第48話 裁判
背中の痛みに目覚め見上げるのは薄汚れた天井。パチパチと松明の音と、やんわりと届くオレンジ色の光は壁に反射するだけ。
奴隷商は起き上がると、そこはどうやら牢屋と表現するのに十分な部屋にいるらしかった。だが服装はそのまま、ナイフと杖のみが抜き取られただけらしかった。
「……こんな宝石持ってたってだしな」
胸ポケットに入れっぱだった押し売りされた水色の宝石。こんな物持っていてもこの現状からの脱却に何の役にも立たない。
そしてそんな現実逃避を辞めるように、奴隷商は事実を直視しようとする。
「……で」
どうなるのだろうか。どうにも状況を理解する前にこんな事態になってしまった。原因はあのダークエルフなのは分かるが、なぜあの部屋にいたのか。なぜそれがバレて捕まってしまったのか。
そして何より。なぜコンラートはあんな顔をしていたのだろうか。
「クリスの奴がなにかした……?」
そう考えるがあの時のクリスとの会話とコンラートの違和感からして、どうにも腑に落ちない。
「しかしコンラートがやるにしても外と接触する機会も……」
案外冷静に思考できている自分に驚く。だが、それと同時にもうどうしようもないと諦めの感情が陣割と広がる。
「……誰が犯人にせよだしな」
あの殺人犯のダークエルフが奴隷商の建物にいた。それだけでまず追及が免れることは無い。それこそクリスが関わっているなら、すべて仕組まれている可能性すらはある。
思考を冷やすようふぅっと静かに息を吐き、ゴツンとひんやりと冷たい石壁に後頭部をあてる。
すると、ふと向かいの檻から声が聞こえる。
「独り言が多いな」
その声に奴隷商が視線を下ろせば、シレアの猫のような黄金の瞳が見える。意識を失う前に戦闘をしていたはずだが、あっさりと抑え込まれたらしい。その体に目立った傷はない。
「独り言ぐらい言いたい状況だろ」
奴隷商は座ったままシレアをジッと見る。どうせ沙汰が降りるまで暇なのだ。こうやって話しても損はない。
するとシレアも会話をしてくれる気になったのか、高い窓から差し込む月明りを見上げ問いかけて来る。
「あのコンラートとかいう男が手引きしたのか」
奴隷商としては何か事情があるのではと思ってる。あいつの性格からして考えずらいからで、それこそクリスが唆したと言われた方が納得出来る。
だが、奴隷商の三田事実だけ見ればそうなのだろうと頷く。
「……誰が怪しいかと言われればそうだな」
シレアを巻き込んでしまったのは申し訳ないとは感じる。だが奴隷商もこんな状況を望んだわけがない。
するとなぜかシレアは、誇らしげに自身の真っ白な髪を触る。それは奴隷商よりも意識が早く覚め、ある程度の通達が済んでいるからこそだった。
「でな。どうやらレイルベル様は逃げられたらしい。それで面子の為に代わりに私を暗殺犯として処刑するらしい」
そんな事をまるで嬉しそうに語るシレア。自身の死をここまで嬉々として語る彼女の事を理解は出来ないが、そのシレアは、短い髪を触り流す。
「これが伸びたら処刑だと。手配書には長髪ってしたからって」
いつにもなく揚々と話す。普通なら自身らを襲った兵や首謀者を恨むような現状に、ただ主が助かったと安堵しかしていない。
「……お前はすごいな」
ただそんな安直な感想しか出てこない。起きてすぐ犯人探しをした奴隷商とは大きく違う心構えだった。
それを当たり前かのようにシレアは首を傾げる。
「私の命は既にレイルベル様に捧げた。戦場で死にぞこなった命がこうやって役立つなら本望」
そう言ってシレアは手に握っていた指輪を手にそれをこちらへと投げて来る。瞬間月明りに反射し眩しくなるが、奴隷商は難なくキャッチする。
「良いのか?」
シレアはフッと笑い、立ち上がって背を伸ばす。
「どうせ死ぬ。看守への賄賂にでもしようかと思ったがな」
