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奴隷商の男  作者: ねこのけ
第三章
50/52

第50話 選択の結果

投稿時間遅れてしまい申し訳ありません。


 奴隷商が連れてかれてから3日。その間で施設の持ち主は変わり、新たな主を玄関に出迎えていた。


「俺の名はブラムだ。奴隷共」


 奴隷商に続いてコンラートも消えどうすれば良いのか分からない。子供だけの生活に先々が不安になる中、現れたその男。ハンナ達の首元の文様が一瞬消え、また新しく刻印される。


「てかこんな広いならもっと奴隷詰めればいい物を」


 ハンナ達奴隷らは進み行ってくる鼠顔のブラムに戸惑いながらも、ジッとその動向を眺める。その背はハンナよりも高くなく、その傍に3人を連れていた。


 そしてブラムは奴隷達の前に立ち止まると、それぞれの顔を吟味するように眺める。ハンナはその臭いに顔を顰めるが、うんうんとブラムは頷く。


「旦那も生真面目だねぇ。健康状態が良すぎる」


 ブラムの手がハンナの頬を掴む。


「これじゃあ反抗されちゃうじゃん。生かさず殺さずが基本だってのに」


 それはまるで商品を吟味するような手つきで、奴隷主がブラムだと教えているようで、どうやってもハンナは反抗出来ない。


「━━ッ」


 身長はそこまで変わらない。だが明確に見下されているのは伝わり、必死に睨み返す。だがそれも意に返さないようにブラムは、ハンナを突き放して隣へと行く。


「お、この子はすぐ売れそうじゃん。筋肉の付きも良いし」


 ロルフを見上げそう何が楽しいのか笑うブラム。そうしてこの施設にいた奴隷8人の値打ちを確かめたブラムは。


「じゃあそのロルフって子は売ろうか。あとレーナは面が良いから競売に出そうか」


 そうブラムは言ってレーナの前に立ち、連れてきた男にはロルフを捕まえるよう顎で指示を出す。そしてその男達は静かに歩き、ロルフの前に立つ。


「え、ちょ……俺はまだ一年後って……」


 ロルフが話が違うとブラムに問いかけるが、返ってくるのは笑い声の混じったものだった。


「いやいやそれ俺には関係無いから。てか卸商人だから在庫抱えたく無いの」


 ロルフは暴れようとするが、すぐに男らに床に押さえつけられて縄で縛られてしまう。そしてレーナはというと、ただ怯えて尻餅をついて後ずさるだけ。


「いや……っまだ……」


 その怯えた眼は確かにクロエへと助けを求めるように向いていた。そしてそれは確かにクロエへと伝わり、その長いブロンド髪が揺れる。


「レーナを離せッ!!!」


 どこで拾ったのかガラス片。それがクロエの手に握られブラムの首へと向かっていく。それに驚きたどたどしく後ずさるブラムだが、奴隷が奴隷主に攻撃できる訳無くガラス片は首に届くことなく止まる。


「びびったぁ……やっぱ奴隷は鎖に繋がないと何するか分からんな」


 ブラムは鬱陶しそうに伸びたクロエの腕を掴み、その薄い腹を蹴飛ばしてしまう。それで呻きを上げ唾液を吐くクロエ。そして抵抗むなしく、その時にはレーナも縄にかけられ抱えられてしまう。


