第45話 木刀と密談
手に入れた薬と食事を手に部屋をへと向かうコンラート。一階には調理中とはいえ奴隷商がいるから、出来るだけ足音に気を付ける。
「……あの子は姫様じゃない。姫様じゃない」
記憶がチラつきどうにも声が上ずってしまう。それを抑えるように独り言をつぶやく。
そして意を決してノブを沈め部屋へと進みいると、寝藁に寝かされたアルエシアと呼ばれたエルフと、それを世話する従者のダークエルフのレイルベルがいる。
「昼食と薬です。あとこの家の主が帰ってきたから出来るだけ部屋からは出ないでくれ」
コンラートはそっと薬と食事を差し出す。するとレイルベルが、静かな足音で近寄って来て軽く頭を下げる。
「……助かる。こんな素性の分からない私達を」
先ほどまでは主を守る為に敵意を振りまいていたレイルベルだが、ここまでされて疑い続けるような人物ではないらしかった。それどころか主に薬と食事が用意された事に安堵したように、目尻を和らげ表情を柔らかくする。
そんな姿をどこか羨ましく感じながらも、コンラートは一応だと声を抑えて言う。
「俺達も奴隷な以上食料的に厳しい。病気が治るまででも大丈夫ですか?」
するとレイルベルは食事をレイルベルの傍までもっていき、こちらを見る。
「あぁ。いつか礼はさせてもらう」
そう言って寝苦しそうに息を荒げるアルエシアを起こし、その口に冷ましたスープをそっと食べさせる。
それをただ入り口から眺めるコンラート。そのアルエシアがあまりに主のシーナに似過ぎていて、未だ脳が処理をしきれない。どこか自分の物を取られたような悔しさ、不甲斐なさが心の中に湧いてくる。
「……違うだろ」
だがそれは全くの別人で他人の空似。そうコンラートは頭を振り思考を辞める。そして音を立てないようそっと立ち上がる。
「また夕飯の頃合いに来ます」
だがそう言ったものの忘れていたと、浮かしかけた腰を戻す。その様子を見てレイルベルはどうしたのかとこちらを見るが、コンラートは膝を擦りまた少し距離を縮める。
「シレアという名前の仲間は居ました?」
するとレイルベルの眉が動き、持っていたスプーンを更に戻す。
「どこでその名前を」
アルエシアはどうしたのかと困惑するが、レイルベルが目配せをするだけで信用したように頷き口を閉じる。
またコンラートの中に勝手な嫉妬心が湧くが、それは今では無いとレイルベルに答える。
「実はここの主が買ってきた奴隷がそんな名前で。貴女と同族なのでもしかしたらと」
するとレイルベルは考え込む。コンラート自身どうすれば良いか分からないから聞いたのだが、沈黙をされてはこちらも困ってしまう。
だが待つ事しか出来ず、ジッとするコンラート。そしてレイルベルは考え事が纏まったように視線をコンラートへと戻す。
「私達の事は伝えて無いですよね」
「え、えぇ。まだ」
するとそれで良いと言いたげにレイルベルは頷き。
「私達の事は伝えないでほしい。仲間は欲しいがあいつは演技が下手だから」
そう言ってレイルベルはコンラートの肩を叩く。その眼はどこか安堵したような嬉しそうな顔。どの種族でも仲間の安否が分かると同じ感情を抱くのだろう。
「だからシレアは頼む。奴隷になった以上どうしようもないかもしれんが」
部下が生き残っていてくれてよかった。そんな感情が肩にある柔らかい手つきから伝わる。だがコンラートはどんな顔をすれば良いか分からず、それでも頷くしか出来ない。
「わ、分かった」
そう言ってこの場に長居したくないと、コンラートは逃げるようにその部屋を去ってしまう。そして残された部屋に2人、また食事を再開する。
「あの人優しそうだね」
