第58話 弾いて沈む
「やっぱあそこにいたくない」
そうクラウディアが唇を尖らせ地面の小石を蹴り飛ばす。それがコロコロとコケの間を転がり、それはせせらぐ川の水面へと音を立てて落ちる。
「ブランシュさんのこと?」
亮太は未だ小石の浪を残す水面を眺めながらそう問い返す。するとクラウディアは膝を折り、それを腕で抱えて丸まってしまう。
「見てたら分かるでしょ」
その気持ちは大いに理解出来る。逆らえない相手にあんな絡み方をされたら、かかるストレスはとんでもない。だがクリスも言ったように今何か対策出来る訳でも無いのがもどかしい。
どう声をかけるべきか考えながら、亮太は乾いたコケが無いか辺りを足先でほじくり返す。
「また今度俺もブランシュさんに掛け合ってみるよ」
クリスにはブランシュ相手の関り方を注意されたが、あれではいつまで経っても空気が悪すぎる。それになにより今のクラウディアに何もしてやれないのが辛かった。
だがその可能性を否定するように、クラウディアは地面のコケを毟りながら呟く。
「あんな人どうせ聞く耳持ってくれないよ……クリス君が一回お願いした時なんてすっごい怒ってたし」
どうやらクリスも亮太と同じ思考をしていたという事らしい。だがそうなると早速やれることが無くなってしまう。
それでまた悩んでしまう。そして思いついたのは苦し紛れの提案。これでは原因の解決にはならないと思いつつも、少しでも憂さ晴らしになればと、地面に転がる平らな石を手に取る。
「お、良い奴じゃん」
亮太が独り言を呟くと、クラウディアは突然なんだとポカンとこちらを見上げて来る。そして次に見せる感情は怒りで。
「わたしマジメにはな━━」
だが膨れるクラウディアを一旦無視して亮太は、その平らな石を握りサイドスローで水面へと投げ込む。それは水面に綺麗に平行してぶつかり、そのまま1回跳ねる。クラウディアの視線はその石の行く先に釘付けになる。
「お、いけそう」
そんな亮太の予感通り、その石は2回3回4回と跳ね、段々と水面を跳ねる間隔が小さくなる。それでおおよそ10回ほどだろうか、かなり上出来な回数になると、ぽちゃんと力なくその石は沈む。そしてその沈んで水面が揺れる所を、クラウディアはじっと見つめる。
「……対岸まで行けなかったね」
毒気が抜かれたようにクラウディアは呟く。どういう感情での言葉かは分からないが、亮太はまた他に良さそうな石が無いか探り、握った小石をコツンとクラウディアの手の甲に置く。
「じゃあ次はクラウディアの番だね」
クラウディアはその小石を握る訳でも無くそれを見つめるだけ。こんな鬱蒼とした地下で娯楽なんてこれぐらいしか思いつかなかった。だからクラウディアがこれで多少憂さ晴らしをしてくれればと、そう思ったのだがいささか失敗だろうか。
そう後悔し、そのクラウディアの手の甲に乗せた小石を回収しようとする。だが咄嗟にクラウディアは小さな手を翻し、その小石を掴む。
「コツ教えて」
怒っているようなそうでもないような顔だった。ただやる気はあるらしいと、亮太は嬉しくなり声を上ずらせる。
「そーだねぇ。まず投げるフォームなんだけど人差し指が水面に━━」
そうついつい長々と説明をしてしまうが、それをうんうんと聞いてくれるクラウディア。本来火おこしに使える草木を探さないといけないのをすっかりと忘れ、喉が渇き少し汗ばむほど熱心に教える。だが流石に説明が長すぎたのか、クラウディアは苦笑いしながら言う。
「も、もうやっていい?」
右腕を伸ばしグリップについて教えていたた亮太は、そう言われたことに少し残念そうな顔をしつつも頷く。
「あ、あぁそう?もういい……?」
クラウディアは石を大事そうに握って、岩の上をピョンピョンと跳ね川岸に向かう。コケに足を取られないかヒヤヒヤだったが、無事水面の傍に到着し振り返ってくる。
「いいーっ!?」
このパーティに入ってから見る初めてのクラウディアの笑顔。それが堪らなくうれしく大きく手を振り返す。
「いいよーっ!!!」
するとクラウディアは教えたとおりに石の握りを確認する。そして何度か息を整えると、大きく振りかぶってその小石を投げるが。
ボチャ
一度も水面を滑ることなく沈んでいく小石。それがどこか可笑しく、ダメだと分かっていてもツボに入ってしまう亮太。
「ま、まぁ最初だから!つぎつぎ!!」
そう言いながらも肩を揺らして笑っていると、不満げに目を細めて振り返ってくるクラウディア。その手には真ん丸とした石が握られている。
