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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第四章
61/91

第61話 約束と流れる時間

遅れました!申し訳ありません!


 鎧の擦れる音に何人もの荒々しい吐息。亮太達は地上を目指して傾斜のある道を進むが、中々景色が変わる事無く気が狂いそうになる。もうかれこれ数日は経っているのだろう。相変わらず時間は無いが、それぐらいの期間ずっとランタンの灯だけを頼りに道を進む。

 

 唯一の救いはアルフレッド達には道が分かっているという事だろう。魔力でマーキングしているからどうとか言っていたが、その仕組みは亮太には分からない。だからただこうやって最後尾から背中を追いかける。


「……」


 そして目の前にはこのパーティの荷物を1人背負うクラウディア。この所一言も会話を出来ず、亮太側からもなんて声をかければ良いか分からず時間が過ぎている。そしてその間を埋めるようにクリスが、よりクラウディアに構うようになっていた。


「大丈夫?荷物持つよ?」


「あ、うん……じゃあこれだけおねがい」


 クラウディアの抱えていた、鞄には入りきらなかった鍋を、クリスは取っ手を握って抱える。そしてそのまま2人は並ぶ。


「中々景色変わらないね」


「……そう……だね」


 クラウディアの首元には赤い奴隷紋が今もある。それはディアナによればどうしようも出来ないもので、気を揉んでも仕方ないと。だが亮太にとっては、だからといって彼女が奴隷であり続ける事を許容して良いのかと心が受け入れられない。


 亮太はまた堂々巡りの思考になりそうだと、クラウディアから目を逸らし地面を見て歩く。そして幾日か前のクラウディアの発言が頭によぎる。


「……約束した……んだから」


 自分では深く考えず流れで言った、ずっと一緒にいるという言葉。それがクラウディアにとって想像以上に大きくなっていて、そして失望させる結果を招いてしまった。


 そう後悔し漏らした言葉。それはクラウディアにも聞こえ、バレないよう何か言いたげに視線を向けて来るが、亮太は気付かない。そしてその代わりに亮太の傍を歩くのは、またディアナだった。


「前を向いて歩け。転ぶぞ」


 クラウディアは自分に言われた訳じゃないと分かりつつも、亮太と目を合わせるのに怯え、すぐに前に向き直る。そしてその言葉を向けられた当人である亮太は、未だ視線を落としたまま。


「……前。見てますよ」


 この所ずっとこんな調子の亮太。クリスに聞いても原因は分からないと言っていたが、ディアナからすれば大体の察しがついていた。そしてその奴隷を横目に、深くため息を零す。


「理解はしてんだろ。意味ないって」


 抽象的に濁してい言うディアナ。だがそれがクラウディアに関しての言葉なのは、亮太自身にも伝わる。そして理解しているからこそ、拒みたいとそう思ってしまう。


「その奴隷制そのものが無理でも1人助けられないなんてこと……」


 亮太はすれ違うようにクラウディアの背中を見る。だがディアナはその先にいるブランシュを見ながら言う。


「なら交渉することだな。あの姫さんに」


 楽しそうにアルフレッドと会話をするブランシュ。流石に自分の会話に夢中なのか、こちらには気付かない、というより興味を全く示さない。


「……」


 そして亮太自身ディアナに煽られてもそれができなかった。これまでのクラウディアの接し方で、それがおおよそ不可能なのは分かってしまっているからだ。そしてその反応にやっぱりかと心の中に零しながら、ディアナは言う。


「あと3日で地上だ。それまでに踏ん切り付けろよ」


 そう言ってディアナは亮太の隣から離れる。そして前方からある、気に掛けるようなレンズ越しの視線にも気付かず、亮太はただ悩むように項垂れる。


「……分かってる……分かってるけど……」


 それを受け容れられるほど亮太の心は強くない。真正面から受け入れたくない。だがその漏れ出た感情と言葉は、確かに前を歩くクラウディアにも届いてしまう。そして顔に影を落とす彼女に声をかけるのは、亮太では無くクリス。


