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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第一章
6/48

第6話 あなたと出逢ったから


 カツカツと馬蹄の一定のリズムの中、奴隷商らは街道を進む。積もっていた雪は水溜りになり、少しの湿度を感じる。


 コンラートの馬にはシエナが乗り、奴隷商の馬にはレイラが乗っている。そのレイラは眠そうに欠伸をしながら、奴隷商の外套をつまみ尋ねてくる。


「シエナはどうするの?」


 奴隷商は振り返る事無く、前を行く馬上の騎士を見る。


「さぁ。コンラートの奴が任せろとは言っていたが」


 少しばかりの心配。今のコンラートは精神的にも不安定に見え、シエナ相手に余分な事をしなければいいが。

 

 そしてその煌びやかな鎧を身にまとった騎士は、ここまで聞こえる声で快活に話す。


「自由になったらなにしたい?次の街大きいから色々選択肢あるよ?」


 出立した時から怯えたように塞がってしまっているシエナ。奴隷商から解放の話を聞かされても、戸惑いの色が強く、理解しきれていないようだった。


「……そう言われても。ちょっと」


 コンラートは軽く振り返り、俯くシエナに微笑みかける。


「でもせっかく自由になれるんだからさ。今から考えてみようよ」


 奴隷商はレイラが奴隷のままでいる事を黙っておいていた。それこそコンラートが騒ぎかねないと考えたからだ。だからシエナもその事実を知らず、ただただ戸惑うばかり。


「冒険者でも良いし、商人でも良いよね。あ、それに家政婦とかも良いかもね!」


 コンラートは必死に言葉を考え伝える。助けれなかった奴隷の子供らへの贖罪。今生き残ったシエナには、せめて笑っていて欲しい、そうコンラートは強く思っていた。


 だが、その言葉は伝わらずシエナの返事は低調だった。


「あ、はぁ……」


 シエナのさらさらとした青髪が風に揺れる。数時間前まで死の縁に立ち、そして急に自由になれると言われても想像が出来ないのだろう。


 だがそう言われて、ふとシエナには思い当たるのがあった。


「……でも冒険者は楽しそうですね。昔、ある冒険譚読んだ事あるので」


 ただ話を合わせるために言った言葉。だがそれを聞いてコンラートは、分かりやすく嬉しそうに声を上ずらせる。


「あ、いいよね!冒険譚!!俺もベルセリウスの冒険譚好きなんだよね!!」


 コンラートが小さい頃親から良く読み聞かされた話。それはシエナの知っているそれと同じ。それでシエナの顔は自然と上がる。


「あ、え、知ってるんです?あれこの辺りじゃ有名じゃないのに」


 その反応にコンラートも嬉しくなり、自然と声が明るくなっていく。


「俺北の方出身だからね!あの赤竜山脈の所とかワクワクするよね!!」


 そんなコンラートにつられ、シエナも声が弾んでいく。


「あ、分かります!よくそこの話弟に読み聞かせてたんですよ!!」


 偶々共通の話題があり、話が盛り上がる2人。コンラートも暗かったシエナの雰囲気が良くなったことに、ただ単純に嬉しさを感じていた。


 だがどうしてもいつも要らぬことを言ってしまう。それがコンラートの性分だった。


「へぇ~!弟さんいるんだね!今何歳!?」


 一瞬盛り上がった空気だが、背中に座るシエナが明らかにしぼんでしまうのを、コンラートは肌で感じる。


「……あ、1個下です。今どこにいるかも分からないんですけど……」


 気まずくなってしまう空気。よく考えれば、奴隷に家族の話題は避けた方が良いというのは分かったはず。自分の浅慮さを悔いるコンラートだが、それでも話すのを辞めない。


「じゃ、じゃあ冒険者しながら探すとかも良いかもね!赤竜山脈とかも行けるかもだよ?」


「あー……確かに……です?」


 無理やりな気もしたがコンラートの圧に負けるシエナ。ただ言われた通り、自由になるなら冒険者の選択肢が一番現実的なのも理解していた。


「レイラと相談しますけど。冒険者、良いかもですね」


 シエナがチラッと、レイラの様子を伺うように後ろを見る。レイラが盗賊にひどい事をされている時、自分が標的にならないよう静かにしていた事。自分だけ麻袋に詰められた時、卑しくも安堵してしまった事。その事実で、ただただ罪悪感が募っていく。


