第57話 面倒な理想と現実
辺りには緑色のコケが群生し天井からは蔦が垂れさがる。そして地面からは逆に、真っすぐに天井へと伸びあがり、その先端には青白く光るポンポンがついた植物もある。そのおかげか辺りは明るく、心なしか空気も澄んでいるように感じる。
だが亮太にとっては全くその空気を味わう余裕は無く、気まずくなりながらその柔らかいコケのむしる岩の上に座る。
「で。気付いたらここにいたと。君はそう言いたいんだね」
そう言って見下ろすのは鎧に身を包んだアルフレッド。その後ろにはブランシュとクリスがいる。そしてクラウディアはというと、クリスに肩をしっかりと掴まれ、こちらを申し訳なさそうに視線を送ってくるだけ。亮太の知っている元気で快活で元気な彼女とは大きくイメージが異なる。
そう様子を確かめ呼吸を整えると、長々しい経緯の説明で疲れた舌を再び動かす。
「そ、そうです。それでそこのクラウディアさんに助けてもらって」
一応自分が異世界の人間だというのは黙っておいた。宗教的にまずくて袋叩きに遭うとかそんな展開を避けたく、そもそも信じて貰えるかも怪しい。だから一応記憶喪失という体で、ここまでどうしてきたかを説明したつもり。
そしてアルフレッドの様子を伺うように見上げると、彼は人の良さそうな笑みを浮かべ胸を張る。
「まぁいいか!!どうせ俺らも引き上げる所だし上まで一緒に行こうか!!」
それはとんでもなくありがたい提案だった。1人でこのまま放り出される可能性もあったが、とりあえず当面の命は繋げそうなことに安堵する。
だがそれはこのパーティの総意では無いのか、茶色の混じった金髪の神官であるブランシュが、明らかに不満げにしてアルフレッドの手を握る。
「こんなの放っておこうよ。ただでさえお荷物1人戻ってきたんだし」
ブランシュの細くなった眼はクリスの陰に隠れるクラウディアへと向く。クリスは更にクラウディアを守る様後ろにするが、何か訳でもあるのか言い返そうとしない。
すると、それを見かねたようにアルフレッドはブランシュの頭に手を置く。
「お荷物でも荷物持ちにはなるだろ。こいつも魔力あるって話だし別に損は無いんじゃないか?」
クラウディアは更に顔を暗くしてしまう。そして亮太自身も、自分の処遇で揉めている現状に気まずさを覚えてしまう。だが、そんな中でも、ふとアルフレッドの言葉に引っ掛かりを覚える。
(荷物持ちってクラウディアが魔法使えるの知らないのか)
理由は分からないがその辺りは黙っておこう。さっき経緯を説明した時あまりクラウディアに言及しなくて良かった。
「……てかなんか言い方やだな」
アルフレッドの物言いにそうボソッと呟く。するとブランシュには聞き取られてしまったのか、首が瞬時に捻りこちらを睨んでくる。思わず変な声が出て心臓がキュっと閉められる感覚を覚えるが、ブランシュはアルフレッドを一瞥して、深くため息をつく。
「私知らないからね。アルフレッドがそんなに言うならいいけど」
ブランシュはそう言って地面を蹴る。クリスとクラウディアも立場が悪いのか黙ったままで、明らかに空気はより悪くなってしまう。
そんな中この場にいなかった1人が、肩に四足歩行の獣を抱え帰ってくる。それを見てアルフレッドは分かりやすく声を大きくする。
「お、ディアナか!どうだった!?」
そう声を明るくしアルフレッドは、ディアナと呼ばれた軽装備の女へと駆け寄る。それをブランシュは恨めしく見て、引き留めようと手を伸ばすが、引っ込めてしまう。どうにも嫌な人間関係が透けてみる気がして、居心地が悪くなるばかり。そしてそのディアナはというと、アルフレッドに興味を示さず獣を地面に置いて低い声で答える。
「見ての通りだ。内臓は捌いて来た」
どうやらイノシシに近そうな獣だろうか。腹は切り開かれて血は流れていない。そしてディアナは、アルフレッドを無視して淡々とその皮を鞣し部位ごとに切り分けていく。こんな悪い空気感の中でどうすれば良いか分からず、亮太はその場でソワソワするばかり。
だがディアナはそんな男を睨みナイフ向けると、鋭い声で咎めて来る。
「お前も働け。タダで飯貰えると思うなよ」
この人は怖そうな人だ。見た目だと歳はあまり変わらなさそうなのに、どうしても逆らえ無さそうに感じてしまう。そう感じた亮太は、必死に足を動かしその獣の死骸の傍へと駆け寄る。一瞬アルフレッドと目が合うが、すぐに微笑み返される。
「……っす」
