第59話 きっかけ
日を跨ぐまで投稿遅れてすみません!
クラウディアが川辺で水浴びをする中。何かあればすぐに助けに行けるよう、少し離れた湿った岩陰でクリスと亮太は座っている。だがその空気感は先ほどのブランシュの一件もあり、重苦しくずっしりと重量を感じるようだった。そしてクリスはそっと口を開き、先ほどの事を咎めるように言う。
「お前あんまりブランシュ様の機嫌損ねるなよ。気持ちは分かるがどうしようも出来ないんだぞ」
クリスの背は酷く曲がり疲れ切っている様。本人も色々手を尽くした結果そう考えるようになったのだと、それは伝わる。だが流石にあれを放置は出来ないし、放置する気もなかった。
「最悪俺がクラウディアを連れて逃げます。このままだとあの子も潰れると思うので」
そう強く言った物のクリスは呆れた様に長くため息を零す。
「奴隷紋知らないのか?あれがあったら主人の命令に逆らえないし、逃亡なんて出来ないんだよ」
亮太はそれをただの焼き印のようなものかと思っていた。だがこの言い方からすれば、何かしら意味のある紋という事だろうか。
「……なんか魔法で縛られてる的な……ってことです?」
クリスは眼鏡を掛け直し静かに頷く。
だがそれは亮太にとって頷いてほしい物では無く、クラウディアが自由になれる道が無いと言われているような物。以前クリスがクラウディアを自由にさせることに消極的だった理由がやっと分かった。分かったがそれを受け容れられるかは別で。
「でも……あんな小さな子が……そんな……」
逃げることも能わず小さな頃から人生を決められてしまう。それであの貴族の娘にずっと仕え続けるなんて、あまりに可哀そう。自分の価値観を押し付けるはダメと分かっていても、そう感情が揺れ動いてしまう。そんな亮太を窘めるようクリスは、そっと言う。
「だから俺らができる範囲でやれることをやろうって言ったんだ。出来ない事は出来ないって割り切るんだよ」
多分それが大人で現実的なのは分かっている。ブランシュって人の機嫌も損ねないのが、最終的にずっと奴隷であり続けるクラウディアの為にもなるのだろう。
ただやはり彼はまだ学生で社会という物を知らない。理屈よりも正義感が行動の源泉となってしまう。そしてそれが極端な物言いを彼にさせてしまう。
「あの子が殴られてても黙って見逃せってんですか」
酷くクリスの眉が曲がり額に指をあてる。岩陰の反対側からは川辺からクラウディアが上がる水音がある。そしてクリスは、落ち着けと言わんばかりに亮太の肩に手を回してくる。
「100か0で物事を考えるな。流石にその場合は止めるけど、毎回毎回ブランシュ様に突っかかって、パーティ追い出されたら元も子も無いだろ?」
クリスは気持ちは分かると言いながらも、肩をトントンと叩いてくる。だが一度上がった正義感は中々抜けず、敵でないはずのクリスに強く言い返してしまう。
「でもさっき助けに入らなかったですよね。ずっとクラウディアが苦しんでたのにずっと黙って見ているだけで」
真横にあったクリスの顔が引きつる。それはクリス本人が一番良く分かっていて情けなく感じていた部分だったからだ。それになによりあの時クリスよりも早く亮太が助けに動いて、そしてなんとかしてしまった事。それがどこかクリスのプライドを傷つけたのも事実だった。
だがだからこそ、クリスは亮太には身を滅ぼすような事をして欲しくなかった。クラウディアがこの男相手なら笑ってくれる。雇われじゃないこの男ならある程度無理をしてもクラウディアの仲間になってやれる。それはクリスにとっては悔しく羨望の物だが、その彼の実直さは好ましかった。だから強く言い返すことはせず、努めて冷静に。
「……それは……すまん。でも俺だって望んでそうしてるわけじゃないんだ」
分かってくれと。そう心から願うクリス。
そしてその懇願するような眼をレンズ越しに受け取り、僅かに気圧されてしまい勢いを削がれる亮太。それで少し熱くなりすぎたと、自分を落ち着かせるように深呼吸をする。
「……そう……ですよね。すみませんちょっと自分視点しか無かったです……」
するとクリスはニコッと笑って、ゆっくりと足を延ばして立ち上がる。
「これからも2人で頑張ろう。2人いればブランシュとクラウディアが接触する時間も減らせるはずだ」