 だがそんなシエナの気持ちをつゆ知らず、コンラートは前を見たまま元気に答える。


「あ、そう思う!?応援するよ!!剣術関係ならなんでも答えるよ!!」


「……ど、どうも」


 やけに盛り上がる2人。それを見ながら静かに馬に揺られる奴隷商とレイラ。


 そうして幾時間程経った頃。奴隷商らは城門の手前で馬から降りていた。


「じゃあ午後の鐘で城門に集合だな。コンラートはシエナを冒険者ギルドに連れてけ」


 するとコンラートは不思議そうに首を傾げる。


「……?レイラちゃんはどうするんだ?」


 やはり突っかかってくるか。そう思い、どうしようか思考する奴隷商。だがレイラは一歩前に出て、シエナを真正面から捉える。


「私はこのまま伯爵の所に行く。シエナは冒険者頑張ってね」


 ポカンと意味が理解出来ず固まってしまうシエナ。その手は震えながらも、レイラの肩を掴む。


「……え、え、なんで?私達助かるんだよ……?」


 コンラートとシエナは信じられないと目を丸くし動揺する。そんな2人が可笑しいのかレイラは笑いながら、疑問に答える。


「私が売れないとこいつが路頭に迷っちゃうからね。可哀そうだから」


 シエナの白く細い指を向けられる奴隷商。

 それを見てか、コンラートが怒り心頭と言った表情で奴隷商を睨む。事実だとしても、もう少し言葉を飾ってくれないかと、奴隷商は思うが、レイラは気にも留めずシエナの手を取る。


「それにその伯爵さん割と良い人らしいから。何とかなると思う」


「え、じ、じゃあ私も……」


 自分だけ自由になるのに罪悪感を感じたシエナが言いかける。だがそれを遮るように、レイラは黒髪を揺らし否定する。


「シエナはそういう流されやすい所治しなよ。冒険者って荒れくれ者ばっかって話なんだから」


「……」


 奴隷商とコンラートは黙ってその会話を眺める。子供同士の最後の会話に口を挟むわけにいかない、その考えは同じだったからだ。


「弟の事もあるでしょ。せっかくチャンスが来たんだから、捨てちゃいけないよ」


「で、でもレイラだって……」


 粘ろうとするシエナの頬をレイラは撫でる。それはいつか自分の母がやったように、安心させるような手つきで。


「私は私の生き方があるから。またいつか会える日も来るよ」


 こうなった時のレイラは一切引かない。それは5年間一緒に過ごしたシエナも良く分かっている。だから、納得いかなくとも不安そうにも頷く。それを見て嬉しそうにレイラは笑い、シエナの手を離す。


「じゃ、騎士さんお願いしますね」


 急に話しかけられ肩を跳ねさせるコンラート。


「あ、お、おう」


 そう言って、先に城門へと進んで行ってしまうレイラ。それを追いかけるように奴隷商も、馬を引き歩き出す。


「良いのか。もう少し話さなくて」


 奴隷商は付いてくるコンラートを気にしながらレイラに聞く。

 すると後ろで手を組んだままレイラは少し考える。だが、悔いは無いと言いたげに頷く。


「あんまり話すと私が泣いちゃうから」


 顔を伏せ前髪に表情を隠してしまう。それを気遣い奴隷商は城門の上を眺める。


「随分可愛らしい理由だな」


 するとフッとレイラの前髪が揺れ、紅くなった目元で奴隷商を見上げる。


「あんたと違って血も涙もあるからね」


 そうして城門を抜けるまではコンラートらと一緒に動き、街中に入るとそれぞれ分かれることにした。だが奴隷であるコンラートは、そのまま街中を歩けば捕まってしまう。だから外出用の札を掛けたのだが、やたら嫌がられる。


