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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第四章
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第60話 岐路


 アルフレッド達のパーティに拾われてからまた5回程の睡眠を挟む。時間感覚が無くなり、今寝ている時間が夜なのかも分からない。そんな中亮太もある程度この生活に慣れて来て、眠気に誘われ布に体を包まって目を瞑る。


 そして意識が微睡む中、その肩を揺らす小さな手。


「……ね……ちょっと……リョータ」


 ぼんやりと視界が広がる。焚火は未だパチパチと弾け、浮かび上がる視界は暖かい色になる。そしてその色を良く反射し、暗闇に輝く銀色の髪。


「ん……?あ……あぁ。クラウディアか」


 欠伸と共に起き上がると、どうやら今の夜番はディアナらしい。火の面倒を見ながらも、こちらの事は見て見ぬふりをしている。寝る前まで話していたクリスも、今日の戦闘疲れ果てたのか深く眠りに落ちている。そう辺りを見渡しながらも、亮太は自身の袖を引っ張るクラウディアを見る。


「どうしたの?寝れない?」


 するとクラウディアは顔を伏せもじもじとしながらボソッと言う。


「……ちょっと……その」


 何か言い出しずらいような、顔を上げて言いかけては引っ込める姿。

 この様子からしておおよそトイレなのだろうと思い、言わなくて良いと手で押さえナイフを携えゆっくりと立ち上がる。


「まぁじゃあ川行こうか」


 予想が当たったのかクラウディアは小さく頷く。そして亮太は確認をするようにディアナに視線をやるが、どんな印象を抱かれてるのか牽制するように言われてしまう


「逃がそうとか思うなよ」


 その言葉に亮太は何か言い返すことなく、頷いて視線を落とすだけ。ディアナは焚火の明りを反射させながら、興味を失ったように視線を逸らす。


 そうして亮太はランタンを持ち、目元を擦るクラウディアを連れて地面を進む。地上を目指して上がってきたからか、光景は移り変わり、この辺りはコケが減ってまた岩肌が多く見えるようになっている。その中二つの影が小さなランタンの灯に照らされる。


「……リョータはさ。地上に戻ったらどうするの……?」


 何か意を決したかのようにそうクラウディアが聞いてくる。その声色には酷く怯えと恐怖が混じっているようだったが、亮太にはあまり重く受け取られない。


「ん~まぁこのパーティにお世話になり続ける訳にいかないけど……」


 でもクラウディアの事が心配だ。それを本人の前で言っていい物かと悩んでしまう。まるでクラウディアを重荷に感じているとでも、そう受け取られないからだ。


 だから言葉に詰まって悩んでしまうと、クラウディアがまた服の裾を掴んで歩きを止めてしまう。


「……やくそくは?」


 振り返ると瞳の輪郭を大きく揺らし、見上げて来るクラウディア。その手は不安を抑えるように胸元にあてている。それは地上が近付き、亮太が居なくなってしまうという事に怯えていた。


 そして亮太も不安にさせる物言いだったと反省し、その銀色の綺麗な髪の頭を撫でる。


「勿論守るよ。1人にさせないよ」


 元々地上まで一緒という条件でパーティに入っている以上、出来ない約束になるかもしれない。その可能性は大いにあると言うのに、今は恰好を付けようとしてしまう亮太。ただ目の前の子供を泣かせたくないと、都合の良い言葉だけをかけてしまう。


 そしてそれは弱さだった。その弱さをクラウディアも子供ながらに感じとってしまったのか、未だ顔色は晴れない。


「……でも地上に戻ったら抜けるんでしょ」


 その言葉に亮太の撫でていた手が止まってしまう。恰好を付けてその場しのぎで言った言葉をすぐに咎められてしまった。どうしようかと悩みながらも膝を折って、俯くクラウディアと目線を合わせる。


「もしそうなってもクリスがいる。だからさ━━」


 クリスは自分よりも現実が見えているし、何よりこの世界の人間だ。自分なんかよりもクラウディアの為になれる奴だし、ブランシュの使用人なら傍に居続けられる。よっぽどふさわしい人物だと、そんな意図だったのだが、クラウディアは大きく首を揺らす。


