第77話 脈動
ディアナ達がメイベルの館で滞在する事が決まって一晩が過ぎた。あの後は部屋で食事を貰い、そのまま寝るだけの時間が過ぎる。だが、子供2人寝ている中、ディアナだけはベットに寝ころび、眠る事無く木目を見つめ呟く。
「……番犬」
監視しているという番犬という存在。言葉通りの犬なのか、監視役をそう呼んでいるだけなのか。ずっと気を張っていても、その存在に気付く事が出来ず、もう朝日が差し込んでくる。結局どうするべきか方針が定まらないまま、時間を無為にしてしまった。
「顔洗お」
そっとベットから起き上がり、足音を立てぬよう進みそのままドアノブを握る。少しばかり緊張するが、開けても特に何かある訳でも無く、ひんやりと空気の冷たい廊下を進む。
「えーっとどこだ……」
冬はとうに過ぎたというのに、今日の朝はやけに冷える。海が近いせいだろうか。肩をすぼめディアナが廊下を軋ませていると、ふと目の前を横切る大きな白い塊。そしてその後ろから顔を出すのは黒髪の給仕人。
「昨日の……ディアナさんでしたっけ?」
洗濯をするのか布を抱えたレイラ。陽が出てすぐに働き始めたらしい。
「あぁそうだ。手洗いはどこで出来る?」
気を遣っても仕方ないかと欠伸をしながらディアナは問いかける。するとレイラは慌てたように声を上ずらせる。
「あっ!じゃあちょっと待っててください!案内するので!!」
そう言って布を持ったまま階段を駆け降りていく。どうやらあまり1人で出歩くのは不味いと言う事らしい。
「……まぁ待つか」
他に監視されていないとも限らない。そう窓を覗き、海に浮かぶいくつもの帆を眺める。もう既に街は起きて動き始めている。そしてディアナ自身気付かない癖で、またそのパイプを探し空ぶる。
そんな辺りでまた階段を駆け上る慌ただしい足音と、髪を少しだけ乱すレイラが現れる。
「で、では案内します……!」
ディアナはただ頷いてそのレイラの半歩後ろをついて行く。そしてレイラはチラチラとこちらを気にしている様で、それが鬱陶しくディアナは。
「何か聞きたい事でも?」
レイラの足が階段の踊り場で止まる。手は手すりについたまま、そしてゆっくりと振り返ってくる。それは迷いながらもどうしても聞きたいと、決意したように口を開く。
「……あの人は……奴隷商は本当に死んだんです……?」
ディアナの眉が動く。昨日死んだと伝えたつもりだが、未だに疑ってきているらしい。そう信じたくないのかもしれないが、こちらも嘘を貫く以外の選択肢がない。
「死んだ。別にお前にとっても恨みとかなんだろ。なら別に━━」
そう説得しようとするのだが、レイラは足を一歩こちらに踏み込み、想定以上に声を張る。
「違うッ!!!……違う……から……」
言葉は尻すぼみになり自身の給仕服の裾を握りしめる。その否定の理由は口にせず、ただ声を響かせただけで俯いてしまう。
「……」
そしてやけに静かになってしまう辺り。
どうやらディアナの思っていた以上に、レイラにとって奴隷商が大事だったのだろう。少しばかり困惑しながらも、ディアナは頭を掻き何とも言えない顔をする。
「んいやぁ……言い方悪かった。だからそんな怒らないでくれないか?」
ポンと肩に手を置くがそれはすぐに払われてしまう。そしてこちらを見上げるレイラの眼は赤く充血している。
「……あいつは……あいつなりに頑張っている……と思うから。報われないのは違う」
そんな事言われなくても分かっている。だから10年もあんな頑固な奴の傍にいたのだから。そしてどう言葉を返すべきか固まっていると、レイラは一度深呼吸をし頭を下げて来る。
「取り乱しました……案内するのでどうぞ」
そう顔を伏せたまままた階段を降りていくレイラ。ディアナは戸惑いつつも黙ってそれの背を追い、到着するのは慌ただしく動く炊事場。そしてユリアがレイラを見るなり声を張る。