「これって……」


「良いから。檻に行きたく無きゃ掛けておけ」


 かなり渋い顔をしながらもシエナを連れ、街中へと消えていくコンラート。それを確認し奴隷商らも歩き出す。


 そんなこんながありつつも二手に分かれ、城門をくぐったこの街。帝都からほど近い位置にあり、城塞都市の面を持ちつつも交易の主要地点でもあった。


「このまま商工ギルドでお前を預けていく。伯爵の使いが迎えに来ているはずだから従う様に」


 馬蹄が石畳を鳴らす。通りは露店で溢れ人だかりができ、道がうねり込み入っているせいで、中々急ぐことが出来ない。そして奴隷商の外套を掴み馬に乗るレイラが、雑踏に負けないよう声を張り上げる。


「あの騎士さんは良いの?」


 奴隷商も声を張り上げレイラに答える。


「まぁなんとかなる。冒険者ギルドは身元保証もいらないしな」


 街中では客引きに押し売り。商魂たくましい人達が大勢溢れ、馬の通る車道にまでそれははみ出ていた。あまりにうるさい環境だが、それでもレイラは話続ける。


「なんかいい人そうだったね?」


「そりゃお前ら奴隷からしたらそうだろうな」


 レイラ程高く売れた訳では無いとは言え、4人分の売却益が無くなった。経営に対して国が最低限の支援をしてくれているとはいえ、それでもこの痛手はきついものがある。


 そう帰った後からの仕事に頭を抱えそうになりながらも、奴隷商らは馬から降りる。そしてその足のまま、商工ギルドの門を叩く。


「一昨日に出荷された奴隷の届だ。オークランス伯爵に引き渡しを頼む」


 商工ギルドの会員証を提出しつつ、諸書類を窓口に提示する。すると窓口の女は、ハキハキと屈託のない笑みで応える。


「?あぁ一日遅れたようですけど何かありました?今さっき確認の使者を帝都に送ったのですが」

 

 窓口の女が眼鏡越しに書類の確認を進めつつ、不思議そうな顔をしていた。

 

 奴隷商は心中やはりと頷く。つまりあの使者は商工ギルドの物ではなくニセ。明らかに奴隷商らを誘い出すために嘘を付いていた事が確定した。


 ただそれをこの受付に問い詰めても仕方ない。そう手続きが終わるまで黙ってそれを待つ。するといくつかの書類を纏め、受付嬢は咳払いをする。


「はい。書類確認しました。ですが他の4人はどうなさいました?こちらも同日引き渡し予定との事ですが」


 眼鏡を掛け直し怪訝そうに奴隷商を見る受付嬢。それに説明するように奴隷商はレイラを指差す。


「あぁ、盗賊に遭ってな。こいつ1人しか助けられなかった」


「……それは。本当にです?」


 受付嬢が疑うように身を乗り出す。この辺りは治安が比較的良いから当然の反応だろう。


「あぁ俺もこんな帝都近くでと思ったんだがな。この辺りに墓標と盗賊の死体がある。確認して貰えると助かる」


 受付の地図に指を差し、そう奴隷商は説明する。するとそれなりに長く商工ギルドに所属し活動してきたからか成果がでたらしい。どうやら受付はそれを一旦受け入れるらしく、後ろを振り返り他職員を呼びだす。