 それでやることはやったとブラムは服を払う。


「じゃまた少ししたら奴隷100人ぐらいここに入れるから。掃除だけしといてね」


 勿論この施設に100部屋もあるはずがない。それどころか20部屋もあるか怪しい。それは全く荒唐無稽に思え、エリックはロルフを気にしながらもい言い返す。


「さ、流石にじゃないですか……?それだと一部屋5人以上で生活しないと……」


 だがブラムは不思議そうに首を傾げるだけ。


「奴隷なら普通だろ。10人とかで詰め込まないだけ感謝して欲しいけど」


 そう言って反論は聞かないとレーナとロルフを連れて行ってしまうブラム。するとその足元にはいつの間にか黒猫が駆け寄り鳴き声を上げている。


「何これ。あの旦那の?」


 ブラムの顔に影がかかり鬱陶しそうに問いかけて来る。だが残されたハンナ達は誰も答えず、抱えられたレーナだけが声を震わせる。


「ミャー……はっ……関係無いから!!」


 珍しく大声を張るレーナ。自身が売られるとなってもそんな声を出さなかったというのに、猫となった時に必死に声を震わせる。だが、ブラムは耳を塞ぎ、その猫の首元を掴む。


「じゃあ捨てて良いか」


 そう言ってブラムは玄関の外にその黒猫を投げ飛ばしてしまう。それで死んだという事は無いだろうが、鳴き声が返ってくることはない。


「ったく旦那も本当に甘い。だからこんな事になる」


 ブラムはそう言って手持無沙汰の連れてきた3人の内1人の肩を叩く。


「じゃ君はここの管理頼んだよ。ガキは死にやすいから暴力はほどほどにね」


 ブラムはそれだけ言ってバタンと扉を閉めて去ってしまう。それは確かにレーナとロルフを連れて行き、あっさりとその別れは終わってしまう。


 そしてそれはここで終わりでは無く、管理の為残された明らかに表の人間では無さそうな風貌の男。それは施設へと進み行って、怯える奴隷達を見下ろす。


「騒いだら殺すからな」


 明らかにガタイが良く人相が悪い。誰一人言い返す事が出来ないまま、その男は更に。


「とりあえず部屋を全て掃除しろ。それで終わったらそうだな……金目の物だけ回収して俺の所に持ってこい」


 そう言った男の目にはクロエの胸にかけられたペンダントが目に入る。そしてその手は迷いを一切見せずに伸びて、クロエが抵抗する暇も無く引きちぎられてしまう。


「ちょ、ちょっとッ!!」


 先ほど蹴られたせいもあるのだろう。クロエは怯えの色を酷く滲ませながらも、そのペンダントを取り返そうと手を伸ばす。


 だがその男は表情一つ変えず、拳を握る。


「騒いだら殺すと言っただろ」


 ゴツンと重い音がする。そしてそれは一度で終わらず、男はクロエへと馬乗りになり更に拳を握る。


「たかだか奴隷の分際で粋がるなよ。所詮畜生と同じ底辺の癖に」


 次々と拳が沈み込み、クロエの白い頬は赤く腫れ血がダラダラと流れる。それでも男の拳は止まらずその重く何かが凹む音は続く。その間ハンナ達は誰か止めないのか、互いに視線を交わすが誰も怯え動くことが出来ない。


 そうしている内にクロエはうめき声すら上げなくなる。それを確認してか男の拳には血が垂れ静かに立ち上がる。戦利品のようにクロエのペンダントをポケットにいれ、エリックに顎で指示をする。


「お前はこいつの片付けだけしておけ」


 ハンカチで血をふき取り男は施設を見て回るのか歩いて行ってしまう。だがそんな事今はどうでも良いと、ハンナ達は手足が痙攣するクロエへと駆け寄る。


 するとエリックはそのハンナに問いかける。


「治癒魔法はッ!?」


 ここにいる中で魔力があるのはハンナとエリック。だが2人とも治癒魔法が出来ないらしく、ハンナはエリックの傍で呟く。


「私治癒魔法なんて教わってないけど……」


 すると誰もが焦ったように慌てる。そんな中ハンナは思い出したように、何も言わずに咄嗟に中庭へと駆けだす。


「あいつなにやってんだよ……」


 エリックはハンナがクロエの事を嫌いだから逃げたのだろうと思った。だから止めるのを諦め、すぐにタオルでなんとか出血だけ抑えようとし、他の奴隷達には。


「とりあえず皆は指示を聞いて。何をされるか分からないから」


 ロルフもレーナもラウラもいない。残っているのは最近ここに来たばかりの子供。だからこそハンナとクロエの力が必要だというのに。


「なんでこうなってんだよッ」


 エリックは現状を酷く恨む。コンラートは結局自分らを捨て、奴隷商が居なくなったと思えばそれより最悪な人間が来た。誰もかれも信用できないし頼れない。


 それでも自分しかいなくなったのならやらないといけない。そう必死に治癒魔法を見よう見まねでやるが、ただ魔力が霧散するだけ。


「クロエッ!!こんな所で死ぬなよ!!」


 声をかけるのが精一杯。タオルは既に血まみれに重くなってしまっている。


 するとそんな時。吹き込む風と共に、駆け寄ってくるハンナの手には水桶。そしてその爪には土が挟まっていて汚れている。


「この薬草を使う」


 そう言ってハンナが水に浸すのは、いつの日か奴隷商が教えていた止血の薬草だった。そんなピンポイントで中庭に生えていたのかと思うエリックだが、ハンナは薬草をそっとクロエの傷口に刷り込む。


