彼女にはあるようで、ディアナは呆れながら言う。


「……別に私がいるから1人って訳じゃ」


 だがどうしても知りたいのだろう。レイラはこちらを見て引こうとはしない。あまり気は進まないが、この浴槽を貸して貰ってるのもある上、おふざけで聞いている訳では無さそうな事。仕方ないかと、ディアナはゆっくりと口を開く。


「……他言はするなよ」


 そうディアナは10年も昔の事を思い出すようにゆっくりと語り出すのだった。


ーーーーー


 クラウディアが洞窟に取り残されたまま地上へと戻った時。パーティの空気は悪く、ディアナは亮太を引っ張りアルフレッドらに言う。


「一旦こいつは私に任せてくれ。クリスはそっちで頼む」


 クリスは暴れるからアルフレッドに無理やり寝かされてしまっている。そしてそのアルフレットはディアナの提案を嫌そうにするが、ブランシュはそれを手で制し。


「いいよいいよーっ。てか地上まで一緒の約束だしね~」


 嫌われている自覚はあったがここまで喜ばれるとは。だがどちらにせよ都合が良いかと、歩き出そうとするがアルフレッドは止めて来る。


「……何?」


 手を握られたことに僅かに嫌悪を抱きながら振り返る。そしてアルフレッドは焦った様に声を上ずらせる。


「帝都でまた集合しよう。報酬の分け前とか色々あるし」

 

「別に私は……」


 そう言いかけるがアルフレッドの後ろでブランシュが鬼の形相で見て来るので、その手を払いさっさと終わらせようとする。


「分かった。冒険者ギルドに言伝だけしておいてくれ」


 そうしてパーティを後に亮太を連れていくディアナ。その宿場町は夕暮れ時で人通りも多く、僅かに目立ってしまう。


「……しっかりしろって。仕方ないだろ」


 肩を貸す亮太にそう問いかけるが、その男は目を虚ろにブツブツと呟く。


「ごめん…………俺の……せいで」


 それはディアナへと向けられた言葉では無いのだろう。未だあの洞窟の中に心を置いていってしまっている。それが分かりながらも生きるには必要な事だと。


「飯食べるぞ。吐き出したりするなよ」


 そうしてディアナが選んだのは豆料理の店。血肉はあまり良くないかと思い選んだ店で、わざわざ亮太に奢ってやったというのに。


「……食えって。そのまま死ぬ気か?」


 店内は時間が時間なだけあってそれなりに混みあっている。そして亮太は茫然としながらも、手をゆっくりと動かし木のスプーンを持つ。


「……」


 だがその手は震えスプーンすら持てず、そのまま手で顔を覆ってしまう。それを見かねディアナは、亮太の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。


「生き残ったんなら前向け」


 そう言って自身のスプーンでスープを掬い、無理やりその口に押し込む。亮太は熱そうに顔を歪めるが、ディアナは辞めようとしない。


「死んだ者は死んだ。それでアンタは餓死してクラウディアのせいにでもするつもりか?」


 その名前を出すと亮太がやっと顔に反応を示す。そして何かを言う訳でも無く、ディアナに押し込まれたスプーンを持ち、自身の食事を見下ろす。


「……それは…………違う」


 そうしてその後はゆっくりながらも食事をする亮太。先に食事を終えたディアナは、亮太を待つ間パイプを口に咥え、煙を吐く。


「……ふぅ」


 なぜこんな事をしているのか、自分でもあまりよく分かっていない。それこそこの男にここまでしている自分に疑問すら抱いてしまう。


 だが、ただなんとなく。この男は放っておけないような一人にさせてはいけないと思ってしまう。


「どうするか」


 結局。その後もディアナは亮太を連れ帝都まで向かう事になる。これならアルフレッドらと一緒に行けばよかったかとも思うが、ブランシュの存在を思い出し振り払う。そして隣でフードを深くかぶり沈む亮太の頭を叩く。