「……もうすぐ休憩だから。頑張ろ」


 そっと肩に手を置いて優しく囁く。クリス自身は亮太の言うようにどうにかしてクラウディアを解放させてあげたい。そう思うようになったのに、その亮太が可能性に打ちひしがれて今は悩みだしてしまっている。その現実込みで俺にそう非現実な理想を提案したんじゃないかと、一言言ってやりたくなるが、あの様子では強く言えそうにも無い。


「……待ってるぞ。俺は」


 亮太がパーティに残るというのなら全力で援護する。それがクラウディアの為になると思うから。それはクラウディアに頼られた事で一層強く思う。


 そしてなにより奴隷という物を無くそうと。そう言ったあいつの言葉が、ずっと棘の刺さっていた過去の罪滅ぼしの方法を、教えてくれた気がしていた。非現実的でもそれを目指すことに意味があるのではと、自分の父のした事と、自分の罪にそう思うようになった。


 だからこの数日とこの日も、クリスは亮太を信じ何も言わなかった。いつものように会話をし剣術をし、クラウディアに関しては不自然に触れない。それはあいつ自身で乗り越えるべきものだと思ったからだった。


 そんなクリスの気持ちなど知らない亮太は、それからまた一回の睡眠を挟む。そしてまたいつものように歩き地上を目指す。未だその視線は地面を向いたまま、前にいるクラウディアを見る事が出来ない。


「一旦あそこで休憩するぞ」


 アルフレッドが前から呼びかける。それに反応してパーティの全員は近場の少し開けた、洞穴のようなところに腰を下ろす。


「え、でねでね~その時お父様が~」


 ブランシュの猫なで声がよくそこに響き、アルフレッドが微笑みと共に相槌を打つ。この辺りは地表が近付いたこともあって、それなりに安全で気を抜いても許されるからだった。


「……」


 亮太は黙々と火の面倒を見る。ディアナは辺りの警戒の為、1人離れて立ってナイフの柄に手を当てている。そしてクラウディアはクリスの隣で、ジッと時間が過ぎるのを待つ。ブランシュが近くにいる時は、標的にならないよういつもこんな感じだった。


「それでその奴隷を殺しちゃってさぁ~」

 

 ブランシュはおおよそ亮太とは価値観のそぐわない話をしている。だがアルフレッドも大して不快感を示さずに、平然と相槌を打つ。


「そりゃ奴隷が悪いね。飼って貰ってる立場で病気になるなんて」


 クリスは苛立ったように眉を上げるが、何も言わずに目を瞑る。クラウディアも気まずそうに目を落とし、ディアナはそもそも聞こえていないよう。それを分かっていてアルフレッドは言ったのかもしれない。


「……」


 そして俺は。どう思うのが良いのだろうか。言っている事は酷いが、価値観も何もかも違う人たちの行為を非難する権利は果たしてあるのだろうか。それこそ一つの病気が死に至りかねない世界なら、蔓延させないために1人の命を犠牲にした方が……


「……んで俺がそっち側になってんだよ」


 首を振って浮かび上がる思考を振り払う。人一人を殺す事を正当化する理由なんてあっていいはずがないと。


 パチッと焚火が割れる。そしてそれと時を同じくして、外を見回っていたディアナが駆け足で戻ってくる。


「あっちからゴブリン共の群れが来てる。早めに動きましょう」


 ディアナが指を指すのは本来これから向かう道の方だった。つまり後戻りをしないといけないと言う事だが、要らぬ戦闘をする意味は無いと判断したのかアルフレッドは。


「うん。じゃあ迂回しようか。それで良いですね?」


 ブランシュに確認をすると、特に異論は無いらしく頷く。その目は相変わらずディアナを恨めしそうに睨んでいるのは、2人の楽しい会話の時間を邪魔されたからなのだろう。


 そうして手早く撤収の準備を進め、少し空間に幅のある脇道へと進む。一応の戦闘隊形で、アフレッドを先頭にクリスブランシュ亮太ディアナと、ブランシュだけは守る様進む。


「……」


 すると段々と道幅が広がり、コケや植物らしい植物も良く見えるようになってきた。それこそ森の中だと言われても違和感の無いほど、辺りは緑が増え、遠い天井はひび割れのように空の青さをこちらまで届かせる。そのやっと見えた空は亮太には、ただ眩しく、そして恨めしく見えてしまい目を細める。


