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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第五章
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第69話 館の主


 木々の間から見える、街の様子。それは巣を突っつかれた蜂の様に慌ただしく鐘を鳴らし、喧騒がここまで響いてくる。それに怯える様に銀色の髪を揺らすルナと、彼女に自身の不安を隠すように抱き寄せるシエナ。


「ディアナさん……逃げないんです……?」


 シエナのその問いかけを、ディアナは街の様子を注視することに優先し無視する。ディアナにとってこの二人の優先度はその程度だったからだ。


「……西の城門が騒がしい」


 眉間にしわを寄せ、出て来る人影が無いか、何かを積んだ馬車が無いか。それを見逃さないようジッと見るが、その袖を引き続けるシエナ。


「こ、ここまだ距離も取れてないですし……もう少し離れて……」


 街の中の様子を確かめるためにこの距離にいるのが分からないのか。そう心の中で反論しつつも、相手にしている暇はないと、それを続けて全く無視する。


「1人……2人……あれは旗持ちか」


 どうにも城兵の騒がしさが落ち着いているように見える。周囲を警戒するように城壁外へと人が出払い始めている。人を探しているようには見えず、どちらかというと外からの侵入を警戒している様。


「え、人出てきましたよ……?私達も危ないんじゃ……」


 いつまでも引かれる袖を振り払い、ディアナはナイフの柄に手を当てる。今すぐにでも走り出せるよう腰を浮かし、その街の変化にすぐに対応できるようにする。だがその袖を引っ張るのは1人だけじゃなく。


「ディアナ……さん……?」


 視線だけそれに向けてしまう。ディアナ自身そこまで思い入れがあった訳では無いが、他人ごとに可哀そうに思っていた彼女。今日一日奴隷商も関りずらそうにしていた、その彼女とあまりに似ているルナの銀の髪と目。


「……」


 そこで勇み足だったとやっと冷静を取り戻す。ディアナは浮かした腰を戻し、ゆっくりと息を吐く。


「……今行っても無理か」


 ディアナはクロヴィスと一対一で勝った経験が無かった。それなりに手合いをしてきてもただの一度もだ。それだけで諦めたくないが、そこにある二つのお荷物をディアナは苛立たしく見る。


「こいつらさえいなければ……」


 破滅したって良かった。単身で突っ込んで死んでもそれはそれで後悔は無かった。だが、ここに1人では到底生きていけないような2人の荷物を抱えてしまっている。


「……んで私がこんなに気にしないといけないんだよ」


 そう悩む内に街からは馬車が急ぎ足で駆け出ていく。立ちあがる土煙の隙間から様子を伺うが、窓はあまりなく荷台の中身までは見えない。だがその様子からして大抵の推測は出来た。


「……すぐに……殺さないのか」


 改めて処刑を仕切り直すのかプレヴァルの指示なのか。それは分からないが確かに騎士達を連れその馬車は帝都の方へと走っている。多少の猶予が残されているのは確からしかった。ディアナにとってはそれが無い方が、踏ん切りがついたのだが、どうにもならないらしい。


「……ッチ」


 ディアナは不快そうに舌打ちをし、その2人の子供を見下ろす。


「お前らをオークランスの所に置いていく。5日でいくぞ」


 ルナは訳も分からない様に怯え、シエナは何を言っているんだと言いたげに眉を顰める。


「え……でも元々あと10日の予定で……」


 冒険者の癖にそんな甘い事を言うシエナを見下ろしたまま、ディアナはナイフを仕舞い鞄を背負う。


「夜も走れば間に合うだろ。ついて来れないなら捨てる」


 そう言って走り出すとシエナは戸惑いつつ追いかけて来る。だがルナはその場に立ち止まり、戸惑ったように、小さくなっていく馬車を見つめ動こうとしない。


「で……でもあの人が……」


 そう言いながら馬車を指差し一向に足を動かさない。それが出来ないからこうしているというのにと、いら立ちが募っていく。


「……誰のせいでこんな事っ」


 あんたらが居なければ私だってあの馬車を追いかけていた。その癖に自分は一人前に心配するなと思ってしまう。


 そんな苛立ちを抱えながらも、その場に留まろうとするルナの手を無理やり引いて走り出す。だがその手を引かれながらも、ルナはしきりに後ろを気にして。


「いっしょにいないと……私が……」


 まるで自分がクラウディアだとでも言いたげなその反応。そんな思わせぶりな反応のせいで、どれだけあいつが苦しんでいたと思うのか。やっとクラウディアは死んだと受け入れさせれたというのに、こんな奴が現れたせいで……