「いつまで辛気臭い顔してんの。もう2週間だぞ」


 亮太は頭を抑えながら弱々しく笑う。


「いやぁ……」


 帝都へ向かって旅をしてから2週間だ。それだけの時間があっても未だこんな調子。少しは喋る様になったのはマシだが、それにしてもだった。


「だってアンタ記憶ないんでしょ?家も知らないとか」


 最初は家に帰そうとしたのだが、知らない分からないの一点張り。だからとりあえず帝都まで連れて行っている。


「それは……俺だって知りたいですよ。家とか親とか」


 こんな様子では1人で生きて行けるか心配でしかない。剣術と魔術を教えているが、どちらかというと精神的な面で。


「とりあえずアンタは明日の命を心配しなよ」


 今にも自死を選んでしまいそうでヒヤヒヤする。そう言葉にしたのだが、亮太は不思議そうに首を傾げる。


「でもディアナが守ってくれるんですよね……?」


 ディアナは何とも言えない感情になり、表情を隠すようにそっぽを向く。


「いつまでも私が傍にいてやれると思うなよ」


 少しばかりディアナの歩調が速くなる。それに追いつくように亮太も駆け足になり、僅かに声を落とす。


「まぁ……そうですよね。1人でなんとか出来る様にしないと……」


 ディアナは一瞬眉を上げ、その足で亮太のひざ下にコツンと当てる。そんな突然の行動に亮太は眉を顰め。


「え……なんです……?」


 だがディアナは何も言うことなくそのまま歩き続ける。亮太も疑問に答えられない事を不満そうに足元を抑え付いてくる。


「なんか言ったらどうなんです……」


 するとディアナは振り返り亮太の額を人差し指で押す。


「あと、敬語辞めな。堅苦しいのめんどいから」


 亮太は額を抑え意味が分からないと更に困惑の色をより深くしていく。だが一瞬だけ、少しだけ笑ったような気がする。


「……案外ディアナさ━━ディアナって変な人?」


 こんな会話がありつつもそれなりに2人は、旅をする内に話すようになっていく。ディアナもそれで亮太の気がまぎれればと思っていたのもあるが、そもそもそうやって話すこと自体を楽しく感じていたこともあった。