奴隷商はどうすればいいか分からなくなりつつも、その指輪をポケットにしまっておく。
そしてシレアは通路側まで近づき、檻に背を預ける。
「お前はその様子だと死にたく無さそうだな」
その声は壁に反射し月明りと共に奴隷商へと届く。こちらからはシレアの背と真っ白な髪しか見えない。
「それは……そうだろ。俺だってまだやり残した事は沢山ある」
奴隷商は静かに石壁に戻り背中を預ける。どこからか水の滴る音がし、シレアは壁から欠けた石を手で弄ぶ。
「にしては平然としてるな。諦めたのか?」
カラカラと石がシレアの手から転がり通路に出る。それをジッと眺めながら答える。
「まだ実感が湧かないだけだよ。処刑台の前に立ったら怯えて足も動かないかもしれない」
コンラートを恨む気にもあまりならない。クリスは勿論関係無く嫌いだが、あの騎士は良くも悪くも真っすぐ。どうせ今回の事も気に病んでいるのが目に浮かぶ。
「あいつはバカだからな」
そう奴隷商が呟くと聞こえてくる足音。そして段々と近づいてくるそのゆらゆらとしたランタンの灯。シレアは首を曲げその灯を確かめると、こちらを一瞥し言う。
「あんたの客だな。私は寝る」
そう言ってシレアは部屋の隅へと行き背中を向け丸まる。そして奴隷商の檻の前に現れるのは、こちらを暗く見下ろすクリス。
「よぉ。犯罪者」
毎度毎度自分の事となると出張ってくる男。最早好きなんじゃないかと勘繰りたくなる程執着してくる。
「なんだよ教唆犯」
どうやらクリスは看守を連れているだけ。個人としてきたのかプレヴァルの使者としてきたのか、それは区別がつかない。
そして奴隷商の言葉を不快そうにし、それを否定する。
「あの男が決めてやったことだ。俺は機会を提供しただけだ」
それにと、クリスはその足裏を奴隷商の檻に押し付ける。ガンと鈍い音が辺りに響く。
「そもそも暗殺犯を引き込んだお前がバカなだけだろ」
奴隷商の眉が上がる。何か言い返してやろうと口を開きかけるが、クリスはやけに話したがり続ける。
「こうなった以上内務卿閣下も面子上お前を許す事は出来ない」
クリスの様子からしてすべては想定内という訳では無さそうに感じる。だがそれも結局関係無いと、奴隷商はクリスの反射したレンズを睨む。
「で、何の用だよ。処刑日でも持って来たか?」
すると何故かクリスから憎まれ口が返って来ない。そしてその声は探る様に迷うように牢に響く。
「……諦めるのか?」
自分らで奴隷商をこんな事にしたというのに、何をこの男は言うのだろうか。奴隷商はそんな変調なクリスを笑い飛ばす。
「諦めなかったらお前が助けてくれるのか?お望み通りお前の大っ嫌いな俺が居なくなるってのに」
半分怒りも籠っている。そんな中途半端な感情で俺はこんな事にされてしまっているのか。そう思うとひたすらに腹が立つ。まだ恨み節を全てぶつけられた方が気分が良かった。
するとクリスは視線を逸らし、差し込む風にすらかき消されそうな声で呟く。
「……相変わらず不快な奴だな」
クリスの手に握られていた書状。それは乱雑に奴隷商の檻の中に放り込まれる。奴隷商は怪訝にしながらも、その紙を手に取り文を見ると思わず目を丸くする。
「裁判なんてするんだな。問答無用で死刑かと思っていた」
未だ視線の合わないクリスは肩を揺らし言い返す。
「そんな事する訳無いだろう。形式上でも正当性の為には手続きが必要だ」
ただこの国の裁判。最早結論ありきでのリンチでしかない。全くやる気にも希望にも感じられないが、クリスは歩き出しその言葉を残す。
「この件はプレヴァルは関わってない。裁判もやりようがある」
それで何をしろと。そこまでは言い切らずクリスはランタンの灯と共に去って行ってしまう。どこまでも中途半端で腹の立つ言動ばかり。
「それでも良いとこ牢獄生活だろ」