「レイラ!どこ行ってたの!!いつもより遅い!!」
「あ、は、はいっ!」
ここまで案内をしてくれたレイラが炊事場の中へと駆けていく。ディアナは置いてけぼりになったが、ここに連れてきたのなら使っていいのだろうと、井戸水で満たされた水桶を前にする。
「使いますねー……」
そう一応確認するが、誰もかれも忙しそうで返事をしてくれない。だがレイラはこちらを一瞥して、頷いてくれるので、手で冷や水を掬い顔を洗い流す。
慌ただしく動き回る使用人4人。大鍋は沸騰しアップテンポにまな板を叩く包丁。食材の量から見てこの館にいるのは多くて20人ほどだろうか。
「……案外少ないな」
だがそう盗み見ていると、ふと背後に足音。
「どうしました?」
動揺を悟られぬようもう一度顔に冷や水を浴びせ、表情をリセットしてから振り返る。するとそこにはタオルを差し出すユリアがいる。
「いえ。皆さん手際が良いなと」
柔らかいタオルを顔に押し当て水滴を吸わせる。その傍らユリアの表情を伺うが、相も変わらず疑ってかかる様。
「そうですか。朝食はお部屋に運びますので。あまり出歩かないよう」
ユリアはそう言ってまた持ち場へと戻っていく。どうにも気分が悪いが、こちらも嘘を付いている以上あまり強い事は言えない。するとユリアの歩みが止まり、思い出したように振り返ってくる。
「あと。昼過ぎにお館様の所にいらしてください。その時になったらお呼びしますので」
昨日話した内容以外にまだあるらしい。あまり下手に会話をすればボロが出かねないから避けたいが、ここで断る方が不審だろうか。
「あぁ。分かった」
それでこれ以上要件は無いとユリアはまた背を向ける。そしてディアナもあまり長居もしたくないと、炊事場を後にそのまま部屋に戻ろうと思うが……
「あそこに使用人全員いたよな」
昨日見た限りの使用人は確認できた。他にもいる可能性も勿論あるが、それでも手薄になっているはず。ならいつかの為に下見をしておくのも損では無いか。
「……とりあえず外周だな」
そうして二階から廊下を歩き回り様子を伺うが、やはりどこも鉄柵があるだけで、そこまで厳重という訳では無い。
「見回りは2人組が3つ」
そう頭の中に、彼らの歩調やどれぐらいの頻度で周回しているのか、それらを叩きこむ。だが、それに集中しすぎたのか、目の前にいるそれに気付かない。
「部屋はそっちじゃない」
少しだけ片言な言葉。それに心拍が跳ね視線を上げると、使用人にはどうやっても見えないダークエルフの女。それを見て咄嗟にその言葉が出る。
「……番犬か」
ダークエルフは戦闘能力が高いという話は常々聞いている。首元に奴隷紋があるということは、わざわざ買ったのだろう。
そう様子を伺いつつも、今手元にナイフは無い。昨日取り上げられてしまい戦闘は出来ない。拳でどうにかなる相手だろうか。そうひたすらに思考を巡らせていると、そのダークエルフは少しばかり不機嫌そうに。
「人間は一々動物扱いしないと気が済まないのか?」
ダークエルフは未だナイフを抜こうとはしない。だが、その重心からして今にも距離を詰めて来そうにも思える。ディアナは少しずつすり足で引いて行く。
「……すまない。この館の使用人がそう言っていたからてっきり」
人間の言葉が話せるという事は、それなりに上位の地位にいたダークエルフという事。
「……まぁ良いが。早く部屋に戻れ」
仮に得物があったとしても真正面からやり合えば相当時間がかかる。逃げ出すにしてもこいつをどうにかしないといけない。
だが今はあまり刺激するのは得策ではないと思いつつも、少しだけ情報を得ようとする。
「あぁ。でも最後にアンタの名前は?」
背丈の高いダークエルフ。見える腹筋もかなり鍛えられている。そしてその長い白髪を揺らし、少し悩む素振りを見せるが。