そう言ってクリスは手を差しだしてくる。それを亮太は強く頷くと共に握り返し、引っ張られるようにして立ち上がる。
「あ、はい……がんばりましょう……クリスさん」
もどかしい気持ちは残っている。結局前にクリスと話した時と同じような結論で、何か事態が進んだように感じられない。だから今もどうにかしてクラウディアを奴隷身分から解放させてあげたい。だがクリスの言っている事が正しいのも理解しているが故に、これが最善だと納得させる。
そう未だ葛藤の残る亮太に対し、クリスは優しく笑うと。
「別に呼び捨てで良いよ。同い年ぐらいだろ?」
クリスの方が年上に見えていた亮太で、訂正するように自分の年齢を公開する。
「え、自分17っすけど……」
するとクリスは得意げに笑って拳を丸めこちらに向ける。
「お、当たってるじゃん」
おそらくグータッチをしようという仕草なのだろう。異世界でもこういうのは同じなのかと思いながら、少したどたどしくなりながらも返す。
「じ、じゃあよろしく。クリス」
そんな亮太に対しクリスは、グータッチしていた拳を開いてそのまま握手をしてくる。そしてその目線は近づく足音に向いていた。
「おう。よろしくなリョータ」
岩陰を覗くようにこちらを向くクラウディア。服はクリスが着替えをくれて、少しオーバーだがスープの汚れはどこにも見えない。そしてその目はただただ不思議そうに。
「……なにしてるの?2人とも」
そう言われ亮太とクリスは互いに目を合わせる。確かに男2人が岩陰で握手しているというのは、言われなくとも異様な光景だった。そしてそれがおかしく感じ、さっきまでのストレスから逃れるようにクリスと亮太は肩を揺らして笑ってしまう。
ただ何も分からないクラウディアは困惑するばかりで。
「え、え、え……?2人なに……こわいって」
自分らでもここまで笑う理由は分からない。だがクラウディアもつられるように強張っていた表情は緩む。それを確かめると亮太とクリスは互いに視線を交わして頷く。そしてクリスは微笑んだままクラウディアと視線を合わせる。
「まぁまぁ。じゃあ皆で洗い物しようか」
クラウディアは理解が追い付かず視線を泳がし、クリスの後ろにいる亮太に確認するように見つめる。そしてその亮太はというと、大丈夫だと体でジェスチャーしながら笑うので、クラウディアはとりあえず頷く。
「あ、うん……そうだね」
この時のクリスもクラウディアの視線が自分に向いていなかったのに気付いていた。気付いていたが気付かない振りをして、笑顔を張り付け武具に木皿を手に持ちクラウディアと亮太を連れ川辺へと向かう。
(別にクラウディアにとって頼れる人が俺じゃなくてもいい。彼女が笑っていてくれれば)
そう呪文のように心の中に響かせる。だが昨日から同じような言葉を響かせ続けた心は、既に別の色が混じり出していたのだった。
ーーーーー
結局洗い物は3人がかりだったが1時間もかかってしまった。ただその間それなりに会話が弾み、亮太自身クリスとも距離が縮んだような実感もあり、それこそ友人らしい距離感に近づいた気すらしていた。
「あ、じゃあクリスは元々使用人だったんだ」
今自分の手は酷く冷たい水面に浸かり、籠手にこびりついた血にチリを洗い流していた。
「そーだな。魔法が使えるからって今駆り出されてたんだけどな。リョータは学生って事は良い所の家か?」
隣ではクラウディアは眠そうにぽわぽわとしてしまっている。水面に落ちないか不安で気が気じゃないが、洗いものを早く終わらせないとと急ぐ。そしてクリスからの問いかけにはある程度濁して答える。
「……ん~まぁ田舎のね」
するとクリスはへぇと声を漏らして、亮太にとって共感の出来る事を言う。
「俺将来には領主になって、奴隷身分の人達が安全に過ごせるようにしたいんだ」
クリスらしい奴隷との向き合い方だった。自分の出来る範囲でやれることをやろうと、その中で夢を作っている。ただクラウディアを自由にさせてあげたいと漠然に思う亮太より、長年悩んでそう結論を出したのだろうと察しがつく。そしてそんなクリスは冗談っぽく笑うと。
「だからその時はお前の実家頼るかもな」
頼られても畑仕事についてしか教えられないが。そう心の中で返しながらも、亮太は右手の籠手を洗い終え左手の籠手を持つ。
「なんなら一緒に手伝うよ。その時はクラウディアも一緒に」
すると名前を呼ばれた事に多少意識が浮き上がったのか、微睡んだまま間延びした声を出す。