 そうして帝都に着くころには、亮太もそれなりに話せるようになってくる。ただ夜にうなされ唐突に泣き出す所はまだ消えないが。


「じゃあ、ありがとう。色々助かった」


 帝都の門を超えた先。亮太はそう頭を下げて来る。約束通りここで一人になるつもりらしい。


 だがディアナはそんな亮太に足裏を向ける。


「アンタが1人で生きていける訳ないでしょ。まだ世話してあげるっ」


 足裏を亮太の膝に当てようとするが、寸での所で避けられてしまう。


「流石にもう食らわないって」


 亮太は足をふらつかせながらもディアナの蹴りを避けそう言う。それを見て1ヵ月仕込んだ甲斐があったと思うが、それでも今の亮太を放置できない。


「冒険者やるにしてもアンタ常識ないし。良いから一緒に行くぞ」


 そう無理やり亮太の腕を引いてディアナは帝都の賑わう街道を進んでいく。そうしてしばらくぶりの冒険者ギルドの戸を叩き、受付に赴く。


「こいつの会員証作ってくれ。保証人は私で良い」


 手っ取り早く金と自身の会員証を受付に出す。そして少し遅れて亮太もやってくると、受付嬢が気だるそうに言う。


「えぇあぁ分かりました。少々お待ちを」


 帝都と言えど冒険者ギルドなどそんな物。それに今更文句を言うはずも無く、数分待てばまた受付嬢が奥から戻ってくる。


「どうぞ。あと言伝が」


 差し出された亮太の冒険者証それを本人に手渡しつつ、受付嬢を相手にする。


「アルフレッドからです?」


 すると受付嬢は頷き言伝の内容を伝える。


「プレヴァル侯爵館で待っているそうです」


 その言葉に心中ため息を零す。正直貴族に関わりたくないが、こう言伝されては無視しようにもできない。ディアナは渋々頷き返事をする。


「分かった。ありがとう」


 面倒な事はさっさと終わらせよう。そう亮太に振り返りその肩を叩く。


「アンタもクリスと1回話したいでしょ。行くよ」


 亮太は戸惑い足は動かない。


「いや……俺は……」


 そう罪悪感を滲ませ、まるで自分がクラウディアを殺したと言いたげな表情。だがそんな亮太の手を取り無理やり歩かせ連れていく。


「……別にアンタは悪くないだろ」


 なぜそこまで自分を苦しめる。なぜそこまで自責してしまう。あの時どうやってもクラウディアを助けることは出来なかったというのに、なぜそこまで引きずるのか。僅かに苛立ちを覚えつつも、乱暴な足取りで亮太を連れその館を前にする。


「ほら。男同士なんだからさっぱりしろ」


 亮太の背中を押し共にプレヴァルの館へと入っていく。


「……でも俺は別に……それにあいつに顔向け……」


 館の庭先。そこでどんどんと足取りが重く背中が曲がっていく亮太。やはり気後れしているのだろうが、ディアナは隣を歩き言葉をかける。


「なら一発殴られでもすればいいじゃん。謝るぐらいしか出来ないんだし」


 慰めるなんて柄じゃない。それでも笑って冗談交じり。そんな強い言葉をかける事しかできなかった。


 だが、亮太は疲れたようにも僅かに笑って。


「乱暴な奴だな」


 ディアナは笑みだけを返す。そしてそのまま扉番へと会釈をし案内されるがまま館内へと通されていく。隣では亮太が豪華な装飾に目を取られ視線が散っている。


「……」


 それを指摘することなくディアナはその様子を見るだけで、静かに歩くだけ。そしてある角を曲がった時、そこから現れる見てわかる程荒れたクリス。


「お前ッ!!」


 銀髪は乱れ眼鏡もくすんでいる。そしてその拳は強く握られ、やっとそのクリスに気付き視線が向いた亮太へと向く。そして驚いたように瞳を揺らし、声を漏らす。


「え……クリス……ちょ━━」


 ディアナも本気で殴るとは思っておらず反応が遅れる。そしてそのまま拳は亮太の頬へとめり込み、地面へと音を立てて転がしてしまう。


「お前のせいでッ!!お前のせいでッ!!!」


 そのままクリスは亮太へと馬乗りになり拳を振り上げようとする。それを咄嗟にディアナが止めようとするが、先にその手を制したのはある老人。


「まぁ落ち着きなさい。久々の再会でしょうに」


 首元には紋々が伸びその体付きは戦闘に長けていそう。そしてその老人はニコッとディアナに笑いかける。


「どうも。この館の主の配下のクロヴィスと言います」


 そしてクリスを引っ張り上げ亮太から引き離す。その亮太は頬を抑えながら、クロヴィスは眼中にないのかクリスを見る。


「……お前も大概だろ」


 それは確かに怒りを滲ませる。赤くなった頬を抑え、そのクリスを睨み上げる。そしてクリスも目を剥き、抑えられながらも拳をまた握る。


「なにを偉そうに……ッ!!」


 だがクロヴィスに阻まれその拳を振り下ろす事は出来ない。そんな中また別の足音がありそちらを見れば、騎士らしい恰好のアルフレッドと令嬢らしい煌びやかな恰好をしたブランシュ。