「ここに確認行って貰っても良いです?急ぎで」


 早く動いてもらえるのは助かる。そう職員同士の会話を見つつ待っていると、すぐに受付が奴隷商へと向き直り、笑みを作る。


「こちらから事実確認が出来次第手続きはしておきます。帝都の本部でも同様の報告をお願いしますね」


 それでもう終わりらしく一部の書類に会員証が奴隷商の元へと返される。


「分かった。何かあったら連絡してくれ」


「はい。承知いたしました」


 受付嬢から引き渡し予定日時の札を渡される。どうやらすぐにという訳では無く今日の午後にあるらしく、それは一日遅れたせいなのだろう。


「……じゃあ飯食うか」


 流石に丸1日食事を摂らない訳にはいかない。そう呟いたが、煽るようにレイラは笑う。


「お金無いんじゃないの?」


「食わないと死ぬからな」


「それはそっか」


 そんな会話をレイラとしつつ、商工ギルドの建物の戸を開け通りに出る。目の前を早馬が駆け抜けて行き、随分と仕事が早いと奴隷商は感心する。


 そうして2人は雑踏の中進んで行く。


「お前怖くないんだな」


 暗い顔すら見せなくなったレイラに、奴隷商はそう問いかける。すると全く意味が分からないときょとんとするレイラ。


「ん?なにが?」


 レイラは左手を2回握る。それは昔から動揺した時にする癖だった。

 それを横目に奴隷商は続ける。


「これから見ず知らずの貴族に買われるんだぞ」


 人混みを掻き分け広場に出る。どうやら飯の良い匂いはこの辺りから漂っていたらしい。

 

 そんな匂いにレイラは歩調を早めつつ、奴隷商の質問に答える。


「別に。だってその貴族に買われたユリアさん?って先輩から手紙来てるぐらいだし、よっぽど悪い所じゃないんでしょ?」


 レイラの発言に、奴隷商は足を止める。さっきも何故かオークランス伯爵が良い人だと言ったのか疑問に思っていた。だがそれを知ろうにも、その手紙は誰にも見せず書斎の奥にしまったはずの物が必要。


 そしてレイラは数歩進み振り返ると、そんな奴隷商の珍しく動揺した顔を面白がる。


「手紙の郵便受けとったの私だしね。割とあんた詰めが甘いよね」


「……中身は見てないよな」


「見ないよ。というか封蝋してあったから見れるわけないじゃん」


「それは……そうか」


 奴隷商自身が思っていたより、このレイラという奴隷は記憶力が良いらしい。レイラは心内を隠すように、ニッと笑って、奴隷商を見上げる。

 

「ま、他の子に手紙の事は黙っててあげたんだからさ。なんか奢ってくれるんでしょ?」


 レイラはそう調子の良い事を言いつつ、視線は既にある露店へと向いていた。奴隷商もどうせ何か食べさせる気ではあったので、特に反発する事はせず向かう事にする。


 そしてその露店を見た奴隷商は、その匂いに腹の音を鳴らしながら呟く。


「腸詰か」


 補足するようにレイラが言葉を付け足す。


「と、パンにチーズだね」


 看板に書かれた料金に、奴隷商は財布に目を落とす。二人分だとしてもそれなりに値が張るのは目に見えていた。


 そんな奴隷商の動作を見てかレイラは少しだけ悩む素振りを見せ、その足の向きを変える。


「あ、私あっちのが食べたいかも」


 そうまた別の方向へと行こうとするレイラの肩を奴隷商は止める。


「お前も大概分かりやすいな。買ってやるから大人しく受け取っておけ」


 レイラが固まる。奴隷商は魔力を使った命令をした記憶は無いと、それに違和感を抱くがレイラは黒髪の奥に表情を隠す。


「……そ」


 少しだけこちらを見ようとしたらしいが、振り返り切る事無くそう短く言った。


 だがレイラは最初に見た露店へと足を戻し、奴隷商へと顔を見せようとしないまま向かう。


「あんたのそういう所ほんと嫌い」


 それは嫌いと言うには自信の無さげな呟きだった。奴隷商は微笑み財布の紐を緩める。


「奢ってもらう立場で良く言う」

 

 そうして結局昼飯二人分を買う奴隷商。ライ麦パンに切れ目をいれ、そこに腸詰と溶かしたチーズを入れたもの。喉が渇きそうという感想こそ奴隷商は抱くが、レイラはそれを手に掴み笑顔を浮かべ頬張る。