レイルベルが冷ましたスプーンを口にし、アルエシアがスープの具材を飲みこんでそう言う。だが先ほどまで柔らかかったレイルベルの顔は暗く、冷たく目は細くなる。
「所詮は人間です。信用しすぎないよう」
使える物は使う。しばらくは辺りの警備も強くなるのは目に見えている以上、匿ってくれる内は大人しくするべき。それこそ食事と薬が出るならいい顔をしておくべき。
ただ危害を加えようとすれば。
レイルベルは懐のナイフを確かめる。いざとなればシレアとも接触すればいい。そう考えれば、暗殺失敗したとはいえ、それなりに良い隠れ家を手に入れられた。
「とにかくアルエシア様は風邪を早く治してください」
レイルベルはアルエシアの口回りを拭き、貰った粉薬を口元へと運ぶ。毒見は既に終え大丈夫だと確認済み。
「……にがい」
「我慢してください」
アルエシアの白い喉が動く。そうして世話をしていく内に、食後な事とやっと安心できたのかアルエシアはまた寝息を立ててしまう。
「……ナイフを研いでおくか」
そうして誰も来ない施設の角部屋。奴隷商の知らぬところで新たな定住者が出来たのだった。
ーーーーー
奴隷商が夜に用事があると出て行って暫く。コンラートはエリックにロルフ、それにクロエと共に剣術指南をしていた。他の子らは疲れ果てて寝ているが、この三人はいつも残ってコンラートと練習をしている。
「エリック君はもう少し走り込み増やそうか。少し下半身が覚束ないかな」
施設の中庭にはもう日光は差し込まない。建物に挟まれた僅かに水色な空があるだけで、少し先にあるはずのエリックの顔すらも見ずらくなっている。
「あ、はい。形は大丈夫です?」
「うん。そっちはちゃんと出来てる」
そして後ろではクロエとロルフが向かい合い、木刀の切先をすぐそこまで迫らせ間合いを計る。それをコンラートはエリックと共に眺める。
「どっちが仕掛けると思う?」
コンラートがそう問いかける。エリックはパワーというよりは頭脳派。だからそちらを伸ばそうという意図。
するとエリックは悩む素振りすら見せず即答する。
「ロルフさんですね。右足の指先が地面に食い込んでる」
そう言うと同時にロルフが姿勢を落とし土を蹴り踏み込む。その木刀は両手で握られ地面スレスレを擦り、下からクロエへと襲い掛かる。
「毎回毎回バカの一つ覚えでッ!」
クロエは読んでいたと言わんばかりに左足を大きく引いて体を逸らし、寸での所でロルフの木刀を空ぶらせる。纏めているとは言え長い髪で、よくもあそこまで機敏に動けると感心する。
「あ、これクロエさんが一本取る」
エリックが呟き、そしてロルフは空ぶった事でそのがら空きの脇腹をクロエへと晒す。クロエの木刀はその脇腹に向かって、手加減無しに振り下ろされ鈍い音をさせる。
「痛ってぇ!!」
ロルフはそのまま地面へと擦りつけられ叫ぶ。木刀は手放してしまい勝負ありという所だろうか。
そしてクロエは得意げに地面に伏せるロルフを見下ろし胸を張る。
「これで今日3勝。もう私の方が格上だね」
だがロルフは認めたくないのか、土で顔を汚しながらもクロエを睨み上げる。
「昨日は俺が2回勝ったし!今日はちょっと調子が悪いだけだよ!!」
ロルフは勢いとパワーがあるがあまり読み合いを得意にしない。エリックがその逆で、クロエが間を取ったぐらい。それぞれ別タイプに成長しているから互いに刺激になっていていい好循環。
だがもういい時間だと。コンラートは終わろうとするが、ふと中庭に現れるシレア。ちょくちょく窓からこちらを覗いていたのには気付いていたが、どうしたのだろうか。
「どうしました?シレアさん」
少しだけ緊張してしまう。レイルベルからは黙っているように言われたせいで、変な緊張をしてしまう。