 そうひたすらに悪態を心の中で吐露するが、ディアナはその手を離す事はなかった。


「……似ちゃったんかね」


 ディアナはルナの手を引っ張り、その足をひたすらに動かし続ける。そうしてそれは文字通り夜通りで走り、安全な昼間の内に睡眠を短く取り、また走り出す。


 靴裏は剥がれかけ、脚には切り傷が目立ち、せっかく手入れしてきた髪はクシャクシャになってしまう。それでも無理を押してその海を目にしたのは、7日後の事だった。


「……これで門前払いだったら」


 僅かな地図の記憶を頼りにその館へと向かう。遠く見える港は至って平和で、夏らしい日差しと海風が正面から吹き込んでくる。そこで遠目に丘上の館に気付き、ディアナは足を止める。


「一回水浴びして外見整えるぞ」


 相手がどんな人間性だとしても貴族な以上体面は気にするべき。それこそこれからお願いをしに行く立場なら猶更。そして振り返った所にいるのは、今日は麦色の髪が良く目立つルナと明らかやつれているシエナ。


「やっと……ついたの?」


 奴隷商によればラウラという奴隷に性格面は似ているらしい。ディアナ自身面識がまともに無いから知らないが、この愛嬌では少しばかり心配になる。


「今から銀色の方になれないのか?」


 そう聞くが自分自身では自覚が無いのか、首を傾げるルナ。それを相手する事に疲れ、ディアナは鞄からタオルを出しシエナに押し付ける。


「やってこい」


「あ……え……はぁ」


 そして2人の足音が川のせせらぎへと向かうのを確認すると、ディアナは1人で水浴びがしたいと、少しばかり下流側へと降りて河原に腰を下ろす。


「……冷た」


 上流にあるルナの大きな魔力を確認しつつ、ナイフだけは傍に水浴びをさっさと済ませる。しばらくの汗と土汚れが落とせ、多少気分はマシになっていると、ふと背後にある気配。


「━━ッ」


 咄嗟にタオルを巻き背後の木々の影を見る。手にはナイフだけは握り、戦闘の意志だけは見せる。

 

 だが想定とは違い、そこから出て来るのは黒髪の少女。彼女は戸惑ったように肩をすぼめる。


「あ……ちょっと洗濯しにきただけで……」


 そう影から現れた黒髪の少女は給仕服をしており、どこかの貴族の使用人らしかった。そして確かにある首元の奴隷紋で、ディアナは安心してナイフを仕舞う。


「あぁ申し訳ない。少々気が立っていた」


 ディアナは手早く服を着直し、荷物を纏める。そしてその作業の脇で、黒髪の少女は洗濯物を始めるが、衣服を見るにどうやらそれなりに良い所の使用人らしい。


「この辺の貴族様の使用人で?」


 するとその黒髪の少女は、肩下まで伸びた髪を気にしながら汗を拭う。


「えぇ……これは使用人用の服なので盗んでも大して売れませんよ」


 どうやら疑われてしまったらしい。警戒したような眼でこちらを見てきて、ワザとらしく腰に差しているのであろう得物の存在を仄めかす。


「いやいやそんなつもりはないですよ。ではお仕事頑張ってください」


 ディアナはそう言って上流へと向かう。どこまでも警戒されてしまったが、服装は確かに冒険者らしい軽装だったから当たり前か。


「……もう少し好印象を持たせたかったか」


 おそらくあの使用人もオークランスの所のだ。あそこは奴隷の扱いも良いという話で、あの使用人も肌ツヤが良く体つきも良かった。だからこそ多少気を遣って会話をしたつもりだったが、空回りだったらしい。