「~~~」


 言葉にならないというのはこういう時に使うのだろう。それぐらいにレイラは美味しそうにそれを頬張り、黙々と食べ進める。そして奴隷商も人の食事をただ見ている訳にはいかないと、同じくそれを口に入れる。


「……旨いな」


 奴隷商のそんな呟きにレイラがもぐもぐとしながら頷く。レイラに対して落ち着いたイメージを抱いていた奴隷商だったが、思った以上の子供のような反応に少し驚く。


(それなりに食事には気を使ってたんだがな……)

 

 そう少しばかり料理に自信のあった奴隷商のプライドにヒビも入った。そんな奴隷商の感情を察してか、レイラが思い出したように言う。


「そーいや前教えた料理作るの?」


 料理自体が好きだったのか普段から手伝っていたレイラ。奴隷商は、甲斐甲斐しくも料理のレシピを教えられていた。


「あぁまぁ多分な」


 そんな会話をしつつ奴隷商らは食べ歩きし街を散策する。奴隷商からしても値段相応に美味しく感じた食事だった。


「だが、これは手が汚れるな」


 食べ終わってもなお手からは良い匂いが漂ってくる。ハンカチを取り出しそれを拭く奴隷商だったが、レイラはというと不思議そうに首を傾け、自身の指を口元へと近づける。


「ん?舐めればいいじゃん。勿体ない」


 マナーやら教養やら、教本を買って教えていたというのに。奴隷商は呆れてしまう。


「……それ伯爵様の所で絶対にするなよ」

 

「良いじゃん。今はあんたしかいないんだし」


 そうして街を何か目的があるはずも無く歩き回る。レイラにとっては久々の外となるからか、あちこちへと視線が散っている。奴隷商のより数歩先を進み、興味のままに赴くレイラの姿は、それこそ本来の歳相応の無邪気さがあるように感じる。


(18か)


 買った時は13歳だったが、少し身長は伸び性格も大人びた。そう思ってきたが、今日の子供らしい所を見ると心を抑圧してきたのだろうと分かる。


「……時間だな。向かうぞ」


 教会の鐘で奴隷商はこの時間を切り上げる事にする。振り返ったレイラは少し不満そうな顔をするが、すぐに笑みに変え頷く。


「ありがとね。付き合ってくれて」


「……どうせ暇だったしな」


 奴隷商はレイラの目を見る事が出来ず視線を逸らす。どれだけ取り繕っても、奴隷商がレイラを営利目的で売ったのは事実。それで感謝を受け取る事は奴隷商に出来なかった。


 そうして奴隷商らは商工ギルドに指定された場所へと向かう。その間2人に会話は無く、レイラはこれからの生活に不安を覚えていたのは事実だった。だがそれを悟られることの無いよう、奴隷商の前を歩き顔を見せない。