だがシレアは変わらずの怖さというか、敵意や嘲笑の混じった眼でこちらを見て来る。
「いや。随分稚拙なチャンバラだと思ってな」
そう言ってシレアはその辺に落ちていた半分に折れてしまった木刀を拾う。ロルフ達は煽られた事で分かりやすく怒り詰め寄ろうとするが、それをコンラートが目で抑える。
そしてシレアは何をするかと思えば、その折れた木刀の断面をこちらに向けて来る。
「こんな奴らに負けたと思うと虫唾が走る」
まるでコンラートに木刀を持てと言わんばかりに見下ろしてくる。そしてコンラートもこう舐められて黙っている性質でも無く、ロルフらの気持ちを代弁するように言われた通り木刀を強く握る。
そしてシレアを強く睨んで騎士として大人として子供の前に立つ。
「子供の前であまり汚い言葉を言わないでくれないか」
互いにそれ以上言葉は無くとも、向かい合いその仕草を探り合う。辺りは暗くなり、視界も悪いがその恵体と猫のように光る瞳だけは良く見える。
「……」
構えが高い。背が高いからそう見えるだけかもしれないが、どちらにせよコンラートはこのリーチを活かすだけ。木刀の切先を常に、シレアのみぞおちに向け隙を見せない。
「……ッチ」
だがこちらから仕掛けれない。一歩を踏み出そうと力を込めれば、それを察したようにシレアは半歩分距離を取ってしまう。上手くコンラートの木刀が当たらない距離感を掴んでる。
そんな中シレアは煽る様に顎を上げコンラートを見下ろしてくる。
「どうした。早く仕掛けないのか?”元騎士”」
コンラートはその言葉に冷静さをどこかへやり、大きく一歩を踏み出す。それはあまりに今のコンラートにとって不愉快でしかない言葉だったからだ。
だがシレアはそれを待っていたと言わんばかりに、その折れた木刀をコンラートの顔面へと投げる。
「んなっ━━」
コンラートは咄嗟に避けるが、一瞬だけでもシレアから視線を外してしまう。
その隙にシレアは地面に転がっていたロルフの木刀を足で拾い上げる。そしてそれを慣れた手つきで掴み、そのまま振り下ろす。
「まともな実戦経験無いだろ。お前」
カツンとコンラートの頭に木刀が当たる。それは全く痛みが無いが、コンラートのプライドには大きくヒビを入れてしまう。そして歯噛みをしながら頭を垂れたまま固まってしまう。
それを見下ろし手に持った木刀を投げ捨てるシレア。
「やはり騎士と言ってもこんなもんか」
そう言って満足げに中庭を後にするシレア。そして取り残されたコンラートはただただ恥ずかしく、顔を上げる事が出来ない。
だがその背をロルフはポンポンと叩く。
「まぁ……気にすんなって!俺も今日クロエなんかに負けたんだしよ!!」
「……はは。そうだね」
コンラートは苦笑いをしながらも起き上がる、子供に気を遣われてしまうなんて余計に情けない。そしてエリックも地面に転がった木刀を拾い上げ言う。
「ま、最初に持った武器以外を使ったからそもそもこの手合いは無効だしね」
だがそれが戦場なら何も文句は言えず殺されていたのはコンラート。その悔しさはどうにも抜けず、レイルベルの一件もあり、コンラートの中の騎士という自我が崩れそうになる。
それでもなんとか笑みを張り付け見栄だけはせめて張る。
「……まぁ皆もう寝ようか。先クロエちゃんから体洗って」
すると言われなくともと既にタオルを手に、エリックとロルフを中庭から追い出すクロエ。そしてその戻った足のままコンラートの膝裏を蹴る。
「一回負けたぐらいで凹むなって。大人でしょ」
それぞれの子供に別々の慰められ方をする。それが余計にコンラートを追い詰めて、騎士としての自我が音を立てて崩れそうになる。
「ま、まぁ……切り替えは付けるよ……はは」