 そうして頭の中で反省をしつつ、岩の裏を覗き、その子供2人を見るのだが。


「……ガキはやっぱ好かんな」


 2人で水切りをして遊んでいる。さっさと体を洗えと言ったのに、どこまでも言う事を聞いてくれない。ディアナは頭を掻きながら、ため息を零す。


「おい!さっさと準備しろ!!」


 声を張ると、驚いたようにこちらを向く2人。


「え、あ、はーい……」


 シエナが残念そうに声を落とし、その前の水面には幾回か水紋を浮かべた石が沈む。それを眺めながらルナは、髪を結びながらこちらを振り返る。


「私は終わってるので。あとはシエナさんだけです」


 それに対して適当な生返事だけをし、さっさと周囲の警戒をするディアナ。ふと気になって下流を見た時には、使用人の奴隷は消えていた。


 そしてしばらくして、子供2人の準備が終えたのを確認すると、すぐに歩みを再開してその館を目指す。そして館が近付くにつれ、一応の声かけだけはしておく。


「ルナはとにかく気に入られろ。シエナは……まぁ頑張れ」


 シエナは確かオークランスの所の奴隷が知り合いで、会いに行きたいんだっけか。なら多少は交渉の種にもなりそうかと、脳内で思考を巡らす。


「え、私ってその貴族に拾われなかったらどうするんです……?」


 ルナはどこか不安そうに問いかけて来る。それはずっとディアナも奴隷商も言及してこなかった所で、それを面と向かって正直に言うには少しばかり気が滅入る。


「……さぁな。まぁ良い未来に無い」


 ルナの聞きたい事では無いのだろうと思いつつも、それ以上何も答えない。そして会話は途切れ、ただ海風を浴びながらその広大な館を前にする。その正面の門まで行くと、暇そうに欠伸をする門番がいる。


「少し良いですか?少々用がありまして」


 するとスッと背筋を伸ばし槍を持ち直し、こちらへと凛々しく顔を向けて来る門番。


「はい?今日来客予定は無かったはずですが」


 そこで奴隷商と元々決めていた文言を出す。


「ユリアとレイラの奴隷商が用があり出向いたと。伝えてくれれば」


 奴隷商が売ったという二人の名前。ディアナは面識がないが、シエナがいればなんとかなるだろうという算段。そして衛兵は少しばかり悩みながらも、頷く。


「少し話を聞いてくるのでここでお待ちを」


 走って館へと向かっていく衛兵。どこまでも平和というか、腑抜けているというか。それをどこか遠い眼で眺めながら、シエナに話しかける。


「レイラとユリアとは仲は良かったのか?」


 するとシエナはどうにも言えない顔をしつつも、自信なさげに答える。


「レイラは……そうだけど……ユリアさんは……んん……わかんない」


 見栄っ張りの彼女がそんな反応をする事に少々の不安げに感じていると、館の扉が開き女の声が聞こえてくる。


「奴隷商って男ですよ……?女じゃなくて……」


「いやでもお二人の名前言ってましたし……」


 先ほどの衛兵と淡い水色の髪をしたおっとりとしたような給仕服の奴隷。それが話しながらこちらに歩いてきて、眼がふと会う。


「あら。あの人にしては随分可愛らしくなりましたね」


 聞いていた情報からしてこっちが恐らくユリアなのだろう。一応の礼をしつつディアナは言う。


「その奴隷商の代理です。この子を見れば信じていただけます?」


 そうシエナの方に視線を集めさせると、ユリアは分かりやすく目を輝かせ両手を合わせる。


「あぁ!大きくなって!!懐かしい~~!!」


 声色を上ずらせ、勝手に扉を開けてシエナへと駆け寄るユリア。それはシエナの青髪をワシャワシャとかき乱し、少しだけ引かれてしまっている。


「ちょ、ちょっと……ユリアさんって……」


 少しだけシエナが微妙な反応をした理由が分かった気がする。そんな2人を横目に、ユリアが動いた事で見えるその黒髪の少女。ディアナの予想通りの彼女らしく、レイラという奴隷なのだろう。


 そして戸惑ったように衛兵が、シエナを抱き寄せるユリアに話しかける。


「え……ちょっと……招いても良いんです……?」


 すると長いその髪を揺らしユリアは振り返る。


「えぇ!せっかく遠い所から来てくれたんですから。すぐに来賓室に案内してあげてください」


 そう言った時のユリアの眼は冷たくルナとディアナを睨んでいた。それが意味をするものは分からないが、警戒でもされているのだろうとディアナは受け流す。


「……助かります」


 そうしてそのままディアナ達は館の中へと通され、来賓室とやらへ連れてかれる。そこは文字通り来賓用という感じで、上物ばかりの家具に備品で、開いた窓からは海風と海の青さが入ってくる。


「良い所に買われたんだな。ほんとに」


 あの奴隷商が頼ろうとする訳だ。奴隷の使用人相手にも衛兵は威張らず対等に会話をし、誰一人傷が見える場所に無い。


 そう少しばかり感心しつつも、しばらく待つと、ユリアとレイラが部屋の中に入ってくる。レイラは部屋に入るなり小さく手を振り、それを向けられたシエナもぱぁっと笑顔になって手を振り返す。だが、そこで終わりでは無く、誰か老婆が部屋に入ってくる。