奴隷商は誰に言い返す訳でも無く、1人檻に響かせる。すると寝ころんでいたそのダークエルフは寝返りを打つ。
「人間というのは面倒な生き物だな」
お前も大概だろと。そう口に出そうになるが、奴隷商は静かに息を吐く。そして白くそれは上がって空中に消える。
「確かにな」
そうして一週間。この代り映えの無い牢と質素な飯にやっと慣れ始めた頃。奴隷商の手首には鎖が繋がれ、檻から出される。
そしてそれを見送るのは、一週間なんだかんだ話し相手になってくれたシレアだった。彼女は自身の死が確定しているというのに、呑気に手を振ってくる。
「ま、頑張れ。先に地獄で待ってろ」
頑張れと思っている奴の言葉じゃないだろうと、思いながらも奴隷商は肩の力が抜けたように軽く微笑む。
「俺の地獄には鬼がいるんだ。そいつらに笑われるから未来の話はできん」
何を言っているんだとシレアは首を傾げるが、奴隷商は鎖に引かれ連れていかれる。互いに未練も何もなく、そんなあっさりとした別れ。
そして奴隷商は連れられ、手首の冷たさを感じながらも物々しい雰囲気の中歩く。いつの間にか牢が並ばなくなり、床は木製に辺りの雰囲気が変わる。しばらくすれば一つの扉の前に立たされる。
「ここで少し待て」
そう言って看守たちは先に部屋の中に入っていく。近くには2人の衛兵のみが後ろから奴隷商ににらみを利かす。
「……」
結局コンラートやあの奴隷達はどうなったのだろうか。クリスの事だからある程度手を回しそうなものだが、心配であるのには変わりない。
「って俺が思ってるの知ったらあいつキレるか」
コンラートの事だ。そんな仕事をしておいてと突っかかってくるに違いない。
そう奴隷商は笑いが漏れるが、目の前の扉はキィっと音を立て開かれる。
「こい」
問答無用で奴隷商に掛けられた手かせ。両手は後ろに回され、連れられるがまま奴隷商はその部屋……というには講堂の方が近いだろうか。その荘厳で天井には一面絵画が描かれる内装の法廷へと進みいる。
(俺なんかにこんな箱物を使うのか)
もっと簡素で適当な物ばかりと思っていた。見上げればずらっと並ぶ法務官。その中にはプレヴァルの側近で見た顔もいる。それらが奴隷商を裁くのだろうと予想がつき、そしてクリスの言葉も信用ならないと分かる。
(がっつりプレヴァルの奴が関わってんじゃねぇかよ)
そして弁護士などいるはずもなく、ただ半円に上から奴隷商を囲むその裁判官ら。それに見下ろされる奴隷商と衛兵2人だけが、この部屋にいる。
「……では始めようか」
髭を蓄えた主審らしき中央に座する法務官がそう切り出す。そして奴隷商を憐れむように見下ろし、だが暗く重い声で言う。
「まずは宣誓を」
後ろにいた衛兵が奴隷商の前に紙を差し出す。それには神に誓って嘘を付かないと、そんな類の事がつらつらと書かれている。
それを奴隷商は読み上げさせられ、この広い行動の中に声を響かせる。その間他の誰一人喋ること開く、それを眺める。
「━━真実を明らかにすべく、虚偽の答弁をしないと。誓います」
奴隷商は喉が渇く感覚を覚えながらも言い切る。そして衛兵に紙を回収され、再びその裁判官たちはこちらをジッと見下ろす。その端に居た男が立ち上がり、巻物を広げ声を張る。
「罪状を読み上げる」
そう並べられる単語はどれも物騒。国家反逆罪に殺害教唆とおおよそ極刑になりそうなものばかり。
それをどこか他人事に聞いていると、読み上げは終わったらしく巻物は閉じられる。
「以上に関しこの場に於いてその真偽を詳らかにする」
それが奴隷商の裁判の始まりらしい。雰囲気がより一層変わるのを感じる。だがプレヴァルの息のかかった裁判官がいるなら、自身に何が出来るかすら分からない。
だがそれでも発言自体は許されるらしく、その中央に座る髭を蓄えた裁判官が奴隷商へと視線をやる。