「そんな笑わないでよっ!!!」
クラウディアの手から離れるその丸い石。それは涙を浮かべる亮太の足元まで転がって来て、足先にぶつかって止まる。クラウディアには申し訳ないが、ツボから中々抜け出せないままの亮太は、また適当な石を見繕って歩み寄る。
「いやいや……ごめんって。ほらもう一回」
頬を膨らませるクラウディアだが、案外負けず嫌いなのか差し出された石を奪い取る様に持って行ってしまう。それを可愛い物だとただ眺めるが、クラウディアは投げる前にこちらに振り返ってくる。
「次笑ったら川に突き落とすから」
そんな物騒な言葉と共に、今度は動作を小さく振りかぶる。そしてその投げられた石はフワフワと安定しないまま水上を飛び、水面にぶつかるが。
パチャ
そんな軽い音と共にまた沈んでしまう。その水面をじっと見つめクラウディアは、手を垂らしたまま鈍い動きで振り返り呟く。
「……むむ」
クラウディアの恥ずかしそうな悔しそうな顔。それがまた亮太のツボを刺激しそうになるが、クラウディアが察知したのか睨んでくるので、なんとか抑える。
「ほらほら。次いってみよ」
そうまた石をクラウディアに渡す。そしてクラウディアはまた小石を握ってうんうんと唸る。
「こんどは力をもう少し入れて……」
さっきまでのブランシュに対する悩みは忘れられているようだった。根本的解決は出来ていないが、こうやって子供らしく笑える時間が出来るならそれでいい。そういう時間もきっと大事なのだ。
次に渡す石を探しながらそう微笑む亮太。そして聞こえてくる水音は。
パシャパシャ
2回だけだが連続して聞こえてくるその水音。それを確かめると、小さく跳ねたクラウディアは目を輝かしてこちらに駆け寄ってくる。
「ねっ!!見た!?今跳ねたよ!?」
そう足場が悪いにピョンピョンろ跳ねるものだから、転ばないか心配になり手を構えておくが、クラウディアの笑顔につられ亮太も微笑んでしまう。
「見た見た!じゃあ次は3回だ!!」
用意していた石を差し出すと、クラウディアはすぐに飛びついてまた川岸へと走っていく。慌ただしいが、ただこんな時間が続けば良いと思う。
そしてそんな願いは案外叶い、10分ほどはクラウディアが水切りに熱中する時間になる。結局最高記録は3回だったが、それでもクラウディアはこれまでの笑顔を取り戻すように弾けていた。
それでこの時間が終わるきっかけとなったのは、漂ってくる煙の香りだった。
「おい。仕事はどうした」
その酷く低い声に振り返ると、そこには煙の昇るパイプを持ったディアナがいる。そして何故かもう片方の手には、鳥の巣のような草が握られている。
「あ、いやっ……ちょっと休憩で……」
そう言い訳するが、ディアナはすぐに視線を外して川岸で遊ぶクラウディアを見る。そして丁度クラウディアが4回跳ねるのに成功した時らしく、笑顔で振り返ってくるのだが。
「ねぇ!!4回……」
急に言葉が尻すぼみに小さくなって、目の輝きが消えて行ってしまう。そんな彼女にディアナは歩み寄ると、その手に持った草を手渡す。
「持っていけ」
そう言われた時のクラウディアの顔は、ディアナの背中に隠れ見えなかった。だが、数秒後に草を持って駆け出したクラウディアの顔は暗く沈んでしまっている。
「あっちょっと……」
そんな亮太の声も届かずクラウディアの背中は、コケと岩の向こうに消えてしまう。そしてこの場には川のせせらぎと、ただよう煙だけが残る。気まずさを覚えつつ亮太は、ディアナに謝罪はしておこうと振り返るが、そこにはゆっくりと煙を吐きクラウディアの消えた方を見る彼女。
「あの子あぁやって笑うんだな」
吐かれた煙の匂いに少しだけ咳き込む。あまりタバコ類は好きじゃない亮太だが、それを態度に出さぬよう答える。
「子供はあぁじゃないとダメだと思います」
そっとコケに足を取られぬよう足腰を伸ばし立ち上がる。そしてディアナと視線を合わせるが、何を考えているのかまたパイプを咥えてしまう。
「ふーん」
煙がまばらに、垂れさがる蔦へと昇っていく。会話をしてくれるって事は嫌わていないと思いたいが、スモーカーなのも相まって会話する時に強張ってしまう。だが想定外にそのディアナは息をゆっくりと吐き、軽く首を曲げこちらを見下ろす。
「お前もガキっぽいし仲間だと思われたのかもな」
多分笑ったような気がする。それを確認する前にディアナはパイプを処理し、さっさと戻って行ってしまう。なぜ絡んできたのか分からないが、今話した感じだと悪い人には感じなかった。ただ思う所があるとすれば。