「……どこの世界でも太陽は変わらないんだな」


 直視が出来ない程の眩しさ。それはこれまで真っ暗な地下を進んでいたから余計にそう思うのだろう。そしてそんな言葉通り上の空な亮太の背中をディアナは小突く。


「前向いて歩け」


 そう言われ視線を落として手に握ったナイフの感触を確かめる。


「……はい」


 これまでこのパーティで助けられながらも数回戦闘に参加してきた。それでクリスに剣術と魔術も教わり、それなりに戦えるようにはなったと思う。だがどちらにせよこのパーティの中ではお荷物な以上、自分の役割を果たさないといけないのだが、思考はやはり目の前の小さな奴隷に向く。


(いっその事ブランシュが死ねばクラウディアも解放されるんじゃ……)


 戦闘のどさくさに紛れてやってしまえば。ふと思いついたそれは案外現実的にあり得そうな考え。だがそれは、自分が嫌悪した殺人の正当化でしかなかった。


 だから神はいつでも見ているのかもしれない。亮太の浮かび上がる思考を咎めるように、顔にかかっていた太陽が少しだけ眩しく無くなった気がした。


「……ん?」


 注意された傍からまた上空を見上げる。全く太陽の眩しさは変わらないように感じるが、何か違和感を感じる。だがそれを感じているのは亮太だけで、ディアナはため息と共に肩を叩いてくる。


「だからな。何か上に━━」


 ディアナがそう言って亮太の視線を追うように空を見上げる。そしてディアナの亮太の肩に乗せた手はピクっと動き、その2人の足は止まる。


「……いやいや。こんな狭い所突っ込んでくる訳……」


 亮太より目が良いのかディアナは動揺を声に現し、顔を引きつらせる。亮太も違和感を確かめるように目を細めるが、未だ太陽の眩しさに阻まれる。


 そんな2人の異変に他も気付き足を止めて問いかけて来る。


「おい。どうしたディアナ?」


 アルフレッドが先頭から心配そうに声をかけて来るが、ディアナはナイフの柄を握ったまま空を見上げ続ける。その様子で何かを感じたのかアルフレッドもクリスも天を見上げる。


 そうしてそこでやっと亮太の視界にもそれが写る。逆光で影しか見えないが、その水色に輝く2つの点と広げられた翼のような物。それは自身の知識に照らし合わせればまるで。


「……竜」


 この場にいた全員が目を見開く。いくら竜とは言えこんな小さな割れ目を通って襲ってくるわけないと、そう思いながらも真っすぐに向かってくるそれに後ずさる。


「に、逃げた方が……」


 ブランシュのそんな怯えた声。それと共に竜の鱗が岩肌に擦られ甲高い音が響きわたり、翼の羽ばたく風圧が亮太達を上から押し付ける。それに目を抑えるが、次に目を開けば、ビルの10階はありそうな位置から見下ろしてくる、その水色の瞳と銀鱗の集合体。それは紛れも無く竜という物で、少しの広がったスペースに両足を下ろす。


 そして誰よりも早く反応したのはアルフレッドだった。


「走れッ!!」


 その言葉に亮太達は足を動かそうとするが、龍はその尻尾を振り回し向かうはずの道の天井ごと辺りを崩してしまう。それで向かう道がダメになり来た道を戻ろうにも後ろはゴブリンの群れ。どうするんだと亮太は他を見るが、そのクラウディアの手は確かに亮太の服を掴んでいた。


「……なんで俺に」


 おそらくクラウディアも何か考えがあった訳じゃ無いのだろう。ただ突然の事に不安や恐怖から逃れるために、その手が伸びただけなのだろう。だが亮太自身頼られた所で同も出来ず、こちらに大きな影を作り、太陽を覆い隠す竜に怯えることしかできない。