 ただ何も言ってくれない。首を振るだけで嫌だと意志を見せるだけ。それに困り果て、まさかと思いつつも亮太は聞くのだが。


「クリスの事は嫌い……?」


 その問いかけにもクラウディアは首を振る。ならなぜとさらに疑問が湧いてくるが、クラウディアは拘る様にその場から動こうとせず、顔を落とすばかり。その原因が分からず眉を曲げて亮太は声色を不安げに揺らす。


「じゃあなんで……?」


 するとクラウディアは肩を大きく揺らして息を吸う。そして唇を噛んで、自分の服の裾を強く握る。


「だから約束したじゃん……」


 絞り出すような声だった。そこまで言われてやっと亮太も、自分が一緒にいて欲しいと言われていると理解をする。それは嬉しい感情にはさせるが、一緒に居続けられ無さそうな事実に申し訳ない感情がすぐに塗りつぶしてしまう。


 そしてなにより自分がした約束が、クラウディアにとってここまで大きくなってしまっている事。その責任を取れそうにない事。それで酷く罪悪感が湧いてくる。


「そのっ━━」


 どうにか言葉を取り繕うとする。だがここは街の中では無く広大な地下空間の一角。獣や魔獣も多くいるらしく、クラウディアの背後にあった岩陰から足音がする。


「下がって」


 すぐに亮太はナイフを抜いてクラウディアを後ろにする。だが獣はこちらに襲ってくる気配は無いのか、岩陰から出て来る事無く足音は遠のいていく。肩透かしを食らい呆気にとられながら、亮太はナイフを下ろすが、クラウディアはギュッと背中に張り付いてくる。


「……」


 どうすればいいか分からなかった。どんな言葉をかけるべきなのか思いつかなかった。下手な事を言えば更に彼女を傷つけてしまうのかもしれない、そう思うと唇は震え喉元から言葉が出てこない。


 そしてしばらく流れる沈黙と遠くから聞こえてくる川がせせらぐ音。どこからか吹き込む風にランタンの灯が揺れ、岩壁に写る2人の大きな影は形を崩す。


「あ、あのさ━━」


 沈黙に耐えきれなくなりやっと言葉が喉元からあふれ出る。その内容までは考えておらず衝動的な物だったが、それより早く背中にあった温かさが離れる。


「……困らせてごめん。わたしさき戻るね」


 そう言ってクラウディアは小さな足音で来た道を戻って行ってしまう。その背中に手を伸ばそうとするが、どう声をかけるのか。そんな思考が過ってその手は空ぶって、何もない暗闇を掴んでしまう。そしてその場には1人の影だけが、壁に揺れる。


「……情けねぇ」


 額に手を当て会話を思い返すが、どうしてこうもクラウディアに寄り添えないのか。自分の恰好ばかり気にして、傷つけるのが怖くて向き合えなかった。


 そしてそっと息を吐くと、それは白くなり上がっていく。未だ空は見ていないが外は冬なのだろうか。そんな事を思いながら、どうにか謝らなければと自分の胸を叩く。そう踵を返そうとすると、その岩壁にまた別の人影が現れる。


「人様の奴隷に肩入れするモンじゃねぇぞ」


 欠伸をしながら腰に手をあてこちらを見て来るのは、夜番をしていたはずのディアナだった。正直あまり会話をした記憶も無く、こうやってクラウディアと距離を置けと偶に忠告してくるだけ。だからあまり印象は良くなく、亮太は目を逸らして吐き捨てるように言う。


「別に俺の勝手じゃないですか。それにディアナ……さんも夜番はどうしたんです」


 自分の行いが悪いと分かっていても苛立ちは湧いてきて、それが声色に乗ってしまう。そして確かにその感情はディアナにも伝わり、返ってくるのは大きなため息と足音。


「クリスと代った。あいつもあいつで面倒な奴だ」


 そしてディアナは亮太から二歩分ほどの距離で立ち止まる。その栗色の髪はボサボサで雑に後ろで縛られているだけ。そしてその足先は、トントンと地面を叩く。それを俯く視界で捉えながらも、その脇を通り抜けようとする亮太。


「……自分も寝るので」


 正直あまりディアナと話す気にはなれない。今は早く戻ってクラウディアにどうにか言葉をかけてあげたい。そう足が逸るのだが、視界が揺れ天井を向く。


「え」


 その言葉ともとれない空気が漏れるのが精一杯。視界は否応が無く周り、次の瞬間には背中にはすり下ろされるような、激しい痛みと共に肺から空気が押し出される。そして腹には重さがあり、眼を開けば馬乗りになってくるディアナ。