「あいつが植えてたんだよ。3年もここにいて気付かなかったの?」


 クロエは染みるのか痛みに声を上げる。だがそれでもハンナは黙々とそれを続けては、布で血をふき取り水でそれを洗い流すの繰り返し。


 それをただ茫然とクロエの血でまみれた手を垂らしエリックを呟く。


「……知らなかった」


 そうしている内に段々と出血自体は収まり、クロエの荒かった呼吸はとりあえず落ち着く。だがその顔は出血が無くとも酷く腫れ青くなってしまっている。


 それを見下ろしハンナは手に付着した血を拭う。そしてその瞳はエリックへと向く。


「あとは任せるから」


 そう言ってハンナは足音を立てて去って行ってしまう。この時エリックはその言葉の意味を、クロエを任せるという意味に捉えていた。


 だが更に数日後。その言葉の真意なのかは分からない。だが、新しく大勢の奴隷が施設にやってきた時。エリックはどこにもハンナの姿を見つけられる事ができなかった。


ーーーーー


 手に擦れる鎖が冷たい。自分の足音がやけに聞こえる。この木の匂いも慣れない光景も、自身の感覚が過敏になっているからなのだろう。


 奴隷商は法廷を後にまた鎖を引かれて連れられて行く。どうやら判決が決定すると同時に、奴隷商としての資格も失うらしく、手の甲は久々にまっさらになっている。


 そうして連れられて行くと、見慣れた薄暗い牢が延々と続く通路へと入る。足音は遠くまで響きまた返ってくる。会話声すら反響しすぎてどこから聞こえてくるか分からなくなりそうだ。


「処刑日は追って伝える」


 そう衛兵は奴隷商に言ってまた檻へと押し込む。どうやら同じ牢らしく、転びそうになりながら入ったその薄暗い部屋は、見慣れたもの。


 そして振り返ればこちらを欠伸をしながら見て来るシレアの姿もある。そんな奴隷商を衛兵は睨みながらも、ランタンの灯と共に消えていく。


「……実感が湧かないな」


 奴隷商はそう小さく呟いて牢の冷たい石壁に背を預ける。自分が死ぬというのにあまりにも心はざわつかない。自分の心が理解出来ないと、ぼーっとするのだがシレアは暗闇から声を発する。


「死臭がするな」


 その言葉に奴隷商は驚き背中を壁から離し前のめりになる。


「何故そう思う」


 シレアは腰をあげ通路沿いまで近寄ってくる。その顔は同情するでもなく非難するまでもなく、ただ憐れむような眼だ。


「私や仲間と同じ眼をしている。レイルベル様の為に敵陣に突撃した時と」


 辺りはやけに静か。差し込んでくる月明りは無く、外は天気が悪いのかもしれない。そんな暗い中シレアの琥珀の眼は反射しこちらを捉える。


「地獄行きの券は買えたようだな」


 自分ではなんともないと思っていても、案外外から見れば分かったのかもしれない。シレアはそう察したと言わんばかりに言ってくるので、奴隷商も嘘を付く意味がないと答える。


「どうやらな。お先に行ってくるよ」


 そう強がるしかない。死は確定した以上体面を取り繕うぐらいしかできない。だがそれすらも分かっていると、シレアは鼻で笑う。


「強がるな。ガキの癖に」


 その唐突な煽りの言葉に奴隷商もムッとする。


「……俺はこれでも28なんだが」


 30も行かずに死んでしまうのかとも思う。この世界だと違和感は無いのかもしれないが、奴隷商にとっては半分も人生を失ったような感覚。


 だがシレアはおかしなことを言う。


「私はダークエルフだぞ。お前の5倍は生きている」


 それを冗談だと捉え、慰めようとしているのかと思いながらも奴隷商は言い返す。


「にしてはお前の情緒は幼稚だったな。コンラートとか困ってたぞ」


 するとシレアは明らかに不服そうにこちらを睨んでくる。それはまるで本当にその年齢だと言いたげな顔だった。


「え……本当にか?」


 その返事代りだと石がこちらに投げられる。それはこちらの牢までは届かず鉄柵に弾かれ、カンと高い音を鳴らすだけ。


「慰めてやろうかとも思ったが。やはり人間は好かんな」


 そう言ってシレアは背を向け毛布に包まってしまう。まさか本当に慰めようとしていたとはと驚くが、それだけ顔に出てしまっていただろうか。


「……別に今更後悔もしないが」


 そうすべきだと思って行動したまで。今更何を思うも無い。

 