「……こんなんどうやって……」


 震え力の抜けた手からは持っていたナイフを落としてしまう。そんな中でも亮太以外の大人は刀を抜き前へと出る。


「亮太!クラウディア!お前らも戦えッ!!」


 アルフレッドがそう叫びながら剣を抜き龍と対峙する。その横にはクリスとディアナも並んで、ブランシュを守る様に立つ。


「あ……え、はいっ!」


 気圧されるがまま亮太は落としたナイフを拾うが、全くもって力が入らない。そして亮太が決意を決め切る前に、竜は威嚇するように雄たけびを上げ辺りの洞窟に響かせる。


 それはそれだけで攻撃かと思う程の大きさで、耳を覆わねば鼓膜が破れそうな程。だがそれに向かってアルフレッド達は駆け出す。


「目を狙えッ!!」


 アルフレッドが前に出て剣を構え、クリスが氷魔法を構える。その脇からディアナが駆けだして、竜の背後を取る様に位置を確保しに行く。


「りょ、リョータ……」


 足が動かない亮太にそう呼びかけるのはクラウディア。だが振り返るだけで精一杯で亮太は、全くもってあり得ない事を言ってしまう。


「に、逃げる……?」


 その言葉にディアナは酷く悩む。それは亮太と逃げ出せるならそれが一番いいと思ってしまったから。その間にも戦闘をするアルフレッドらだが、素人目に見ても全くダメージを与えられずに苦戦するよう。


 そして悩んだ末にディアナは利己的になる自分を抑え首を振る。それは確かに彼女の優しさと責任感の出た言葉だった。


「逃げたく……ない……皆を置いていけない」


 震える声でそう言った。ただでさえあんな巨大な生物と戦うなど怖いはずなのに、ただの奴隷なはずで、恨みのある相手ばかりなのに。自分より半分しか生きていないような子供が、そうる震える手を抑えて言った。


「死ぬならリョータと一緒が良い」


 前にまともにクラウディアの言葉に返せなかったというのに、こんな事を言ってくれるクラウディア。そこまで信用してくれることにありがたさを感じる訳なく、ただただ不相応な信頼に罪悪感を感じる事しかない。


 そしてその罪悪感を晴らすにはと、ここで亮太自身もやっと腹をくくる。くくらざる負えないと思ってしまった。


 だから息を一度深く吸い、強くナイフを握って竜へと向かい直る。


「……じゃあ援護お願い」


 亮太はだり出す。そして背後からは絞り出すような声が聞こえる。


「うんっ!!」


 走りだしてやっと辺りの様子を確かめるが、アルフレッドは幾度も龍の爪を受け、刃はボロボロに鎧も所々剥がれてしまっている。クリスも氷魔法で足止めに目元を狙撃しているが、それが逆に標的になり、爪に追いかけられる。


 そしてディアナは駆け出した亮太の傍に並んで指示を出してくる。


「腹の下に潜り込めッ!大抵の生き物はそこが柔らかいから!!」


 その指示通りディアナと亮太は、クリスとアルフレッドが龍の意識を引いている内に潜り込んでいく。そして頭上からは激しい衝撃音と、パラパラと落ちて来る石の破片。振り返れば肩で息をするディアナが放ったものらしかった。


「行ってッ!!」


 亮太は背中を押されるようにして腹の下に潜り込んで、ナイフを煌めかせる。だが渾身の力込めて叩きつけたナイフは、一瞬の火花と共にぱっくりと割れてしまう。


「……え」


 腹下にはびっしりと銀鱗が占め、どこにも刃が通りそうな所は無い。そして並んでいたディアナも悔しそうに歯噛みをする。


「ッチ、弱点ねえのかよ」


 だがそう不満を零している暇は無いのか、竜が亮太達に気付いたらしく、押しつぶそうと体を地面に擦りつけようとする。それを察したディアナは、すぐに亮太の手を引いて走る。


「頭下げろよ!!」


 押し付けるような風圧の中、竜の影の下を走る。そしてなんとか寸での所で抜け出すが、その押し出された空気によって2人は地面へと転がっていく。そうして土煙の中龍を見上げるが、どこにも傷は無く、差し込む日光に銀鱗を良く反射させ首を伸ばす。


 それを見上げて、先ほどの勇気は一瞬で掻き消え、ただ絶望したように亮太は呟く。


「こんなのどうするんだよ……」

 

 視界端には既に這う這うの体で立っているのが限界なアルフレッド。クリスも魔力が無くなったのか、剣を抜いてアルフレッドを庇うように立っている。そしてその竜は脊髄に青白い光を蓄え、大きくその口を開く。