コンラートは体裁だけなんとか取り繕い逃げるように中庭を後にする。今日はどうにもいつもの元気さを出せない。そう一人になろうとするのだが、ふとタイミング悪く玄関になるベルの音。
「……奴隷商……ではないか」
コンラートは仕方ないとその重い足を玄関へと赴く。未だに頭にあの木刀の感覚がある気がする。
そうしてこんな時間に来客かと思いながらコンラートは、ガラガラと扉を開け外の暗い夜空を目にする。
「誰ですか……って配達か」
眼鏡をかけた男。それが何か荷物を手に玄関前に立っている。それならそれで奴隷商が何も言わないのは不親切ではないか。そう思いながらコンラートは軽く頭を下げる。
「主は不在な為サインは出来ないのですが……」
するとその男は結んだ銀色の髪を揺らし、コンラートへと肩を組んでくる。
「この荷物は君宛てなんだ。あ、てか前戦ったのに覚えてない?」
コンラートは怪訝そうに暗闇の中、その男の顔をまじまじと見る。すると暗く見えずらいが、よく見ればその顔は見覚えのある。というより記憶を引っ張り出せば、一か月前アリシアの時に剣を交えたその男だった。
「なッ!お前また何か……!!」
コンラートは一気に警戒を高めクリスから離れようとするが、とにかく絡みついてきてその体は離れない。
「まぁまぁ。そっちにとって悪くない取引を持って来たんだけど?」
そう言われた所であのクレートの仲間でアリシアを龍化させた張本人。コンラートが易々と信じる訳も無く、追い払うように強く肘内をする。
「誰がお前の言う事なんざッ!!」
だがその肘はクリスの手のひらに止められ、耳元で聞き逃せない事を囁いてくる。
「君の姫様と会わせてあげるって言ったら。どうする?」
コンラートの体と呼吸がぴたりと止まる。そしてその魅惑的な言葉に、首がゆっくりと回りその男のレンズに歪んだ眼を見る。確かクレートも同じように主であるシーナの居所を知っているような言いぶりった。
だとしても自身の主であるシーナと会えるとなれば。コンラートにとって放置し無視するのは無理な事だった。
「……何が目的だ」
一応の警戒をしながらもコンラートはその話に興味を抱いてしまっていた。それを確かめクリスはその手に持った荷物を開けると、コンラートにとってこれまた見覚えのある物が入っている
「ちょっと頼み事があってね。これは証拠」
そう箱の中に緩衝材の藁に包まれ大事に梱包されていたのは、忘れるはずのないティアラ。シーナがコンラートと離れ離れになる寸前まで身に付けていて、見紛う訳の無い物だった。
段々とコンラートの心拍と呼吸は早くなり、シーナの安否に心拍が早くなっていく。
「い、今は無事なんだよな?」
喉が震える。ずっと遠くに行ってしまったと思っていたシーナが急に身近になった気がする。
だがクリスはすぐにそのティアラを隠してしまい、コンラートはそれを少し名残惜しそうにする。そしてクリスは行けると確信したように耳打ちを続ける。
「それも含めて会わせてあげるって言ってるんだけど。いいの?」
姫様と会える。無事を確かめれるとなればコンラートにとってどれだけ大きいか。それになにより、今日一日で騎士としての矜持が崩れていたコンラートにとって、その提案はあまりにも魅力的過ぎた。
そう乾いた喉を潤すように唾を飲みこみ、コンラートは低く静かな声で答える。
「……話だけ聞く」
コンラートがそう頷くとクリスは満足げに微笑む。そして周りの目を気にしてコンラートとクリスは、玄関を閉め2人は話し出す。
それを遠目にハンナは二階から見下ろしていた。
「……誰あれ」
特に疑念を持つことなく変な来客だとハンナは流し、奴隷商が帰ってくるまで中庭で素振りをするのだった。