「今は戻らない方が良いな。どっちの為にも」


 自身の膝に頬杖をついてこちらを見下ろすディアナ。一瞬何が起きたか分からなかったが、事実としてディアナに転ばされて押さえつけられたらしかった。だが、どちらにせよその意図が分からず、怯えるように声を震わせる。


「ち、ちょっと……!やめてくださいって……ッ!!」


 体を捻って抜け出そうとするが、ディアナの体はビクともせず、ただ背中がゴツゴツとした地面に擦られるだけ。


「ほらほら~男だろ~」


 面白がるように見下ろしてくるディアナ。それがただでさえフラストレーションの溜まっていた亮太をイラつかせ、口調が強くなる。


「重いんだよッ!!離れ━━」


 そう言いかけた時。目の前には鈍く銀色に光るナイフの切先がある。それは瞬きをすれば当たりそうな程の距離で、その奥では気持ち悪いぐらいに微笑むディアナの顔がある。


「続きをどうぞ?」


 冷や汗をどっとかく。湧き上がった怒りも恐怖に塗り替えられる。そして何も言えなくなった亮太を見下ろしたまま、ディアナはナイフを引っ込めると言う。


「真面目に警告だ。やめておけ」


 そう言ってディアナは亮太の体から離れ、自身の指を搦めて背筋を伸ばすように両腕を天井へと向ける。そして亮太も背中の痛みを感じながら起き上がるが、逃げる気力は無くその場に座ったまま。


「何も……思わないんです。あんな奴隷だなんて……」


 するとディアナは伸ばしていた腕を下ろし、ポケットからはパイプを取り出す。


「別に。それに奴隷って言っても不幸な奴もいれば幸福な奴もいる。市民や職人。それに私ら冒険者と大して変わんねぇよ」


 ディアナは指先に魔法なのか火を灯しパイプから煙を昇らせる。そしてパイプに口をつけ、手ごろな岩に腰掛けてゆっくりと息を吐く。それは白いが簡単に消えず漂うように昇る。


 そしてそんなディアナに亮太はムッとし強く言い返す。


「奴隷が幸せな訳無いだろ。現に今のクラウディアが幸せだとでも言うのかよ」


 いつの間にか敬語すら忘れ、ディアナに突っかかる亮太。それを軽くいなすようにディアナは、パイプを持った手を膝に置く。


「あれは幸せじゃない側ってだけだ」


 その物言いはあまりに他人事。いやディアナからしたら本当に他人事なのだが、亮太にとってはそれが酷く無責任に見え強く睨む。


「それで納得するとでも思ってんのか」


 ディアナは至極面倒そうに目を細め深く深くため息を零す。そしてそのパイプを亮太の眼前に向ける。


「それに奴隷身分があるから助かる命もあるんだよ。戦争とか特にそうだが」


 その言葉の意味が全く理解出来ず、何を言っているんだと亮太は怪訝にならざる負えない。


「はぁ?」


 するとディアナは体をこちらに向きなおり、ジッと見下ろしてくる。


「戦争で略奪するってなった時。邪魔なのは誰だと思う」


 そんな意味の分からない問いかけ。だが答えろと言わんばかりにパイプを向けられるので、渋々と口を開く。


「敵の兵士とか……あとはそこに住む人たちとか」


 その解答はあっていたらしくディアナは軽く頷いて、またパイプに口をつけて間をおく。そして煙をゆっくりと吐くとまた言葉を続ける。


「じゃあお前が略奪する時そいつらはどうする」


 そもそも略奪をする発想なんてないのだが。そんな考えを聞かれているのではなく、一般的にはどうするのかと聞かれているのだろう。なぜこんな問答をしないといけないのかと思いつつも、意図を汲み取って答える。


「……まぁ殺すなり追い出すなりするんじゃねぇの」


 ディアナはそっと視線を逸らして川に反射するランタンの灯を見る。


「そうだ普通は邪魔だから殺す。それは兵士にとって正当な権利もあるからな」


 あまりに価値観の違う言葉に眉を顰める。だが淡々と続けていたディアナは、またこちらに視線を戻す。


「だがそいつらが奴隷として売れるならどうする。金になんのに殺すバカがいると思うか?」


 その言わんとする意図を察せたがどうにか否定したい。まるで奴隷制がある事による利点があるようで、それを認める訳にはいかないだろうと。どうにか言い返したくなるが、どうにも上手く言葉がまとまらない。