「随分時間かかったな。大丈夫だったか?」


 ブランシュは相変わらず不愉快そうにこっちを睨んできている。それはいつもの事なので気にしても仕方ないと、ディアナは答える。


「あぁ大丈夫だ。それで何か用は?」


 するとアルフレッドがブランシュを気にしつつも頭を掻き、笑みを奥に隠して言う。


「俺らの所に仕えないか?そこのクロヴィスさんが指南してくれるんだってさ」


 クロヴィスはクリスの手を抑えながらも微笑み軽く手を振ってくる。それを横目にしつつも、ディアナはよろよろと立ち上がる亮太を気にし。


「いや……ありがたい話だが……」

 

 先ほど冒険者として傍にいると言ったばかり。だからそう断ろうとするのだが、アルフレッドはしつこく。


「いやだってせっかくの話だぜ?このまま給仕でも出来れば給金も出るしよ」


 余計にブランシュは不機嫌そうになる。親が許可しても娘がこんな様子では、長生きできそうには思えない。


 ただここで露骨に断っては角が立つ。


「……しばらく忙しい。また今度機会があれば」


 アルフレッドは苦笑いを浮かべるが、それ以上は追求せず大人しく引く。


「あ、あぁ……まぁまたその気になったら」


 そしてそんな会話の中クロヴィスはクリスを引き連れたまま、ディアナを一瞥する。


「いやはやこれでも私人気な指南役なんだけどなぁ。君筋良さそうなのに」


 クリスは未だ亮太を強く睨む。亮太も反発するように睨み返している。以前までは仲良かった2人だが、まるで親の代からの仇のようにも見えてしまう。


「いやいや……買いかぶりですよ……」


 亮太を守る様に半歩後ろにさせる。するとクロヴィスは一瞬目を細めながらも、微笑む。


「まぁ1週間に一度ぐらいなら来れるでしょう?老人の我儘ですが」


 1週間に一度。無理とは言えない頻度。あまりここに長居したくないのに加え、流石にこれ以上は失礼に当たるかとディアナは渋々頷く。それを見てクロヴィスは満足げにすると、アルフレッドの肩を叩いてその場を後にする。そしてアフルレッドも軽く頭を下げ、次にディアナらを見る。


「じゃあ待ってるからな」


 そうしてブランシュはディアナを睨み、クリスは亮太を睨みながらも去っていく。どこまでも関係がぎくしゃくしてしまったが、ある程度清算は出来たらしい。


「予想通り殴られたな?」


 そしてその亮太は未だ赤い頬を抑え、見えなくなったクリスを恨めしそうに見る。


「んでお前ばっかり被害者面……」


 どうやら思う所があるのだろう。その気持ちは分かるが亮太の久々に見せた感情が、怒りだというのは少しばかり悲しくも感じ。


「ま、行くぞ。冒険者らしくお使いからかな」


 そうしてそれから1年と少しぐらいだろうか。冒険者として2人は活動し、亮太にはそれなりに才能があったのかすぐに追い抜かれてしまう。その間もディアナ自身クロヴィスの所で世話になり成長したのだが、それでも亮太は様々な事を吸収し実力を目に見えて成長させていった。ただその感情までは変わらないまま希薄で、罪悪感がいつも顔から滲み出ている。