「……やっぱあんま喫煙者好きじゃねぇな……俺」
そう一人呟き咳ばらいをし、いつまでも自分もここにいる訳にいかないので、辺りの乾いた草を拾い、遅れてアルフレッドらの元に戻る。
だがここは未だ空気が悪いままらしかった。鍋の前で瓶を手に腰を下ろすディアナと、それを見下ろすブランシュ。クリスとアルフレッドが気まずそうにそれを眺めている。
「……はい?私何かしました……?」
ディアナが困惑したように眉を曲げ、ブランシュに聞き返している。それを見つつクリスの傍にいたクラウディアの傍に行き小声で聞く。
「何かあった?」
すると他の人がいる場ではあまり話したがらないのか、クラウディアは顔を落としたまま首を振るだけ。ならばクリスに聞こうかと思うと、その前にブランシュが投げやりな言い方でディアナに言い放つ。
「別に~?散々サボってたくせにそういう料理の仕上げだけするんだなーって」
亮太の記憶ではディアナが獣を狩ってきたはず。確かに煙なり水浴びと、居なくなっていた時間は多かったが、それでもサボっていたは言い過ぎでは思ってしまう。そしてディアナはというと、手に持っていた調味料の蓋を閉じ声色を落ち着ける。
「申し訳ありません。私が至りませんでした」
そう言って頭を軽く下げるディアナ。だがブランシュはディアナの手にある調味料を奪い取って見下ろす。
「勝手に謝んないでよ。なんか私が悪いみたいじゃん」
ブランシュはそのままディアナを押しのけ調味料を鍋へとふりかけ、味見を強行する。亮太は良いのかとアルフレッドを見るが、流石に貴族の娘に逆らえないのかどこか壁を見て目をそらしてしまう。
だがそうやってもブランシュとディアナに挟まれるのはアルフレッドだ。逃れれる訳なく、お玉でスープを掬ったブランシュが駆け寄っていく。
「これどう?味見して欲しいんだけど」
そう言われ断れる訳も無くアルフレッドはそのお玉を受けとって味見をする。そして笑みを張り付け頷く。
「い、良いんじゃないか?もうちょっと塩入れてみても良いかもしれないけど」
ブランシュは一瞬黙る。ディアナも気配を消すように数歩後ずさってしまう。アルフレッドはまずい事言ったかと、頬を強張らせるが、ブランシュはまたお玉に口を付け残ったスープを飲みこむ。
「……確かにアルフレッドの言う通りかもね。もう少し入れてみるっ!」
アルフレッドが安堵したように乾いた笑いをする。見ていた亮太でさえいつの間にか忘れていた呼吸を思い出す。そしてそういえばと持って来た草にコケを手に一歩前に出る。
「あ、じゃあこれ使います?もう少し煮るつもりなら」
藪蛇かもと思ったがそう声に出す。するとブランシュは思ったより機嫌が直っていたのか、声色が弾む。
「あ、気が利くじゃん!”ちゃんと”乾いてるし」
ブランシュは受けとった草を火にくべ、その傍らクラウディアへと視線を向ける。すぐにクラウディアはクリスの後ろに隠れてしまうが、それを不快そうに目を細めるブランシュ。
「誰の部下なんだよ。お前は」
近くにいた亮太にしか聞こえない程の声量で、酷く冷たく低い声だった。機嫌が直って無かったのかとヒヤヒヤするが、アルフレッドが声をかけると。
「あ、じゃあ俺は皿洗ってくるよ」
その言葉にブランシュは髪を揺らして振り返る。その顔は満面の笑みで目を輝かせる。
「うんっ!お願い!」
そうして去っていくアルフレッド。流石にこの空気でディアナを誘うような事をしなくて良かったと、亮太は安堵する。そしてこの場に取り残された5人だが、ブランシュはアルフレッドの姿が見えなくなったのを確認すると、今度はクリスを標的にする。
「さっきから仕事してなくない~?皿洗いぐらい手伝ってあげたら~?」
機嫌の浮き沈みが激しいと言うよりは、人によって態度が変わっていると言った方がいいのだろうか。どちらにせよ感じは悪いが、誰一人逆らえる訳も無い。クリスはクラウディアを残して走り出す。
「あ、は、はい……申し訳ないっす……」
取り残され自分を守る壁が無くなったクラウディア。それは不安そうに胸に手をやりオドオドとするが、それを舌打ちと共にブランシュがまた刺々しく言う。
「アンタもさ。言われなきゃ動けないの?」
そう言われたとしても、どうしたら良いのか分からないのかクラウディアは手をあたふたとさせてしまう。先ほどまであんな笑っていた子どもとは似ても似つかない。