「ん~……?なに~……?」
それでクラウディアが水面へと倒れ込もうとするので、亮太は咄嗟に手を回して抱えるとそのまま、地面に寝かせてやる。するとクリスは後ろからクラウディアの寝顔を覗き込んで答える。
「あぁ、この子が笑えるような土地にしよう」
亮太は振り返りクリスを見上げて強く頷く。それを見てクリスも親指を立て頷き返す。そしてその後は2人で洗い物を再開するのだが、ふと亮太は気になった事を聞く。
「あんまり知らないんだけど奴隷ってどうなの?扱いとか」
するとクリスは洗い物を辞め、思い出すように上を見上げる。
「んまぁ物扱いする奴が多いな。そもそも奴隷主が貴族ばっかで、あいつらただの農民すら人間と思ってないんだから奴隷となれば。なぁ……?」
おおよそ想像する通りと同じらしい。そしてクリスは自分のまっさらな首元を指差して言う。
「だって命令すれば絶対に従うんだぜ?寝首を掻かれる不安がないんだから、なんでもかんでも無茶な命令しちゃうだろ?」
確かになんでも命令を聞いて逆らわない労働力。そう聞いてしまうと扱いが良くなりそうなイメージは全く湧いてこない。だが、クリスは「ただ」と付け加える。
「中には良い奴もいるがな。殆どが中小貴族だが」
そこまで聞いてやはり奴隷に庇護的なのはあまり主流ではないこと。それが分かって猶更亮太は疑問に思った事があった。
「じゃあなんでクリスはそんなに奴隷の為にって思うんだ?勿論俺は共感するけど、それが一般的じゃないんだろ?」
籠手をまた洗い終え、今度はチェーンを手に取り水に沈める。そしてクリスも洗い物をしながら、少しの間答えを考え沈黙する。
「……あー……んまぁ。別に大した理由じゃないんだがな」
そう言ってクリスは少しばかりの身の上話を始めるのだった。
ーーーーー
クリスの父親は奴隷商だった。普段から100人以上の奴隷を取引しその利ザヤで生活をする日々。勿論今のクリスが見れば、絶句するような不衛生で不道徳な環境。だが何も知らない子供だったクリスは、それが当たり前な中で育っていた。
「ねぇこの人動かないよ?」
家は奴隷達が所せましと詰まれる建物の隣にあった。だから普段から奴隷を目にする機会も良くあり、それこそ父が躾と称して奴隷に焼き印をするのをいるのを見る事もしばしば。
そしていつもの庭には、逃げようとして猟犬に噛まれたあるやせ細った奴隷がいた。それを見た父はただ冷たく舌打ちを零す。
「そのまま犬共の餌にしておけ」
そして父が個人的に所有する奴隷にその逃亡した奴隷を運ばせる。それがある意味日常だから何も思わなかったのだが、その抱えられた奴隷は縋る様にクリスを見た。
「私の息子を……」
血を流し見た目は浮浪者そのもの。だがその目は確かに強く何かを伝えるようだった。だがそれもすぐに建物の影へと消え、僅かな叫び声と犬たちの遠吠えが聞こえる。それの意味を理解せず、この時のクリスはただフラフラと歩き回る。
「変な人~」
普段は家の外に出してもらえないクリス。それこそ教育も家庭教師で、同年代の友達なんてものいない。ただ勉強も大して好きでは無く、趣味と言えば奴隷達の詰まっている建物を、壁から覗くことぐらいだった。
「あ、また新しい人いる」
ある程度掃除がされているとはいえ、あまり良い匂いでは無く、中で内職をさせられている奴隷達の顔は全て色が無い。父は売れないと判断した奴隷はこうやってただ内職をさせて、真っ暗な屋根の下死なせる。先ほどの奴隷もその区分にされた人だった。
そしてポケットに布で包んだそれを手に、キィっと扉を開けると子供であるクリスに集まる視線。所せましに並ぶ奴隷達だが、通路は広く空いている。
「今日も持って来たよ~」
クリスはその通路の真ん中を綺麗で質の良いシルクの服で歩き通る。そしてその手には朝食で出た苦手な野菜が握られていた。
「欲しい人ーっ!?」
そう掲げればいつものように、懇願するように足元で頭を下げて来る奴隷達。これがささやかなクリスの趣味で、抑圧された空気から逃れれる唯一の時間だった。思わず笑みが漏れ野菜を手に、ある奴隷の口に近づけるが。
「あっやっぱこっちの人にしよ~」
隣で魚のように口を開けていた奴隷に野菜を上げる。そのせいか貰い損ねた奴隷が、もらえた奴隷に殴りかかるが、それを無視して残りの野菜を投げていく。