 それでも私が傍にいてやれば、いつかはまた元に戻るだろう。ずっと一緒にいるのだろうと思っていた。だが、とうとうディアナが拒みたくなる事を言われてしまう。


「俺。冒険者辞めるわ」


 唐突だった。地方への護衛任務の帰路で亮太がそう言ってきた。それを受け容れられるはずも無く、ディアナは声を震わせる。


「え……は?いやいや今更……?何するの……ってまさか!!」


 死ぬ気かと。そう焦りそうになるディアナだが、亮太はそれを手で押さえ申し訳なさそうにする。


「実は俺奴隷商になろうかなって。ほらさっきの護衛任務の人から誘われて……」


 突拍子もない話にディアナは眉を曲げる。そしてクラウディアの事が頭によぎり、その動機が益々理解出来なくなる。


「だって奴隷とか……アンタが一番嫌いで……」


 そう言うとそれを肯定しつつも亮太は苦笑いを浮かべ。


「そうなんだけどな……俺の力じゃ奴隷なんて無くせない。それはこの1年この世界を見て分かった。理解せざる負えなかった」


 亮太は自分の右手を握りそれを見下ろす。そして後ろ向きじゃない笑みを浮かべ、その目は確かに前を向く。


「だから俺が守れる範囲で守ってあげたい。そう考えた時いい機会かなって」


 ディアナ自身その選択が現実を見えていないと一蹴しそうになる。だが、その顔はクラウディアと一緒にいた時と変わらない少年らしい物だった。それを見るとせっかく前を向いた彼の足を止めるのは、憚られてしまった。


「……まぁ良いけど。心配だから顔出しに行くからね」


 多分この頃から煙は吸わなくなった気がする。嫌われたくないといつの間にか思うようになって、自然とパイプから手を放していた。


「おうっ!子供の世話手伝ってもらうわ!」


 満面の笑みが夕日に反射する。ディアナもそれを見ると、どこか思わず微笑んでしまう。そうして早速亮太が奴隷を買ったと聞き、その施設へと向かったのだが。


「お前これはやりすぎだろ……」


 その館自体は時間の経って古い物。だがその中には子供用の本が積まれ、食卓には野菜に肉が豪勢に使われた食事が並ぶ。そして10人ほどいる子供は年相応に笑い声を弾ませていた。


「でも皆幸せそうじゃん。こうやって俺が手を伸ばせる範囲で幸せに出来れば」


 亮太は満足げにその光景を眺める。その手にはお玉が握られており、お代わりに来る子供に惜しげも無く食事を分け与える。それこそ子供の首に奴隷紋が無ければ、ここが奴隷商の施設だと忘れそうな程に。


「貯金全部使ったでしょ」


 すると亮太はニッと笑い。


「こう見えてまだあるんだな。それが」


 その顔はこれからも金を惜しげも無く、つぎ込む気満々と言った感じだった。これではすぐに破産してしまってもおかしくない。流石にまずいと感じ、ディアナは咄嗟に手を差しだす。


「……ちょっと金困ってるから金貸して」


 どうせすぐに金を使い切ってしまう。その時こっちから金を貸そうとしても亮太の性格的に断るのは目に見えている。だからそれを止めるには、これぐらいの方法しか思いつかなかった。


「えぇ……お前そんな浪費家だったっけか?」


 そう渋りつつもなんだかんだ貸してくれるのが亮太だった。だがその件もあってディアナは亮太の活動を静観していたのだが、ある雨の日。その施設を訪れた時に聞こえたのは怒声だった。


「なんのつもりだッ!!!」


 そしてその声の主は探さずとも玄関を蹴り飛ばし、その中の亮太と向かいあっている。それはクリスで怒りに肩を揺らし、今にも斬ってかかりそうな勢い。


「お前クラウディアの事忘れやがったんかッ!?あぁ゛!?」


 ディアナは咄嗟に駆け出すが、亮太はクリスに張り合い後ろで怯える奴隷を守るように前に出る。


「忘れてない。俺なりに考えた結果だ」


 だがクリスは奴隷商であった父を酷く嫌っている。そしてその職を亮太がやっている。あまりにクリスの触れて欲しくない所にベタベタと触れており、その怒りが沈む訳も無く。


「なぁにがッ!!考えた結果だよッ!!」


 クリスは拳を振り上げ、そのまま亮太の頬に鈍い音を鳴らす。だがそれで亮太は一歩も引くことなく、口から垂れる血を拭う。


「お前に分かってもらわなくてもいい。放っておいてくれ」


 それが更にクリスの怒りを誘発させ、ますますクリスの白い肌を赤くさせる。


「よくもそんな口を……ッ」

 