「火を吐くって本当だったのかよ……」


 ディアナはそう言って後ずさる。その言葉にまさかと亮太も思うが、そこで聞こえてくるアルフレッドの叫び声。


「おいッ!!クリスお前ッ!!!」


 亮太とディアナはその声に視線をずらす。するとそこには走り出したクリスと、その手に抱えられたクラウディアの姿があった。


「……な、何やって」


 その足はボロボロながらも軽々しくそこへと駆けていく。そして来た道。つまりゴブリンのいる方へと向かっている。そこでやっと逃げるつもりなのだと察するが、そのクラウディアは必死にこちらに手を伸ばしてくる。


「リョータがっ!!まだっ!!」


 クリスはこちらに一瞥するが足を緩めない。そして頭上では龍の口からは青白い炎が今にもあふれ出さんと広がっていく。


 そしてそこでこれまでずっと端っこで怯えるように隠れていたブランシュ。それはクラウディアは逃がさないと、手の甲の奴隷主の紋を光らせ喉元に魔力を込める。


「逃げるなッ!!お前が囮になって私達を逃がせッ!!」


 するとクラウディアの喉元にあった赤い紋が眩いほどに光る。そしてその光に反射したクリスの顔は酷く歪む。


「ブランシュッ!!!」


 勝手に逃げ出そうとしたクリスの自業自得なのかもしれない。それは分かりながらもクリスは、主であるはずのブランシュを睨む。

 

 だがそれも意味なくクリスの手からクラウディアは抜け出し、命令に従うまま龍の前へと駆け出る。そこでアルフレッドはすぐにブランシュを連れ亮太達を見る。


「あいつが時間稼ぐうちに逃げるぞ!!」


 そう言ってアルフレッドは、更にクリスの腕を無理やり引っ張り、来た道を戻ろうとする。龍の息吹を浴びるよりかはゴブリンを相手にした方が生き残れると判断したのだろう。そしてディアナもすぐに察したように走り出すが、亮太の足はそこから動けない。


「い、いやだってクラウディアが……」


 竜を前にするクラウディアは瞳に涙を浮かべ、その掲げた両手には魔法で大きな水塊を掲げている。そして竜の口はゆっくりとクラウディアに近づく。


 だが駆け出したディアナはこちらに振り返って叫ぶ。


「無理だ!!諦めろッ!!!」


 そんな事言われないでも分かっている。だが助けないという選択を、”約束”をした小さな子供を置いて行く事がどうしてもできなかった。そしてディアナとは逆に、アルフレッドに連れられるクリスが叫ぶ。


「逃げんなッ!!その子を置いて行くなッ!!!!」


 2つの言葉。それは確かにクリスの物に亮太は傾く。


「……死ぬならクラウディアと一緒に」


 それなら約束通り最後まで一緒に居られる。クラウディアの望みを叶えてあげられる。守れるはずの無かった約束を今ここで踏ん張れば果たす事が出来る。


「……なら」


 そう一歩を踏み出し、竜の口から溢れる熱気を押しのけようとする。だがその向こうから見えるクラウディアは、少しだけ嬉しそうに微笑む。


「だいじょうぶ」


 震える声でそう言った。その顔は1人にしないでと言っているようだが、言葉ではこちらを突き放すようにだった。そんな中岩陰の向こうへと連れていかれるクリスの叫び声が聞こえる。


「その子を1人にしたら許さないからなッ!!お前!!!」


 心臓が経験のないほど早く脈打つ。そしてクラウディアはクリスの方を一瞥しつつも、それでも笑みを浮かべる。


「私もだいじょうぶだから」


 クラウディアの掲げた水球は大きくなり水面が揺れる。それはまるで離れた所にいる亮太までも守る様。そして懇願するように縋る様に言う。

 

「生きて」


 それは自分から”やくそく”を破ってと言っているような物。亮太に生きて欲しいならクラウディアはどうするつもりなのか。


 だがクラウディアはそれを押し隠すようにして、最後まで無理にでも笑う。


「またね」


 その言葉を最後に竜が口から青白い炎を吐き出す。それはクラウディアの掲げた歪な形をした水球にぶつかり、水蒸気を上げていく。そしてその中戻ってきたディアナが亮太の腕を引く。