 そしてディアナはというと沈黙する亮太を見下ろして、パイプを処理すると膝に手をついて立ち上がる。


「ま、普通に殺す奴もいるがな。戦争なんてそんなもんだし」


 言い返せないがディアナの言っている事を認めたくない。助かる命があるのも事実かもしれないが、そもそも奴隷に落ちざる負えない状況になるこの世相が悪いのでは無いか。それにそもそも奴隷制がある事で死ぬに減の方が多いだろうと。そう段々と論点がズレていきそうになる。


「……それで諦めろってのかよ」


 捨て台詞のように地面へと吐き出す亮太の言葉。それでもディアナはその場から離れようとせず答える。


「この国はな。大体人口の奴隷が3割なんだよ。それがいなくなれば生活も崩れるし、国すら崩壊しかねない。だからこそ奴隷を魔力できつく縛ってるんだ」


 だから諦めろと、亮太の必死な反論も潰されてしまう。間違いなく倫理と道徳からすれば奴隷なんて無い方が良いのに、なぜこうも言い返せないのか。


 そう歯噛みをする亮太を、ディアナは見かねたようにまたため息を零す。

 

「だからな。どうしようも出来ないんだよ。奴隷にとって奴隷主が全てなんだから。いい奴がご主人じゃなかった時点でどうしようもない」


 分からなかった。なぜ奴隷というものがここまで肯定されているのか。なぜ自分の正しいはずの意見が通らないのか。

 

 そしてなによりと、目の前のディアナを見上げる。


「なんでそこまで俺に構うんです。放っておけばいいでしょ」


 全く関りらしい関りも無い。クリスがそう言って止めるなら分かるが、なぜここまでディアナに忠告されるのかが理解出来なかった。何も知らない奴にここまで自分の信念を否定される事が、心底腹立たしかった。


 するとそのディアナは困ったように頭を掻きそっぽを向く。


「それは……どうでも良いだろ」


 亮太はやっと立ち上がる。そしてそうそっぽを向くディアナに重ねて問い詰める。


「別に俺が勝手にクラウディアを庇ってたって良いじゃないですか。貴女が止める意味が分かんないんですけど」


 話していく内に苛立ちが湧き上がっていく。先ほどまでの鬱憤を晴らすように詰めるのだが、ディアナはバツの悪そうに答える。


「……だから良いだろ。親切で言ってやってんだから」


 亮太はまた一歩詰め寄る。身長は同じほどで体格的に押し負けそうになるが、それでも強く睨む。


「なら結構です。余計なお世話です」


 すると逸らされていたディアナの眼がまたこちらを向く。それは不快とありありと写しだし、目尻を上げて睨み返してくる。


「……見かけによらず意地っ張りな奴だな。あんた」


 少しだけ煙臭い。そして最早理屈どうこうでは無く、ただ自分の苛立ちを発散させるように亮太は言い返す。


「だからなんだよ。人の命を軽んじる奴よりかはマシだろ」


 面倒そうに困ったようにディアナは頭を掻く。そして何か言おうとするが諦め肩を落として、背を向けてしまう。


「……どうせ助けらんねぇのにな」


 そう言って暗闇に消えていくディアナ。そして残された亮太はただただやりきれない気持ちと後悔だけが残ってしまう。そしてそれを少しでも発散させようと、岩壁へと拳を当て血を流す。