そこで流石に見過ごせず亮太は腰を浮かそうとするのだが、ふとディアナと眼が合い首を振られる。それは何もするなと表情からも伝わってくるが。
「ま、まぁまぁブランシュさん━━」
どうにか窘めようとするのだが、ブランシュは歯ぎしりと共にキッと睨んでくる。
「さん。じゃなくて様でしょ。馴れ馴れしい」
わざとらしいため息と共に視線を逸らし、1人作業をしてしまうブランシュ。言わんこっちゃないとディアナは額に手を当て、クラウディアは困り顔。そして何より亮太自身も胃が痛み出すのを感じる。
(怖いってこの人……)
そうしてその後は気まずいまま時間は流れ、食事の時間になってもブランシュを中心とした会話が続く。あれ以来亮太は何も言葉を発せず、その場で地蔵のように時間が流れるのを待つばかり。
そして食事を終えると、アルフレッドが欠伸と共に両手を叩いて乾いた音を響かせる。
「じゃあ寝ようか。見張りはクリスディアナ俺で交代。君ら2人は片付けと道具磨きお願いしても良い?」
つまり雑用を俺はすれば良いと言う事らしい。タダ飯に守って貰っているのだから、それぐらい当たりだと受け入れるつもりだった。
だがクラウディアは急に立ち上がると、震える声でアルフレッドに言い返す。この場の全員の視線が集まる。
「……リョータは……奴隷じゃないから……私と同じじゃなくて……」
どうやら俺を雑用をさせない為に、庇おうとしてくれているらしかった。だがそれは受け入れられる訳も無く、アルフレッドは少しイラついたように貧乏ゆすりをする。
「いやいや……役割分担だって。だってリョータは戦えないんだから夜番出来ないでしょ?」
多分ディアナがこの場にいるのを気にしているのだろう。声色と表情は優男その物だった。だがそれでもクラウディアは引こうとせず、小さな手を握るのだが。
「で、でも━━」
その小さな声に被せるように聞こえてくる大きなため息。その主はもちろんブランシュで、まだ食べかけのスープの入った木皿を膝の上に声を大きくする。
「クラウディアさぁ~奴隷なんだから言う事聞こうよ~」
そう言ったディアナの眼は確かに笑っていない。クラウディアはそれで怯んでしまうが、それでも言い返そうと小さな口で息を吸う。
だがそれを感じ取ったブランシュは、手に持っていたスープの残る木皿をクラウディアに投げつけてしまう。
「調子のんな~」
ビシャっとスープがかかり、木皿のカラカラと回る音。それが響き、クラウディアの銀色の髪とぼろい麻布の服は濡れてしまう。
あまりに怖い。普通にあんな感じで睨まれ凄まれたら、委縮して何も言い返せない自信しかない。それでも今にも泣き出しそうなクラウディアを放っておけず、もう一度どうにか勇気を込めて立ち上がる。
「お、俺なんでもやるんで!と、とりあえず皿と調理道具洗うついでに、クラウディア水浴びさせてきますんで!」
声は分かりやすく上ずって震えている。自分でも焦っているのは分かっているが、それでもなんとかなれとブランシュの様子を伺う。するとそれまで沈黙していたクリスも声を上げてくれる。
「俺も刀研いでおきたいんで一緒に行きますよ。皆さんは先に寝ていてください」
するとそんなクリスを見てつまらなさそうにブランシュは目じりを下げ、髪の毛を触る。
「なんかつまんな」
そう言って拗ねたように背を向けどこかに行ってしまうブランシュ。アルフレッドは一瞬クラウディアを睨むが、すぐにブランシュの機嫌を取り持とうと追いかけていく。アルフレッドの事はあまり好意的に思っていないが、あぁやって気を回してくれるのは助かる。
そして自分も今やれる事をやろうと、そっとクラウディアの背に手を当て優しく声をかける。
「ま、まぁ行こう?」
小さく頷くクラウディア。するとクリスはそのクラウディアの頭にタオルを乗せてあげる。そのままクリスはクラウディア越しに亮太と視線で会話し頷く。そうしてその3人は皿と鎧に武具を集め、近場の川へと向かっていく。
そして結局その場に1人取り残されたのはディアナだった。その目は酷く疲れ切っていて、深く深くため息を零す。
「……めんどくせぇ~」
気が抜けたように天井を見上げる。この辺りはどこもかしこも岩肌がコケに覆われて、緑ばかり。それに擬態する魔物もいるから気が抜けやしない。それなのに仲間内でギスギスとする。こういう人間関係が嫌だったから冒険者になったというのに、これでは全く意味が無い。
「ぜったい辞めよ。このパーティ」
そう一人呟きディアナは先に一人睡眠をとるのだった。