一瞬顔が怖かった気がしたが、気のせいだとアルフレッドに軽く頭を下げる。そしてディアナの隣に座りそのまま問いかける。
「で、俺はなにを……?」
するとディアナはナイフで皮を肉から剥ぎながら、こちらに聞こえさせるように舌打ちをしてくる。
「自分で考えろよ」
そう言われたとして何をすれば良いか分からない物は分からない。偶に近所のおじさんから猪肉を貰った事はあるが、捌いた経験などある訳も無い。
だがそう困り顔をする亮太を見かねたのか、ディアナはそのナイフを差し出してくる。
「これで首落としておけ。脳みそは食わんから舌だけ引っこ抜いて」
親切なのか不親切なのか。それは判断しかねるが仕事が遅いと刺されそうな勢いなので、大人しくそのナイフを受けとって猪らしき獣の首元にナイフを当てる。すでに皮は剥がれているが、やはりどうすればいいか分からない。
「……とりあえずこことかか?」
とにかく手を動かそうとナイフを首に差し込もうとする。だがそこで隣からその手首を掴まれてしまう。
「お前ダメそうだから私がやる」
結局そう戦力外通告をされディアナが1人で獣を解体していく。それを申し訳ないと言うか気まずいような感情で一歩引いて眺めると、アルフレッドが肩を叩いてくる。
「あぁ見えて優しいんだ。あんま嫌わないでやってくれ」
そう言ったアルフレッドは誇らしげで嬉しそう。解体作業をするディアナを目を細めて眺めている。そして亮太の視界には、アルフレッドの後ろでディアナを睨むブランシュの姿も見え、ふとその光の無い瞳と目が合ってしまう。
「……ッ」
咄嗟に目を逸らす。そして目が合って無いとアピールするために、未だ肩に手を置いてくるアルフレッドに答える。
「え、えぇ……まぁ俺が何もお手伝い出来ないのが悪いので……」
そしてやけに機嫌の良いと言うか、言葉に棘の無いアルフレッドは肩を組んでトントンと叩て来る。
「そんな気落ちすんなって!これからこれから!!」
肩を叩かれ揺れる視界の中、適当に相槌をしながらクラウディアの様子を伺う。ずっとクリスの後ろにいて、ただただ怯えたように何も言葉を発さない。あまりに自分の知っているクラウディアと様子が違い、どうしたのかと声をかけたくなる。
だがそれも出来ないまま時間が過ぎ、ディアナが捌き終わったと幾つかにその獣の部位を取り分ける。そしてそれらを葉の上に置くと背筋を伸ばす。
「じゃあアルフレッドと……ブランシュ様。お二人に調理任せても良いですか?」
その言葉にアルフレッドは寂しそうな顔をしブランシュは分かりやすく顔を明るくする。それをディアナはどうでも良さそうに眺め、そのままナイフを布でふき取り、どこかへと行ってしまう。
それで取り残されどうしたら良いか分からなくなる亮太。アルフレッドらは料理をするために移動し、ディアナの姿はどこにも見えない。それならばとクラウディアと話に行こうとするが。
「おいお前!!サボってないで燃えそうな物持ってこい!!」
それは自分に言われたものかと思い肩を跳ねさせ振り返るが、どうやらクラウディアに言われた言葉らしく、隣を小さな影が走り抜けていく。
「あっ……」
クラウディアは文句ひとつ言わずにアルフレッドに頭を下げ、すぐにどこかへと走り出してしまう。どうにか手伝ってあげようかと、それを追いかけようとするが、その肩を後ろから掴まれ止められる。
「やめておけ」
振り返れば眼鏡男ことクリスが首を振る。だがそれだけでは理解出来る訳なく、亮太は走り出そうとするのだが、クリスは耳打ちをしてくる。
「良いから。あんまりあの2人。特にブランシュの気に障る事はするな」
それでも納得できなくその手を振り払おうとするが、更にクリスは、小さくなっていくクラウディアの背中を見送る。
「この辺は安全だ。それにあの子も聡い子だからそんな無茶はしないのは、お前も知ってるんじゃないか?」
その言葉にやっと亮太の足は止まる。クラウディアと再会した時あんな反応をした人間が、ここまで言っているのだから信用すべきだと、やっと冷静に判断する。
「……分かりました」
するとクリスは辺りを見回し、そのまま亮太の肩を持ったまま岩陰を指差す。
「少しだけ話そう。あの子がどうだったかも聞きたい」
やはりこのクリスという男はある程度信用出来るらしい。そうこの時の亮太は判断した。だからその提案に頷き、クリスに連れられるがまま岩陰へと赴き、二人並んでそこに座る。
「で、あの子はどうだった。この一か月」