 そして奴隷商は流石に疲れたと、毛布を手に取りまた包まって目を瞑る。もしかしたら明日死ぬかもしれない、そんな漠然とした不安と共に。


 そうして更に3日が経つ。未だ奴隷商の命は続ている。そして今日は来客らしくカツカツとその足音だけで怒りの伝わるそれが来る。


「アンタ。何してんの」


 通路からこちらを覗き込むのは紺色の髪を結ぶクラリスだった。その顔は足音通り怒りに満ち、今にもこちらを殺しに来そうな勢い。


「何をするというより巻き込まれたんだがな」


 奴隷商は痛む背中を抑え座ったままクラリスを見上げる。流石に風呂にも入らせてもらえないとなると、臭いが気になりあまりクラリスには近づけない。


 そんなある意味呑気な思考をする奴隷商と違い、クラリスはこちらを睨むまま。


「自白したって話は」


 どうやらそこまで話は行っているらしい。


「事実だな。ただしなくとも死刑だっただろうが」


 淡々と答える。これまでなんだかんだ世話になったクラリスにこんな顔をさせるのは忍びないが、もう決まった物は仕方ない。


 そしてこんな奴隷商の態度が気に入らないのか、クラリスは眉を吊り上げ声を張る。


「……ッ私がどれだけ!」


 クラリスの眼には怒りに悲しみの混じった色をし、その手は檻の鉄柵を握る。ここまで気にかけてくれていたと思うと、どこかこそばゆい。


「すまない。あとは頑張ってくれとしか言えない」


 せめてのエールをと言葉通りの気持ちで言ったのだが、クラリスは不承不承と額を鉄柵に押し付け声を落とす。


「私は今からプレヴァルを弾劾する。今回の一件もあいつが手を回したんだろ」


 確実に無理。それどころかクラリスが失脚するに決まっている行動。クラリスにしては情動的な行動で奴隷商は止めようとするが、ふと向かいの檻から声が響く。


「無理心中は見てらんないな。まぁ女ってそういう自己陶酔好きだよな」


 その声にクラリスはダークエルフであるシレアを睨む。


「お前も女だろ」


 だがシレアは飄々と相手にしないよう軽い口調で言い返す。


「じゃあ人間の女ってことで」


 クラリスは振り返り、その怒りの矛先がシレアに向きそうになる。それを引き留めるように奴隷商は咄嗟に言葉を返す。


「クラリス。お前はバカじゃないんだ。俺なんかの為に自滅するな」


 その言葉にクラリスの足が止まる。やはり思考ではその可能性は捉えていたらしい。それを認識しながらも俺を守ろうとここまでしてくれている。


 それに対しては感謝しかないが、奴隷商も望んでこれ以上不幸な人物を増やしたくない。


「助けられる命とそうでない物は見極めろ」


 クラリスの肩が震え握りしめた手から血がポタポタと垂れる。だが何度か深呼吸を挟み、それでも落ち着かないと自身の紺色の髪を掻きむしる。


 それは確かに理屈で考え理解をしようとしている。それでも感情がそれを否定したがっている。そんな葛藤の中、クラリスは赤くなった目でこちらを振り返る。


「私はバカじゃない」


 その手は再び強く鉄柵を握る。カタカタとその振動が伝わってくる。


「お前のような下級官吏など歯牙にもかける訳無いだろう」


 そう言う割にここまで傍にいてくれるクラリス。それ野暮に突っ込む訳も無く、奴隷商は黙ってクラリスの紺色の瞳を見つめる。


「ただ。だが……ッ」


 未だ迷うように首を振る。だがそれでもとクラリスはガンッと拳を鉄柵に押し付け、その輪郭の歪んだ瞳をこちらに向ける。


「だから。公爵令嬢としては無く、ただ一人の友人として」


 クラリスの手はそっと鉄柵から離れる。そして何度も聞こえる深呼吸と歯噛みする音。それと無理に笑うクラリス。


 それはいつもの人を食ったような腹の立つ笑みだった。


「どうせ誰も行かないだろうからな。私だけは墓参りに行ってやるよ」


 そう言ってクラリスはこの場にこれ以上居られないと、足早に目の前から去って行ってしまう。どこまでも気を遣わせてしまったと申し訳なくなる。


 それを眺めていたシレアはそっと呟く。


「あんたも大概だな」


 奴隷商はその言葉を否定できずに苦笑いを浮かべる。


「死に際だ。少しカッコつけてもいいだろ」


 シレアは案外それを面白そうに笑っている。憐みなのか煽りなのかそれは分からないが、奴隷商も笑みが零れ安らかに眠る。


 そうして次の日。それはやっと来る。


「おい。出ろ」