と、ここでその話を聞いていた亮太は口を挟む。
「ちょっと待って。歪みすぎてない?クリスの子供の頃」
話に口を挟むのは良くないと分かりつつも、あまりに聞いててドン引きしてしまった。だが、それはクリス自身反省していることなのか、苦い顔をしつつも。
「まぁ……それは俺も分かってるけど……で、でもやってる事は奴隷に食事をあげてるだけだからな!?殴ったりしていないからな!?」
そう言われたらそうかもしれない。だが嫌悪感は抱いてしまうが、それは亮太の価値観での話。それをこの世界の人に押し付けて非難するのは違うかと、話を戻す。
「ま、まぁそうかも?話折ってごめん、それで続きは?」
話の腰を折ってしまった事を謝罪しそう続きを促す。するとクリスは咳払いをしてまた語り出す。
「んでそうやって野菜を渡し終えた頃合いにな」
クリスの手にあった野菜が無くなったのを見ると、奴隷達は興味を失ったように離れていき内職に戻ってしまう。それがつまらなくなり頬を膨らませるが、ふとこちらを見るその小さな眼に気付く。
「こどもなんてめずらし」
薄汚れた黒髪の小さな男の子供。そういえばさっき連れてかれた奴隷の人も同じ髪色だったか。そんな事を思いながら、同じ身長程の子供を前にする。するとその子供は強くこちらを睨んで手を握る。
「お父さんは」
そう言われやっぱりそうかと納得するクリス。だがこの時のクリスに気を遣うという思考が無くありのまま。
「なんか連れてかれたよ?犬の餌がどうたらって」
近くで話を聞いていたらしい他の奴隷が目をギョッとさせる。そしてそれを目の前で言われた子供はというと、拳を強く握るが、力の抜けたようにその場にへたり込む。
「ん?どうしたの?おなか空いた?」
殆ど初めて会う同年代。奴隷とは言え仲良くしようとするクリスだが、その子供の奴隷は目から溢れんばかりに涙をため込み首を振る。
「んん?どうしたの?」
どうにも答えてくれない。今考えれば自分の父親が死んだと分かればその反応が当たり前なのだが、クリスはあまりに生活の中に人間の死が傍にありすぎた。奴隷の死体を見るのは当たり前で、目の前で殺される事だって慣れっこ。だからこそある意味抜けた思考でしかなかった。
「ん~もう。じゃあちょっと待ってて」
だが人並みに子供ではあった。同年代の友達が欲しい。それになってくれそうな子が今泣いている。そうなれば自分がされたら嬉しい事をしてあげようと、一度家に戻り調理場に侵入する。
「……お、あったあった」
今日のおやつにと用意されていた赤い果実。それを二個手にして、使用人の眼を掻い潜ってまた家から脱出し、その子供の奴隷の所に戻る。だが戻ってもその子供は俯いたまま肩を揺らし、地面を濡らしている。
だがそれも薄暗い室内では気付きずらく、クリスは能天気に声を明るくさせる。
「ほら!あげるよ!」
そう差し出された赤い果実。目の前の子供の奴隷はゆっくりと顔を上げ、黒い瞳に赤い果実を反射させる。
「……なに。これ」
酷くしゃがれた声だった。だがその腹は大きく鳴り、皮しかない手が伸びる。だがクリスはその果実を遠ざけ、すぐには渡さない。
「友達になってくれるならあげる~」
こんなので友達になっても。そう人は言うだろうがクリスにとって友達という概念は物語上の物でしかない。だからこんなやり方しか出来ないが、目の前の子供はまた喉を小さく震わせる。
「なる……なるから……これ」
その言葉に満足しクリスは果実を子供に分けてある。するとすぐにその子供は果実にがっつき、口回りに服に地面に果汁を零してしまう。
「犬のアンドリーみたいな食べ方じゃん~」
そんなクリスの言葉に目の前の子供は一瞬食べるのを辞め、こちらを見るがすぐに食事へと戻ってしまう。だがそんな食いっぷりの割に、半分ほど食べた所でその手を辞めてしまう。
「ん?どうしたの?お腹いっぱい?」
クリスは一緒に遊ぶなら何をしようと、想像を膨らませながらそう問いかける。するとその子供は、眼を泳がせながら答える。
「……後でまた食べるから」
そう言って服の中に果実を隠してしまう。クリスもそれを大して疑わず、ならとその子供の手を引っ張る。
「じゃあチャンバラしよ!いっつも師範にぼこぼこにされてつまないんだよ!!」