「あの馬車だな」


「……案外綺麗」


「そりゃ貴族様の馬車だからな」


 使用人らしき男がこちらに近づいてくる。身なりと振る舞いから奴隷商は、以前取引した時の人物だと分かった。


「レイラ様ですね。お待ちしておりました」


「え、あ、どうも……」


 思っていたよりも低姿勢なその使用人にレイラが気圧される。奴隷商はこれが二度目だったから驚きは無いが、それでもあの伯爵家の者だと感心する。


「5年振り?ですかね。ユリアも良く働いてますよ」


 奴隷商相手にも恭しくはしてくる使用人。その報告に奴隷商は、とりあえずの安心をする。


「それは良かったです。またうちと取引してくれると更に嬉しいですが」


「はは、それは当主様次第ですから私からはなんとも」


 初老に差し掛かる程の年齢だろうか。そんな使用人と奴隷商は話ながらも、書類の確認をしつつ魔力を込めサインをする。


「では、確かに。レイラ様からは何かありますか?」


 使用人が書類を丁寧に仕舞いつつ、レイラへと問いかける。そしてそのレイラは使用人ではなく、奴隷商を見て言う。


「言う事は言ったから。あとは私の人生を私の力で頑張るだけ」


「……そうか」


 奴隷商の単調な返事。だがその顔色は暗く視線すら合わせようとはしない。

 そんな奴隷商と視線を合わせようと、レイラは黒髪を揺らし微笑みかける。


「だから、あんたもせいぜい頑張りな」


 そしてこれ以上言う事は無いと、背を向け馬車へと乗り込んでいく。それを使用人は微笑みながら眺め、レイラが乗り込むのを確認すると馬車の扉を閉める。


「ユリアの時と言い毎回信用されていますね」


 言葉に一瞬詰まるが、奴隷商は淡々と答える。


「偶々ですよ。レイラの事頼みます」


「えぇ。私の出来る範囲で最善を尽くします。では」


 使用人が乗り込み手綱を握る。こうして奴隷の出荷を見送る事は毎度だが、やはり言い知れない喪失感というものがある。それが一方的な感情ではあるのは分かっていても、感情というのは自然に湧くから仕方ない。


「……帰るか」


 流石に寒い。いくら着込んでも隙間から風が差し込んで体を冷やす。

 

 そうして何かを忘れた気がしつつも、奴隷商は街の門へと向かって行く。そして衛兵に商工ギルドの会員証を見せ、さっさと馬を回収しようと思ったのだが。


「だから!!俺はここで待ち合わせしててだな!!」


 衛兵の詰所からそんな悲痛な叫び声が聞こえてくる。それは聞き覚えのある声だった。


「あ、そういえば」


 コンラートは当たり前だが奴隷で、身分を証明するものが無い。だから基本1人で街の外おろか、区画外に出れない。


 と、そんな御託は置いておいて、今衛兵に迷惑をかける騎士の為にと、奴隷商は近くにいた衛兵に声をかける。


「多分この声の男、俺の奴隷なんですけど……」


「あ、そういえば、奴隷商さんでしたね。商工ギルドの」


 納得したように衛兵は頷き詰所へと入っていく。そして数分待つと、明らかに不機嫌になったコンラートが衛兵に連れられ出てくる。


「1時間誰かのせいで待たされた。んで、疑われて詰められた。何か言う事は?」


「説明ご苦労。衛兵さん申し訳ない、迷惑かけて」


 一旦コンラートを無視し奴隷商は衛兵へと頭を下げる。そしてコンラートを引き渡させ、預けていた馬を回収する。


「……遅れた訳の説明は無いのか」


 酷く恨みのこもった目線で睨んでくるコンラート。だが目を合わせることなく歩き出す。


「無い。申し訳ないが」


 2人は馬にまたがり来た道を戻っていく。まだ日暮れには遠い時間だ。その道中質問が山積しているのか、コンラートはしつこく聞いてくる。


「……レイラちゃんは大丈夫なんだろうな」


 コンラートは相変わらずの勢いで睨んでくる。


「さぁ。俺にあいつのこれからの人生を保証する権利も力も無いからな」


 コンラートの眉がつり上がる。奴隷商の奴隷に対するスタンスが気に入らないのだろう。


「無責任だとは思わないのか。お前のせいであんな境遇に……」


 コンラートは不満ありげだったが、答える気は無いと奴隷商は無視をし、今度はと奴隷商が質問する。


「で、そっちはどうしたんだ。シエナは」


 行きとは違いゆっくりと馬の蹄のリズムが刻まれる。そしてそのリズムは続いたまま、コンラートは慣れた手つきで手綱を握る。


「冒険者に無事なれたな。あと奴隷商が会員費って言って渡した金。あれ余ったからそのままシエナに渡しておいたからな」


 これぐらい良いだろうと、コンラートは奴隷商を睨む。奴隷商はそれに気付きながらも、前を向いたままため息を零す。


「……それを横領っていうんだがな」


 コンラートの強引さに呆れつつも、冒険者になったのは想定通りだった。


 冒険者。

 

 聞こえだけは良いが言ってしまえば、傭兵ギルドに入れる程の実力も無ければ、商工ギルドに入れるほどの職は無く、身分の保証が出来ない人間たちの総称。日々の雑用から戦争へと色々駆り出されるからこそ、低い身分の人間らの立身出世の場でもあるのが、僅かなセールスポイントだろうか。