「……どうしろってんだよ」


 その影は1つ。小さく小さく灯に揺れて形を大きく崩すのだった。


ーーーーー


 クリスが目を覚めたのは衣擦れの音からだった。そしてそれに薄っすらと意識が浮かび上がり、聞こえてくる声は。


「まぁじゃあ川行こうか」


 どうやらクラウディアと亮太が話しているらしかった。また一眠りしようかとも思ったが、夜番の交代を思い出し、遠くなる足音を背に起き上がる。


「交代か?」


 するとディアナは退屈そうに欠伸をしながら答える。


「もう少しでだな」


 アルフレッドはブランシュと一緒に寝ている。起こさないようにそっと立ち上がって、クリスは腰の骨を鳴らす。


「顔洗ってくる」


 さっきの会話からして亮太とクラウディアもいるだろうからと。流石にあの2人をその辺に放りだすのは、魔獣の事もあり心配だったからだ。


 だがディアナはこちらに視線を向けないまま言う。


「今は行かない方が良いと思うがな」


 クリスにとっては意味の分からない言葉だが、まぁ良いかと適応に流してタオルを手に川へと向かう。


「明日辺りリョータに俺の剣でもやろうかな。あいつ筋良いし」


 この所は良く一緒にいる時間も増え、剣術も熱心に教わりに来てくれる。元々やっていたのか知らないが、覚えも早く弟子みたいで少しだけ楽しかった。


 そう機嫌よく地面を歩くクリスだったが、その道中見えて来るランタンの灯と、聞こえてくる会話。


「クリスの事は嫌い……?」


 その言葉は間違いなく亮太の言葉で、それはクラウディアに向けられた問いかけ。その問いの不穏さにまさかと思いつつも、とっさに近くの岩陰に隠れ、その会話に聞き耳を立てる。


(大丈夫だ……リョータもクラウディアも俺の事嫌って無いだろうし)


 あの2人が仲がいいのは知っているが、それでも俺だけが嫌われるような事をした記憶も無い。それこそリョータとは毎日剣術教えてやってるし、最近は酒だって飲んだ。だから嫌われる道理は無いし、クラウディアだってずっと守ってきたんだから……


 と、長々と自分を安心させるように言葉を浮かべるが、一切聞こえてこないクラウディアの返事。それは反射してくる言葉だけが頼りのクリスを酷く不安にさせる。


(なんで答えないんだよ……)


 そして亮太がまた問いかけると、やっと聞こえてくるクラウディアの言葉。それはクリスの事が嫌いかという問いに対しての答えでは無く。


「……やくそくしたじゃん」


 自分の知らない二人だけの約束についてクラウディアは話す。その時のクリスは酷く心拍が荒くなり汗が止まらなくなる。あれだけ守ろうと、ブランシュに逆らってどうにかしようとしているのに、嫌われているのかと。嫌いじゃないと言ってくれないのかと。


 そう思うとその足はそれ以上進める事が出来ず、また来た道を逃げるように戻って行ってしまう。


「んで……俺だってやれる事やってるだろ……ッ」


 怒りというよりは悲しかった。自分がやっていたことはクラウディアにとっては迷惑だったのかと。リョータじゃないとクラウディアはダメなのかと。また自分はランドの時のように、一方的な感情で奴隷に接してしまっていたのかと。


 そうして寝床へと戻った時のクリスの顔は酷く荒んでいた。そしてそれを見たディアナは怪訝そうにする。


「顔洗ったのか?それで」


 クリスは何も答えず剣を手にして、適当に地面に座る。それを見て夜番の交代かと理解したらしい、ディアナは何か察したような顔をしつつ立ち上がる。


「じゃ、私も顔洗ってくるから」


 そう言って去っていくディアナの手にはタオルは握られていなかった。


 そうしてまた一人焚火をボーっと見るクリス。先ほどの会話を思い出したくないと、ただ何も考えず炎の揺らめきをレンズに写す。そしてしばらくして戻ってくる足音は1人だけの物だった。


「……あ、クラウディア」


 そっと見上げれば、そこには目と鼻を赤くするクラウディア。クリスは何が起きたのか理解出来ず、眼鏡を触りながら聞く。


「リョータはどうした……?」


 するとクラウディアはまた瞳を潤ませて俯き、その場に膝を抱えて座ってしまう。そしてボソッと呟く。


「……クリス君は一緒にいてくれるよね」


 どういう経緯で出てきた言葉か分からない。だが、その言葉をクリスは求めていたような気がして、間髪入れずに頷いて答える。


「勿論。ずっと一緒にいるよ」


 するとクラウディアは少しだけ顔を上げ微笑む。その瞳は相変わらず暖かい焚火の色を写し、そして少しだけ悲しそうだった。


「ありがとう。じゃあ私寝るね」


 そう言って毛布に包まり背を向けるクラウディア。そしてクリス自身短い会話ではあったが、先ほどの嫌いかどうかという問いも勘違いだったのだろうと、そう思えた。


「ま、まぁ……そうだよな……俺が守ってやんなきゃだし……」


 自分の握った手のひらを見て、そう自分を納得させることができた。自分は頼られているクラウディアにとって必要な存在だと。


 そして更にまた5回程の睡眠を挟んだ後。もう地上へと近づいていた頃合い。其の後別々の道を歩む2人は選択を迫られるのだった。

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