 ダンッと強くドアの縁を叩くクリス。そして亮太を睨み歯ぎしりを鳴らす。


「んでよりにもよってお前が……!!」


 ディアナが駆け寄った所で亮太は一瞬視線をこちらに送る。だがクリスは気付いていないのか、また殴りかかろうとしてしまう。


「クリス落ち着けって」


 ディアナは後ろからその拳を止める。そして明らか正気じゃない目をしたクリスが振り返ってくるが、ディアナの顔を見ると露骨に舌打ちをして。


「……絶対にやめさせてやる」


 そう言ってクリスは傘も差さずに去って行ってしまう。そして残されたディアナは亮太を心配そうに見て。


「まだ揉めてたの。そこで」


 亮太は気まずそうに笑って「いやぁ」と声を漏らす。


「分かってもらおうと手紙出したのがまずかったかな」


 ディアナはほどほど呆れたが、亮太としてもクリスとは関係修復をしたかったのだろう。だが、それは結局10年しても果たされなく、段々亮太自身も諦めていき、その結果亀裂が修復できなくなってしまった。


 そして次に変化があったのはクラウディアが死んでから5年と少し。亮太が買った初めての奴隷を売ってから数か月した頃。久々に訪れたその施設では、食事はみすぼらしくなり、中庭で以上に厳しい鍛錬が行われていた。


「……何してんだ?」


 ディアナは亮太の背中に問いかける。だが返ってくるのは冷たい返事だけで。


「何も」


 だが何もないにしてはあまりに奴隷の扱いが変わってしまっている。それにいつにもなく、亮太の声は沈みありありと負の感情を滲み出させていた。


 そして雨粒に負けそうな程の小さな声で呟く。


「……結局あの子達は俺の手から離れる。一瞬だけでも幸せになった所で死んだら元も子もない」


 ディアナはふと、亮太の足元に落ちているぐしゃぐしゃになった紙に気付き拾う。そしてそこには奴隷3名が死んだとそう書かれており。


「これって……」


 亮太は僅かにこちらに振り返り声を落とす。


「甘くして幸せにさせていたのも、結局俺の自己満足でしかなかった。本当に奴隷の事を想うなら生きる為の術を教えるべきだったんだ」


 その目は暗く淀み今にも消え入りそうだった。そしてこの時ディアナは何も言葉をかける事が出来ず、隣に立ち短く言葉を返す事しか出来なかった。


「……そう」


 それは今でも思う。この時どうにか言いくるめて奴隷商なんて辞めさせれなかったのか。そうすれば更に傷ついて感情が希薄になる事も無かったのだろうかと。クリスともまた別の道があったのかもしれない、お尋ね者にならずに済んだのかもしれないと。


 だが結局それも今更な邂逅。その結果あいつは奴隷商を辞めざる負えなくなり、今では囚われの身。あいつの悩みも努力も全て無に帰してしまったのだ。


「とまぁ……私も全部を見た訳じゃないけどこんな所だな」


 少しばかりのぼせたとディアナは浴槽から上がり縁に腰掛ける。そして大人しく話を聞いていたレイラは、じーっと水面を見て考え込み。


「……だからユリアさんあんなこと」


 そう呟きレイラも浴槽から上がり何をするかと思えば、深々と頭を下げてくる。


「教えてくださりありがとうございます。ちょっとは……分かった気がします」


 律儀な奴だと思いながらディアナは立ち上がり、レイラの脇を通り抜けていく。


「分かった所で何か出来る訳じゃないけどな。役に立ったなら良かった」


 そうして女2人大浴場を後にする。何か変わったわけではないが、経験を共有したからか奇妙な連多感はあった。だが結局それだけで何か仲良くなった訳でも協力する訳でもない。1か月もすればディアナ自身、この会話をした事すら思い出さなくなっていた。


 そしてまた少し。山々は白くなり海が凍り始めた頃。ディアナとレイラは軍勢の中にあり、火の手が回りつつある帝都を顔に反射させるのだった。


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