「レイルベル。今はただたのレイルベルだ」
「……今は……か」
やはり元々高名な戦士とかその辺りだろう。それが分かっただけでも成果だと、ディアナは踵を返す。
「じゃあまた世話になる事があれば」
そう言って部屋へと戻ろうとする。そして背後では窓から風が吹き込み、それに混じってレイルベルの言葉がある。
「あぁ。手合わせ楽しみにしている」
どうやら見透かされているらしい。余計に警戒されてしまっただろうか。
そう朝から酷く疲れた感覚を覚えながらも、自室のドアノブを沈める。そしてその中を覗くのだが。
「……いつまで寝てんだよ」
青髪をぐしゃぐしゃにして涎を垂らすシエナ。冒険者だったにしてはあまりに無警戒。それに今日は銀と麦が半々のルナが枕を抱いている。その光景にため息を零しながら、毛布を手に取り無理やり引っ張り上げる。
「おい起きろ」
ルナは寒そうに蹲りつつも目を開けようとしているが、シエナは毛布の端を掴んでそれでも寝ようとしている。
「まだ……もうちょっと……」
ディアナはそんなシエナに気を遣うことなく、毛布をはぎ取りその白い頬を叩いてやる。すると流石にシエナは目を開きぼんやりとディアナを見つめる。
「……あ……おはよう……ございます?」
ディアナは呆れ特に返事をすることなく、そのままシエナから目を離し自分のベットに腰掛ける。目の前にある窓から、潮の香りの混じる風が差し込む。そして背中でシエナが起き上がり、ルナを招き寄せる。
「ルナちゃん。髪の毛梳くからこっち来て」
「あ……うん」
ぼーっと窓の外を見ても海鳥に出航していく船たち。案外飽きない物だなと思いつつ、ディアナは時間が来るのを待つ。
「き、今日は綺麗に色が混じってるね」
シエナがルナの様子を伺うように話しかける。髪色が麦に近い時は性格的にきつくなるから、それを気にしているのだろう。だがそんな心配は杞憂なのかルナは、大きな欠伸をしながら答える。
「ん~そうです?いつもこんな感じじゃないです?」
やはり本人には自覚がないらしい。記憶自体は連続しているようだが、自分の性格に違和感すら覚えていないのだろうか。
そうなんだかんだ会話を聞いてしまっているディアナ。だがルナ達もそれ以上会話が無く、髪の毛を梳く穏やかな音と潮風だけが良く聞こえる。そして少しの時間の後、ふと、ルナは呟く。
「なんか懐かしいですね」
シエナは少しばかり驚いたようにしつつも、心当たりがないと眉を曲げる。
「そ、そう?昔誰かにしてもらったの?」
だがルナ自身はっきりしていないのか、唸って思い出そうとする。そして首を傾げながらも自信なさげに答える。
「なんか…自分がしてたような……して貰ってたような……?」
「……?」
ディアナはルナを盗み見るが様子自体は普通のよう。だが、最近こうやって昔の記憶が蘇りかけている兆候がしばしば見える。それが良い物か悪い物かは分からないが、その記憶が誰のかを知っている亮太が居ないのが面倒。
「……早く助けに行かないと」
考えない様にしていた焦りがまた湧いてきてしまう。だが今はどうする事も出来ないと、ただ時間を待ち続けるのだった。
そうして昼手前。街々の煙突から煙が上がり始めた頃だろうか。部屋がノックされ、ディアナは起き上がる。
「じゃあ部屋で大人しくしてろよ」
それだけ子供に残して部屋を開けると、そこにいるのはやはりユリアとレイラ。その二人は軽く礼をして言う。
「お待たせしました。お館様のご用意が整いました」
恭しい態度とは別にユリアの冷たい視線が刺さる。その後ろにいるレイラも目が合うと気まずそうに目をそらしてしまう。
「……分かった」
ディアナがそう返事をするとそのまま案内をされていく。レイルベルの姿を探すがどこにもなく、だがいると分かると見られているような気もしないでもない。
「……」