「あの子の気持ちいい加減汲んでやれッ!!」


 亮太の視界が揺れる。そして抵抗しようにも無理やりディアナに引かれていく。そしてこちらを見送るクラウディアの顔は酷く寂しそうだった。


「なんでッ━━」


 だが最後に見たクラウディアの顔はそれだけだった。青白い炎は水球を一瞬で蒸発させ辺りに水蒸気をまき散らす。そしてすぐにクラウディアの姿は見えなくなり、薄暗い洞窟を引きずられる。


「1人にさせないって……やくそくしたのに……」


 伸ばした手は水蒸気を掴むだけで、何も届かない。ひたすらに伸ばしても伸ばしても彼女の銀色の髪ではなく、空っぽの水蒸気しか掴めない。


 そして辺りに響く地響きのような龍の雄たけび。フラッシュバックするクラウディアの笑み。ただただ理解出来ず視界が酷く歪む。


「なんで……こんなことに……」


 死にたい。そんな感情がただただあふれ出る。あの子の傍で死んでしまった方が良かったと。


 だがその時。ふと耳に言葉が届く。


「お~い。もう朝だぞ~」


 こんな場面に不似合いなその間延びした声。だがそれをきっかけに辺りに見えていた薄暗い岩壁は崩れ、血の底に落ちるような感覚。


 その暗闇の中瞼の裏にある暖かさを感じる。


 そして意識がはっきりすると同時に、今のが夢だったと思い出す。瞼の暖かさに引かれるように目を開けば、こちらを見下ろす栗色の髪を綺麗に梳いたディアナの姿。


「なんで泣いてんの」


 ゆっくりと起き上がる。夢の中よりも大きくなった体に、ボロボロになった黒い外套。そして傷だらけの手のひら。


「あぁ……いや……ちょっとな」


 段々と意識がはっきりとし、今がもう10数年後だと思い出す。そして実感を確かめるように手のひらを握り開いて、ぼーっとする。


「もう赤竜山脈なんだからちゃんとしてよ。やっと墓参りに行くんだから」


 その言葉にそっと空を見上げる。まだ日は昇っておらず空は薄紫色になっている。ゆっくりと白い息を吐き出す。


「そう言えば……そうだったな」


 だからこんな夢を見たんだろう。まるで咎めるような自分の不甲斐なさを指摘するような。そしてその記憶をたどりながらゆっくりと問いかける。


「クラウディアってさ。アリシアと似てるよな」


 確か最初に会った時にも同じ印象を抱いた。その共感を求めるように目元を拭いながら、ディアナを見ると、作業の傍らに答えて来る。


「似てるけど別人だからね。目の色も違うしそもそもあの子生きてたら20歳だよ」


 亮太は……元奴隷商はゆっくりと立ち上がって、感情を整理し直す。


「分かってるよ。そう思っただけだ」


 そう顔を逸らす元奴隷商。それを片付けをしながらもディアナは察したように微笑み言ってくる。


「夢ってクラウディアの見たんでしょ」


 その言葉を否定できない元奴隷商。それを回答として受け取ったディアナは荷物を背負いなながら、振り返り言う。


「まぁ行くよ。あんたの感情もそこで整理付けるよ」


 なんだかんだあれから10年と少し一緒にいてくれるディアナ。今では死の縁から助け出してくれて、今ではこんな事にも付き合ってくれている。ただただ感謝しか湧いてこない。


 そうやけに昔の事を思い出す元奴隷商はディアナに並んで、後悔や悲しみの感情を隠すように弄る様に笑う。


「お前って大分丸くなったよな。昔あんな感じだったのに」


 するとディアナは不快そうに目を細め、その足裏で蹴ろうとしてくる。それを咄嗟に避ける元奴隷商だが、ディアナは唇を尖らせる。


「……誰のせいだと」


 そうして2人は会話もほどほどに雪積もるその山脈へと向かう。過去の思い出を清算するために、反省と後悔と向き合うために。一緒にいるという約束をまた果たすために。


「今行く」


 吐き出した白い息はスゥっとオレンジ色に染まり出す空へと昇っていくのだった。


 

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