 顔の見えない衛兵が檻を開ける。どうやら今日が命日らしいと奴隷商も腰を上げる。


「優しくしてくれよ」


 そう言ったのだが奴隷商は乱暴に鎖を引かれ檻から引き出されてしまう。そしてシレアはそれを眺め、手を挙げてただ短く。


「良い旅路を」


 奴隷商はそれに返事をする暇も無く連れ去られ、その薄暗く埃とカビにまみれた通路を進まされ、気付けば馬車に乗せられる。


「……火刑か」


 ガラガラと車輪の回る音が響く。そしてそれは案外すぐに終わり、そこは湖上に浮かぶ城へと続く橋の手前。半円状に広場となった所に群衆が満ちている。


 どうやらここが自分の死に場らしい。そう奴隷商は馬車から降りて思っていると、衛兵が冷たい声で言う。


「歩け」


 奴隷商は背中を押されてその群衆の前へと進み出される。今日は曇りなせいか息も白く、だがすぐに曇天の空にかき消される。


 そして奴隷商は十字に組んだ木の角材に体を縛り付けられる。それはまるで決まった作業だと何も奴隷商が関与する事はなく、淡々とその準備は進む。


 それで最後にと執行官に目隠しをされ、視界は外界から引き離される。すると耳に届くその雑踏とは違う問いかけ。


「……最後に何か言伝はあるか」


 面識のないはずの執行官がそう尋ねて来る。真っ暗な視界の中奴隷商は考えるが、ディアナやクリスに言伝をしても今更かと答える。


「ならアンタに。俺はお前を恨まないからしっかり燃やしきってくれよ」


 目隠しをされていてもその執行官の困惑は伝わってくる。だが執行官も仕事だと一言。


「……あぁ。勿論」


 そうして奴隷商は油をかけられ磔にされたまま持ち上げられる。視界が覆われているから重力でそう感じる。


 そして広場に訪れる静寂。目隠しをされているからか、すぐにざわざわと噂する群衆の声がやけに耳に聞こえる。風の冷たさもよく感じる。


 それで準備が出来たと執行官が奴隷商の罪状を読み上げている。その間群衆からの罵詈雑言を受けながら、奴隷商はどこか冷静だった。


「……こんな俺の死に方にしては上等か」


 奴隷を買って売り払う。倫理的に許されるはずも無い職。そしてその職でも自身の力不足で多くの奴隷を死なせてしまった。


 それにそれは奴隷商が奴隷商になる前にも。


「……今から謝りに行く。クラウディア」


 罪状の読み上げが終わったのか、パチパチとはじける焚火の音が風を縫い聞こえる。それに何か感傷をする暇も無く、足元に広がる暖かさ。それは段々と冷え切った空気を加熱し、木々を燃やし奴隷商の体へと引火していく。


 暖かさが痛みに近い熱さになると、奴隷商は呼吸を辞める。足元の痛みを忘れるよう歯を食いしばる。その痛みを伴う熱さは全身を一瞬で覆い、目隠しは焼け落ちる。


「……ッ」


 広がるのは真っ赤な景色。視界に写ると痛みが増したように感じ、我慢が出来ず叫びをあげてしまう。だがその叫びで喉に突き刺さる熱い空気。何をしても体全身を覆う痛み。


 あれだけカッコつけていたが今は痛みから逃れようと叫ぶばかり。外套が耐火性があるせいで、蒸し焼きにされ、その痛みは増幅される。


 そしてそれは死の実感なのだろう。体感では数分。実際には十数秒かもしれないが、思考がゆっくりに心なしか痛みも和らいだように感じていた。


(走馬灯は……見えないのかよ)

 

 俺にはそれすら許されないのか。そんな事を思いながら、火傷に肌が爛れつつある顔で空を見上げる。だがふと視界に写る、炎の赤では無い色。


「……?」


 奴隷商はふと視線を落とす。するとそこには何か胸元のポケットで水色に輝くそれ。それは奴隷商を覆う業火を掻き分け、包んでいく。


「……これは」


 ただただ理解が出来ない。だが確実に言えるのは奴隷商を包んでいた痛みは、勘違いでも何でもなく確かに消える。


 そして久々に聞くその声とその名前。


「リョータ!!!」


 それは確かに栗色の髪を結び、いつの日か一緒に逃げ出そうと手を差しだしてくれた昔馴染み。


「……ディアナ」


 全く状況の理解が出来ない。だが、確実に分かる事。それはまたその男に手を差しだしてくれていた事だった。


「……バカだな。お前は」


 そう言った男の顔は、まだ許されていたのかと。どこか嬉しそうだった。

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