そうして連れていかれるのは以前の来賓室では無く、メイベルの執務室らしかった。その扉の前でまた荷物検査をされ、その後ユリアが部屋をノックし扉を開ける。
「私達も同席しますので」
暴れるなよと。そう言いたのだろう。
ディアナは目を伏せたまま執務室へと入ると、そこの最奥の机には微笑むメイベルが出迎える。そしてその皺のある手で手前のソファに手招く。
「さ。どうぞ座って」
ディアナはユリアを一瞥しつつも、部屋の中へと進みソファへと腰掛ける。後ろではキィっとドアが閉まり、使用人2人がそのドアの両脇に立つ。
「それで呼び出した理由なんですけどね」
そう言ってメイベルは目配せをし、ユリアが歩き出す。そしてその手にはある紙が持たれており、それをディアナの目の前に差しだす。
「貴女に私の奴隷になって欲しくて」
メイベルの言葉と一致するように、差し出された紙には奴隷契約書と書かれている。
「……は?」
唐突にこんな事を言われて受け入れられる人間はいるはずがない。そして勿論こんな物受け入れる訳も無く、拒絶しようとするディアナだが、それを制するようにディアナは。
「リョータさん……でしたっけ?助けたくないんです?」
契約書をぐしゃぐしゃにしかけた手が止まる。そしてディアナの中の警戒度が一気に上がり、威嚇するように視線を鋭くする。
「亮太の件と私が奴隷になる事と何の関係が」
だが核心に触れないようにうやむやにするように、答えている様で妙に引っかかる言い方をするメイベル。
「それが条件というだけです。お一人では相手が相手なだけに大変でしょう?」
じんわりと汗がにじむ。こちらの考えを見透かされている様。それにこちらの情報についてそれなりに持っていそうでもある。だが、どちらにしても私が奴隷になる理由がない。
「……答えになっていませんが」
メイベルは笑顔を崩さぬままニコニコとこちらを見続ける。そして窓の外へと視線をやり、淡い色のカーディガンを靡かせる。
「私はこの街が好きなんですよ。何にも代えがたく」
また何が言いたいのか分からない事を言い出したと、ディアナは詰めようとする。だが、メイベルの穏やかな雰囲気とは別に、確かにこちらに圧が向けられ出かけた言葉が詰まる。
「先々代に嫁いだ時から変わらないこの景色。異国の人々で溢れ活気のある街。それをオークランス家の街として将来まで残す事。それが老いぼれである私の最後の役目」
ゆっくりとメイベルの首が回り、再びディアナを鈍く光るその目で見る。それは老婆では無く、確かに1人の貴族として雰囲気を纏っている。そして杖を床に押し付け、立ち上がる。
「だからこそここで立ち上がらないといけない。それだけの用意は出来ている」
メイベルの足は年相応にふらつきながらも、その目はディアナを離さず着実に近づく。
「準備を怠るなかれ。家訓のような物ですね」
メイベルはディアナを見下ろす。そしてその手は奴隷契約書を手に取り丁寧に皺を伸ばし、改めてこちらに差し出してくる。ディアナも自然と心拍が早くなるのを感じる。
「絶対に貴女が必要な訳じゃない。でも内務卿と関りのあった貴女がいた方が何かと便利。裏切ることのない奴隷として味方にいれば猶更」
ディアナは焦る中でもひたすらに思考を回す。奴隷になるデメリットはあまりに大きいが、確かに1人でプレヴァルを相手取るリスクも大きい。
(だがこいつを信用するのも……)
ディアナはメイベルの表情から情報を読み取ろうとする。だがそれすら先手を取られてしまった様に、メイベルは重ねて言う。
「そんな怖い顔しないで。この契約書を最後まで読んでみて」
その指に指された条項に目を落とす。そしてそこに書いてある事をディアナは言葉にする。
「……期限付き」
2年後に解消されると書かれている。珍しい物だが偶にあり得る契約ではある。そしてディアナの感情が傾くのを察し、メイベルはそっとディアナの手を触る。