「よいしょっと」


 使用人2人を後ろに立たせ、腰を曲げソファの真ん中に座る老婆。そしてこの場の主導権は自分にあると言いたげに、すぐ名乗りを始める。


「オークランス伯爵領臨時執政官、オークランス・メイベル。宜しくね」


 そう名乗りをされたらディアナもしない訳にはいかず。


「ディアナです。家名は無く父の名は忘れました」


 勿論家名はある。だがそれはあまり評判の良い物ではない為、濁しておくことにする。そして特段疑われる事無く、メイベルはすっと前屈みになって問いかけて来る。


「で、貴女は私に用があるんですよね?」


 それは聞くまでも無くディアナに向けられた言葉。流石に帝都の状況は知っているのだろうから、ある程度察しがついているという所だろうか。


「えぇまぁ。この子らを預かってほしくて」


 レイラとユリアはメイベルの後ろに立って無言なまま。シエナとルナはただ単に緊張して話せないだけだろうか。そう様子を確かめながらも、ディアナはその老婆の老眼鏡越しの瞳から目を離さない。そしてその目は一度瞬きをして、思い出すように窓の外を見る。


「まぁ彼が処刑されたとなると……ですか」


 その言葉に後ろにいたユリアとレイラが目を剥く。そして代表するようにユリアが、少し前屈みになって問いかける。明らかに動揺しているのを見るに、それなりに奴隷商と交流があったらしい。


「え、その彼ってのは……」


 するとメイベルは、不思議そうな顔をして後ろを振り返る。


「奴隷商さんの事。言って無かったですっけ?」


 明らかに動揺し顔を引きつらせ首を振って、瞳を揺らすユリア。そしてずっと黙っていたレイラは表情が定まらず状況が掴めないよう。だがこの様子だと奴隷商が処刑から逃げたのは伝わっていないのか、それとも隠ぺいされているのか。


 それは分からないがやはり事情を全てを知っている訳でないらしい、メイベルはまず話だとディアナに向き直る。


「まぁ彼女らの事もありますし、その依頼は受けますよ。ただ一つだけ聞きたい事が」


 案外簡単に受け入れられそうな事。それに拍子抜けしてしまうが、奴隷商が死んでいない事を言いそびれてしまった。


「え、あぁはい。なんですか?」


 だが死んだと思っているなら同情を買える。それこそあの使用人2人はこちら側に引きこめそうでもある。前のめりにこのチャンスを逃さない様にするディアナだが、メイベルはスッと目を細めルナを見る。


「そこの子。龍人でしょ。目が特徴的」


 そう言われディアナはルナの眼を見るが特に違いは分からない。だがメイベルは確信したように言ってくる上、当たっているのでとりあえず話を合わせる。


「そうですが……何か……?」


 するとメイベルは満足げに頷く。そして自身の膝に手を置いて立ち上がる。


「ディアナさん。貴女もここに滞在するなら条件を飲みましょう」


 なぜ自分の名前を知っている。そんな疑問を問いかけられる空気感では無い。それになによりその提示された条件が受け入れられる物じゃなかった。


「え、いやっ……私はそういう訳には……」


 ここに来たのは荷下ろしをする為。身軽になってこのまま奴隷商の所に向かうためなのだ。だからと、半ば中腰になって抵抗しようとするが、メイベルは折れる気が無いのか腰を戻すことはない。


「帝都までの案内役が欲しくてね。なぁに別に1年や2年もかかる話じゃないから」


 そう言って話は終わりだと部屋をあとにしていってしまうメイベル。交渉というよりは半ば強引に決められてしまった。これなら勝手に抜けだしてしまおうかとも考え、ナイフの感触を確かめようとする。


 だが雰囲気がピリつくのを感じる。


(……逃げれないか)


 レイラは未だ動揺から抜け出せないのか、明らかに様子がおかしい。だがユリアは平静を取り戻し、こちらをジッと見て離さない。


 技量からしてそれなり。他にも使用人がいる事を考えれば、下手に逃げ出すのは効果的じゃないか。それこそ通報でもされたら、帝都までの道を検問されてしまう。


 面倒な所を頼ってしまったと心中舌打ちを零しながら、ディアナは立ち上がってユリアを見る。ユリアは半歩片足を引いてすぐに動けるようにするが、ディアナは顔を顰めながらも手を差しだす。


「じゃあよろしくお願いしますね」


 無理に笑みを張り付ける。こういうのはずっとやってきたから得意な物。だがそのユリアは、一瞬警戒したように手を伸ばしかけ止める。それに嫌な予感がするが、ユリアはすぐに取り繕って手を握り返してくる。


「えぇよろしくお願いしますね。そこの2人も」


 何か面倒な事に巻き込まれたような気がしてならない。だが今はあまりに情報が無さすぎる。だから今はと、逃げ出す機を伺うためディアナは、とりあえずこの館に留まる事にするのだった。

 

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