 そんな中、ふと、奴隷商は行きとは違うその違和感に気付く。


「コンラート。お前剣2本持っていなかったか?」


 するとコンラートは当たり前かのように、そして誇らしげに胸を張る。


「あぁ。一本はあの子達に渡したからな」


 この2日間でも、何度も勝手に売るなと大事そうにしていた装備。それをあっさり売ってしまうのか。奴隷商は疑問に感じてしまう。


「剣は騎士の魂じゃないのか」


 だがコンラートはそれは違うと首を振る。


「あれは俺が自分の金で買った剣だ。女子供に姫様を守る為に」


 だから渡したと。そう自身の決断を何も後悔してないと言いたげな、正義感のこもった緑色の瞳。思想の違いこそあれど、どこまでも一貫しているらしいが。


「そもそもあの剣俺の所有物なんだが。その鎧もそうだけど」


 すると本気で何を言っているんだと、言いたげにコンラートは首を傾げる。


「あ?これは俺のだぞ?」


 何度も説明した事だというのにと、奴隷商ははなはだ呆れてしまう。


「いやお前が俺の奴隷だからな。お前の物は俺の物って事でな……」


 奴隷商の所有物を勝手に譲渡したという可能性には、どうやらコンラートは気付いていなかったらしい。だがもう今更取りに戻るのも面倒だと、奴隷商はまた、ため息を零す。


「まぁいい。次はやるなよ」


 だがやらかした本人は、悪くないと奴隷商を睨んでくる。


「お前も勝手に売るなよ。俺の命じゃ払いきれない程の物なんだからな」


「あいあい。分かった分かった」


 おそらくコンラートは自分が奴隷だという認識が微塵も無いのだろう。バカなのか誇り高いのか、そんな事を考えながら来た道を辿る事半日以上。帝都の門をくぐる時には、とっくに日は暮れ都は静かになっていた。


「コンラートは先に帰れ。まだぎりぎり商工ギルド空いてるから報告行ってくる」


「……おう」


 眠いのかコンラートの反発が弱い。途中何度か落馬しそうになっていた上、本当に騎士だったのか疑いたくなる。


「けど、腕はそれなりだからなぁ」


 小さくなっていくコンラートの背中を見送りつつ小さく呟く。それはただの独り言だったのだが、それに返事をするようにして足音が背後から聞こえる。


「まーた変なのに付きまとわれてんの」


 その声に、今日何度目かのため息が零れる。


 渋々その声に振り返る。するとそこにはロングコートに包まれ、バケットハットを深くかぶった女が現れる。肩下まで伸びた栗色の髪は結ばず、少しまとまっていない様に見える。