「どう?貴女にとっても悪い話じゃないと思うけど」
ディアナはその手に被せられた皺のある掌を感じる。そしてメイベルは思考の隙を与えず焦らせる様に、手を握って来て優しい声色になる。
「目的は違うけど敵は一緒。協力しましょう?」
潮風がカーテンを揺らし部屋の中の空気をかき乱す。そしてディアナは思わず頷いてしまう。
「……はい」
押し切られてしまっている自覚はある。だがこの貴族から逃げて1人で助けに行くより、よっぽど勝算のある道だと思ったのもあった。
そして満足げにメイベルは頷き、ペンを差し出す。
「共に。頑張りましょう」
そうしてディアナの首には赤い奴隷紋が廻り、その奴隷契約書には名前が刻まれる。そしてその後は少しの間待機するとだけ伝えられ、レイラに連れられて執務室を後にするディアナ。
「……失礼しました」
扉が閉まり緊張が一気に解ける。気付けば汗がびっしょりと搔いてしまい、中々に気持ち悪くなってしまう。首元の慣れない模様を気にしながらも、水浴びをしたくなってしまう。そうしてレイラの後に続いて歩いていると、ふとその使用人服が揺れる。
「ちょっとだけ話しをしませんか。あの人の事について」
なぜ。そう問いかけるのは無粋なのだろう。それにメイベルの下に付くとなった以上、ある程度腹を割る必要があると、ディアナも一歩踏み出す。
「風呂に入れてくれたら良いですよ」
するとレイラは頷き黒髪を靡かせ迷うことなく歩き出す。それは先ほどのディアナとメイベルの会話で確信した所があったからだ。
「……この人は奴隷商の事」
そんなレイラの呟きはディアナには聞こえない。そうして2人。湯気の籠る大浴場へと踏み入れるのだった。
ーーーーー
そして静かになった執務室。疲れたようにソファに背中を預けるメイベルへと、ユリアは歩み寄る。
「良いのですか。嘘を付いて」
ユリアはそっと紅茶を淹れメイベルの前にカップを置く。メイベルはその湯気を眺めながら、カップの取っ手を指先で掴む。
「嘘では無いですよ。現に今でも彼はプレヴァルの館に幽閉されていますし」
メイベルはゆっくりとカップに口をつけ、慣れたその味に頬を綻ばせる。だがそれとは対照的に顔色の明るくないユリアは、ドアの向こうを気にしながら言う。
「でも処刑の件は立ち消えになったのでしょう?」
するとメイベルは受け皿にカチンとカップを置き、ふぅっと息を吐く。
「まぁ良いじゃないですか。それを伝えたら彼女は契約書にサインしてくれないでしょう?」
ユリア自身ディアナを信用していないから、奴隷になってくれるのはありがたい。だが、それは別にして不誠実な行いに多少の憤りを覚えていた。
「……」
だがユリアはどこまでいっても奴隷。何を思おうが、結局主のやり方に逆らう事が出来ない。
「……出過ぎた事を言いました」
そう頭を下げ一歩引くのが彼女の生き方。それに主への敬愛もある上、奴隷商が無事ならいいと自身を宥める。そして話を逸らすようにユリアは伝える。
「あと……帝都からワインと使者が送られてきましたが」
その言葉にメイベルは眉を上げ、少しばかりの逡巡の後。答える。
「ワインは捨てて。使者は追い返した後にあのダークエルフに処理させなさい」
ここは国内だと帝都から一番遠い位置にある領地。だとしても性急な対応に思えるが、メイベルは腹をくくったという事らしい。
「えぇ。ではそのように」
そしてメイベルはまたカップに口を付け、それを机に置いて立ち上がる。その顔は確かに決意に満ち、咄嗟にそれを覆い隠すように笑みを顔に張り付ける。
「じゃあ手紙を沢山書かないとね。密使の手配は頼みましたよ」
そうしてまず、メイベルの筆がなぞった手紙の主はクレリアン公。クラリスの実家である有力貴族への物だった。