「まず貴殿の主張から」
近くにいた衛兵が前へとでるよう催促するので、奴隷商は数歩を踏み出し威圧感のある裁判官らを見上げる。
そしてこうなった以上。わざわざ諦める奴もいないと、奴隷商自身することは決まっている。
「私自身あのダークエルフ達を唆した事も匿った記憶もありません」
そうきっぱりと主張はしておく。コンラートはどうやら知っていたらしいが、そこは一応伏せておく。そして更に無いか促されるので、奴隷商は続ける。
「それにプレヴァル内務卿を殺したいのなら、わざわざ他者を使わずとも殺せる状況にありました。それこそあのエルフの暗殺から内務卿閣下を守ったのは私なんですから」
思った以上に口が回る。だが事実しか言っていなく奴隷商とプレヴァルは幾度となく至近距離で会話をしてきた。そこで殺さない時点で、と察して欲しいのだが。
嫌に突っついてくるのは、プレヴァルの側近である裁判官が手を挙げ質問をする。
「そう言い訳をする為ではないのか?暗殺しつつ自身の保身の為にと」
奴隷商は視線で主審らしきヒゲの法務官に尋ねると、答えて良いと頷いてくれる。それを認識し奴隷商は手を挙げた裁判官に答える。
「そもそもプレヴァル内務卿閣下が突然私に接触をしたのです。暗殺計画も何もないでしょう」
すると不承不承としながらもその手は降り、また違う手が上がる。
「だが偶々というには都合が良すぎないか?暗殺現場にいた人間の家に暗殺犯が長期間潜伏していた。そこに関連性を見出さない方がおかしいのではないか」
ここまで来てだが、案外冷静な尋問だと思う。もっと結論ありきで叩かれるのかと思えば、こちらの話もしっかりと聞いてくれる。クリスの言っていた事は本当なのかと思いながらも、奴隷商は少しばかり希望を見出し思考を回す。
「偶々としか言うしかないです。ただ私の施設は帝都においては、貴族の屋敷以外ではそれなりの広さがあります。暗殺犯が潜伏先に選んでも違和感の無いことかとは思いますが」
すると納得はしていないようだが、奴隷商の意見に一応頷く裁判官。こればっかりは奴隷商自身も言い訳もしようもないし、事実偶々なのだろうから仕方ない。
そうして更に何回か質問があっては答えるのラリーが続く。どれも一貫して奴隷商は関係無いと、否認をし続けるしかない。
そしてその質問が収まった頃合い。沈黙していた主審が衛兵へと目配せをし、声を講堂に響かせる。
「貴殿の主張は大まか理解した。ここで証人からの証言も交え裁定をする」
その言葉と共に衛兵は扉を開け、その人物はコツコツと足音を鳴らす。それはやけにいい服を着て、肌ツヤが良く、ブロンド髪も綺麗にセットされている。ボロボロな奴隷商と違い、まさに上流階級の貴族とでも言えば良いだろうか。
そしてその男は、奴隷商から見て右側の少し台になっている所に立つ。それはいつまでも奴隷商の眼を見ようとせず、視線を逃す。
そこで主審がその男。コンラートへと問いかける。
「貴殿から重要な証言があると。そういう事でいいのですね?」
コンラートは一瞬迷うが手を強く握り頷く。
「……はい。そうです」
その緑眼はやっと奴隷商を見る。その顔は悩みに苦痛が満ちているが、決意をし何かを捨て去ったような顔。
喉を動かしコンラートは奴隷商を指差し声を張る。
「彼が。今回の件を主導した人物です。それを私は証言するためにこの場に来ました」
奴隷商自身驚愕の感情が大きかった。あのコンラートがここまでしてまで奴隷商を蹴り落とそうとするのかと。あれだけ愚直で正直な男がそんな事をするのかと。
そんな奴隷商の感情など知らない主審は頷くと、衛兵がドアを閉めるのを確認すると共に、コンラートを促す。
「では。証言を始め給え」
そして。その騎士は酷く歪んだ顔で、奴隷商を睨み口を開くのだった。