座るなりそうと駆けて来るクリス。さっきはあぁ言ったが、視線はクラウディアの行方を気にしているのが丸わかり。まるで父親だなと思いつつ、どこか親近感を覚え声色を優しくなる。
「一緒にいたのは一週間ぐらいですけどずっと元気そうでしたよ。それこそ子供らしく良く笑って、まぁ偶に暗い時もありましたが」
最初にこの世界で出会ったのが彼女で良かった。そう共感してもらえるだろうと思ってクリスを見るが、レンズ越しの目は丸くなり、震える手でこちらの肩を掴む。
「あの子笑うのか……?」
想定していない反応にこちらも困惑してしまう。自身の持っているクラウディアの印象で、笑顔が少ないというものは無かったからだ。
「ま、まぁそうですけど……違うんです?」
するとクリスはゆっくりと肩から手を離し、自分の顎に手を当てブツブツと呟く。
「あの子が笑う……あれだけ俺が色々やっても……」
どうやらこのパーティではクラウディアはあまり笑わなかったらしい。それはこれまでの少ない会話でも、クラウディアの奴隷としての立場を目の当たりにしていたから、多少の納得は出来る。それを許容できるかどうかで言ったら否であるが。
そう思うと、クラウディアの為にも目の前の男と協力する必要があると、そのクリスの震える二の腕を掴む。
「あの子がそんなに待遇悪いなら俺らでどうにかしてみませんか?」
奴隷と言っても暴力を振るわれている様子は見られない。それになにより1人より2人の方が出来る事が多いと、そう思ったのだがクリスの顔は依然と暗く。
「……あのブランシュ……神官の女な。あれがクラウディアを嫌っている時点でどうにもできん」
この世界では神官はそんなにも偉いのか。それにこの言い方からしてブランシュがこのパーティの決定権を持ってそうな言い方が気になる。
「てっきりあのアルフレッドさんがリーダーかと思ってたんですけど」
そう疑問をそのまま言うと、クリスは調理をするアルフレッドとブランシュを気にしつつ小声で囁く。
「貴族の娘なんだよ。俺とアルフレッドはその貴族に娘の護衛として雇われてんの」
貴族の娘がこんな冒険者みたいな危険な事をするのかと疑問に思うが、この世界ではそれが普通なのだろうか。だがそれならばこのパーティで浮いている存在がまた一人。
「あのディアナって人は?雇われじゃないんです?」
クリスは腰を据えて話すつもりか、座り直し腰を曲げてこちらを見る。
「あれは一時的に組んでるだけだ。まぁアルフレッドの奴が引き留めてるから1年ぐらい経つが」
ポンポン情報が入ってくるが、どうやらディアナ周りの人間関係は複雑らしい。こんな板挟みな環境では、クリスが胃が痛くなる立場なのは目に見える。
「……大変ですね」
ただそう言うのが精一杯だった。同期と上司と外部の三角関係に挟まれ、奴隷の子を守ろうにも上司は嫌っていて強く言えない。
だがそれを理解してくれだけでもうれしいのか、クリスは大きく頷いて手を取ってくる。
「だろ?お前がまだ話せる奴で良かった……」
しみじみとそう言われ悪い気はしなかった。正直このパーティではお荷物でしかない自覚があるから猶更。
そんな会話の中、遠くから乾いた草木を抱え帰ってくるクラウディア。それを見てクリスは少しだけ微笑むと、そっと言う。
「俺らだけでもあの子に優しくしよう。それが出来る限界だ」
その言い方には制限に妥協を感じる物。自分の出来る範囲でやろうとしているのは伝わってくる。自分としてはそもそも奴隷から解放してあげて欲しいが、そうもいかない事情があるのだろう。だが、自分の考えを押し付けるのは良くないと思いつつも、この一線だけは譲れない。
「分かりました……でもいつかはあの子を自由にさせてあげましょう」
聞く感じ望んで奴隷になった雰囲気でも無い。あんな小さな子が奴隷なんて境遇に居させるわけにいかない。
そんな意思を持った言葉を受けたクリスは大きく瞳を揺らす。そして何度も視線を行き来させ迷いがありありと浮かぶ。その迷いの中、クラウディアが運んだ草木を持ったブランシュが間延びした声を出す。
「ちょっと~これ湿気ってんだけど」
ブランシュがそう言ってクラウディアの持って来た草を投げ捨てる。それの転がる先を見送る事無く、クラウディアはすぐに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