そうしてクリスとその子供の奴隷との日々が始まった。どうやら名前はランドと言うらしく、遠い国から連れて来られたらしい。だが小さな子供であったクリスにそんな事の些細で、時間があればランドの所に行き遊んで、こそっと盗んできた食料を分ける。だがランドは小食なのか毎回半分ほど残してしまっていた。
それが一か月も続いた頃。それなりに仲良くなれたかと思っていた。というよりクリスにとっては親友だったランド。彼に問いかけた事がある。
「お前いっつも食べないくせに痩せすぎじゃない~?」
ランドの服を捲って痣だらけの皮膚を見る。それはクリスとのチャンバラで出来たもので、当の本人は何も悪いとは思っていない。
「そ、そうかな……で……今日は……?」
ランドがそう言って手を差しだしてくる。それを見て仕方ないと言いたげにクリスはまたポケットから、パンのかけらを出す。
「ほんと俺って優しいよな~。お前の為にこんな盗んできてやってよ~」
そうクリスが言った時ランドは乾いた愛想笑いをしていた。だが案の定この時のクリスはその笑みすら理解出来ず、いつのもように一方的に木刀を振るうだけのチャンバラを始める。
それからまた3ヶ月。ある日いつものようにランドを呼びに奴隷達のいる建物に赴く。だがその扉の前で運び出される小さな体。
「……え、ランド……?」
ランドが物のように抱えられ連れてかれている。その体に力が入っておらず手足はぶらんとし、糞尿の臭い匂いが漂う。そこで傍にいた父が零す。
「餓死だとよ。子供だから売れそうだと思ってたんだがな」
理解出来なかった。あれだけ飯を分け与えたのに餓死をするのかと。だが子供であるクリスが父親の前で変な事を出来る訳も無く、ランドを見送る事しか出来ない。そして父が居なくなると、ランドの住んでいた寝藁へとただ覚束ない足で向かう。
「……え、なんで……まだ遊んで……」
ランドにとってはどうであれ、クリスにとっては大事な相手ではあった。だからこそのショックで、それを埋めるように何か無いか探す。するとランドの居た寝藁には、同じ黒髪の小さな女の子供が蹲り嗚咽する。
「……兄さん」
その傍らには昨日あげた果物の芯が落ちている。そしてその女の子供の言葉と髪色。それで何もかも察しがついてしまう。ランドにも家族がいて何のために生きていたのか。ランドが傷つくことに悲しむ家族の存在。そしてなぜランドがあれだけ傷ついても自分と友達でいてくれたのかを。
そう子供ながらに気付いたクリスは呟く。
「……なんで気付かなかったんだろう。ってな」
そう言った青年のクリスは少しだけ顔色が悪かった。そしてクリスは洗い物を終えたと背中を伸ばす。
「まぁ劇的な何かがあった訳じゃない。でも俺にとってはこれは贖罪でもあるんだ。まぁブランシュ様に言い返せなくて情けないってのはそうなんだが……」
亮太は言葉をかける事が出来なかった。勿論そのクリスが語った幼少期はあまり良い物では無い。だがその話を他の誰でも無いクリス自身から出たという事は、まさに罪の意識と申し訳なさがあるからこその物だった。
そこでふと、亮太は自分の考えを言う。
「ならさ。もう奴隷っていうの自体無くそうよ。その奴隷商ってのも」
そう言うとクリスはひどく驚いたように目を丸くし、そして次には大きく口を開いて快活に笑う。
「いやいやいやいや。まさかそこまででかい夢を持ってるとは」
そんな反応をされムッとするが、自分でも非現実なのは分かっている。亮太自身でも知っている歴史では、奴隷制の廃止などかなりの時間を要した物という認識はある。だがそれでも、無くせるなら無くした方が良いと思って言ったのだがダメだろうか。
そう落ち込みかけるが、案外クリスはそれを気にいったのか。
「まぁそんぐらい大きく出ないと何も変わらないのかもな」
そうクリスは憑き物が落ちたように笑い亮太の肩を叩く。
「じゃあお前がその夢に走る時。俺も手伝ってやるよ」
クリスはそう言って洗っていた武具や調理道具を集め出す。そしてそのクリスの言葉は、同じ方向を見てくれたのだと亮太にもやる気を与え、声色を上げる。
「じ、じゃあさっそくブランシュ様に交━━」
そう言いかけたのだが、クリスが手に持っていた鍋でゴツンと頭に叩いてくる。
「それとこれは別だ。段階を踏めバカ」
そうして2人の男は寝息を立てる1人の奴隷の少女を抱え、足並みをそろえて同じ方向を見る。そんな2つの足跡が、コケの生した洞窟を進んでいくのだった。