「……その変な奴の1人に絡まれてるんだが」


「えーひど。恩人よ私?」


 口元に指をあてわざとらしく猫なで声で返すのは、ディアナだった。それに反応するまでも無く奴隷商は、冷たくあしらう。


「なら借金返してから言え」


 するとわざとらしく両手をパチッと合わせるディアナ。


「そう、その借金でさぁ。毎月の返済に苦しんでるんですよぉ……」


 相変わらずオーバーなリアクション。それに距離が近いと、奴隷商は一歩引きつつも、ふと気づいた事があった。


「髪の伸びたな。戦いずらくないか?それ」


 するとディアナは帽子を上げ、嬉しそうに髪を触る。


「いいでしょ?このフワフワ感女の子っぽくて」


 昔の調子で言われ、奴隷商も思わず思考を挟まず言い返してしまう。


「27だろお前はもう。そんな事言ってないでそろそろ身を固めたらどうだ」


 するとディアナがムッとし、分かりやすく不貞腐れる。


「冒険者なんてまだフツーだから。てか結婚だけが全てじゃないし。てかあんたもいつまでその外套着てる訳?」


 そうまくし立てるディアナの腰には、ナイフが隠されているのだろう。これでもかなりの歴のあるベテランであるから、その気を悟らせないのは流石。


「で、結局何の用なんだ。金はもう貸さんぞ」


「んも~。人をなんだと思ってんの~ただ最近会って無いから出待ちしただけ」


「出待ちってお前な……」


 そんな会話をしつつ2人はコツコツと石畳を鳴らす。その歩調はぴったりと合い、目を瞑ればそこに1人しかいないと錯覚するほどだった。


「だってあんたいつも忙しそうだし。ちょうど馬走らせて出てくの見えたからね」


 ディアナの機嫌の良さそうな跳ねる足音。昔から偶に見せる癖だ。


「そういうディアナは暇そうだな。早くしないと借金の利子がとんでもないことになるぞ?」


 何回目か分からない催促。だがそれを気にしないと言いたげにディアナは言葉で躱す。


「10年前誰が助けてあげたとお思いで~?それぐらい許してくれない~?」


 また甘々しい猫なで声。これでなんとかなると割と真面目に思っていそうなのが、更に腹が立つ。

 だが、それでもこういう会話が出来る数少ない相手。奴隷商が少しだけ気を許すのも無理は無かった。


「3年滞納しても許してるんだから十分だろ」


 すると、ディアナの左足先が奴隷商を蹴ろうと向かってくる。


「ケチだと結婚できないよ?男は金だしてなんぼだからね?」


 ディアナの足先を最小限の動きで避け、奴隷商は体勢を整える。そしてそのディアナを呆れたように見る。


「お前も大概鬱陶しいな」


「今度は暴言かぁ。器も狭くて度量もないかぁ」


 うんうんと何か勝手に自分で納得するディアナ。


 それを見て奴隷商は心底ため息を吐く。

 どうしてこうも自身の周りには面倒な人間が寄ってくるのだろうか。うるさい面倒な奴の次は、姦しい面倒な奴。ひたすらにため息が零れるが、それでもディアナが現れるのは何かある時だ。そんな信頼に近い何かを抱いていたのも事実。


「そろそろいいか。商工ギルドが閉まっちまうからな」


「えー。もうちょっと話したいのに~」


「さっきのがお前にとって会話だったのが驚きだよ」


 隣を歩くディアナが後ろに手を組み、奴隷商より一歩前に出る。女にしては身長が高く、奴隷商も首を傷めずに済む。


「一応ね。クリスの奴とその主さんが色々動いてるっぽいから警告。いい加減その稼業からも足洗っときな」


 さっきまでのふざけた雰囲気はどこへやら、至って真面目らしくディアナの琥珀色の瞳が奴隷商を捉える。


「警告は受け取る。だが辞めるつもりは無い」


 やはり奴隷商の勘は正しかったらしい。そんな奴隷商の様子を見て、ディアナは微笑む。


「そう言うと思った。変な所で意地っ張りなのは似た者同士」


「誰と誰が似ているんだ」


「そりゃ文脈から察してくれないと~」


 ディアナは親切心でこれを言っている。それは奴隷商にも分かっていたが、だからと言ってそれを受け入れる訳にはいかない。


 奴隷商は話は終わりだと、ディアナから背を向けギルドの戸に手を掛ける。


「気持ちだけ受け取る。またな」


 そう言ったもののお喋りだったディアナからの返事が無い。その違和感に手を止めディアナへと振り返る。


 するとディアナは口を結び、何か意を決したように言う。


「……私は待ってるから。あんたとなら何もかも捨てて、一緒に逃げ出したって良いから」


 ふざけた雰囲気は全くない。それをぞんざいに扱うわけにいかないのは分かっても、奴隷商にそれを答える訳にいかない。


「そうか」


 それだけが奴隷商に返せる精一杯だった。

 だが満足したのかディアナはまた笑顔に戻り、コツコツとその足音を鳴らしていく。


「じゃ、またね~」


 そんな背を見送りつつ奴隷商は、ギルドの戸へと入る。

 こうして長い長い2日間に、一旦の区切りがつくのだった。


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