仲介すべきアルフレッドは興味無さげに、ガチャガチャと背を向けて作業をしている。そしてそこまでするのか、ブランシュはクラウディアの下げる頭を掴む。
「ごめんなさいじゃなくて申し訳ございませんでしょ~?そんな言葉遣いじゃすぐ捨てちゃうからね~」
目に見えて嫌な奴。思わず顔を歪めてしまうが、隣ではクリスが腰を浮かし、先ほどの俺の提案に答える。
「……あぁ絶対に助けよう。俺とお前で」
そう決意を込めたようにクリスが岩裏から飛び出そうとする。だがそれと同時に俺達2人にかかるその影。
「さっきから変な会話してんな。お前ら」
クリスと2人でその影を見上げればディアナがそこにいる。水浴びにでも言っていたのか、少しだけ髪は湿っているが、ちゃんと拭いていないのか水滴が滴る。そして俺は今の会話を聞かれても大丈夫なのかと、クリスを見るが、それは腰を浮かしたまま頷く。
「あんたも思う所はあるだろ。あんな子供を騙して奴隷にして━━」
そうクリスがディアナを説得しようとするが、その彼女は酷く目を細めて睨み下ろしてくる。
「興味ない。自業自得」
そう言って2人を残して隣のコケを踏んで行ってしまう。クリスはまたかと一言零して肩を落とし、落胆する。そしてその辺りで、アルフレッドの大きな声がこちらにまで響く。
「まぁまぁブランシュもさ。クラウディアもワザとじゃないんだから許したら?」
さっきまでは全く興味無さげだったくせに突然庇いだすアルフレッド。その辺りでやっと察しがつき、ディアナの背中を見つつ呟く。
「……そういうね」
完全にクラウディアが出汁に使われている。異世界に行こうがどうしようが、人間がいる以上こういう所は変わらないのか。
と、そんな事を思いつつも、流石にこのまま岩陰でコソコソしている訳にいかない。そう亮太は立ち上がる。
「じゃあ俺は行きますね」
それだけクリスにそう言って一歩を踏み出す。その際クリスは何か言おうとしたが引っ込めてしまうので、アルフレッドらに駆け寄りクラウディアの落ちた肩に手を置く。
「じゃあ俺薪とか燃やせそうな草探してきますよ!!」
するとアルフレッドはディアナを気にしながらも、少し気圧され苦笑いしつつも頷く。
「お、おう……そうか……頑張って」
ブランシュは変わらずこちらをゴミを見るかのような眼で見て来る。まぁ貴族様からすれば俺なんて塵芥なのだろうが、気分のいい物では無い。それを視界に入れないよう、クラウディアの顔を伺うように目を合わせる。
「じゃあいこっか」
すると顔に影を落としていたクラウディアは少しだけ頬を綻ばせ、強くコクっと頷く。それを確認すると背中を押して2人その場を後にする。
それを見送るディアナ。変な奴がまた増えたと思いつつ、作業しようかとナイフを手に取ると、遅れてやってきたクリスの様子が気になる。
「そんな顔するならお前も行けばいいだろ」
そう言われたクリスの顔は少量の悔しさと羨望が混じったような物だった。自分は立場に縛られ出来ない事を、簡単に出来る彼に対しての感情だった。それでも良い奴であるのは体感していて、それでいてクラウディアが懐いているのも分かっている。
だからこそ自分を納得させるようにクリスは呟く。
「……クラウディアが笑えればそれで良い」
そう言ってクリスはクラウディア達から背を向け、調理の手伝いに向かっていく。相変わらず理想とやっている事がかみ合っていない奴だと、半ば呆れた様にそれを見送る。すると今度はアルフレッドが腰を伸ばし、クラウディア達を横目に寄ってくる。
「あの2人仲良いよね~ほんと良かった。俺もクラウディアの事心配だったからさ」
快活に笑うアルフレッド。だがこちらに余分な事を言うなと睨んでくるブランシュの目線にも気付く。またいつもの面倒だと思いながら、ディアナは軽くあしらうことにする。
「あぁ。そうだな」
距離を縮めて来るアルフレッドから一歩距離を置き、そのままブランシュの傍に向かう。ただの一時金の為に入ったパーティだがどうにも選択をミスったらしい。いい加減抜けようかと決心がつく。
「……だっる」
仕事はした上この場に長居したくも無いと、ポケットに入れたパイプを握り、また歩き出そうとする。すると相変わらず一々行動を聞いてくるアルフレッド。
「どこに?俺が手伝えることある?」
またブランシュがこちらを睨む。どれだけ聞き耳を立てているのかと、辟易してしまう。
「あいつら心配だから見てくる」
そう全くの嘘を言って煙を吸うべく、さっさとこの場を後にするディアナだった。




